ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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毒と魔法生物

 ここは、妖精の国の調理部屋。

 すでに日が沈み、妖精の国の空には瞬く星々が姿を現している。

 花畑に囲まれた吹きさらしの調理部屋もまた、その星々の明かりに照らされている。

 

 そこでいま。桃子はカマドにかけた大きなカレー鍋を前にして、非常にショックを受けていた。

 決して、料理に失敗したわけではない。むしろ、成功したからこそ、ショックを受けているのだった。

 

 

 

 

 この日作ったカレーは毒入り薬草カレーという、前代未聞のカレーだった。

 ルイたちに誘われて足を踏み入れた『毒の密林』。そこにある、ルイの生まれた場所――薬草園で摘んできた、毒性の強い薬草を大量に投入したカレーである。

 はじめは、ルイには申し訳ないけれどせめて食べられるカレーならばいいな、程度に考えていた。なにせ、材料が全て毒性を含んでいるのだ。

 いくら毒と薬は紙一重、個々の植物の分類が薬草だったとしても、材料全てが毒を含んでいるのでは、それは間違いなく『毒料理』なのだ。美味しさを求める以前の問題であり、食べ物としてアウトなのだ。

 しかし、いざ【カレー製作】の光とともに完成したカレーを試食してみたところ――。

 

「うわー!? なんか、なんか……刺激が美味しい!」

 

 美味しいのだ。

 もちろん、カレーは美味しいのが当たり前である。だが、薬草のもつ絶妙な苦みや青臭さ、そして毒の刺激が逆に良いスパイスとなっており、桃子の期待以上に味わい深く、今まで食べたことのない斬新さを伴っているのだ。

 良くも悪くも、ショッキングなカレーである。この『毒入り薬草カレー』への期待値が低かった分だけ、桃子がうけたショックは大きいものだった。

 

「なんだか。シビシビしてる感じがあって。面白いカレーになったな。ハチミツ足していいか」

 

「うぅ……こ、これが、ルイの生まれ故郷の味なんですかねぇ」

 

「ククク……」

 

 普段のカレーとの違いに気づいたのは桃子だけではないようで、ヘノやニムもまた、まだ皿に盛りつける前から勝手に味見を始めて、毒の刺激にそれぞれが感想を述べている。

 また、今日は珍しくルイまでもが味見に参加していた。彼女もやはり、自分の生まれた地で採取した毒草カレーの味というのは気になったのだろう。満足そうに笑っている。

 妖精たちの口には少々刺激が強すぎたのかもしれない。ヘノが調理部屋の棚からハチミツを取り出してきたので、桃子はハチミツを受け取ると大胆にカレーに注いでいく。

 

「間違っても、このような『毒料理』を柚花くんやポンコくんには食べさせないように……気をつけることだねぇ」

 

「柚花はもちろんだけど、ポンコちゃんは魔法生物でも毒は駄目なのかな?」

 

「うぅ……ポ、ポンコさんたちは、妖精よりは……げ、原生生物に近いところがありますからねぇ……」

 

 妖精たちと雑談を交わしながら、ハチミツを混ぜて、もう一度ぐるぐるとかき混ぜて全体に馴染ませていく。ハチミツの増量を提案したのはヘノだけれど、ハチミツを入れる際には他の妖精たちも心なしか嬉しげな表情を見せる。

 古来、妖精たちは花の蜜を飲んで過ごしてきたという伝承があるように、この妖精の国に住む妖精たちもその例に漏れず、大半がハチミツの甘さを好んでいる。

 ヘノが甘いものを好きなのは、ヘノ個人が甘党なのではなく、妖精としての本能なのかもしれない。

 

「なんか、魔法生物って一言でいっても、みんな違うよね。化け狸のみんなもそうだけど、スフィンクスさんとか英霊さんとかも、全然違うもんね」

 

「それは、当然だろうねぇ。所詮は……人間が、書類上で分類しただけの区分けだからねぇ」

 

「書類上、かあ。確かに、そうかもしれないね」

 

「それこそ、地上の生物、原生生物、魔法生物……それに、怪異でも魔物でもない、新たな存在も、探せばいるかもしれないからねぇ……ククク」

 

「そうだね、うん。そうだよね……」

 

 桃子の脳裏には、黄色いリボンの幼なじみの姿がよぎる。彼女は、死者の魂でもなく、魔法生物でもない、なんでもない存在だった。

 便宜上の区分けで『怪異』などという区分けはあるけれど、それだって言ってしまえば『よく分からないもの』の総称だ。

 そこまでいくと、分類そのものが意味をなしていないようにも思える。

 

「桃子。難しい話してるけど。女王のカレーを盛りつけなくていいのか? 小妖精たちが。すごいことになってるぞ」

 

「あっ、ごめんごめん! すぐに用意しようね!」

 

 妖精の中でも、ルイは珍しく『難しい話』が通じる妖精なのだ。

 桃子はついつい、彼女と難しい話に興じてしまったけれど、後ろでは小妖精の群れが、カレーを食べられるのを今か今かと待ち構えていた。

 その光景を目にした桃子は、慌てて女王と自分の分のカレーを盛りつけていくのだった。

 

 

 

 

 

「桃子さん、うちの娘たちがご迷惑をおかけしました」

 

「い、いえ! 私も最初は驚いちゃったけど【毒物耐性】は嬉しいですから! それに、ルイちゃんたちも、身体に蓄積しない安全な毒って言ってましたし!」

 

 場は女王の間の食卓へと移る。

 カレーを作ったら、桃子とティタニアの分を皿に取り分けて、ティタニアと晩餐をともにする。毎回ではないものの、それが、桃子がこの妖精の国でカレーを食べるときのお約束だ。

 そしてこの日の晩餐にて。今回のことの顛末を聞いた女王ティタニアから、桃子はいきなり頭を下げられてしまった。

 それはもちろん、ルイとリフィが桃子に長期にわたり毒物を飲ませていたことである。

 これに関しては、ティタニアが謝罪をするのはある意味当然のことである。自分の娘が他人の食事に毒を混ぜ込んでいたのだ。これを謝らずして何を謝るのか、である。

 

「ふふふ。でも、これで桃子さんは堂々と毒キノコを食べられるようになったのですね」

 

「はぇっ?」

 

 そして続くティタニアの言葉に、桃子はつい変な声を出してしまった。

 ヘノが興味深そうに、変な声を出した桃子をジッと見ているが、残念ながら今の変な声は一回きりの特別な声だ。ヘノが見つめたところでもう一度同じ声が飛び出すことはない。

 

「実は、お母様から伺ってはいたのです。『ももたんは毒キノコを美味しい美味しいと食べる』と」

 

「待って、待ってくださいティタニア様。それはその、嘘ではないにしても、歪んだ情報ですからね?」

 

 女王ティタニアが妖精達の母親として桃子に頭を下げたというのに、そのティタニアの母親であるりりたんの提供した情報がこれでは、色々と台無しだ。

 りりたんの言葉では、まるで桃子が毒キノコを好んで選んでいるようではないか。実際には、毒があると知らずに美味しく食べたキノコが、あとから毒キノコだと判明しただけなのだ。

 桃子は慌てて訂正するが、はたしてティタニアがその微妙なニュアンスの違いを理解してくれたかどうかは、甚だ疑問である。

 

 その後も様々な話題で盛り上がりつつ、和気あいあいと夕食は進んでいった。

 この日のメインである普通の人間が食べたら昏倒してしまいそうな毒草カレーは、大変刺激的で美味しいカレーだった。謎の刺激に、癖になる苦み。そして「毒を食べている」という不思議な背徳感が、食事に更なるスパイスを与えていた気がする。

 まさにルイたちの言うとおり、毒を自由に食べられるようになった桃子の『人生初の毒料理』は、大成功と言えるだろう。

 料理として、これはありなのか、なしなのか。桃子は最後の一口まで、複雑な気持ちを抱えたまま食べきっていたのだった。

 

 

 

 

 

「桃子。明日も。ヘノは今日の"じゃんぐる"を探検してみたいぞ」

 

 食後に食器を片づけたり、裏の水辺で水浴びをして汗を流したりして過ごしていると、あっという間に時刻は更けていく。

 桃子は、マシュマロと餅と綿菓子を混ぜ合わせたようなベッド――通称『人を駄目にするベッド』に沈み込むように横になって、その瞼を半分ほど閉じ始めている。

 枕元では、ヘノが今日の探索について語っていた。どうやらルイの生まれ故郷である『毒の密林』は、ヘノにとってもなかなか刺激的で楽しい場所だったようだ。

 

「そうだね。私も最初はちょっと、毒とか密林とかって怖かったけど……みんなで探検するのは楽しかったよ。明日も一緒に行ってみたいな」

 

「じゃあ。明日はまた今日の連中を誘って。じゃんぐるの探検だな」

 

 桃子は、生まれも育ちも東京という、生粋の都会っ子だ。

 社会人になってからは千葉で一人暮らしをしているものの、それまではずっと東京で生まれ育ったため、ダンジョンに踏み込むまではジャングルどころか本物の自然の森すら立ち入ったことはない。

 だからこそ、ジャングルというのは映像でしか見たことのない世界だった。

 もっとも、あくまでダンジョン内なので、スキルは使えるし、妖精もいる。魔物は出るし、漂う大気には毒がある。おそらく、本物のジャングル民に言わせれば『あんなのは本物のジャングルじゃない』という空間なのかもしれないが、桃子くらいのジャングル素人にはそれくらいでちょうど良い。

 

「そういえば、結局ルイちゃんは教えてくれなかったけど、あのジャングルってどこのダンジョンなんだろうね」

 

「そういえば。そうだな。上の階層には。不思議な感じがしたから。人がいないわけじゃないと思うけどな」

 

「不思議な感じ、かあ……」

 

「なんだか。他のダンジョンとは違う。奇妙な力が。入り乱れてる感じだったけど。人間もいた気がするぞ」

 

「うーん、人がいたなら……それこそ、毒で充満してて踏み込むだけで危険なダンジョンなんて、もっと広く注意喚起が広まってると思うんだけどなあ。不思議だねえ」

 

 ヘノの言う『不思議な感じ』というものは、桃子には想像もつかないものだ。そもそも、桃子にはヘノのように広範囲の状況を感じ取る能力などないどころか、周囲の魔力すら感じ取れないのだから。

 しかし、それでも。桃子もヘノの言う『不思議な感じ』が何なのかを考えてみる。

 

 目を閉じて想像する。あの密林から、上層に登っていった風景を。

 琵琶湖ダンジョンや砂丘ダンジョンのように、全ての階層に統一感があるダンジョンなのだろうか。そうだとしたら、一つ上の階層もまた、毒か、密林か。

 あるいは、房総ダンジョンや香川ダンジョンのように、統一性もなにもないダンジョンが組み合わさっている場所なのだろうか。そうだとしたら、想像のしようもない。

 

 桃子は目を閉じたまま、考えこんでいる。そしてヘノもまた、ぼんやりと、あれがなんだったのかを考えている。

 しばらくして。ヘノが思い出したかのように、口を開く。

 

「そうだ。思い出したぞ。上の階層は。人間の街に。似てるんだな。あれは電気だぞ。ダンジョンなのに。電気があるんだ」

 

「んー……むにゃ……そっかー……カレーかあ……」

 

 しかし。

 ヘノの言葉に返ってきたのは、むにゃむにゃ言う桃子の寝言だけだった。どうやら桃子は、目をつむり考えこんだまま、夢の世界へと旅だってしまったようである。

 今頃は、夢うつつのなかでカレーの話でもしているのかもしれない。

 

「桃子。寝ちゃったのか。じゃあ。ヘノも寝るぞ」

 

 桃子の幸せそうな寝顔を見つめて、ヘノは少しだけ、柔らかい表情を見せる。

 二人きりで、桃子の寝顔を見つめるとき。ヘノが桃子の寝顔を独占しているとき。

 それは、普段から表情が変わらないヘノにとっての。

 数少ない、柔らかい表情を見せる瞬間なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とあるダンジョンで】

 

 

「報告が……報告があります……!」

 

「どうした、血相変えて」

 

「キメラが……キメラアルファが……脱走しました!」

 

「……は?」

 

「いや『は?』じゃないっすよ。俺が美しいキメラたちを今日も愛でに行ったら、部屋の扉が開いてて、アルファが消えてて……」

 

「おまえの特殊な嗜好はともかく、どうやってあれが脱走するんだよ! だって、あれは……」

 

「そうは言いましても、脱走した映像が残ってますよ、ほら」

 

「え、ええ……? これ、AI動画とかじゃなくて? マジ?」

 

「マジっす。あと、あの人にはもう報告しときました! めっちゃ驚いてました!」

 

「あー……まあ、仕方ない。おい、俺たちだけで下層へ行くぞ、キメラの捕獲だ。あの人も行きたがるだろうが、今は軟禁状態だからな」

 

「軟禁状態ですからね……」

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