ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「では、今日は……色々と、この階層を見て歩くとするかねぇ……?」
「役に立ちそうな果物とか葉っぱとかの場所をおしえてやるヨ」
「はーい。よろしくね、ルイちゃん、リフィちゃん」
ルイとリフィの案内で進む『毒の密林』探索の二日目。
昨日はルイのお勧めとして、彼女の生まれた場所でもある薬草園を案内されたのだが、せっかく桃子が初めて訪れたダンジョンということで、この日はまた別の場所を案内してくれるという。
先頭を行くのはこのダンジョン出身である、薬草の妖精ルイ。続くのが、緑葉の妖精リフィ。
桃子は頑張ってその後に続いていき、その後ろには時折お酒を飲みつつクルラが桃子を見守るようについてきてくれている。
ヘノは桃子からつかず離れずの距離を保ちつつも、興味の向くままに辺りを飛び回っている。時折周囲から木の実や葉っぱを拾っては桃子の元に戻り、勝手にリュックに入れている。ここの樹木には毒があるので、ヘノが入れたものはあとで分別しておかないといけない。
「ところで今更だけど、ここってマラリアとか大丈夫なのかな」
「まらりあって。なんだ。食べ物か?」
「聞いたことない食べ物だヨ」
「いや、ええとね……『蚊』っていう虫が媒体になってる、伝染病の名前なんだけどね。地上では魔物よりも、その『蚊』が一番多くの生き物の命を脅かしてるの」
密林を歩きながら、ふと、桃子は疑問を口にする。
ここはあくまで日本国内のどこかにあるダンジョンだが、しかしこの蒸し暑さすら感じる階層自体は、間違いなくジャングルである。
そして、実際にあるジャングルといえば、そこで一番恐ろしいものは肉食獣でも猛毒の蛇でもない。それは――『蚊』だ。
「地上では。虫が一番。強いのか。よっぽど大きな虫なんだな」
「知ってるヨ。房総ダンジョンの第四層にも。ヤバいのがいるはずだヨ」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね。つまり、簡単に言うと――」
どうやら妖精たちは勘違いしているようだ。房総ダンジョンの第四層は確かに巨大な昆虫型の魔物が徘徊しているが、桃子の言うマラリアの媒体となる蚊はあんな巨大なものではない。むしろ、人の目を盗んで血を吸っていく、とても小さい虫だ。
桃子は、これ以上勘違いが助長されないように、簡単にかいつまんで説明していく。地上で一番多くの生き物を殺しているのは、マラリアという病気を運んでいる『蚊』という小さな虫なのだ、と。
どうやら、地上の伝染病の話というのが物珍しかったのか、妖精たちは興味深そうに桃子の話に耳を傾けていた。
「窪地の周りにも、夏には蚊がいるのよ♪ マラリアが怖いし、お婆ちゃんにはグルグルのお線香を欠かさないように言っておくわね♪」
「クルラちゃんは知ってるんだね、蚊取り線香」
クルラは地上の生活を知っているので、日本の夏の風物詩も知っているようだ。
桃の窪地は山形の山村なので、あの場所にマラリアの心配などはないはずだが、蚊の対策をしておくに越したことはない。
「ククク、伝染病については私も詳しくはないけれど……まあ、安心したまえ。少なくともこの階層には……虫はともかく、地上でいう感染症は存在していないからねぇ」
「あ、良かったあ。さすがにさ、感染症とかがあると、毒の耐性とかそういうレベルの話じゃなくなっちゃうからね。まあ、虫がいるのは仕方ないか……」
「桃子が虫が気になるなら、虫が近づかない葉っぱをおでこにでも貼っておいてやるヨ」
ルイの言葉によれば少なくともこの階層で伝染病の類いはないらしい。それを聞いてほっと一息ついていたのもつかの間、はたしてどこから出したのか、リフィが立派な緑色の葉を取り出して、桃子のおでこにペタリと貼り付けた。
おでこにペタリ。まるで中国の動く死体の妖怪、キョンシーの額に貼られた護符の如くだ。もっとも、キョンシーの額に貼られた護符ほど大きくはないので、視界の邪魔にはならなかったが、いきなり貼り付けられた桃子は面食らう。
「え? あの、虫除けは嬉しいんだけど……これ、おでこに貼ったままにするの? 虫除けって、身体にミントの成分を吹き付けるとかじゃないの?」
「安心しろヨ。おでこでも効果はあるヨ」
「あ、うん」
「んふふ♪ 桃子、可愛いわ♪」
「なんだか。たぬきが。術を使うときみたいだな」
桃子とて「可愛い」と褒められて嫌な気分はしないけれど、化け狸のようにおでこに葉っぱをつけた少女は、一般的に可愛いものなのだろうか。
疑問に思いつつも、せっかくの虫除け効果を剥がすのも勿体ないので、桃子は腑に落ちない感情を抱きつつも、おでこの葉っぱを受け入れたまま、密林を進んでいく。
原理はよくわからないが、緑葉の妖精お墨付きのアイテムならば、効果は信頼できるのだから。
案内された先には、やや大きめの河が流れていた。房総ダンジョンや香川ダンジョンで見かけるような穏やかな流れの川ではなく、水が濁り、勢いのある河だ。周囲には、水に溶け込んだ土の匂いが強く漂っている。
水面のギリギリまで木々の根が入り組んでおり、河の上にも覆い被さるように緑が茂っている。
河岸に垂れ下がる様々な蔦や蔓は、古いジャングルの英雄物語を彷彿とさせる。映画やゲームならば、あの垂れ下がる蔦を振り子代わりにして対岸までひとっ飛びできるのかもしれないが、残念ながら桃子にそのようなアクションは出来そうもない。
「うわー、なんか……ワニとかピラニアとかが居そうだね」
離れた場所から覗いても、その濁った水中の様子は見通せない。だが、恐らくは何かがいるのだろうという、第六感じみた予感がある。
いくら警戒心の薄さを指摘されがちな桃子とはいえ、さすがにこの状況では好奇心よりも恐ろしさが勝る。もっと水面に近づいて覗いてみよう、などとは思えなかった。
「わにとぴらにあは知らないけど。水の中が見えないな。潜ってみるか」
「わー!? ちょっと待って、駄目だよヘノちゃん! ワニがいたら食べられちゃうからね! あっちいこうね!」
「ククク……」
世の中には、ワニ肉の唐揚げもあるし、ピラニアも食べれば実は美味しい魚だと聞いたこともある。
だが、一般的な日本人である桃子からすれば、ピラニアとは肉を食らう恐ろしい魚なのだ。万が一でも、ヘノがピラニアを気に入って妖精の湖に放流などされたら、たまったものではない。
というわけで、桃子はヘノを鷲づかみにして、さっさとその濁流から距離をとるのだった。
ルイなどは楽しげにその様子を眺めて笑っているけれど、桃子としては笑いごとではなかった。
濁流の、ワニやピラニアが潜んでいそうな雰囲気の河を後にして。
木々の間を素早く動く魔獣タイプの魔物にヘノが戦いを挑み。
ジャングルの中でも一番巨大な木を真下から見上げて。
毛むくじゃらで、ランプータンにも似た果物をヘノがどこからか持ってきて、桃子がその外見に驚いて。
そんな探索の後に、さすがにそろそろ休憩しようかという話になったときに、リフィが先ほどの河を指さして言った。
「さっきの河を遡っていくと、昨日の薬草園の近くまで登れるヨ。休憩なら、薬草園が一番だヨ」
「じゃあ。あの薬草園で。桃子を休ませるか」
ジャングルの中は、思いの外休憩出来る場所は少ない。
もちろん、妖精が4人もいて、桃子自身も【隠遁】で魔物から襲われる心配はほぼ無いので、安全性の点では問題ない。けれど、いざ休憩となれば、もっと見晴らしがよく、落ち着ける場所が好ましいのは妖精とて変わらない。
「ククク……なら、河に沿って遡るとするかねぇ……」
「あら? ルイったら、桃子をあの薬草園まで連れていったの? んふふ♪ 珍しいわ」
「あれ、クルラちゃんも知ってるの? ルイちゃんの薬草園」
「んふふ♪ そうね、あの場所は思い出の場所なのよ♪」
ルイを先頭にして、再び密林の中を進んでいく。
桃子の足にはつむじ風の魔法がかけられているけれど、今日の目的は探索だ。様々な植物を眺めたり、生き物を観察しつつ、移動はゆっくり、のんびりだ。
そんな道すがら、クルラが今から向かう目的地である薬草園についての話を桃子に語って聞かせてくれた。
「仲間がまだ少なかった頃に、私たちがたまに集まっていた場所なのよ♪」
「まだ少なかった頃っていうと、ルイちゃんと、クルラちゃんと……」
自我が曖昧な小妖精とは違う、自我を得て成長した、力の強い妖精たち。
その中でも、桃子の知る限りではルイとクルラ、そして今は亡き雷の妖精エレクの三人が、年長の三人だったはずだ。
クルラが語るのは、桃子はもとより、ヘノですら知らない妖精たちの昔話だ。
「ククク……懐かしいねぇ……あの頃は、リフィもまだ生まれる前だったかねぇ」
「んふふ♪ こんなに妹が増えるだなんて、あの時は思いもしなかったわ♪」
そこまで聞いて、桃子の頭には一つだけ、ひっかかる部分があった。
最初の娘がエレク、そしてその次がルイとクルラだということは桃子も知っている。ただ、それ以降の妖精たちの生まれた順番までは知らなかったのだが、今の言い方だとまるで、リフィが四人目の妖精のようである。
リフィには失礼かもしれないが、桃子の中でのリフィの印象は、かなり幼い子供なのだ。
「もしかして、リフィちゃんって、妖精のみんなの中では年上のほうなの?」
「そうだヨ。エレク、ルイ、クルラの次に自我が芽生えたのがワタシだヨ。四番目だヨ」
「んふふ♪ リフィが来たのは……そうね、20年以上も前だもの。リフィは桃子より年上よ? お姉さんなのよね♪」
「そうなのヨ」
「ええー?! そうなんだ……」
桃子にとっては、衝撃の事実である。
目の前の、頭の上からぴょこんとした若葉のようなものを生やしている、ちょろくてツンデレな妖精は、桃子よりも年上の存在だった。
どことなく大人びたルイや、お酒飲みのクルラが自分より年上と言われたならば違和感もなく受け入れられるのだが、リフィはどうにも年下のイメージしかない。そもそも体長からして、リフィは今のヘノより少しばかり小さいのだ。
以前、ヘノが経験とともに一晩で成長したことがある。リフィには悪いが、排他的で視野が狭いきらいのあるリフィは、ヘノのように大きく成長するきっかけが無かったのかもしれない。
しかし、だとしても。まさか自分よりも年上だなんて――と。桃子はつい、まじまじと彼女の姿を見つめてしまう。
「リフィちゃん、私より年上だったんだ……ちょっと意外だったよ」
「なにが意外なのヨ? まあ、ワタシたちは年齢なんて気にしたことないけどヨ」
「ククク……桃子くんは、リフィを年下だと思っていたようだねぇ……」
桃子は決して、リフィを外見のみで年下だと考えていたわけではない。
しかし彼女が自分よりも年上だと言われてみれば、リフィの斜に構えたような態度は、年上だからこその強気な態度だったようにも思えてくるから不思議である。
そして、それと同時に――。
「桃子たちが話してる間に。変な生き物がいたから。捕まえておいたぞ。食べられるか?」
「うわ、ワニの赤ちゃんじゃん?! ヘノちゃん、逃がして逃がして! さすがにワニの赤ちゃんはカレーにいれられないよっ、可哀想だし」
「そうか」
今までの話を全く聞かずに、一人で河を探索していたヘノがこの中で一番年下だというのは、非常に納得できた。
もちろん、大人げない破天荒な言動の数々もある。けれど、それ以上に。
ヘノを見つめる年上の妖精達の目が、三人とも。呆れながらも、優しい姉のような目だったのだから。