ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ふう、やっと到着だねえ。さすがにちょっと、疲れちゃったかな」
「結局また。昨日と同じ。薬草園に来たな」
「このダンジョンは、ゆっくりカレーを作れるような開けた場所が少ないんだヨ」
様々な場所を巡り、桃子たちは昨日と同じ薬草園へとやってきた。
昼に妖精の国で『ドイツ幕の内弁当』を食べてから出発してから、時間にしてすでに2時間以上は歩き回っているだろう。その間、桃子の額にはずっと虫除けの葉が貼られたままで、もうその違和感がなくなってきてしまったほどだ。
日が沈むまではまだまだ時間がある。
けれど、いくら桃子が人並みはずれた魔力で身体強化されている身とはいえ、2時間も密林を歩き続けていては疲れが足にくるものだ。落ち着いて足を休められる休息場所は必要である。その上で、休憩がてらカレーを造るスペースがあれば申し分ない。
「んふふ♪ この薬草園も懐かしいわね♪ ルイと、エレクと、それにこの薬草園の――」
「ククク……やめたまえ。昔の話だからねぇ……」
クルラとルイが小声で交わしている言葉が桃子の耳に届く。
ティタニアの娘たちの中でも年長であるはずの彼女たちは、少なくとも桃子以上の時間を生きている。この場所にはきっと、彼女たちにしかわからない歴史があるのだろう。
クルラとルイは、それ以上は黙して語らず。ただ二人で横に並び、懐かしげにその薬草園を眺めている。
一方、反対側で薬草園の奥を探検しているリフィとヘノは元気いっぱいだ。
「桃子はそこで。休んでおくといいぞ。ヘノたちが毒入りカレーの材料を集めてくるからな」
「昨日とは別の薬草を選ぶヨ。昨日とは違った毒入りカレーにしようヨ」
「なんか、私がどうこうじゃなくて、みんなが毒入りカレー大好きすぎない?」
毒入りカレー。正式には、毒性の強い薬草入りカレーだ。
ヘノとリフィはその材料を選ぶため、二人であれこれ言いながら、薬草園の植物を味見してまわっている。
「この苦味が癖になるヨ。採用だヨ」
「こっちのは。渋すぎてダメだな。甘いのはないのか」
いくら薬草とはいえ、毒が入っていることが確実な植物を一つ一つ吟味して味わうなど、人間がやったらあっという間に病院行きだろう。
最終的にカレーを作ることになるのは自分であるため、毒の検分をはじめたヘノ達を桃子は複雑そうに眺めていた。
「まあ、安心したまえよ。悪い毒にはしないさぁ……ククク」
「悪い毒って……まあ、信頼はしてるけど、やっぱり響きが物騒すぎない?」
「んふふ♪ さあ、桃子。みんなが薬草を集めている間、桃子は休みましょ♪ 足も疲れたでしょう? お酒を飲みたいの? いいわよ?」
「待って待って、飲まない飲まない。お酒は飲まないからね?」
話の脈絡に全く関係なくお酒を飲ませようとしてくるクルラにツッコミを入れつつも、桃子はその言葉に甘えて、足を伸ばして少し横になることにした。
毒性の強い薬草が生い茂る中、身体を伸ばして仰向けになる。
いくらこの階層が、毒の植物と毒の空気に覆われた階層だとしても、遙か遠くに見える空は美しく澄んでいる。
密林の隙間から垣間見る空に見守られるように、桃子は少しだけ目をつむる。耳から入ってくる、ヘノたちの楽しげな会話が心地よい。
毒に包まれているという不思議な状況に思うところはあるものの、気付けば桃子の意識は、うとうとと。
ひとときの夢の世界へと旅立っていた。
「桃子。起きろ。気をつけろ。こっちに。何か近づいてくるぞ」
「ん……え……?」
どれくらい眠っていたのだろうか。時間にすれば数分程度のことかも知れないが、いつの間にか眠っていた桃子はヘノの緊張した声に起こされた。
いつものように、ツヨマージでつつくわけでも、頬をつんつんとつつかれるわけでもなく。ただ、横たわる桃子を守るように緑の風が周囲に渦巻き、桃子の前髪を揺らす。
「桃子、目が覚めたなら起きてもいいけど、動いちゃ駄目だヨ」
耳元からは、リフィの声。こちらも、いつもの軽い口調ではなく、緊張を孕んだ声色だ。
緊急事態――桃子の脳裏にその言葉が浮かび、急速に意識が覚醒していく。
寝転がったままではいられない。桃子はすかさず身を起こし、妖精達が睨み付けている方角に視線を向ける。懐から、小さくなっているハンマーを取り出し、すぐに巨大化できるようにその手にギュッと握りしめる。
辺りには、相変わらず原生生物たちの鳴き声が響いているだけで、何か派手な音が聞こえてくるわけではない。
けれど――。
確かに、桃子も気がついた。薬草園へと向かって、何か小さいモノが近づいてきている。
密林の中に、楕円形をした緑色の葉がガサガサと揺れているのが見えた。しかし、それだけだ。
どうにもその『何か』はあまり大きくはないようで、気配はあれど姿は見えない。桃子がどれだけ目をこらしても、そこにあるのは緑の植物たちばかりである。
ヘノやリフィだけでなく、ルイにクルラも桃子の前に浮かび、緊張を孕んだ視線で前方を見据えている。
「え? 魔物? 原生生物?」
桃子は、緊張して息を殺しつつも疑問に思う。
魔物だとしたら、妖精が四人も居て、魔物の接近をここまで許すものだろうか。息を殺して待ち構えることなどあるだろうか。
あるいは、魔物でなく原生生物や探索者が近づいてきたとしても、妖精たちが四人とも、ここまで緊張した顔を見せるものだろうか。
「ねえ、ヘノちゃん、どういうことなの?」
「桃子。わからないんだ。あれがなんなのか。魔物じゃないし。人間でも。原生生物でもないんだ」
「え、なにそれ……」
問いかけると、答えは返ってきた。
けれどその答えは余計に桃子の困惑と緊張を増幅させる。感知能力の強いヘノですら、近づいてくる相手が何者なのかがわからないと言うのだ。
だからこそ、妖精たちも相手の出方を待っていた。
魔力や瘴気の感覚で正体が分からないならば、目視に頼るしかない。
だが、桃子が何度そちらをみても、そこにあるのは植物ばかりである。緑色の葉がしきりに揺れているだけである。
恐ろしげな魔物の姿も、厄介な力をもつ探索者の姿もない。もちろん、妖精たちのような魔法生物の姿も桃子の視界には映っていない。
しかし、妖精たちはすでに謎の来訪者の姿に気づいたようだ。
「どういうことなのヨ? なんであんなのが動いてるのヨ? ルイ、どういうことヨ?」
そして、リフィに問われたのはルイだ。
「ククク……さすがに、私も初めて見るねぇ。クルラは知っているかい?」
次に、ルイに問われたのはクルラだ。
「んふふ♪ わからない……けれど。あの子はきっと、悪い子じゃないわ。私にはわかるわよ♪」
「そうかい。クルラがそう言うなら……悪い存在ではないのだろうねぇ……」
「え? え?」
桃子にはなんのことだか分からないままに、植物の妖精達の間だけで話が完結してしまった。何度見ても桃子には緑の鮮やかな葉が揺れる光景しか見えないのだが、妖精たちには相手の姿が見えているようだ。
しかし、一人だけ状況に追いつけずに疑問符を浮かべる桃子の肩にヘノが着地して、桃子にその『何か』の居場所を教えてくれる。
「桃子。そこの葉っぱだ。葉っぱをよく見てみろ」
ヘノのツヨマージの指す方向に桃子も視線を向け、ジッと観察してみると。
するとようやく、桃子にも妖精たちの話していることが理解出来た。それは決して桃子には見えない相手というわけではなく、むしろ最初から見えているものだった。
ただ単に、意外すぎて気付かなかっただけだ。
それは、確かに、動いていた。
それは、茎と根を器用にぐねぐねと操り、生き物のように歩いていた。
それは、その身をもっさりと覆う緑の葉を大きく揺らしながら、薬草園へと近づいてきている。
それは、どこに生えていてもおかしくないような、高さ60㎝程度の植物だった。
「植物が、動いてる……?」
「そうだヨ。魔物でも人間でもなくて、葉っぱが歩いてるんだヨ」
緑葉の妖精リフィが断言する。
あれは、葉っぱ。というより、見た目的には葉が大量に茂っているが、その内側には茎や根もついた植物そのものだ。
正体不明の、魔物でも人間でもない何か。それは、植物だった。
「ククク……ヘノは桃子くんの側にいたまえ。悪い存在ではないとはいえ、あれが植物なら、私たちの常識も通じないかもしれないからねぇ……」
相手が恐ろしげな何かでないことがわかり、ルイたちの緊張も先ほどよりはほぐれている。
ルイ、クルラ、リフィ。彼女たちは、植物を司る妖精たちだ。相手が植物だというのならば、ヘノや桃子が近づくよりも、彼女たち植物の妖精が近づいて調べた方が良いだろう。
ヘノと桃子を薬草園に残して、ルイたちは三方向から挟み込むように、連携してその『謎の植物』へと近づいていく。
「ねえヘノちゃん。あれって、植物タイプの……なんだろう、新種の魔法生物? マンドラゴラとか?」
「あのモサモサ。魔力は感じないんだけどな。まんどらごらって。なんだ?」
「植物の――ええと、根っこが人の形をしていて、引っこ抜くと悲鳴をあげて、それを近くで聞いたら死んじゃうっていうやつなんだけど」
「なんだそれ。地上には。そんなのいるのか。気持ち悪いな」
ヘノに、地上の古くから言い伝えとして名前のある植物タイプの幻想生物について説明をする。
とはいえ、いま目の前にいる謎の植物は、俗に言うマンドラゴラとは違うようだ。土から引っ張りだすと悲鳴をあげるどころか、茎と根を動かして地上を歩いているのだから。
密林を抜け、開けた薬草園の入り口にそれは姿を現した。
大きさは、桃子の背丈の半分にも満たない程度だ。見た目だけで言えば、普通にプランターで育っていそうな、ありふれた植物に見えた。茎と根を動かして移動してさえいなければ、何ひとつ違和感など感じなかったことだろう。
やはり、人に伝わっていた幻想生物ではなく、このダンジョン独自の生物――なのかどうかもわからないが、とにかくそういう、この場所ならではの存在なのかもしれない。
リフィたちがそれに近づくと、それも動きをとめた。顔も何もないのだけれど、まるでそれは、宙を浮く妖精たちに視線を向けているように見えた。
――しかし。
残念ながら。その謎の植物をじっくり調べている余裕は、桃子たちには与えられていないようである。
「しまった。あの変なモサモサに。気を取られてたな」
「え? ヘノちゃん?」
ヘノの言葉とともに、ルイたちもすぐに浮き上がり、臨戦態勢となる。
そして謎の植物は、まるで自分で意思を持っているかのように、茎と根をくねらせて器用に薬草園へと駆け込んでくる。その姿は、まるで何かから逃げているように、桃子の瞳には映った。
ジャングルの中では周囲の植物と違いが大きく見分けることも可能だったが、薬草園に入ると他の植物と大差なく、動かない限りは完全なカモフラージュだ。
そして――。
『しまった! キメラのやつ、あの人の薬草園に逃げ込んだぞ!』
『ああくそ、薬草を焼き払ってでも探せ! この際、ある程度の薬草が駄目になっても仕方ない! あとで謝ればいい!』
そこに現われたのは、宇宙人――ではなく。
銀色に光る、まるで、宇宙服を彷彿とさせるような全身防護服に身を包んだ。
二人の、人間だった。
【オウカお嬢様の本日のお食事チャンネル】
皆さま、ごきげんよう。オウカです。
実を言いますと、わたくし本日はアンニュイな気分で、あまり食欲がありませんの。
なので、食事風景を期待なさっていた方々には先に謝っておきますわね。
『姐さん、【天啓】が失敗したんでしたっけ?』
失礼なスタッフの鎧さんですわね。
わたくしの【天啓】に間違いはありません。ただ――避けられぬ別離を予告してしまい、気持ちが沈んでおりますのよ。
『そりゃあ……ご愁傷様です。でも姐さんの天啓って、人の死とかは予言せずに、どっちかというと助かる道を教えてくれるスキルですよね? 別離の予告なんてあります?』
世の中には、"死"とは違う形の別離とていくらでもありますのよ。
まあ、全身金ぴかヨロイマンに、そこを察する繊細さまでは求めていませんから。ほら、さっさと進めてくださいまし。
『はいきた! 今日は元気のない姐さんに、メチャ元気を出してもらえそうな珍しいものを持ってきましたよ!』
はい? ええと、こちらは?
『筑波ダンジョンでしか入手できないという、濃縮薬草エナジーバーと、濃厚魔力ドリンクです! 筑波ダンジョンの薬草のすごい人が関わってるやつですよ!』
はぁ……よりによって、このタイミングでそれを持ってきますか? その青臭いエナジーバーでわたくしが元気になるわけありませんでしょう?
でも、そうですわね。せめてこれに合うお酒を持ってきてください! さあ、さあ!
『青臭さ満点の薬草バーに合うお酒ってなんでしょうね。シンプルに缶のビールでいいっすか? 冷蔵庫にいくつか入ってますよ』
ふむ。まあ、かまいませんわよ。
合うお酒を探すためには、何種類か試す価値がありますわね! なんだか元気が出てきましたわ!