ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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毒の花のアルラウネ

「どうするんだ。あの変な格好の人間たち。さっきのモサモサが。狙いみたいだぞ」

 

 密林の奥からやってきたのは、銀色に光る宇宙服のような防護服に身をまとった、人間たちだった。

 桃子は薬草園の中でかがみ込み、隠れるようにしてその姿をのぞき込む。おそらくあの防護服はこの階層に充満している毒性を持つ空気への対策なのだろうが、密林を歩く銀色の防護服は異質な風景であり、桃子はそれに不気味さすら感じる。

 妖精たちも薬草園の中へと退避し、渦中の"モサモサ"もまた、数多の薬草・毒草に紛れてしまい、桃子の目からはどこにいるのかもうわからない。

 

 ヘノの"モサモサ"という表現に、桃子とヘノの会話を聞いていなかった植物妖精たちは怪訝な顔をするけれど、しかしすぐに話を進める。

 

「んふふ♪ なんだか物々しい人たちね♪ どうしようかしら?」

 

「あの植物、人間を怖がってたヨ。やっぱり人間はろくでもない連中だヨ!」

 

「そうだねぇ。彼らの事情はわからないけれど……彼らは、聞き捨てならないことを言ったねぇ……」

 

 桃の木の妖精クルラは、事情のわからない人間に対して中立的。

 そして、植物を怖がらせる人間に対して、緑葉の妖精リフィは敵対的。

 そして薬草の妖精ルイは、明らかに怒っていた。

 彼らは、ルイにとって聞き捨てならないことを口走ったのだ。

 

 

 ――薬草を焼き払ってでも探せ! この際、ある程度の薬草が駄目になっても仕方ない!

 

 

 その台詞は、この薬草園で生まれたルイにとって、許されない言葉だった。

 

「少なくとも……彼らはこの『薬草園』にとっては、消し去るべき敵のようだねぇ……」

 

「ル、ルイちゃん……?」

 

 人間の事情は知らない。人間たちが"キメラ"と称した存在――動く植物の正体もわからない。

 だが、この薬草園を守るルイにとって、その薬草を軽んじ、あげく危害を加えるというのならば、この人間達は明確な敵である。

 

 無言のルイから、魔力が湧き上がる。

 魔力に疎い桃子ですら、すぐ横に居れば薄らとわかるほどに、それは毒々しく、濃厚な殺意を伴う力だった。

 ヘノが桃子を守るようにルイとの間に陣取り、人間に対して怒りを向けていたはずのリフィすら困惑したようにルイに視線を向けている。

 

 しかし、そこで咄嗟に動けたのは桃子だった。

 

「ま……待って、待ってルイちゃん! あの、どうか……その、穏便にさ、穏便に済ませようよ」

 

「そうよ♪ 彼らも、やりたくてやってるわけじゃないのだから、その力を抑えなさいね、ルイ♪」

 

「そうだぞ。さすがに。桃子の前で。人間を殺すつもりなら。ヘノも。見過ごせないぞ」

 

 桃子は慌ててルイの肩に指をあてて、落ち着くように説得する。

 これは、桃子が魔力に疎かったのが幸いしたのだろう。魔力を目視できる柚花ならば、殺意を込めた魔力を放つルイからは即座に距離を取っていたはずだ。

 そして、桃子に続きクルラがルイの正面に立つ。人間を見守る土地神として生まれたクルラは、ルイの凶行を許すわけにはいかない。

 最後にヘノも、クルラとともにルイに対面する。

 

 リフィは立場的にルイに反対はしなかったものの、やはりルイの殺意に当てられたのだろう。とっさに距離をとり、流れを見守っている。

 

「ね、ルイちゃん。お願い!」

 

「……はぁ。やれやれ……桃子くんがそう言うのでは、仕方ないねぇ……」

 

「んふふ♪ さすが桃子ね、怖いもの知らずって素敵よ♪」

 

 ルイはいつものように、桃子に顔を向けないままで、数秒ほど黙り込む。

 しかし最後はため息とともに、その身から発散していた魔力を霧散させる。桃子にその気はなかったが、今回の心理戦は桃子の勝利として幕を下ろす。

 

 クルラは褒めているのかどうなのか怪しい台詞を口にしながら、ふわりとルイにハグをして、ルイの耳元で何かを囁いていた。ルイも鬱陶しがりつつ、クルラを引き剥がそうとはしない。

 何を呟いているのかは桃子にはわからなかったが、そこにはクルラとルイの、固い信頼関係を感じずにはいられない。

 

「ルイは落ち着いたみたいだけど。どうする。あの人間。もうすぐそこだぞ」

 

「ククク……では、実際に命を脅かす代わりに、死ぬほど驚いてもらうことにしようかねぇ……」

 

「みんな桃子に甘いんだヨ。まあ、リフィもさすがに死なすのはやり過ぎだと思うし、それでいいヨ」

 

 どうやら、ルイは怒りを抑えてくれたらしい。

 ルイにとってこの薬草園はそれほど大切な場所なのだろうけれど、だからといって目の前で人間に危害を加える妖精の姿など見たくはなかった桃子は、安堵で胸をなで下ろす。

 代替案も『死ぬほど驚かせる』という、ある意味では非常に物騒なものではあるが、実際に命を脅かすよりはよっぽど前向きだ。

 しかし、そのように安堵していた桃子にも、災難というものは用意されていた。

 

「ねえ♪ 驚かせる目的なら、言い出しっぺの桃子にも協力してもらうのはどうかしら♪」

 

「ククク……いいねぇ……」

 

「じゃあ。こんなのはどうヨ。桃子を素体にして――」

 

「んふふ♪ 素体が桃子なら――」

 

 人間はもうすぐそこだ。魔物を警戒しているのか、密林を進む歩みそのものはゆっくりだけれど、あと数分もせずに薬草園へと到達するのは間違いない。

 そんな折、植物の妖精たちが円陣を組み、即興の悪巧みを相談し始める。

 桃子の耳に時折届く言葉からは、何やら嫌な予感しかしない。

 

「え? 私が、素体? え?」

 

「桃子。なんだか。楽しそうなことに。なってきたな」

 

 横では、まるで他人事のように。

 植物妖精たちの会議に聞き耳を立てながら、ヘノがぽつりと呟いているのだった。

 

 

 

 

 

『ん? なんだ?! おい、誰かいるのか?! もしかして博士が来てるのか?』

 

『は? いや、だって、今日はライ……博士は上だろ?』

 

『だ、だよな、博士には絶対安静でいてもらうために、無理を言ってまで俺たちが来たわけだし……』

 

 銀色の防護服をまとった人間たちが薬草園へとたどり着くと、そこには何か非常に不自然な気配が漂っていた。

 何故か、薬草園のなかから人の気配と話し声が聞こえるのだ。

 彼らが探している対象は、一言で言えば『動く植物』であり、薬草園に隠れていたとしても人のような気配などあるわけがなく、当然ながら話し声などするわけがない。

 毒から身を守るための防護服はその効果と引き替えに、どうしても視野が狭くなり、外の音をある程度シャットダウンしてしまう。

 なので、彼らにはその声の正体がわからない。

 

 二人の人間は薬草園のふちに立ち、もしもの事態に備えて、それぞれが武器の剣を構えて、生い茂る毒草畑に油断なく視線を走らせていた。

 

 

 

 

 一方、その『人の気配と話し声』の発生源である桃子。

 今は4人の妖精が桃子を囲んでおり【隠遁】はほとんど消失している状態だが、妖精たちはそれにもかまわず、どんどん桃子の身体に細工を施していく。

 

「え? 何?! 何してるの?! わ、きゃーっ!」

 

「ちょっと人間たちを驚かせるだけだヨ」

 

「んふふ♪ 私たちがこうして力を合わせるのは、空の上のダンジョンぶりかしら♪」

 

「ルイとクルラが、ピンチのカリンを置いてったこと思い出して、なんだかムカムカしてきたヨ」

 

 最初は、額に貼られた虫除けの葉だった。その茎部分が伸び、葉がみるみる生長し、仮面のように桃子の眼前を覆っていく。

 突然のことに慌てふためく桃子の身体には、周囲から伸びてきた様々な植物が巻き付いていた。これは、植物の妖精たちが力を合わせ、周囲の毒草――いや、毒性の強い薬草を操り、成長を促進させたものだ。

 それが、無造作に、無遠慮に。桃子の身体に巻き付き、這いずり、桃子が苦しくないよう、ソフトタッチに優しく締め上げていく。

 

「ちょ、待って待って! 草がくすぐったくて……うわあ! あはははっ」

 

「桃子。笑うか驚くか。どっちかにしたらどうだ」

 

 その植物たちは、まるで桃子を飲み込むように、その小さな体躯を包み込んでいく。

 そうして桃子の身体を覆いつくしてもなお、膨れ上がっていき――。

 

「ククク……このままもっと大きく、強そうな姿にしようかねぇ……」

 

「駄目よ♪ 桃子は女の子なんだから、可憐なドレスよ、ドレスにしましょう♪」

 

「ドレスはあまりわからないから、カリンの衣装のイメージで作るヨ」

 

 桃子の外観は、その全てが植物で形作られた女性の姿となり、毒草の巨大なドレスで完全に覆われた。

 そこにはもう、桃子の名残はない。桃子は文字通り、この姿を形作るための『素体』となっていた。

 

「うわ、ひゃああっ! 待って、服の中に……あはは! くすぐったい……! あははっ、あはははっ」

 

「顔まで隠れちゃってて。何も見えないけど。中はものすごく。楽しそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

『おい、そこにいるのは人間なのか? それとも……』

 

『バカ! 人間がいるわけないだろ! もし新種の魔物だったら、キメラどころじゃないぞ! 逃げなきゃ――』

 

 人間たちの言葉は、そこで途切れる。

 彼らがものを言い終わる前に、"それ"が突如として、薬草園の中で立ち上がったのだ。

 その2メートル近くにもなるであろう体躯が、まるで朝の光に目覚めた植物たちのごとく、むくりと起きあがったのだ。

 

 それは、巨大な植物で形作られた――女性だった。

 

「――あはは……あはははっ……!!」

 

 それは――笑っていた。まるで、人間の声を数多の植物で覆ったような、聞こえづらい音声だけれど、確かにそれは人間たちを見て、楽しげに笑っていた。

 はたして、人間という珍しい存在を見て、ただ無邪気に笑っているだけなのか。それとも、己の領域に入ってきた愚か者たちの姿をあざ嗤っているのか。防護服に身を包んだ人間たちには、わからない。

 

 

 

 

「うわ、毒の草が口の中に入ってくる……にがいいぃ、うぇぇ……」

 

「桃子。大変なことに。なってるな」

 

 

 

 

 

「毒の……なかに……入ってくる……がいい……」

 

 人間たちは、ただ、立ち竦んでいた。

 この階層に、あんな魔物は居なかったはずだ。ならば、現にいま目の前にいるのはなんだ。

 女性の形を模した植物のようなそれは、見ようによっては恐ろしくもあり、そして美しかった。

 

 そして、それが、自分たちを見て言っている。「毒のなかに入ってくるがいい」と。

 人の言葉を理解し喋る存在が、自分たちを誘っているのだ。美しくも恐ろしい、猛毒の園へと

 

『な、なんだ……アレ、夢でも見てるのか? 喋るなんて……』

 

『アルラウネだ……! これは――毒花のアルラウネだ……! おい、正気を保て! 逃げろ!』

 

 二人の人間。

 一人はまだ経験が浅いのだろう。突如として現れた植物の化身――アルラウネに、心を奪われている。彼は、その不思議な魅力にとりつかれ、恐ろしさを忘れている。

 そしてもう一人は、恐怖を忘れてはいなかった。彼はすぐに我に返り、逃走の指示を出す。

 

『あ……ああ……美しい』

 

『くそ、精神汚染か?! 博士を守るために来ておいて、俺らが死んでどうする! 逃げるぞ!』

 

 呆然とする相方を強引に腕で抱え込み、彼は薬草園から逃げ出した。

 後ろは振り向かない。視認性の悪い防護服では、後ろを振り返るためには一度立ち止まらねばならない。

 未知の恐ろしい魔物と遭遇した状況で、意味もなく立ち止まることは――死を意味する。

 

『なあ、あれが……天啓に出てきた存在なのかな……予言通り、博士を殺しにきたのかな……』

 

『知らん! おい、意識があるならその脚で逃げろ! どちらかが死んでも、どちらかが生きて情報を持ち帰れ!』

 

『あ、ああ……』

 

 その後。

 彼らは、後ろを振り向くことなく、どうにか第一層まで逃げおおせた。

 

 無論、毒花のアルラウネ――ではなく、毒草でもみくちゃになった桃子は、彼らを追いかけるようなことはしない。

 ただただ、全身をまさぐられて笑い転げ、口に入ってきた毒草の苦みで悶絶し。

 最終的には満身創痍の状態で薬草園に横たわっているのだが、それを知るのは、桃子を見守る妖精たちのみであった。

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