ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
日曜日。
「せんぱーい、もうお昼ですよー? 起きてくださーい?」
ふわふわのベッドに包まれた桃子の耳元に、聞き慣れた声が響く。
眠る桃子の身体を、誰かが優しく揺さぶる。
「待って……あと三十分……」
「後輩。こうなった桃子は。なかなか起きないぞ」
「先輩ってば、相変わらずの寝起きの悪さですね」
外はすでに太陽が高く昇っており、世間一般ではもう『昼』と呼ばれる時刻だ。
妖精の国の客間にて、こんな時間まで眠りこけている桃子を起こしにきたのは、見た目にも気を使ったスカートコーデに身を包んだ柚花である。
「ヘノ先輩。もうこのまま抱えて、服を脱がせて裏の水辺で水浴びさせちゃいましょうか」
「そうだな。任せるぞ」
言うが早いか、柚花は小柄な桃子の身体をベッドから引っ張り上げて、胴体を抱えるように強引に立たせると、寝間着のボタンを一つずつはずしていく。ボタンがはずされるとともに、子供サイズの寝間着の下からサラリとした白の肌着が露わになっていく。
しかし、さすがの桃子もそこまでされれば意識が覚醒すると言うものだ。
「あわ……ま、まって……パジャマ……待ってー……」
「先輩、大丈夫ですから。私に身を任せてくださいよ」
「起きる、起きるよー……」
「なるほど。桃子を起こすときは。服を脱がせばいいのか」
「ヘノ先輩なら、いっそ肌着の中に入ってくすぐっちゃえばいいんですよ」
「うー……それはいやー、起きるよー」
桃子は、ふわあ、と大あくびをして。後輩と相棒の間で交わされる物騒なやりとりには、やー、と首を横に振り。
まだ半分ほど頭を眠らせたまま、寝間着姿のままで客間の裏口の扉を開き、裏の水場へとよたよたと一人で歩いていくのだった。
「ふう。おはよう、柚花。いつのまに来てたの?」
頭から水浴びをして、ようやくしゃっきりと目覚めた桃子が戻ってきたのはそれからしばらく経った後のことである。
まだ少し髪の毛が濡れているけれど、ヘノがドライヤーのごとく乾燥した風をまとわりつかせているので、髪の毛がさらさらに乾くのは時間の問題だろう。
「先輩、さすがにもうおはようの時間じゃないです。午前中には来て、ニムさんと森を眺めてましたよ」
「あれー? もうそんな時間かあ。人を駄目にするベッドが相変わらず快適すぎて、休みの日は起きられないねー」
「気持ちは分かりますけど、さすがに寝過ぎですね。あ、お昼ご飯を買っておきましたんで、一緒に食べませんか?」
そう言って、柚花は昼食の入ったビニール袋を取り出した。
桃子が袋を受け取りその中を覗いてみれば、中には見覚えのある容器が二人分入っていた。これは、地上の房総ダンジョンギルド前にできたドイツ料理店の、テイクアウト弁当の容器だったはずだ。
そして、弁当の蓋を開けばそこにあったのは――ハンバーグ、ソーセージ、ジャガイモ。その他幾つかの総菜が小分けに並べられた、バラエティ豊かで豪華な昼食だった。
「やった! ドイツ幕の内弁当じゃん! いよいよ房総ダンジョンもドイツっぽくなってきたね」
「残念ですけど、ドイツ幕の内って名称が致命的にドイツっぽくないんですよ」
ドイツ料理店が、休日の午前中だけに絞り販売を開始した、探索者向けの特製弁当。それがこの『ドイツ幕の内弁当』である。
最近は、ドワーフの祭壇に例のドイツ料理店のテイクアウト品が並ぶことも多く、順調に房総ダンジョンにドイツ料理の波が押し寄せてきている、とは柚花の手に入れた情報だ。
一方、ドイツ料理に押され気味のイタリア料理勢がこのピンチを脱却するために、ダンジョンに向けた新たな作戦を何かしら考えている、という噂もある。
そして更に、その漁夫の利をつくように新たな派閥が房総ダンジョンを狙っている、などという出所不明な情報までもが飛び交っている。まさに、ダンジョンを巡る情報戦だ。
このように、地上の飲食店同士は水面下で激しく争っているのだけれど、しかし妖精の国とは全く無関係であり、それは桃子が知る由もない別な物語なのだった。
地上の飲食店同士の思惑はどうであれ、桃子と柚花は妖精の畑が見下ろせるベンチに並んで、ドイツ幕の内弁当に舌鼓を打っていた。
ヘノとニムの二人はすでに桃子が起きる前にドイツ幕の内弁当を貰っており、今は二人とも畑のパトロール中だ。
「ニムさんから伺いました。なんでも先輩、とうとう本当に毒料理を食べられるようになっちゃったらしいですね。昨晩は毒カレーだったとか」
「あはは、まあ……うん、ルイちゃんたちのおかげというか、なんというか。でも、刺激的で意外と美味しかったよ?」
「まあ、先輩が大丈夫なら、私はいいですけどね」
ドイツ幕の内弁当を食べながら、昨晩食べた毒料理の話をする。なかなかない経験だ。
どうやら柚花も毒料理の話はすでに聞いているようで、半ばあきれたような視線を桃子に向けている。
「先輩って、ちっちゃくて可愛らしい外見の割に、どんどん頑丈な生き物になっていきますよね」
「そう? そうかな? そうかも」
桃子は柚花の言葉を受けて、自分のスキルを脳内で並べてみる。
カレー製作や加工、創造はともかくとして。怪力、頑強、環境耐性に毒物耐性。なるほど確かに、フィジカル面に特化したスキルに偏っているのは間違いない。
「そのうち、睡眠や食事が不要な生き物に進化しちゃうんじゃないですか?」
「睡眠と食事不要かあ。でも、そんなスキルがあったら、便利そうでいいじゃん」
「便利ならいいってものじゃないですよ? ただでさえ、もう不老になりかけてるんですからね、せめてもうしばらくは人間やめたりしないでくださいね?」
「あはは、柚花ったら心配性だなあ」
柚花の、冗談なのか本気なのかも分からない頼みを、桃子はハンバーグを食べながら一笑に付してみせた。
ハンバーグをもぐもぐと美味しく味わい、水差しからコップに注いだ水で喉を潤すと、桃子は言葉を続ける。
「大丈夫だよ。私、少しくらい人と違う体質になったとしても、休日はお昼まで寝て、毎日カレーを食べてる自信あるからね」
「まあ、先輩はそうでしょうけど……って、なんか論点おかしくないです?」
「もう、柚花ったら。受験勉強のしすぎで難しいこと考えるようになっちゃったの? はい、ソーセージあげる」
仮に、桃子が人間でなくなったとしても。
カレーを食べて、たっぷり寝て、大好きな柚花やヘノと一緒に過ごす。それが変わらないままなら、桃子は桃子なのだ。
柚花はその乱暴な結論に反論があるようだけれど、桃子は強引に柚花の口にソーセージを突っ込んで、それ以上の台詞を先手を打って封印する。
悩んでいるときには、美味しいものを食べるべし。
これもまた、まもなく20周年を迎える人生で、桃子が見つけた一つの答えなのである。
そのような雑談に花を咲かせながら、ドイツ幕の内弁当を食べ終える。
食べる前は小さな弁当箱に見えたけれど、さすがは探索者をターゲットにした弁当だけあって、いざ食べてみるとなかなかのボリューム感だった。
弁当を食べ終えた頃には、パトロールを終えたヘノとニムも戻ってきている。
「桃子。ご飯は食べたか。じゃあ。行くか」
「ヘノちゃん、もうすこし落ち着いてね? ねえ、柚花はどうする? 今日は私はヘノちゃんと『毒の密林』にもう一度遊びに行く予定なんだけど」
「どうするって聞かれましても、そんな毒まみれの空間に私は入れませんからね? 遠慮しておきますよ」
柚花は『毒の密林』がどのような場所か、すでにニムから詳しく聞いている。
毒の耐性など持たない柚花が足を踏み入れれば、探索どころか昏倒してしまうのが確実な場所だ。
いくら桃子の誘いだとしても、そんな場所に同行しようとはさすがに考えない。柚花らしい、冷静で的確な判断である。
「そっかー。じゃあ、ニムちゃんも?」
「は、はい……。今日の午後は、柚花さんと一緒に、ど、どこかリラックスできる場所に行くつもりです……」
「ニムさん、午後はまた化け狸の里でゆっくり過ごしましょうか。あそこなら安全ですし、ご飯も出ますしね」
「い、いいですねぇ……あ、あの沼の魚……捕まえたいですねぇ……」
夏に起きた牛鬼との戦いによって、一度は魔物たちに蹂躙され、滅茶苦茶にされてしまった化け狸の里も、最近はようやく元のような平和な姿が戻ってきたそうだ。
あの場所ならば魔物もおらず、柚花が苦手とする見知らぬ人間もいないので、柚花たちが静かにゆっくり過ごすにはうってつけなのかもしれない。この妖精の国も条件的には近いのだが、ここは小妖精たちがひっきりなしに絡んで来ることが多く、意外とゆっくり過ごせない場合もあるのだ。
「柚花ったら。あんまり長に迷惑かけちゃ駄目だよ?」
「ええ。長には毎回手土産を用意してますから、抜かりはありませんよ」
「ええー……」
あくまで化け狸の里であり、本来ならばアポなしで妖精を連れた人間がホイホイ入り込んで良い場所ではない――のだが、どうやら柚花は桃子の知らぬ間に、化け狸の里の常連客になっているらしい。
後輩の意外な行動力に、桃子はただただ苦笑を浮かべるしかないのだった。
香川ダンジョンへと向かう柚花とニムの二人を見送ってから、桃子は今日もまた『毒の密林』へと出発だ。
ヘノが先んじて話を伝えてくれていたようで、ルイとリフィの二人も、桃子のために予定を空けてくれていた。
「ククク……では、早速行くとするかねぇ……?」
「今日はまだ時間も早いし。桃子が行きたい場所に行くヨ」
「うん、ありがとう。とは言っても、ここに何があるのか分からないし、二人のおすすめの場所とかを見ていたいかな?」
そして、今日の同行者はルイとリフィだけではない。
ニムが柚花とともに遊びに行っている代わりに、別な妖精が増えている。
「んふふ♪ 途中ですてきな場所があれば、お酒休憩にしましょうね♪」
「今日はクルラちゃんが一緒なんだね」
「ええ♪ なんだか、面白いことが起こるような予感がしたのよ♪」
既にお酒で赤ら顔になっているのは、桃の木の妖精クルラだ。
ヘノがルイたちに声をかけたときに、ちょうど彼女もその場にいて、話を聞いていたのだそうだ。
奇しくも、ルイ、リフィ、クルラという、植物属性の妖精たちが揃っている。
「面白いことはいいけど。お酒は駄目だからな。桃子が起きなくなっちゃうからな」
「桃子も、早く大人になりましょうね♪」
「私、一応あと二ヶ月もすれば二十歳なんだけどね……?」
相変わらず、クルラは桃子にお酒を勧めつつ、律儀に日本の法律で桃子が飲酒可能になる日を待っていてくれている。
もし、あと二ヶ月後に、桃子が二十歳を迎えたならば。
少しくらいは、クルラのお酒を飲んでみてもいいかな、と。赤ら顔で微笑むクルラの顔を見て桃子の心は揺れ動いているのだが――それはまた、もうしばらく先の別な話である。