ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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不思議な不思議じゃないキメラ

「桃子。大丈夫か。ずいぶんと。笑い転げてたな」

 

「ククク……笑うのは健康にいいと言うからねぇ? たくさん笑えて、よかったじゃあないか」

 

「はぁ……はぁ……いや、うん……もう当分笑わなくても済むくらいは、笑った気がするよ」

 

 桃子は、力なく薬草園の草花の上に横たわっていた。

 ヘノとルイが言うように、桃子は先ほどまで笑っていた。笑い転げていた。服の中に植物が入り込み、全身を容赦なくくすぐってきたのだ。笑いは笑いでも、新手の拷問のような笑わせられ方だった。

 くすぐり植物の刑から解放された桃子は、頬を赤らめ、全身に汗をかき、いかにも疲労困憊といった様相だ。

 

 防護服に身をまとった人間たちは、桃子の――というより、桃子を元にして作った謎の異形を前にして、一目散に逃げていった。

 去り際に何かを叫んでいたようにも思えるが、それこそ毒花に巻き込まれ外の様子を見聞きすることも難しかった桃子には、彼らが何を言っていたのかはほとんどわからない。

 ヘノが言うには、"あるらうね"という言葉を口にしていたらしい。それはドライアドやマンドラゴラに並ぶ、一般的にも有名な植物の幻想生物の名称だ。

 ただ、彼らが何を指して"アルラウネ"と呼んでいたのかまでは、緑に包まれていた桃子にはとんとわからない。

 

「さっきの人間たち。本当に死ぬほど驚いてたから、きっともうここには来ないヨ」

 

「作戦成功のお祝いに、お酒飲みましょ♪ お酒、美味しいわよ♪」

 

「お酒より、お水が欲しいかなぁ……」

 

 なんにせよ、先ほどの二人組には危害をくわえることなく、一時的とはいえ追い返せた。

 また次にこないとも限らないが、今のところはこれで良しとしようと、桃子は身を起こす。

 ヘノが桃子のリュックから水筒を出してくれたので、そこから冷たい水を貰う。ニムが注いでくれた水は、毒の草花に囲まれた桃子の喉を、すっきりと潤してくれた。

 

 

 

 

「しかし、さきほどの謎の植物……モサモサは、我々が騒いでいる間にどこかへ消え去ってしまったねぇ」

 

「ええと、感知とかは難しいの?」

 

「ちょっと難しいと思うヨ。気配が本物の植物と大差ないから、この密林の中じゃよっぽど近づかないとわからないヨ」

 

「そっかー」

 

 あまりの展開で少しばかり忘れかけていたものの、あの人間たちはあの不思議な植物――仮称・モサモサを追いかけてきたのだ。

 もっとも、妖精ですら「見たことがない」というほどに特殊な存在だ。探索者たちが、ダンジョンで見つけた珍しい存在を捕らえようと追いかけていただけの可能性もあるだろう。

 けれど、桃子の記憶が確かならば。

 彼らは、あの植物をこう呼んでいたのだ。

 

 ――キメラ。

 

 それは、桃子でも知っている言葉だ。

 由来としては、ギリシア神話の『キマイラ』という怪物だ。獅子の体にコウモリの羽、蛇のしっぽを持つ、いくつもの獣を合成したような存在だ。

 桃子としては思い出したくもない存在だが、桃子の知る限り、もっとも多くの悲しみを生み出してきた特殊個体『鵺』と似たような姿の、恐ろしい怪物だ。

 そしてその、多くの獣が融合した姿が転じて。

 現代の言葉で言うキメラとは、医学的に異なる生き物の遺伝子を合成させた生物、あるいはマンガやアニメならば、単純に別々の生き物を合成させて生まれたような合成獣だろうか。少なくとも、そのような存在全般を指す言葉として使われている。

 

 桃子の目からすれば、先ほどの存在はただの植物そのものにしか見えなかった。妖精たちも、同じことを言っていた。

 けれど、もしあれが、人工的に合成された『何か』だったとしたら。そう思うと、桃子の背筋に冷たい汗が流れる。

 

 

「ククク……桃子くん、そう心配することはない」

 

 どうやら、桃子の感情を読み取ったのだろう。

 ルイが、珍しく桃子にきちんと顔を向けて、クククと笑いかける。いつもの不気味な笑い方だけれど、不思議と今は、桃子を元気づけようというルイの純粋な優しさが伝わってきた。

 

「あれは……私のほうでどうにかするからねぇ。ここで桃子くんが気にしても、仕方ないだろう……?」

 

「それは、そうかもなんだけど……」

 

 桃子が気にしても、どうにもならない。それは間違いのないことだ。

 あれがなんであれ、今の桃子にできるようなことはない。ここで気にしても、仕方がない。

 

「桃子。あれがなんだったのかは。ヘノも気になるけど。桃子はなんだか疲れてるみたいだし。今日はいったん帰ろう」

 

「そうヨ。きちんと調理部屋で、ご飯を作ったほうがいいヨ」

 

「そうね♪ 毒カレーは次の機会にしましょう♪ 今日は柚花もいるし、普通のお酒カレーがいいわ♪」

 

「こら。ちゃっかり桃子に。酒を飲ませようとするのは。駄目だぞ」

 

 妖精たちも、桃子の様子をみてか、いったん妖精の国へと帰るように促してくる。

 おそらく、それだけ彼女たちから見ても、桃子は疲れ切っているのだろう。いつも通りのやりとりで場を暖めながらも、どことなく皆が心配そうだ。

 もっとも、桃子が疲れている原因はモサモサでも人間でもなく、どう考えても彼女らの仕掛けたくすぐり植物魔法のせいだ。あれはひどかった。桃子が妖精たちにされたひどいことランキングの上位に食い込んできたのは間違いない。

 

「ふむ……どうにかして、柚花くんにも【毒物耐性】を会得させたいところだが……やはり、毒を飲ませるしかないかねぇ?」

 

「柚花に私みたいにこっそり毒を飲ませるのはさすがに駄目だよ? せめて、柚花本人の許可を取ってから、ね?」

 

 物騒なことを考え始めたルイに釘をさしておく。

 柚花は桃子と違って警戒心もあるため、みすみすルイの差し出した毒を口にすることはないだろう。

 しかし、だからといってわざわざ信頼関係に亀裂を入れかねないやり方を見過ごすわけにはいかない。

 

「そうだヨ。柚花に隠れて毒を飲ませたりしたら、ニムが怖いからやめておくといいヨ」

 

「それがいいぞ。本気で怒ったニムは。ちょっと。危険だからな」

 

「それもそうだねぇ……ククク」

 

 そして、妖精たちは揃って「ニムが怖いからやめたほうが良い」という言葉に頷いている。

 

「え、ニムちゃんてそんなに怖がられてるの……?」

 

 どうやら、誰も異論を挟まないところを見ると、本気で怒ったニムが危険だというのは彼女らの共通認識らしい。

 確かに、時折なにやら恐ろしげな言動が漏れ出すところはある少女だけれど、桃子の中ではニムというのは内気で優しい水の妖精でしかない。

 果たしてニムの何が恐ろしいのか。知らぬは桃子のみだ。

 

「んふふ♪ 桃子は知らなくてもいいことよ♪」

 

「あ、うん……」

 

 やんわりと、クルラに手を引かれる。小さな小さなクルラの手が、桃子の右手の指先をつかんで引き上げる。

 そろそろ考え込むのは終わりにして、共に帰ろうというクルラのメッセージだろう。普段はどうしようもない酔いどれだけれど、彼女は時折このように、皆を見守る姉として立ち回ることがある。

 

 桃子は、様々な感情を心の中に押しとどめながら。

 妖精たちに促されるままに、まだ、日の沈む時間にもなっていないのだけれど。

 この日の薬草園をあとにして、妖精の国への帰路につくことにした。

 

 

 

 

「――っていうことがあって、大変だったの」

 

 その日の夕方。妖精の国にて、桃子は柚花とニムの二人にも改めて事の顛末を話して聞かせていた。

 柚花たちは、ジャガイモたっぷりのカレーを食べながら話を聞いている。この日はかなり早い時間に妖精の国へと帰ってきてしまったので、桃子たちは早めの時間にカレーを済ませてしまったのだ。

 今は、ティタニアの間にある食卓に皆であつまり、香川ダンジョンから帰ってきた柚花とニムの二人だけがカレーを食べながらの談笑中である。

 

「うぅ……薬草園に、宇宙人が……?」

 

「そうだぞ。全身が銀色に光ってて。まるで。絵本に出てきた。宇宙人だったな」

 

「うぅ……チュパカブラを探しにきたんですかねぇ……」

 

「もしかしたら。あの銀色を脱いだら。中身がチュパカブラだったのかもしれないな」

 

「こ、こわい……」

 

 しかし、どうやら桃子が比喩表現で出した『宇宙服みたいなのを着た二人組』という表現が悪かったのか、ニムが妙な方向に曲解してしまったようだ。

 困ったことに、ヘノがどこで覚えたのか宇宙人について語り始めたものだから、ニムの想像力は加速していく。

 最終的には、カレーを食べる柚花の腕にしがみつき、ブルブル震えだしてしまった。

 

「先輩、どうしてくれるんですかこの状況。宇宙服なんていうから、ニムさんが怖がってるじゃないですか」

 

「うーん、説明って難しいねえ」

 

 確かに『宇宙服』と言ったのは桃子だが、その勘違いを加速させたのはヘノである。

 そして、そこから過剰な妄想力で恐ろしいチュパカブラを想像しているのはニムがセルフでやっていることなので、それで文句を言われても桃子としても困ってしまうのだが、しかし柚花はお冠である。

 柚花は桃子のことは敬愛しているのだが、ニムを怖がらせたら相手が桃子だとしてもしっかり怒る、良いパートナーなのだ。

 なお、自分の発言のせいで桃子が柚花に叱られているのだが、ヘノは素知らぬ顔で柚花のカレーのジャガイモを横からつまみ食いしていた。

 妖精女王ティタニアは、そんな風景をにこにこと眺めていた。つまり、いつも通りの食卓である。

 

 

 

 そして、改めてニムの勘違いを訂正すべく、桃子は比喩表現を減らして本日の顛末を説明していく。

 昨日の薬草園にて、動く植物――通称モサモサを発見したこと。

 モサモサを追いかけて、銀色の防護服を着込んだ二人の人間がやってきたこと。

 そして、植物の妖精三人がかりの魔法により、桃子が植物に覆われて大変な目にあったことと、その間に人間たちが逃げてしまったこと。

 最後の部分に関しては桃子自身もあの時何が起きていたのかわからなかったので、ヘノが代わりに説明してくれた。とは言っても「桃子がでっかい女になった」というわけのわからない説明だったのだが、ニムは大層驚いていた。

 

「――っていうわけで、不思議な動く植物のモサモサと、それを追いかけてきた人間の人たちがいたんだよ」

 

 二度目の説明でも、ニムは大変驚いてくれている。別に驚かす目的で話しているわけではないのだが、反応があるのは語り手冥利に尽きるものである。桃子はお陰で機嫌良く説明を続けることができた。

 ティタニアは相変わらずニコニコと静かにその様子を眺めている。

 柚花はカレーを食べながら、盗み食い現行犯のヘノを指先でつまみあげて桃子に突き返すのを何回か繰り返しつつ、何か考えながら桃子の話を聞いていた。

 そしてヘノは、柚花のカレーのつまみ食いは諦めたようで、最終的にはニムの横で落ち着いている。

 

「うぅ……"不思議な植物"がいるなんて、不思議ですねぇ」

 

「そうだな。"不思議じゃない植物"だったら。なにも不思議じゃなかったんだけどな」

 

「で、でも……"不思議じゃない植物"が、不思議なこともありませんかぁ……?」

 

「それは。不思議な"不思議じゃない植物"だから。どちらかというと。"不思議な植物"なんじゃないか?」

 

「うぅ……なるほどぉ……?」

 

 不思議な植物の話題に、ニムとヘノが不思議なやりとりをしている。

 不思議すぎて、話を聞いていた桃子も、途中から何が何だかよくわからなくなっていた。

 

「ヘノちゃんもニムちゃんも、なんだか哲学的な話してるね」

 

「今のって哲学的でしたか?」

 

「ふふふ。最近は、本の読み聞かせの甲斐があったのか、妖精の子たちも色々と考えるようになってきたんですよ」

 

 そして、妖精たちの珍妙な会話に、桃子はよくわからないままにこやかにコメントし、柚花はそれに疑問を呈し。

 そして、ティタニアはそんな娘たちをにこにこと眺めている。つまり、いつも通りの風景なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【りりたんの朗読チャンネル】

 

 おはようございます、こんばんは、りりたんです。

 今日も静かなダンジョン内で、朗読をしています。

 モンスターとは戦いません。探索もしません。朗読をしていきます。

 

 では、さっそくですが前回途中まで読んだ『幻想植物珍道中』の続きを朗読していきますね。

 

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 ――そして、彼は花粉まみれになりながら、最後に言うのでした。マンドラゴラを引っこ抜いたあとは、熱いハチミツ茶が怖い。

 

 

 ふふふ。なんだか、どこかの落語のようなオチがついてしまいましたね。

 ハチミツといえば、古来、フェアリーたちの好物は花の蜜と相場が決まっておりますが、日本のダンジョンに住まう妖精たちはどうなのでしょうね。意外と、ハチミツだけではなく、刺激的なものやお酒が好きな妖精もいるかもしれませんね。

 ああ、そういえば。

 ハチミツに関するこぼれ話なのですが、千葉の房総ダンジョンは皆様もご存じですよね。では、あそこがどうしてあんなに平和なダンジョンなのかご存じですか?

 実は、あそこに潜む特殊個体が――ふふふ。いけません、話が逸れてしまいました。房総ダンジョンのお話は、また、次の機会にしましょうか。

 

 本日の朗読にもありましたが、マンドラゴラのドイツ語読みが、アルラウネ。

 けれど、その後の様々な言い伝えや美術によって、マンドラゴラは人型の根をした植物、アルラウネは美女の姿と今では相場が決まっておりますね。

 ふふふ。もしダンジョンにマンドラゴラやアルラウネがいるとしたら。

 

 今の時代に顕現するアルラウネは、どのような姿なのでしょうね。

 意外と、幼い小学生くらいの少女のアルラウネだったり、するのかもしれませんね。

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