ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
平日の夕刻。
桃子は、連日の工房の忙しさに、癒やしを求めて房総ダンジョンへとやってきた。
工房の仕事は好きだし、多忙な時期には残業続きになることも覚悟の上だ。決して泣き言をいうつもりなどない。けれど――それでもやはり、癒やしが欲しいのだ。
そして、ダンジョンという場所には『妖精』『カレー』『人を駄目にするベッド』の癒やしの3点セットが揃っており、完璧なヒーリングスポットなのだ。
しかし。
「ちょうどいい所にきたな。桃子。今夜は。人間のところに。殴り込むぞ」
「ふぇ? どういうこと??」
桃子を癒やしてくれるであろう風の妖精は、桃子がダンジョンへと入場すると早々に飛んできた。
そして、その口からは。桃子が求めていた"癒やし"とは全く逆の、穏やかではない発言が飛び出すのだった。
「ククク……桃子くんは、実にいいタイミングでやってくるものだねぇ……」
「桃子がいるなら、百人力だヨ」
「んふふ♪ よろしくね、桃子♪」
事情は、妖精の国に入ってから説明する。ヘノにそう言われ、頭の横にハテナを浮かべたまま桃子は妖精の国へとやってきた。
そして、花畑にやってきた桃子を見つけるやいなや、植物妖精トリオが口々にそのような言葉を口にする。
悲しいことに、誰も説明などしてくれなかった。
「じゃあ。カレーを食べたら。さっそく。向かうか」
「待って待って! まずはさ、説明から始めよう。ね? まず説明から入るのは、まずお鍋を準備するくらい大切なんだから」
最初に「妖精の国で説明する」と述べていたヘノですら、説明を省いてさっそく行動に移そうとする。これはゆゆしき問題だ。
桃子は妖精たち4人とともに調理部屋へと移動しながら、説明の大切さを説く。
「ごめんなさいね♪ ヘノからもう聞いてるかと思っちゃったのよ♪ そんなことより、お酒飲みましょ♪」
「ヘノは。こいつらが勝手に説明してくれると。思ってたんだ」
「説明なんてなくても、桃子ならわかってくれると思ってたヨ」
「ククク……反応を見ていたのさぁ」
「うーん、相変わらず、みんなひどいや」
妖精たちの悪びれない様子に、桃子は呆れたように苦笑を浮かべる。
もっとも、妖精たちの言動が地味にひどいのは今に始まったことではないので、桃子もそんなことで本気で怒ったりはしない。
「なら……カレーでも食べながら作戦会議としようじゃあないか」
「やる気が出てくるカレーを頼むヨ」
「楽しくなるカレーがいいんじゃないかしら♪」
「ヘノは。食べてもなくならないカレーが欲しいぞ」
「みんな、カレーを魔法かなにかと勘違いしてる?」
花畑の中を歩きながら、妖精たちは好き好きに食べたいカレーを述べていく。
せめて、甘いカレー、辛いカレー、果物の多いカレー、のように具体的な要望ならば桃子もリクエストには応えやすいのだが、さすがにリクエストが漠然としていて、それを考えるのは大変そうだ。
強いて言えば、カレー自体がそもそも『楽しく、やる気のでる料理』なので、リフィとクルラのリクエストはすでにクリアしているとも言えるだろう。
食べてもなくならないカレーは桃子もずっと探しているが、残念ながらまだ見つからないし、これから先も見つからないだろう。
「――というわけで、第一層へと向かうことになったわけさぁ」
今日のカレーは毒草もなにもない、桃子が持ち込んだ野菜と、妖精の国でとれた果物のカレーだ。
調理部屋には、柚花が持ち込んだものだろうか、楕円形で端が波打っているケールの葉がおいてあった。それも萎れて駄目になっては勿体ないと、付け合わせのサラダに使わせてもらうことにした。
ヘノがその様子をもの言いたげに見つめていたけれど、カレーができあがるとすぐにヘノはカレーに夢中になってしまった。
そして今は、女王の間の食卓にて、桃子はルイから説明を聞きながら、カレーを食べている。
この場にいるのは女王ティタニアと、桃子、ヘノ。そして、説明するためについてきたルイである。
ニムは、ノンとともに吉野ダンジョン『ヒトザト』の治水を手伝いに行っているらしい。実に働き者な妖精だ。
「第一層に侵入するにあたり……もちろん、桃子くんも一緒に来てくれるだろう……?」
「え、それって不法侵入とかそういうのじゃないの?」
「桃子。ダンジョンで。二層から一層にあがるのに。問題なんて。ないだろ」
「ククク……侵入という意味では、人間のほうが侵入者ではないかねぇ……?」
「まあ、それもそっか」
ルイの説明は、じめっとしてねちっこい語り口ではあったけれど、比較的わかりやすかった。
モサモサの仲間が第一層で人間に捕まっているので、それを救出したい。一言で言えば、それだけだ。
桃子の脳内には『不法侵入』という言葉が浮かぶが、妖精たちの言うとおりで、二層から一層にあがるだけなら不法侵入もなにもない。ただの探索である。
「それに、考えてみたまえ。もし、モサモサの仲間だけでなく、罪もない小妖精たちまでもが……人間たちに、捕らえられていたとしたら?」
「え……あ、そっか」
桃子は言われて気がついた。
モサモサの仲間が囚われているならば、ほかの生き物たちが囚われている可能性だってある。
研究用として。鑑賞用として。はたまた、それ以外の用途として。
考えたくはない。考えたくはない――が、人間には、そのような残酷な面があるのもまた、事実なのだ。
そして次に、悩みはじめた桃子に優しく声をかけたのは、ずっとその場のやりとりを見守っていた女王ティタニアである。
「桃子さん。もし気が向かないのならば、断ってくださってもかまいませんよ? あなたは、これ以上の因果を背負う必要などないのですから」
今回の、ルイたちによる第一層への侵入は、なにもティタニアに隠れて行うわけではない。
むしろ、この女王の間でカレーを食べながら説明を受けていたことからもわかるように、すでにティタニアの了承も得た計画であった。
その上でティタニアは、言葉を挟まずに、娘たちの判断に任せていたのだ。
「あの、ティタニア様は……その、今回の作戦ってどう考えてるんですか? いいとか、悪いとか」
「ふふふ。私は、娘たちの判断に信を置いておりますから、今回は彼女たちを見守るつもりです」
「あ、そうなんですね。じゃあ、捕まっている小妖精がいるとか、いないとかはわかりませんか?」
「そうですね……実を言いますと、あのダンジョンの第一層は特殊な力場が強く働いており、私でも見通せない部分が多いのです」
ティタニアはそう言うと、目を閉じ、件の第一層を感じ取ることに集中する。
しかし、やはり見通せなかったのだろう。小さく首を横に振って残念そうな表情を浮かべ、桃子に向き直り言葉を続ける。
「ですから、私の知らない間に、小妖精たちが囚われでもしていたらと考えると……心配していないとは、言い切れません」
「それは、そうですよね」
それは聞くまでもない、当然のことだった。
人間のパートナーをもち、人間である桃子や柚花とは良い関係性を築いているティタニアとて、人間という種族そのものに対してはそこまで信頼があるわけではないのだ。
むしろ、以前よりは人間たちに対して認識を緩くした今でもなお、小妖精たちには人間に近づかないように徹底して教えている。
妖精たちのなかでは『人間が危険な生物である』という前提は、何一つ変わっていない。
そして、なにより。
実際に、上層にいる人間が、小妖精たちを捕らえていたとしたら。
桃子は思う。それが仮に、人間の発展のためだとしても。技術のための犠牲という名目があったとしても。きっと自分は、それを許せない。
桃子の脳裏に、狭い檻に囚われた小妖精たちのイメージが浮かんでくる。真っ暗な闇の世界に長い間囚われていた、青と黄の小妖精たちの姿が浮かんでくる。
「桃子。大丈夫だ。ヘノがついてるからな。桃子はカレーとお菓子のことだけ考えてれば。大丈夫だからな」
「ククク……人間という立場的に、返答が難しいのは仕方がないけれど……直接、様子を見てから考えてもいいのではないかねぇ……?」
「うん、そうしよう……かな」
妖精たちの目には、暗い考えに引きずりこまれた桃子の感情が見えているのだろう。
ヘノはヘノなりに不器用な言葉で桃子を励ましてくれる。言っていることは意味不明だが、それでもヘノの優しさが伝わり、桃子の胸に温かさが注がれていく。
そしてルイもまた、桃子を気にかけるような言葉を投げかける。彼女の言うとおり、なにも見ずに想像で悩むというのは、早計というものだ。
そして、娘たちの様子に目を細めていたティタニアも、桃子を安心させるよう声をかける。
「桃子さん」
「はい、ティタニア様」
「あの場所の人間たちは、考え方こそ私には理解出来ないことは多いですけれど、決して『悪』ではありません。ですから……安心なさってください」
「なんだ。桃子、そんなこと考えてたのか」
「え、いや、その……まあ、うん」
「ククク……」
どうやら、ティタニアにとって桃子の葛藤はお見通しだったようである。
というより、わかっていないのはヘノだけだったのかもしれない。
「悪人なんかいたら。桃子が近づく前に。ヘノがやっつけてあげるから。安心しろ。大丈夫だからな」
「うん、ありがとう、ヘノちゃん」
桃子はおもむろにヘノを指先で捕らえて、胸元に抱きしめる。
ヘノは色々とよくわかっていないところはあるけれど、それでも桃子を大切にしてくれる。
それがうれしくて、桃子はヘノを抱きしめ、ヘノの持つ癒やしパワーを吸収する。服にカレーがついてしまったが、そんなものは洗えばいいのだ。
「もごもご……桃子。狭いぞ。どうした」
「だーめ、もうちょっとヘノちゃんを抱きしめさせてね」
もともと今日は、癒やしを求めにダンジョンへとやってきた桃子は。
ようやく、本日の目的である『癒やし成分』を得られたのだった。
「ルイ。あまり、純粋な桃子さんを揶揄ってはいけませんよ?」
「ククク……そんなつもりはないのだがねぇ……?」
「それと。桃子さんを巻き込むからには、きちんと伝えるのですよ? あなたのことも、彼女のことも」
「……まあ、考えておこうかねぇ……」
カレーを食べて、しばらく妖精の国で過ごしてから。
時刻は23時過ぎ。いつもならば桃子も就寝を考える時間だが、今日はルイとリフィが『元気が出る薬』を調合してくれたので、桃子の目はギンギンだ。
元気が出る上に、心が前向きになる副作用があるという。副作用、という言い方が気にはなったけれど、前向きになれるのは良いことだと桃子は喜んで薬を飲んだ。
そして、いま桃子たちが訪れているのは、『毒の密林』の上層階だ。
そこは、他のダンジョンと比べると、小さめの階層かもしれない。しかし、異質なダンジョンだった。
第二層からあがってすぐは、地面がでこぼことした荒野の荒れ地といった階層だったけれど、しかしそのダンジョンの異質さは、そこではない。
「ククク……ここが、第一層さぁ。桃子くんは、すでに知っていると思うがねえ」
「なんだ。ここ。ダンジョンなのに。電気が沢山あるんだな」
「うん、薄々予想はしてたよ」
荒野を数百メートルも進むと、そこから先への侵入を防ぐかのように、明らかに人工的に作られた『壁』が存在していた。
高さは3メートル程度で、ゴブリンや獣人のような魔物の侵入を防ぐためのものだろう。つむじ風の魔法を纏えば、たやすく飛び越えられる高さだ。
そして、壁を飛び越えた先。
そこに広がっていたのは、とてもダンジョンとは思えぬ人工的な景観だった。
地面は舗装され、道の左右には巨大な施設が建ち並んでいる。左右に棟が立ち並ぶ道のりは、まるでどこかの大企業、あるいは大きめの大学の敷地内を歩いているようだ。
そして、ダンジョンだというのに、いたる所に電気施設が存在しているのがわかる。
建物の外には変圧器があり、各所に電気式の照明や監視カメラ、桃子にはわからない何かのモニタや作業用の基盤まである。
「やっぱり……『毒の密林』はここの第二層だったんだね」
日本のダンジョンテクノロジーの最先端。
電力と魔力の混じり合う、ダンジョン技術開発の心臓部。
煌々と光る街路灯に照らされて――桃子は、再び。
筑波ダンジョンへと、踏み込んだ。