ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「簡単な話じゃ。わしが作った薬草園で、こいつが生まれたんじゃよ」
廊下で、木箱による潜入がライチにばれてから、数分後。
桃子たちはいま、ライチ専用のラボに招かれ、甘いココアをご馳走になっていた。ラボと言いつつ、ライチの生活空間もかねているのだろう。
大きなモニタや機械類も並んでいるけれど、部屋の面積の半分以上は生活空間だ。テーブル――いや、ちゃぶ台にはカップ麺の空の容器が並んでいる。
桃子が座っているのも、生活感あふれる座布団の上だ。
はじめはライチを警戒して桃子を守ろうとしていたヘノも、ココアという甘い飲み物には敵わなかった。今ではアイスココアをコップのふちで舐め続ける変な妖精と化している。
「じゃあ、ライチちゃん……あ、いえ、来智博士」
「かかっ、今まで通りライチちゃん呼ばわりでかまわんよ。しかしまあ、ついこの前に会ったばかりの桃子がリヴャナと面識があるとは思わんかったぞ」
リヴャナ。ケルト方面の言葉で『薬草』や『ハーブ』を指すというその言葉が、ルイの真の名だった。
ただ、幼い妖精たちには発音しづらいということで『luibheanna』の頭からLui、転じてルイと名乗っているのだそうだ。
「え、ええと……じゃあライチちゃんって、ルイちゃんの生みの親……だったんですか?」
「ふうむ、わしは薬草園を整えただけじゃがな。どうなんじゃ? リヴャナよ」
「ククク……『親』という表現は語弊があるねぇ。まあ、私は彼女から色々学んできたから……『師』といったところだろうねぇ」
「ま、そんなところじゃの」
「そうなんだ」
座布団の上で、ちゃぶ台の正面に座っているライチと、その横に浮いているルイの姿を見比べる。
ルイは普段から、人間に対する警戒心を訴えている妖精だ。それが、おそらく人間であるライチと親子関係ならぬ師弟関係にあるのが、桃子には非常に不思議に思えた。
少なくとも、ライチに対しては敵対心どころか、明確な信頼関係を築いているように見える。
なお、ココアを満喫したヘノは、次はライチが出してくれたクッキーに集中しており、ちゃぶ台で繰り広げられている会話に参加する気配もない。
「薬草園でうちの連中がみた『毒花のアルラウネ』とやらは、おおかたリヴャナ、おぬしらの仕込みじゃろう?」
「ククク……ご名答。あなたならわかってくれると思っていたさぁ……」
「やれやれじゃ。わしがわかったところで、他の連中は大慌てじゃぞ。わしがどうにか抑えておるが、討伐隊を派遣する勢いじゃったぞ? 迷惑なことをしよって」
「彼らが悪いのさぁ。キメラとやらを追いかけるのはかまわないけれど、それで薬草園にまで手をかけられては、たまったものではないねぇ……」
桃子が不思議そうに二人の様子を眺めている間にも、会話は進んでいき、例の『キメラ』についての話題になった。
座布団に座り、ちゃぶ台で甘いココアを飲んでいる間にうっかり本題を忘れかけていた桃子だが、ルイの言葉でようやく本題を思い出す。
「あ、そうだった! あの、ライチちゃん! 実は――」
「はぁぁ……困ったのう」
桃子たちから、第二層『毒の密林』で起きたことを聞かされたライチの一言目は、それだった。
大きく天井を仰ぎ見て、まるで途方に暮れたように、ため息をつく。
「ククク……あのように進化する植物など、おそらく来智博士とて想定外だろう……?」
「そりゃそうじゃ。キメラが自分で動き出して、力を得て人間に謀反を起こそうとするじゃと? そんなもん、想像できるわけないじゃろ」
「あの、すみません。そもそも、キメラってなんなんですか? 私はてっきり……その、生き物でいろんな実験をしてるのかと思ってたんですけど……」
ここまで話を聞いていて、桃子の脳裏に疑問が浮かぶ。
そもそもの話で、あの動く植物はなんなのか。
キメラというからには、倫理観を無視した動物実験の産物をイメージしていたのだが、どうも話を聞く限り、そういうものとは違うようである。
「かかっ、まあ外部から見れば、筑波ダンジョンはマッドサイエンティストの巣窟と思われがちじゃからな」
ライチは、おずおずと質問する桃子に説明しながらも、よっこらせ、と立ち上がる。
どうやら、どこかに移動するようだ。
「もちろん、進歩に必要な場合は実験動物も使っておるし、それは非人道的だという声もあるじゃろう。じゃが、必要もなく新種の命を生み出すような、人道に反した研究はしとらんぞ? ……多分な」
「いま、多分っていいました?」
「気のせいじゃろ、かかっ。それよりほれ、ついてこい」
どことなく引っかかる物言いをしつつ、ライチはさっさとラボの奥の部屋へと移動してしまう。
桃子は、クッキーの2箱目に手を伸ばしていたヘノを無造作にひっつかむと、いそいそとライチのあとを追いかけていった。
「んふふ♪ お久しぶりね、来智博士♪」
「クルラから、葉っぱの博士って聞いたヨ。お前、なんだかちっちゃいけど見所があるヨ」
「クルラちゃんにリフィちゃん?! 二人も先にここに来てたの?」
ライチに案内されて入った場所は、紫色のライトで照らされた不思議な空間だった。桃子たちがその室内を覗き見ると、意外なことにそこにはすでに先客がいた。
先客――二人の妖精が、紫色の光の中でまさかの酒盛りをしていた。
「はぁ……やれやれじゃ。こんな夜中に随分大勢でやってきよって、筑波ダンジョンは一応これでも、無断侵入は厳禁な場所じゃぞ」
「ククク……私たち妖精には、人間のルールなどというのは無関係だからねぇ……」
「私、一応人間なんだけどね?」
紫の灯りは、植物の育成によいと桃子も聞いたことがある。
おそらくこの部屋は植物の育成専用の部屋なのだろう。左右に並べられた棚では、様々な植物が葉を広げていた。
そして、その部屋で酒盛りをしていた先客。それはもちろん、金色の魔力光を放つ桃の木の妖精クルラと、青々とした魔力を持つ緑葉の妖精リフィの二人だ。
途中から別行動をとっていた二人は、植物の気配でも辿ってきたのだろう、桃子たちに先んじてこの部屋へとたどり着いていたようだ。
桃子が室内に踏み込むと、クルラが桃子を手招きして、一つの植物を指し示す。
左右の棚に並んだ様々な植物類と違い、それだけは単独でプランターに植えられているため、非常に目立つ。
そして、そのプランターに生えている植物には――。
「んふふ♪ 桃子が言っていた『ダンジョン産のトマト』って、きっとこれのことよね?」
「あ、トマト!」
「桃子。このトマトが。前に話してたやつなのか」
皆が口々に言うように、それはトマトだった。
六十センチほどの高さに育った植物には、赤くて丸いトマトが、いくつか実っていた。見間違えようもなく、艶やかな赤い色をしたトマトである。
ヘノも、桃子がたまに地上のスーパーで購入してくる野菜としてそれは知っている。芳醇な酸味とうまみを兼ね備えた、料理にはかかせない野菜のひとつだ。
「かかっ、桃子よ。こいつが、このトマトが、おぬしらが探しにきた――キメラじゃよ」
「ふぇ? え、でもこれ、プランターに植えられたトマト……ですよね?」
そのトマトはどう見ても、家庭菜園レベルのプランターで育てられた、何の変哲もないトマトだ。
もちろん、ダンジョン産トマトとして豊富な魔力を含んでいるのかもしれないが、しかしそれだけだ。
少なくとも、茎と根をくねらせ動き回る気配は、ない。
ぽかんとしている桃子に、ライチは続ける。
「『ケール・ミュータント・レギュレーション』。K・M・Rで、通称キメラ。おぬしらの言うところのモサモサこそが、その研究の産物であるキメラアルファ。つまり、わしが育てたダンジョン産のケールじゃ」
「え、あれってケールだったんですか?!」
「うむ。ケールというのは現代の野菜類の始祖と呼ぶべき植物じゃからな、まずはそこから始めたんじゃ。そしてこのベータは、その成功をうけて生み出された姉妹株みたいなものじゃな。まあ、こちらはケールではなくトマトじゃが」
K・M・Rでキメラ。紛らわしいことに、このネーミングにはギリシア神話の怪物、キマイラは全く無関係だった。
別種同士の掛け合わせを意味するキメラの意味合いは含んでいるのかもしれないが、これは動物ではなく食用を前提にした植物だ。
野菜同士の掛け合わせなど、言ってしまえば、ただの品種改良といえる。
「そういえば。桃子がモサモサの葉っぱを見て。けーるって。呼んでたな。カレーと一緒に食べちゃったけどな」
「え、あれってモサモサの葉っぱだったの?!」
「んふふ♪ 桃子は驚いてばかりね♪」
そして、ヘノの言葉に桃子はさらに衝撃をうける。
調理部屋に置かれていたケールの葉を、桃子は普通にサラダとして食べていたのだが、あれはモサモサの一部だったようだ。
そのようなものを調理部屋に置かないで欲しかった、というのが桃子の感想である。
「ま、キメラなどとたいそうな呼び名はついておるが、実のところ、わし個人の家庭菜園のようなものじゃよ。実験がてら、ダンジョンで育つ野菜を作ってみただけじゃ」
「ククク……各種、魔力中和剤に、定期的な調整成分の注入……それに、特殊な細胞、といったところかねぇ」
「え、特殊な細胞って……それって食べて大丈夫なんですか?!」
「かかっ、筑波ダンジョンの連中にも食わせておるが、特に被害は出ておらんよ。特殊な細胞と言っても、危険なものではないからの。な? クルラ」
「んふふ♪ なんだか他人じゃないと思ったわ♪ 私の桃の木の細胞よね?」
「え、クルラちゃんの細胞が入ってるの?!」
次々と新たな情報が飛び込んできて、桃子は先ほどから驚きの連続だ。心なしか、同じ台詞ばかり繰り返しているような気がするほどだ。
モサモサは、ライチが作った、ダンジョンで育つケールだった。
そして、そのケールにはどうやら様々な人工的な薬剤などが入っているらしいが、その中にはクルラの細胞――いや、クルラの本体である、桃の木の細胞が埋め込まれているのだという。
そこで桃子は思い出す。
以前、蔵王ダンジョンに訪れたときに、クルラが言っていたのだ。「筑波ダンジョンの植物研究の偉い人に、桃の木の新芽を譲った」と。
あの時は、自分の細胞を研究者に譲ってしまったクルラのあっけらかんとした態度に驚いたものだが、その相手というのはまさにいま目の前にいる、ライチだった。
クルラは、ルイの名付け親に自分の新芽を譲っただけだったのだ。だからこその、あの軽い態度だったのだろう。
「思えば、クルラがいるときにしかあのモサモサは来なかったヨ。あいつ、クルラに引き寄せられたんだと思うヨ」
「んふふ♪ なら、あの子は私の妹ね♪」
桃子は納得する。クルラは、桃の木の妖精というだけではなく、あの村の土地神なのだ。
神の細胞が注入されているのだから、育てていたケールが自意識を持ち、自主的に動くような奇跡が起きてしまったのだろう。
そんなことある? と桃子も思わずにはいられないが、実際にあったことなのだから仕方がない。
「あのモサモサ――キメラアルファがクルラの妹だというなら、私たちにとっては義理の妹……ということなのかねぇ……ククク」
「なんだか。随分変な。妹が増えちゃったな。女王も。驚くぞ」
「頭から葉っぱが生えてるし、なかなか分かってる妹だヨ」
「妹って言っても、ティタニアさまとは血縁はないでしょ? なんだかちょっと、家庭環境が難しいね」
そして、話はいつの間にか、妖精たちの家庭環境という、よくわからないテーマになってしまった。
妖精たちはもとより、桃子までもがその会話に加わってしまい、話はしばらく本題には戻りそうもない。
ひとり、ツッコミどころを失ったライチは、離れて彼女たちの不思議な会話を聞き流している。
「やれやれじゃが……こういう賑やかなのを見れるうちに見ておくのも、悪くはないかもしれんなあ」
ライチの、誰に言うでもないその小さな呟きは。
植物たちが喜ぶ紫色の光の中に、そっと溶けていくのだった。
【ダンジョン情報総合スレ 雑談はほどほどに】
:遠野ダンジョンはマヨイガで区画変動あり。注意されたし。
:マヨイガに入ってる連中大丈夫か?
:あっちのスレ見る限りは大丈夫みたいだな。あそこは座敷童子もいるし。
:人間の味方の魔法生物か。ダンジョン庁も公式ではノーコメントだけど、やっぱりいるんだな、そういうの。
:摩周ダンジョンも、夜にはコロポックルなのかなんなのか分かりませんが、白いのが沢山いますしね
:昔あったチェンジリング事件の赤ちゃんが、もう14歳じゃないか? 結局どうだったんだろうね。
:個人情報に関する話題はアウト
:あ、ごめん。
:長崎ダンジョンはお盆に何かあったみたいだけど、詳しい情報知ってる人はいませんか?
:噂では、お盆に英霊たちがアンデッドのボスとやり合ったという話だが
:人間置いてけぼりだなおい
:鎌倉ダンジョンは合戦が近い。うちのパーティにも連絡がまわってきた。
:蠱毒はうかつに放置するとヤバいことになるから管理が大変だな。
:房総ダンジョンの魔物の様子が、なんだかおかしいらしいよ
:房総ダンジョンは前からおかしいだろ
:いや、そういう話じゃないんだけど まあいいや
:ごめん、マジ茶化してごめん。情報は書き込んでくれ!