ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「それにしてもさ。あのモサモサも気にはなるけど、それを追いかけてた人たちは何者だったのかな」
女王の間に設置された食卓で。柚花とニムがカレーを食べるのを眺めながら、『毒の密林』についての話は続く。
気になるのはやはり、動く植物――モサモサ、もしくはキメラと呼ばれていた存在と、それを追いかけていた人間の関係だ。
ルイには、桃子が考えても仕方ない、とは言われたけれど、それでも気になるものは気になるのだ。
今はこの場にはルイ、リフィ、クルラの三人はいない。それぞれが早めのカレーにありつくと、満足してバラバラに三人ともが好き好きに飛んでいってしまった。
彼女たちは再び『薬草園』の様子を見に行っているのかもしれないけれど、彼女らの行き先までは、桃子にはわからない。
「私の聞き間違いじゃなければ、あの人たちは動く植物を"キメラ"って呼んでたんだよね」
「キメラ、ですか」
「柚花は何か知ってる?」
「先輩こそ。思い当たる場所、あるんじゃないですか?」
「ええと、あはは……」
柚花の指摘に桃子は曖昧な笑みを浮かべる。
桃子とて、これまでの情報から「もしかしたら」と思い当たる場所はある。
脳裏に浮かぶのは、白衣を羽織った技術者たち。そして、老獪に笑うツンツン髪の天才幼女。
どうしても、どうしても。
キメラ、遺伝子の合成生物、人工的な生命の創造。そのような科学的な話になると、あのダンジョンが桃子の脳裏によぎるのだ。
とはいえ、桃子とてそこに確証などはない。彼らがそのような、倫理を外れる行為に手を染めているとは思いたくはない。
「まあ、そういうことですよ。迂闊に決めつけるものじゃありませんよ」
柚花は、ニムが注いでくれた清涼な水をくいと飲み、喉を潤すと数秒ほど考え込むそぶりを見せる。
そして、桃子の顔をジッと数秒見つめてから、言葉を続ける。
「あとは、今後のアルラウネ騒ぎの広まり方次第です。いっそアルラウネの件が表沙汰にならずに完全に伏せられていれば、ほぼ確実だと思うんですよねえ」
「アルラウネ騒ぎって……」
アルラウネ騒ぎ。つまりは、逃げ帰った探索者たちが、桃子扮する『アルラウネ』についての噂を広め、あるいは配信動画という形で拡散し、それが一気に広まるということである。
桃子としては、過去にも何度か似たような経験があるので「またかな?」程度にしか思ってはいないのだが、柚花にしてみればその噂の広まり方すら、相手方を特定する一つの情報らしい。
「ちなみに、ルイさんには聞かなかったんですか? 故郷のダンジョンについて」
「それが、帰り際に聞いてみたんだけど、なんだかはぐらかされてるのかな。ククク、しか言わないの」
桃子とて、あのダンジョンに一番詳しいであろうルイに、道のりで雑談混じりになんどか問いかけてみたのだ。
しかし、ルイはいつものように笑い、桃子を煙に巻くだけで、何も真実を教えてはくれない。
普段から秘密主義なところのある妖精なので、そのときはさほど疑問にも思わなかったのだが、今思えばあれは意図的に桃子を誤魔化していたのかもしれない。
「ルイさんらしいですね。ルイさんが言わないっていうことは、私も何も言わないほうがいいんですか? ティタニア様」
「ええと……その、はい。申し訳ありません。ルイの過去にも関わりますから、私の口からは……」
そこで柚花が話を振ると、それまで静かに話を聞いていたティタニアが、申し訳なさげに首を横に振っている。
ティタニアは、このダンジョンの管理者だ。『毒の密林』についても、その上層についても、彼女は知っていて当然なのだ。
しかし、そのティタニアが黙して語らずということからして、それはルイ不在のこの場所で語るべきではない、ということなのだろう。
「ルイちゃんの過去……かあ」
桃子は、静かに考える。
ルイの過去を、桃子は知らない。
件の薬草園で生まれたこと。雷の妖精エレクと親友だったこと。桃子が知るルイの過去など、それくらいなのだ。
けれど、ルイは今のヘノと比べても、少しだけサイズが大きい妖精だ。
比較してしまうのは申し訳ないが、4番目に生まれたリフィが未だヘノより小さいことから考えても、妖精たちは生きた年月が長ければ成長するという単純な存在ではない。
つまりルイは、これまでの年月で。それだけ多くを見聞きし、様々な経験を越えてきた妖精なのだ。
――けれど。
それは、桃子が彼女の過去を詮索する理由になど、ならない。
「よし。それじゃあ私も、詮索しない。『毒の密林』のお話はここまで! ルイちゃんが話してくれたら、そのときにまた考えるかな」
「先輩の、簡単に割り切っちゃうあたり好きですよ」
桃子は、自分に言い聞かせるように詮索しない宣言を口にする。
好奇心はある。けれど、大切な仲間の過去を詮索するような真似はしない。柚花やティタニアの前でその言葉を口にすることが、桃子なりの区切りである。
そんな桃子に向けて、柚花はいつものようにそのオッドアイを細めている。桃子はそんな柚花と視線をあわせて、にっこりと笑い返す。
桃子は、知っているのだ。
「でもさ、柚花は私が割り切れなくても、好きでいてくれるでしょ?」
「桃子。大変だ。このボウソウダンジョンガニ。ハサミがついてないぞ」
「えー? たぶん調理のときにどこかで取れちゃったのかな?」
柚花と桃子が見つめあっていたところで、慌てた様子のヘノがずいっと割り込んできた。
どうやら、ヘノが食べようとしていたカレーの具材の一つ『サワガニの素揚げ』の、カニのハサミがなくなっていたらしい。
ヘノにしてみれば、カニにはハサミがついていて当然なので、カニの素揚げにハサミがついていないのは一大事なのだ。
しかし、そこでむすっとした顔を作るのは柚花である。
「ちょっとヘノ先輩、なんてタイミングで割り込んでくるんですか! 今、めっちゃフラグが立ちかけてましたよ?」
「なんだ。どうした後輩。カレー食べないのか」
「っていうか、ヘノ先輩。そのカニの素揚げって、私のカレーの付け合わせですからね?」
「すまん。食べたい」
「ああもう、素直で可愛いなあ。いいですよ、食べて」
柚花がカレーを食べないで桃子とずっと話し込んでいるので、ヘノは勝手に柚花のカレー皿からカニの素揚げをつまみ食いしようと思ったのだ。そうしたら、そのカニにはハサミがついておらず、慌てて報告したのである。
ヘノのつまみ食い癖にも困ったものだが、素直に「食べたい」と言われてしまうと、柚花もさすがに断れない。
ふいに見せつけられたヘノの可愛らしさに負けて、小皿でヘノの分の素揚げと、ついでにカレーとジャガイモも分け与える。
「うぅ……柚花さん、私のカレーに……な、謎のハサミが一つ……こ、こわいです……めそめそ」
「うわ、ニムさんもですか。大丈夫、大丈夫ですよ。怖いハサミは一緒に食べちゃいましょうね」
立て続けに柚花に泣きついてくるのは柚花のパートナーのニムである。
どうやら、ニムの小さなカレー皿の中に、正体不明のカニのハサミが入り込んでいたらしい。
片やヘノはハサミを持たぬカニの存在を報告し、片やニムは謎のハサミの存在に恐怖する。実にチームワーク抜群の妖精たちだ。
「なんだか今日のカレーは。ハサミがあったり。ハサミがなかったりして。不思議なカレーだな」
「うぅ……」
「ふふふ。相変わらず、桃子さんのカレーは愉快ですね」
そして、そんなトンチンカンな娘たちの食事風景を、「愉快ですね」の一言で笑ってすませる女王ティタニア。
ティタニアは、桃子が出会った当初はもっと厳格なイメージがあったけれど、最近は桃子や柚花の前でもリラックスしてくれているのか、少々緩めの言動を見せるようになった。
桃子はそんなティタニアを見てから。
柚花に、小さく囁いた。
「ティタニア様ってさ、最近は余裕が出てきたのか、りりたんに似てきたよね」
「やめてくださいよ、縁起でもない」
房総ダンジョンからの帰りの電車から、柚花と桃子は日の暮れた街の明かりを眺めていた。
大勢の人々の住む街は、夜だというのに煌々と輝き、ダンジョンでは見られない地上ならではの風景を彩っている。
「いやあ、窓口さんには心配されちゃったねえ」
「そりゃそうでしょうね」
すでに桃子の最寄り駅はすぎているが、柚花と帰る際はだいたいは中間駅までは桃子も一緒に電車に揺られることが多い。
その電車の中で、二人はつい少し前の――房総ダンジョンギルドでのやりとりを思い返していた。
柚花と桃子が二人でダンジョンを出て、地上へと戻ってきた際のことだ。
桃子がギルド職員の窓口杏を見つけたときに、開口一番で報告したのだ。
「窓口さん、毒の問題ですけど、解決しました!」
「はい? あの、解決というのは……?」
「【毒物耐性】のスキルなんですけど、私の友達だったんです。妖精の子たちが、毎回私の食事に毒を盛っていただけだったんです」
「……はい、続けてください」
「ですから、大丈夫です!」
桃子の簡潔かつ言葉足らずな物言いに、杏は安心するどころか、それはもう味わい深い表情をしていた、というのはそれを後ろでみていた柚花の談である。
桃子の言葉は、杏を安心させるどころか、勘違いを助長させていた。
桃子の言葉に、杏の表情が渋いものに変化していったところで、柚花が慌てて間に入り、ことの真相を多少の嘘や誇張を交えつつ、うまく説明してくれたのだ。
「あはは、言い方をもう少し変えるべきだったね」
「まあ、言い方を変えたところで、毒を飲ませる妖精がいる事実は変わらないんですけどね」
柚花の説明では、妖精たちは桃子に毒耐性をつけさせるために『毒性を持たない特殊な薬草』を疑似的に毒として煎じて飲ませていた、ということになった。
無論、そんな事実はない。ルイが飲ませていたのは、普通の人間が飲めばたちまちひっくり返るような本物の毒であり、それを無断で桃子の食事に入れていた。それが、真実である。
「なんだかごめんね? 嘘までつかせちゃって」
「嘘も方便ですよ。真実をそのまま伝えればいいっていうわけじゃありませんからね」
残念ながら、ルイに面識を持たない杏に、ルイの人となりと安全性を説明するのは難しい。
というより、初対面の桃子に毒を飲ませようとした前科がある以上、安全性の面では実際に疑わしい妖精だ。
嘘を報告するのは褒められることではないけれど、ここで不要な軋轢が生まれるよりは、誰も損をしない潤滑剤としての嘘は有用なのである。
「それにしても、ルイさんですか。例のダンジョンとどう関係しているのかもわかりませんし、くせ者ですよね」
「くせ者って……」
「ヘノ先輩やニムさんは、なんだかんだで素直で、【看破】が通じないとしても、わかりやすいんです」
「うん。まあ、わかりやすいよね」
柚花の言うことを、桃子も脳内で吟味する。
言うまでもなく、ヘノとニムはわかりやすい。
妖精達のメンバーでいうならば、火の妖精フラムも同様に、思ったことを何でも口にする妖精だ。それと、タイプこそ違うが、緑葉の妖精リフィはひねくれているものの、見ていて非常にわかりやすい妖精と言えるだろう。
なお、大地の妖精ノンは、その思慮深さが逆に真意を隠す要因になっているので、ヘノたちよりは考えていることがわかりにくい。
鍵の妖精リドルは思考回路そのものが特殊過ぎてわかりにくいので、ここでは別枠である。
「でも先輩。りりたんやティタニア様を見ていればわかると思いますけど、妖精って別に、素直で純粋な存在ってわけじゃないですからね」
「まあ、そうだねえ」
そして、彼女たちのように素直な妖精の対極にいるのが、りりたんだ。
彼女は今でこそ人間だけれど、先代の妖精女王ネーレイスと考えると、わかりやすさどころか、大切なことを何も教えてくれず、秘密だらけで、すぐに桃子を煙に巻く存在だ。
ティタニアもまた、りりたんほどあからさまではないけれど、決してヘノたちのように純粋無垢ではない。
「それと同じく。ルイさんとクルラさんもそちら側の妖精ですよ。秘密が多くて、自分の中で抱えてしまう。つきあっていくのは、とても難しいです」
そして、柚花の言うとおり。
ルイとクルラは、見た目はまだ小さな少女だけれど、中身はすでに成熟している妖精たちだ。
先ほどの柚花ではないけれど「嘘も方便」という言葉を知っている。
普段は飄々とした態度でいることが多いけれど、その実、彼女たちの抱えているものは重い。
「じゃあさ。柚花はルイちゃんたちのこと、苦手なの?」
「まあ、やりづらい相手ではありますよ。こっちの嘘は筒抜けで、あっちの秘密はわからないんですもん。でも――」
途中、大きな乗換駅で大勢の人たちが電車を降り、そしてぞろぞろと乗ってくる。
日曜日の夜だというのに、地上では何百、何千という人々が普段通りに行き交っている。
柚花は、そんな人間たちを。信じられない。
けれど――。
「妖精は信じられますから。ルイさんも、クルラさんも、大好きですよ」
「うん、そうだね」
桃子も、柚花も。妖精達のことが大好きだ。
その事実を改めて確認できただけで、桃子の心は今日もまた、温かいものに包まれるのだった。