ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「桃子。じゃんぐるは暗いから。転ばないように。気をつけるんだぞ」
「うん、ありがとう、ヘノちゃん」
夜の筑波ダンジョンでライチとの邂逅を果たした桃子たちは帰路についており、深夜の『毒の密林』を歩いている最中だった。
桃子の手には、ライチから譲り受けたキメラベータ――トマトのプランターが抱えられていた。
紫色に照らされた植物部屋にてライチからキメラについての説明を受けた後、強引にトマトのプランターを押しつけられるように渡されて、そのまま桃子たちは薬剤棟を追い出されてしまったのである。
彼女にとっては重要な研究結果だというのに、迷うことすらなくすんなりと手渡してくれたので、桃子は逆に驚いてしまったものだ。
ライチ曰く「キメラアルファを大人しくさせるためじゃ。謀反など起こされたらたまらんからの」とのことだった。
キメラの問題は解決したわけではないが、ライチは立場上、自由には動けない。今はルイに判断を任せ、後にきちんと関係各所と話し合い、どうするか決定するのだろう。
桃子も何か自分に出来ることはないかと考えたものの、なにぶん時間が時間だ。桃子の頭もうまく働かず、結局はライチに追い出されるままに、筑波ダンジョンの研究室を後にしたのだった。
「ライチちゃん、いい子だったね」
「いい子、かい……。あれは、桃子くんより、だいぶ年配なんだがねぇ……?」
「大人だっていうことは聞いてるけどさ。ライチちゃんは、私からみたらどう見ても子供なんだもん」
そして、思うのはライチのことである。
ツンツンした髪型の、幼い少女だ。
白衣を着ているし、話し口調は老獪だし、そもそもルイが生まれた当時から筑波ダンジョンの所属だったとするならば、実際に彼女が桃子より遥かに年配であることは間違いない。
だが、直接あの可愛らしい女児と接すれば接するほど、彼女が自分より大人だということが信じられなくなっていくのだ。
そんな主張をする桃子に対し、意外にもそこで口を挟んできたのはすぐ横に飛んでいたヘノだった。
「桃子には。わからなかったのか。そもそもあいつ。人間じゃ――むぐ」
「んふふ♪ 駄目よヘノ。そういうのは、本人が話していないのなら、私たちが勝手に教えるべきじゃないのよ?」
しかし、何かをいいかけたヘノの口は、ふらふらと酔っ払ったように飛んでいたクルラに塞がれてしまう。
クルラに後ろから抱きしめられたヘノは、むぐむぐ言いながら言葉を止めてしまった。ヘノが言おうとしていたことは分からずじまいだ。
「むぐむぐ……ぷはあ。わかった。ヘノは何も言わないから。桃子は全部忘れるんだぞ」
「でもきっと、桃子じゃなくて柚花なら一目で気付いたと思うヨ」
「え、待って、余計に気になっちゃうんだけど」
「ククク……少なくとも、来智博士はあの姿通りの子供などではない、とだけは言えるねぇ……」
「えー……」
それがライチの秘密なのだとしたら。
クルラの言う通りで、ライチ本人が表だって公開していないことを、第三者が勝手に教えるべきではないのだろう。
桃子とて、本人の居ない場所でその秘密を他者から聞き出そうとは思わない。
しかし、それはそれとして。中途半端にヒントだけ出されると、どうしても気になってしまうものである。
桃子は、頭のなかをモヤモヤさせながら、密林の中を進んでいくのだった。
「さて。私たちは、例のモサモサ――もとい、キメラアルファを探してみるとするさぁ。なんとかすると博士に言った手前、何もしないわけにはいかないからねぇ……?」
「そうね♪ 私がいれば寄ってくるみたいだから、あとは任せてちょうだい♪」
妖精の国へ続く光の膜が近くなった頃、ルイとクルラは、この場所に留まることを申し出る。
桃子が抱えて歩いてきたトマトのプランターは、妖精の国に持ち帰るためのものではない。あくまで、この『毒の密林』のどこかにいるであろう、キメラアルファに渡すためのものだ。
とはいえ、時刻はすでに丑三つ時と呼ばれる時間であり、桃子がこれ以上この場で活動するのは難しい。
今はまだどうにか、出発前に飲んだ興奮作用のある薬の効果が出ているが、薬が切れた途端に桃子はコトリと眠りに落ちてしまうだろう。
「なんか、任せちゃってごめんね?」
「桃子は巻き込まれただけなんだから、謝らないでいいのよ♪ それに、明日もお仕事あるんでしょう?」
「あー、どうしよう。明日ってちゃんと早くに起きれるかなあ」
「桃子を起こさないといけないのか。もしかしたら。第一層に潜り込むより。大変なんじゃないか」
言うまでもなくここはダンジョン内であり、桃子は妖精の国の客間に宿泊することになる。
それはいいのだが、家から出勤するのと違い、妖精の国から工房までの道のりは遠いのだ。
その分だけ、朝は普段よりも早めに起きる必要があるのだが――正直、桃子はこの深夜まで起きている時点で、明朝は自力で起きられる自信がなかった。
「安心していいのヨ。付き合ってくれたお礼に、朝日が出たら起こしにいってあげるヨ。眠りの呪いでも、脳みそが刺激で跳ね起きるようなお香が余ってんだヨ」
「待って待って、もう少し効果が安全なものってないの? さすがに、朝からいきなり脳みそに刺激が強すぎるのはちょっと困るよ?」
「んふふ♪ 桃子、普通は朝じゃなくても脳みそに刺激なんて与えちゃだめよ?」
「ククク……」
人間を駄目にするベッドの誘惑を振り切って、自力で頑張って起きるか。それとも、薬草香に脳みそを活性化してもらうか。選択肢としてはどちらもなかなかハードである。
桃子としてはとても笑えない状況なのだが、そんなやりとりを眺めている周囲の妖精たちは、みな楽しげだった。
なんにせよ、まずは妖精の国に戻るのが先決だ。
クルラとルイにトマトのプランターを預けて、桃子とヘノ、リフィの三人は深夜の妖精の国へと帰還することとなった。
が。
どうやら刻限が来てしまったようである。
「とうちゃーく……むにゃ……思ったんだけどさ、花畑ならさ……ここで寝ちゃっても……安全じゃない……?」
「桃子。なんだ。今日は花畑で寝るのか? ヘノは構わないぞ?」
「あー、薬の反動だヨ。こりゃ寝室まで連れてくのは無理っぽいヨ。もうここで寝ちゃうヨ」
小妖精たちが思い思いの花の上で眠る花畑の中に、桃子も糸が切れた人形のようにへたりと横になり。
そして、寝息をたてはじめるまでに、ものの十秒もかからなかった。
――幸か不幸か、早朝から好奇心のままに桃子に群がる小妖精たちの群れのお陰で、桃子はしっかりと起きることができたのだった。
「っていう事があったんだよ」
『平日だっていうのに、さらっととんでもない報告してきましたね』
水曜深夜の筑波ダンジョンへ潜入し、木曜の早朝は小妖精の群れに驚いて飛び起きた桃子。
そんな一日を経た木曜日の夜、桃子はダンジョンには向かわず、自宅でスパイスを炒めながら柚花と通話をつないでいた。
昨日は癒やしを求めて妖精の国へに行ったつもりが、とんでもない騒動に巻き込まれてしまった。だから今日は、妖精ではなく柚花に癒やしてもらうことにした。
自宅には"人を駄目にするベッド"こそないけれど、こうしてカレーをつくりながら柚花と話す時間も、十分に心をほぐしてくれる。
「うん。起きたら花畑の中でさ、とんでもない寝起きだったよ。小妖精の子たちが私に群がってて、かなりびっくりしちゃった」
『そこのことじゃないですよ。夜中に筑波ダンジョンに侵入したことですよ。あえて伺いますけど、正気ですか?』
「あ、そっちね。それがさ、今思えば私も正気じゃなかった気がするんだよね」
『まあ、でしょうね。いくら先輩が先輩でも、正気だったら木箱を被ってギルドの施設に不法侵入なんてしないでしょうからね』
「出る前に眠気覚ましの興奮薬みたいのを貰ったから、それが原因だったのかなあ」
『なんですかそれ、完全にそれが原因じゃないですか』
台所にクミンの香りが広まりきったところで、準備していたタマネギを投入する。
マンションの換気扇からは、今日も今日とてカレーの香りが漂い始めているだろう。桃子は知らないが、周囲の住民からはいつもの香りとして親しまれている。
タマネギが飴色になるまではこのままじっくりと火を通していく。通話越しに、柚花にもタマネギを炒めるパチパチという音が届いているかもしれない。
『それで、例のモサモサこと、キメラアルファには無事届けられたんですか? その、トマトのプランター、"キメラベータ"は』
「それが、朝は慌ただしくて、ルイちゃんにもクルラちゃんにも会えなくて。また次にダンジョンに入ったときにでも聞いてみるよ」
『それがいいですよ。ダンジョンで食べられるケールとかトマトだなんて、先輩がずっと探してたものじゃないですか。そのキメラたちとは絶対に仲良くしといて損はないですよ』
「仲良くって言っても、トマトのほうは本当に、ただのトマトだったんだけどね。あ、今日のカレーはトマト多めにしちゃおうかな」
トマトの話をしていたら、トマトの風味の強いカレーが食べたくなってきたので、通話をしつつ、台所の棚から常備品のトマトペーストの缶詰を取り出す。
通話先から、柚花の呆れたようなため息が聞こえた気もするが、小さなため息の音はタマネギのパチパチ音でかき消されてしまった。
『それにしても、あの配信者のライチちゃんがルイさんの名付け親……ですか。まあ、納得といえば納得ですよね』
「そうなの?」
『私も気になって、いまこっちでちょっと分かる範囲で調べてみたんですけどね』
ライチのことも、先ほど柚花には伝えてある。
これは、ルイからもきちんと許可を貰った上でのことだ。あの日の帰り道に、筑波ダンジョンで見聞きしたことを柚花にも相談していいかと聞いたところ、ククク、と笑いながら許可を出してくれた。ルイの中では、柚花もきちんと身内として信頼をおかれているようで、桃子は安心したものだ。
『ライチちゃんこと、来智ミト博士は植物学の権威です。筑波ダンジョン発足当時から所属していたようですね。当時はまだ今ほどの権威ではなかったようですが、ルイさんに近い、毒や薬草の実験を繰り返す相当な変わり者だったみたいですよ』
「そうなんだ? でも、筑波ダンジョン発足当時って、それこそ30年とか前だよね? じゃあ、本当に年配だったんだねえ」
『先輩、疑ってたんですか?』
「いや、だってさ。柚花も直に会ってみればわかるよ? 大人っていうけど、本当に小さい子供なんだもん。言動もなかなかちょっと、大人げない部分も多かったしね」
『……』
筑波ダンジョンで出会ったライチ――柚花曰く"来智ミト博士"は、本当に、桃子よりずっと年配の女性だった。
事実は小説より奇なり。魔法協会のクリスティーナは未だに若々しい姿で『不老の魔女』と呼ばれてるけれど、外見的な若々しさで言うならばライチのほうがよっぽど不老の魔女らしい。
桃子はそんな風に考えながら、タマネギの様子を観察する。だんだん色がついていき、飴色になるまではもう少しだ。
一方、柚花はなんだか静かになってしまった。
「それで自分より年上だって言われてもさ、脳味噌がそれをきちんと処理してくれないんだよね」
『……』
柚花は黙ってしまった。
通話が途切れたかと思った桃子はスマートフォンの画面を確認するが、そういうわけではないようだ。
「あれ? 柚花? どうしたの? もしもーし? お腹すいちゃった?」
『ああ、すみません。考え事というか、脳内で裁判を起こしてました』
「そっか。そういうときは休んだ方がいいよ? 大丈夫?」
柚花がいったい何を考えているのかは桃子には分かりようもないが、しかし脳内裁判を起こすような状況は、だいたい疲れているときだ。
桃子は、もしかして受験勉強で疲れてたのかな? 遅い時間に柚花に通話をかけたのは迷惑だったかな? と、心配を隠さずに柚花の反応を窺う。
『まあ、夜にはゆっくり休みますよ。脳内裁判も、無事判決が出ましたしね』
「お、やったね。判決はどうだった?」
『先輩の有罪で閉廷しました』
「えっ、なんで?!」