ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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ステルス桃子

「ルイちゃんは、この場所のことを知ってた……んだよね?」

 

「ククク……まあ、今更隠しても仕方ないねぇ。私は、筑波ダンジョンの第二層で生まれ育った妖精さぁ」

 

 桃子は、妖精たちを引き連れて筑波ダンジョンの道を行く。

 舗装された地面と、立ち並ぶいくつかの棟。

 あたりにはダンジョン特有の魔法光だけでなく、人工的な照明が灯っている。魔力と電力双方によって照らされた空間は、夜だというのに明るさに満ちている。

 

「なんだ。桃子がこのまえ。遊びに行った『つくばダンジョン』って。ここだったのか。随分と。愉快な場所だな」

 

「あはは、遊びにきたわけじゃないんだけどね」

 

 技術者からの依頼を受けて、桃子が親方とともにこの筑波ダンジョンを訪れたのは、つい先日のことだ。

 彼らが制作した『魔力阻害の鎧』はサイズの問題で兜しか被れなかったけれど、実際に人の技術によって【隠遁】が破られたのは、桃子としては印象深い出来事だった。

 そしてその日は、その鎧以上に印象深い、とある少女との出会いもあったのだ。

 

 桃子が筑波ダンジョンでの出来事を、ちょっとした土産話としてヘノたちに語って聞かせたのは、つい数日前のことである。

 まさかその数日後に、ヘノとともにこの地を訪れることになろうとは、そのときには夢にも思わなかった。

 

「んふふ♪ やっぱり、わたしたちにとっては息苦しい階層ね。もう少し、自然が多くてもいいと思うわ♪」

 

「本当だヨ。リフィはこの場所、あんまり好きじゃないヨ」

 

「ああ、この階層は……『自然』とは真逆の場所だからねぇ。おもしろい研究をしている場所でもあるのだが……」

 

 妖精たちが各々の意見を述べつつ、迷いなく進むルイについていく。

 桃子も一度はここを訪れた身だけれど、今は以前とは全く違うルートで進んでいるため、どの道がどこに続いているのかは分からない。

 行き先は、完全にルイ頼りである。

 

「ルイ。お前。ここのこと知ってたなら。あのモサモサのことも。知ってたのか?」

 

「ククク……さすがに私も、あんなものは想定外さぁ。もっとも、どの建物で作られたのかくらいは、予想がつくけどねぇ……」

 

 いくつもの研究棟がある筑波ダンジョン第一層だけれど、ルイが目指しているのは、そのうちのたった一つの棟だ。

 それがどこなのかは、桃子にも察しがついている。

 

 この筑波ダンジョンのなかには、多くの薬草や植物を研究し、様々な薬の開発を主としている場所がある。

 桃子にダンジョン産のトマトをくれたあの少女が所属している、植物が関わる実験も活発に行われている研究棟がある。

 

「ルイちゃん。モサモサが生まれたのは、きっと……あの建物なんだよね」

 

 桃子の視線の先には、見覚えのある建物――通称、薬剤棟が。

 魔法光と人工照明の両者に照らされて、夜のダンジョンにその姿を浮かび上がらせていた。

 

 

 桃子は夜の薬剤棟を見上げる。屋上のフェンスに、今は人影は無い。

 恐らく、あの建物の中に、モサモサの仲間がいる。

 そして同じく、あの建物には――。

 

 そこまで考えたところで、桃子の脳裏に、一つの問題点が浮かび上がる。それは【隠遁】頼りのこの潜入ミッションを続行する上で、非常に大きな問題だった。

 

「あのね、薬剤棟って、私の【隠遁】が効かない子がいるんだよ。この時間にも起きてるのかはわからないけど、出くわしたら見つかっちゃうかも」

 

「困ったな。じゃあ。何かに隠れないとな」

 

 桃子も、ここまで来たらあとには引けない。

 機密情報だらけの建物とはいえ、今の桃子は妖精の一味だ。探索者としての規約よりも、妖精の仲間としての義憤の方が上回っている。

 薬剤棟へ侵入することに対して、不思議なほどに心のストッパーが働かない。

 なお、事前に飲んだリフィとルイの薬が"飲んだものに無謀なほどの勇気を与える副作用"を持っていたことを、今の桃子は知らない。

 

「桃子♪ あそこにちょうどいいものがあるわよ♪」

 

 そして、桃子が身を隠す手段を探していたとき。クルラが、建物の陰に面白いものを発見した。

 

「おや……箱だねぇ……」

 

「箱だな。隠れられそうだな」

 

「桃子が入れそうな箱だヨ」

 

 それは、1メートルほどのサイズの、木製のコンテナ――つまり、木箱だった。

 何かを運び込んだあとらしく、中身は空である。蓋を外して逆さにすれば、小柄な桃子ならば問題なく箱を被って移動できるだろう。

 

「え、これ……木箱だね。私が入るの? これに?」

 

 妖精たち全員が、そろって頷いて。

 多数決により、桃子の『木箱ステルス』が決定されるのだった。

 

 

 

「それで、その美女が俺に言ったんだ。毒の園へお入りなさい、可愛いボウヤ、って!」

 

「お前、下層の毒でも吸い過ぎたんじゃないか? 明日にでも、ちゃんと診察受けてこいよ。博士が心配するぞ?」

 

 夜中でも、ここ筑波ダンジョンに所属する研究者たちは活発だ。

 むしろ、夜こそ本番といった様子で、まもなく深夜0時だというの楽しげに話しながら、舗装された通路を歩いている。

 彼らはどうやら地上のギルド施設側で食事でもしてきた帰りらしく、話しながら薬剤棟へと向かっている。

 

「こっそり……こっそり……」

 

 そして、その彼らの後ろをこっそりとついていくのは、1メートル大の木箱だ。

 

「あれ? こんなところに木箱なんかあったか?」

 

 ぎくり。

 木箱が動きを止める。この木箱は、実を言うとただの木箱ではない。驚いたことに、この中には桃子が入っており、木箱ステルス中なのである。

 作戦としては、木箱として姿を隠した状態で道行く研究者についていき、彼らに紛れ電子ロックの扉を通過し、まんまと建物内に潜入する、というものだった。

 だが、今。

 まさにいきなり、ピンチを迎えている。

 

「……あれ? 気のせいか。いま、木箱が俺らと一緒に歩いてた気がしたんだけど」

 

「お前、下層の毒でも吸い過ぎたんじゃないか? 明日にでも、ちゃんと検査受けてこいよ。本当にさ、ライチ博士が、心残りを残すようなことのないように、さ」

 

「ああ……うん、そうだな……」

 

 しかし、研究者たちはすぐにその木箱を"認識"できなくなる。

 木箱は――もとい、木箱の中に隠れた桃子は、ほっと胸をなで下ろし。そして、つい今し方、木箱の背後の隙間から離れて出て行った二人の妖精たちに、隙間から視線を向ける。

 

「んふふ♪ 私とリフィは、離れて別な場所から行くわね♪」

 

「しょうがないヨ。またあとで合流だヨ」

 

 たったいま木箱から抜け出たのは、クルラとリフィの二人だ。

 というのも、先ほどは箱の中に桃子だけでなく4人もの妖精がいたため、【隠遁】の効果がほとんど消えかけていたのだ。それでは、いくら巧妙に木箱になりすましたとしても、誰かに気付かれるのは時間の問題だろう。

 なので、クルラとリフィはここからは別行動ということにして、箱から抜け出たのだった。

 

 箱の中に残されたのは、桃子とヘノ、そしてルイの三人。

 木箱ステルスは、二人の脱落者を出して、引き続き行われる。

 

「こっそり……こっそり……」

 

 研究者たちの会話まではうまく聞き取れないが、なんにせよ木箱への疑惑は晴れたようだ。

 桃子は、もくろみ通り電子ロックの扉をあっさりと通り抜け、研究者の背後にくっつくように、薬剤棟内部へと侵入できた。

 

「ククク……まっすぐ行って右に曲がりたまえ。そこにある階段を、上に上がるといいのさぁ」

 

 ルイの誘導に従い、木箱は階段を上っていく。

 建物内で人の目は少ないとはいえ、いつ何があるかわからない以上、桃子が姿を現すのは危険だ。

 なので、このまま木箱ステルスは続行される。

 

「ルイ。お前。ここの中のこと。随分と詳しいな」

 

「しー、人の足音がする。静かに黙ってやり過ごそう」

 

 ルイに従い、階段をいくつか上った後。

 広い廊下を進んでいると、廊下の向こうからパタパタとした足音が聞こえてきたので、桃子は慌てて足をとめる。

 ジッとその場でしゃがみこみ、何の変哲もない、廊下に置かれた1メートル大の木箱になりすます。いまここに居るのは、もも子ではない。きば子だ。

 

 パタパタと、まるで子供のような軽い足音が廊下の先から近づいてくる。

 あと二十メートル。

 あと十メートル。

 そして――。

 

「あれ? 足音が、目の前で止まった……?」

 

 ジッと屈んでいた桃子が、不思議に思い顔をあげる。

 もっとも、顔をあげたところで桃子は木箱の中なので、ヘノとルイの魔法光が木箱の内側を照らしている様子しか見えはしない。

 せめて外の様子を見てみようと、桃子が木箱の板の隙間に顔を近づけたところで。

 

 すぐ目の前から、少女の声がした。

 

 

「不思議じゃなあ。こんなところに木箱が落ちておるぞ?」

 

 

 ぎくり。

 桃子はつい、ビクリと身体を震わせる。

 この声は、間違いない。この薬剤棟をホームとする研究者の少女であり、桃子の【隠遁】を見破る目を持つ、いま絶対に出くわしてはいけない相手――ライチだ。

 

 

「はてさて、謎じゃのう。しかし困ったぞ、この中身が人間で、不法侵入者だとすれば、わしはこの場で大声を出して助けを呼んでしまうかもしれん」

 

 

 桃子の背筋に、冷や汗が流れる。

 ここでライチが騒いでしまえば、モサモサの仲間を助けるどころではなくなってしまう。むしろ、桃子が捕まる側だろう。

 出発前にルイとリフィの薬を飲むことで沸き立っていた無謀な勇気も、この状況では力にはなれない。

 

 

「まあ、猫が紛れ込んだとかいう場合もあるからのう」

 

 

 それだ!

 桃子の脳裏に、稲妻が走る。

 この中身が人間だとばれてはいけない。だがしかし、猫が紛れ込んだだけならば、大丈夫だ!

 

 残念なことに、ルイたちの薬の副作用は、桃子に別種の勇気を与えていた。

 桃子は、勇気を振り絞り。全力で猫の真似をした。

 

「フニャーン」

 

 突然、猫の声をあげた桃子に、ヘノが目を丸くしている。

 

「なんじゃ、猫か」

 

「ナオーン」

 

 ヘノの視線にも負けず、桃子は猫の物まねを披露する。

 生半可な物まねではない。ルイたちの薬で勇気を得ている桃子は、恥じらいのリミッターを外し、全力で猫の鳴き声を再現している。

 それは、少し聞いただけでは本当に猫としか思えないほどの、クオリティの高い鳴き声だった。

 

 

 

 しかし、現実は非情である。

 

「こりゃまた、可愛い猫の声じゃのう……って、誰がだまされるかアホめ!」

 

 辛辣なつっこみの声とともに。

 木箱は、乱雑につかまれ、乱雑に持ち上げられ、乱雑に放り投げられた。

 桃子の『木箱ステルス』は、残念ながら失敗だ。

 

 乱雑な幼女の手によって、きば子の冒険はここで終わってしまった。

 

 そして、木箱のなくなった廊下には、じっとかがみ込んで猫の物まねをしていたまもなく二十歳の童女と、無表情でびっくりしている緑色の妖精と。

 意味深に「ククク」と笑っている、暗い緑色をした妖精が、その姿を現した。

 

「おい、モモコ。それにリヴャナ。どういうことか説明せんか」

 

「お願い、ライチちゃん、人を呼ぶのだけは許して! ……って、リヴャナ?」

 

 桃子に残された手段は、ただただ謝ることだけだ。

 ここで通報され、人を呼ばれてしまっては、ヘノやルイまでが捕まってしまうかもしれない。

 桃子本人はいい。どんな罰則があっても、不法侵入は不法侵入だ。けれど、妖精たちだけは、自由にしてあげて欲しい。

 そう思い、ほぼ脊髄反射で土下座の姿勢を見せた桃子だけれど、ふと。

 ライチの言葉に疑問を覚えて、顔をあげる。

 

 そこには、先日も出会ったばかりの幼女、ライチと。

 その正面に浮かび、ライチと視線を合わせて不敵に笑う薬草の妖精、ルイの姿があった。

 

「ククク……仲間の前では、その名で呼ばないでほしいのだがねぇ……来智博士」

 

「そんなことは知らん。名付け親が名前で呼んで何が悪いんじゃ、リヴャナよ」

 

 二人の会話は、それだけで。薬剤棟に、静寂が訪れる。

 そして、二人の会話を理解した桃子が、数秒遅れで、声をあげた。

 

「え、えええええええっっ?!」

 

 それは、【隠遁】がなければ真っ先に警備員が駆けつけてきたであろう、棟中に響き響きわたるような。

 驚きの、大絶叫であった。

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