ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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毒の密林

「うわ、ジャングルだ! 本当に『密林』なんだね」

 

 妖精の国で急遽決まった『毒の密林』探索ツアーに出発した桃子が、光の膜をくぐった先で目にした風景。

 それはまさに、"密林"と呼ぶにふさわしい、鬱蒼とした熱帯ジャングルのようなダンジョンだった。

 空気はやや蒸し暑く、正体不明の原生生物たちの甲高い鳴き声が遠くから響いている。足場は木の根や自然の岩でゴツゴツと起伏が激しくなっており、探索するのも骨が折れそうだ。

 

「面白いな。なんか。木がでっかくて。葉っぱもでっかいな」

 

「な、なんだか……い、意外とジメジメしてて……わ、悪くないですねぇ……?」

 

 今までも色々な森タイプのダンジョンを見てきたけれど、そのどの場所とも違う密林を進む。

 中高木が密集し、生い茂る葉が空を覆い隠すかのように密林の天井を作っている。そして光を求めるように、その幹にはツタが絡みつき、各所に大きく先のとがった葉を広げている。

 地表近くに広がる木の根は、多くのシダやコケで覆われており、頭上から足下まで、名も知らぬ植物たちに支配されている。

 

「ここって、どこかのダンジョンの下層なの? 虎とか出てこないよね?」

 

「ククク……どうやら、お気に召したようだねぇ……」

 

 秘密の場所へと桃子を招き入れたルイは、相変わらず陰気で表情も見えづらいけれど。その背中は、どことなく、楽しげに笑っているように見えた。

 

 

 

 ルイとリフィに先導されて、桃子たちも密林を進んでいく。

 桃子の両足にはヘノのつむじ風が付与されており、地面の起伏で脚を止められることこそないものの、しかしこう鬱蒼とした密林では房総ダンジョンのように翔ぶような移動は難しい。桃子は妖精たちと違い人間サイズの身体なので、木々の隙間をすり抜けられないのだ。

 樹木と葉をかき分けながら、未知のダンジョンを進む。気分はダンジョン探索者というより、秘境の探検家だ。

 

「魔物もちらほらいるな。戦ってきていいか?」

 

「待って待ってヘノちゃん。今日はさ、探索だけにしておかない?」

 

「うぅ……い、生き物も、多い感じがしますねぇ……」

 

「ちょっとすばしっこい原生生物はいるけど。人間を襲ってきたりはしないと思うヨ」

 

 ルイたちによれば、このダンジョンには木々を飛び跳ねて移動する獣タイプの魔物が出没するらしい。

 単体ではさほど強いものではないと言っていたが、この密林の中で敵意を持つ獣に標的にされては、人間では対処が難しいだろう。【隠遁】があって本当によかったと、桃子は胸をなで下ろす。

 他にも、実際の密林のように、動物からは虫類、小さな虫まで、原生生物も種類が豊富なようだ。

 時折羽ばたく音がするが、あれは原生生物の鳥たちの羽ばたきだろう。

 

「私、東京生まれだからジャングルって初めてだよ。こんなダンジョンもあったんだねえ」

 

「ジャングルって。知ってるぞ。電車で行く場所なんだろ」

 

「と、遠いんですねぇ……」

 

 ヘノが、いったいどこで見聞きしたのか全く事実と異なる知識をニムに披露している。

 いったい何のことかと桃子は首を傾げるが、しかし「まあいいか」と頭に浮かんだ疑問を水に流して、目の前の景色に集中する。

 

「桃子くん、この木々の香りの中に……うっすらと、独特の香りが漂っているだろう?」

 

「そうなの? もう濃厚な緑の香りがすごいんだけど……あ、でも言われてみるとなんだかちょっと、甘いような、香ばしいような香りが混ざってる、かな?」

 

「この空気が……ククク、普通の人間には毒なのさぁ」

 

「空気がもう毒なの?! 私、普通に呼吸しちゃってるんだけど……」

 

「新しい【毒物耐性】とかいうスキルが仕事してるみたいだヨ。それがなければ今頃寝込んでるヨ」

 

「え、こわ」

 

 ルイとリフィが、この日まで桃子をここに連れてこなかった理由が、そこにあった。

 この場所は『毒の密林』と呼ばれるだけあって、空気そのものに毒が含まれているらしい。桃子がいま普通に過ごせているのは、【毒物耐性○】というスキルの恩恵である。

 間違っても、桃子のように耐性もなく頑強でもない柚花を連れてきてはいけない場所だ。

 

 そんななか、樹木の妖精二人の背中を見ながら、桃子はふと思い出した話題を口にする。

 この密林とは直接関係ない話だが、ちょうど"ダンジョンの植物"の話だ。ルイとリフィが揃っているならば、ちょうど良いだろうと桃子は考える。

 

「この前ね、地上で頭のいい人に『植物は大体が食べられる』っていう話を聞いたんだけど、ここの葉っぱも食べられるのかな」

 

「それはまた極論を言う輩がいたものだねぇ……」

 

 それは、最先端技術の総本山である筑波ダンジョンで出会った、一人の子供――姿の、正体不明の少女から聞いた話だ。

 わざわざ野菜などに拘らなくとも、植物というものはその大体が食べられるのだ、というような話だった。

 

「桃子。ここの葉っぱ。食べたいのか? いくつか引っこ抜いていくか?」

 

「ここの葉っぱはだいたい毒があるし、ちょっと硬いと思うヨ。食べるにしても、もっと柔らかそうな葉っぱにしなヨ」

 

「それもそうか。うん、葉っぱを食べる話は、また今度考えることにしようかな」

 

 食べられるかどうかと、食べやすいかどうか、そしてなにより、美味しいかどうかは別なのだ。

 ついでに言えば、そもそもこの場所に生い茂る葉っぱの大半は大きく硬そうで、毒がなかったとしてもあまり食用には向いていないだろう。

 ルイとリフィに相談するにしても、残念ながら場所が良くなかったようだ。

 

 

 

「お。桃子。あそこに果物がなってるぞ。食べてみよう」

 

 一方、葉っぱを食べるかどうかを考えている桃子とは別に、パートナーであるヘノはずっと木の実を探していた。

 ヘノは葉っぱを食べる話などには元から興味がなく、はじめから木の実や果物が目当てなのである。

 ヘノが指さす方向には、ツタに隠れてはいるけれど確かに、赤く色鮮やかな実らしきものが実っているのが見える。

 地上の果物で言うならば、リンゴとパッションフルーツを混ぜ合わせたような見た目だろうか。サイズ的には小さく、数センチ大の果実が枝先にいくつも密集して実っている。

 ヘノは桃子の返事も待たずにぱっと飛び立つと、その実のついた枝ごと風の刃で切り取って回収している。

 

「ええと、ルイちゃん、リフィちゃん。あの果物って私たちが食べても大丈夫?」

 

「大丈夫だヨ。妖精はそんな毒じゃどうにもならないし、桃子はそのための毒耐性だヨ」

 

「ククク……桃子くんの新しいスキルは、毒物を美味しく食べるためのスキルなのだからねぇ?」

 

「も、桃子さんは……どんどんスキルで、食生活が豊かになりますねぇ……」

 

「いや、たぶん【毒物耐性】って本当はそういう目的のスキルじゃないからね?」

 

 妖精たちは何か勘違いしているようだが、普通に考えるならば【毒物耐性】というスキルは、決して毒物を美味しく食べるためのスキルではない。

 むしろ、まさにいま桃子たちがいるような"毒"の多いダンジョンや、あるいは毒を使用する魔物と戦う際に、己の命を守るためのスキルである。

 

「桃子。うまいぞ。ちょっとピリピリしてるけどな」

 

「ありがとう、ヘノちゃん」

 

 けれど、魔物と戦うことのない桃子にとっては、『毒物を美味しく食べるためのスキル』でも間違ってはいないかもしれないな、と。

 ヘノから受け取った真っ赤な果実をほおばりながら、桃子は自分の身に増えた新たなスキルの用途について考えてみるのだった。

 赤い果実は、甘さの中に刺激的なピリピリした感覚があり、口の中ではじけるようで、斬新な美味しさだった。

 

 

 

 赤いピリリとした果実を食べてから、再び一行は奥へと進んでいく。

 時折、ヘノが魔物を見つけて戦いを挑もうとしたり、原生生物の蛇が現れてニムが泣き出したりしたものの、道のりは順調だ。

 とはいえ、そもそもこの道のりがどこへ向かっているのか、桃子たちにはわからない。

 

「ル、ルイとリフィは……ど、どこに向かっているんですかぁ……?」

 

「ククク、実はもう少し先に、とっておきの場所があるのさぁ」

 

「そうなのヨ。リフィもルイに聞いたときは驚いたけど、最近は一緒に世話をしてるのヨ」

 

 ルイたちの含んだような物言いに、桃子とニムは不思議そうに視線を合わせる。なお、ヘノは目的地の話など全く気にせず、ただただ周囲を飛び交っては新種の果実や魔物の姿を探していた。

 そうして、植物の妖精たちの先導に従って、鬱蒼とした緑のトンネルを抜けると、それは唐突だった。

 

 背の高い木の生えていない、開けたスペースが目の前に現れた。

 面積としては、それほど広いわけではない。およそテニスコートひとつ分といった程度だろう。

 だが、開けた空からはダンジョンの夕空が顔を覗かせ、それまでの鬱蒼としていた密林が嘘のように、その空間には涼しい風が吹き込んでいるのがわかる。

 地面では、小さな植物たちが風に吹かれてそよいでいる。

 まるでそこは、この『毒の密林』の中でも不思議な力で守られた、一つの別空間のようだった。

 

「ようこそ、桃子くん。ここが私の……とっておきの毒草園さぁ」

 

「うわあ……えと、毒草? これは全部……毒草なの? 薬草とかじゃなくて?」

 

「ルイ。お前は本当に。毒が好きなんだな」

 

 桃子は、足下の草を踏み倒さぬよう注意しながら、恐る恐るその毒草園へと近づいてみる。

 そこに育っているのは、様々な形の植物である。不思議な形の葉がある。まるで身近な花とそっくりなものもある。見たこともない花を咲かせているものもある。

 中には、いかにも危険そうな禍々しい色合いの植物も混ざっている。

 

「ルイは紛らわしい言い方をしてるだけだヨ。ここは、ルイが生まれたところなのヨ。毒はあるけど、全部きちんとした薬草なのヨ」

 

「え、ルイちゃんが生まれた場所なの?!」

 

 桃子は眼を丸くしてルイを見つめる。が、相変わらず人に見つめられるのが苦手なルイはふいと顔を背けてしまう。

 

「うぅ……じゃ、じゃあ……毒草じゃなくて、薬草なんですかぁ?」

 

「ククク……毒と薬は紙一重。ここにあるものは、効果が特別強い薬草であり、毒草なのさぁ……」

 

「結局。ルイは。薬草の妖精だけど。やっぱり。毒草の妖精でも。あるんだな」

 

「ルイちゃんったら。言い方がひねくれてるんだから」

 

 毒と薬は紙一重。桃子も、それは知識として知っている。古来より現代に至るまで、一般的に毒草として扱われるようなものが、薬の材料として扱われることは多いのだ。

 目の前にある毒草園――いや、薬草園には、それを地でいく植物が集められているのだろう。

 そして、そこで誕生したルイという妖精は、毒を多く含んでいたとしても、間違いなく薬草の妖精なのだ。

 

「でも、すごいねえルイちゃん。今まで、ここの植物も使って沢山のお薬を作ってくれたんだねえ」

 

 今までも、ルイには様々な薬を依頼してきた。

 ただの薬草のみならず、深潭宮の魚人の毒に対する解毒薬や、化け狸の長を治療するための薬草たばこ。眠りの呪いに対抗するための薬草のお香もルイたちに頼んだものだ。

 それらの様々な薬の裏には、この薬草園の存在があったのだろう。

 

 桃子は、感動とともに、広がる薬草園の姿を見つめる。

 ぽっかりと開けた密林の空は、地上の時間にあわせて、夕暮れの色に染まっている。

 薬草たちは空の色をうけ、美しいオレンジ色に輝いているように見えた。

 

 そして、桃子と同じく、横でこの景色に感動していたはずのニムの言葉に、桃子は自分の耳を疑った。

 

「す、凄いですねぇ。じゃ、じゃあ……今日は、刺激的な毒入り薬草カレーが、つ、作れますねぇ……」

 

「えっ?」

 

 どうやら、ニムによると、この毒性の強い薬草が、今晩のカレーの材料になるらしい。桃子も初耳である。

 

「毒の。刺激的なカレーか。刺激がありそうで。面白いな」

 

「じゃあ、リフィたちがカレーに似合う草を見繕ってあげるヨ」

 

「ククク……」

 

「え? え?」

 

 気づけば、ニムだけではなく妖精たちは皆で一致団結して、カレーの材料を集め始めた。

 どうしてこんな時にだけ、いきなり皆で協力をし始めるのかと、桃子の頭は疑問でいっぱいだ。

 

「まって? 今日って、毒入り薬草カレーになっちゃうの?」

 

「大丈夫さぁ。桃子くんが健康になるよう、薬効を調整して選んであげるからねぇ……ククク」

 

「桃子。今日は【毒物耐性】記念日にしよう。せっかくだから。さっきの毒の果物も入れてみるのはどうだ」

 

「あんまり嬉しくない記念日だなあ」

 

 好き好んで毒を食べたいとは思わない。

 けれど、この薬草園で生まれたルイが選んでくれるのならば、どれだけ刺激的だったとしても、きっと健康にいいカレーになるに違いない。

 桃子はそうポジティブに考えて、妖精たちが集めた毒草――いや、薬草を。

 次々と、リュックへとしまい込んでいくのだった。

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