ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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αlraune

「さて、今日はやってくるかしらね♪」

 

「ククク……昨日は結局やってくることはなかったからねぇ……」

 

 筑波ダンジョン第二層『毒の密林』の薬草園。

 ここでは、薬草の妖精ルイと桃の木の妖精クルラが、薬草園の一角に植えられているトマトの苗を囲むように座り、周囲を見渡していた。トマトの苗は六十センチほどに育っており、葉と葉の合間に熟した赤いトマトがひとつ、鮮やかに存在を主張している。

 

 桃子たちが第一層のラボへと侵入し、キメラベータことトマトのプランターを譲り受けてきたのが、昨晩の深夜のことだった。

 しかし昨晩は結局モサモサ――キメラアルファは日が昇るまで現れず、接触は空振りに終わってしまったのだ。

 

「それにしても、何もせずに待っているのって暇じゃない? お酒でも飲んで待とうかしら♪」

 

「ククク……キミの場合は、暇でなくとも常にお酒を飲んでいるものだと思っていたがねぇ……?」

 

「んふふ♪ それもそうだけれど、懐かしい風景で飲むお酒は、また格別なのよ♪」

 

「もう、あのメンバーが揃うことはないけれどねぇ……」

 

 ルイはこの暇な時間、薬草園から見繕ってきた薬草をいくつか混ぜ合わせ、小さな皿と棒でゴリゴリとすりつぶす作業をしていた。

 彼女がこうして造り出したペースト状の薬草は、この後に油脂と混ぜ合わせれば軟膏、アルコールで成分を抽出すれば液状薬、乾燥させれば薬草粉末など、用途は多岐にわたる。そのどれもが、ギルドで販売されている大量生産の治療薬など足下にも及ばない程の効果が期待できる優れものだ。

 もっとも、妖精の国では薬草粉末として保存し、桃子のカレーの隠し味として扱われることがほとんどである。

 

 そして、クルラ。

 彼女は、トマトの苗の横で、空間から生み出した特製の酒を魔力の器に注いでいた。彼女独自の権能として、クルラは作り出した酒を魔法で保存する事ができる。

 彼女はそこから見える風景を眺めながら、懐かしげに、ゆっくりと。

 甘く、そしてほろ苦い酒にその身を委ねていく。

 

「ねえ、ルイ。桃子は、博士のことは気付いたのかしら」

 

「どうだろうねぇ。桃子くんは、我々のような瞳を持たないからねぇ……?」

 

「あの人は、まだ……眠り続けているのね」

 

「ククク……皮肉なものだねぇ。来智博士も、私も。眠っているだけの"人間"の一人すら、起こせないのだからねぇ……」

 

 そうして、二人は再び口を閉ざす。ルイは無言で薬の製作を進め、そしてクルラは静かに酒を味わっていた。

 会話は交わされず、無言の時間が流れる。

 すでに、長い時を共有してきたルイとクルラの間には、よけいな雑談などは不要だった。

 

 

 

 

 どれくらい、そうしていただろうか。

 

 薬草園に差し込む日差しは、すでに傾きつつあったが、そこでようやく、待ち人――キメラが訪れた。

 

「ククク……随分来るのが遅かったじゃないか……」

 

 今までキメラの気配はほぼ植物と同様で、感知するのが難しいものだった。

 だが。

 モサモサした謎の植物でしかなかったキメラは、ダンジョンで多くの魔物を狩り、進化した。その結果として、その身は大きな変化を見せていた。

 

 その姿は、より人間に近づいている。

 仮にそれを人間とするならば、体格は桃子より小さく、幼女姿のライチと同程度だろう。

 ゴツゴツしていた表皮は色こそ緑色のままだけれど、より人間の女性に近い艶やかなものとなっていた。

 別なものにたとえるならば、人を模した"マネキン"のような姿と言えるだろう。

 そのマネキンのような胴体の上からは、緑の葉がドレスのような形状に広がり、その身を着飾っている。髪の代わりに伸びた蔦には、髪飾りのごとき毒花が咲き誇り、異形の美しさを演出していた。

 

「あら♪ なんだか大変なことになってるわよ♪」

 

「ああ、そうだねぇ。私たちが作り出した姿が、参考になったようでなによりさぁ……」

 

 それは、以前この薬草園で桃子に植物を纏わせて作り上げた『アルラウネ』の模倣なのだろう。

 しかし今やこのキメラこそが、ハリボテなどではない、真の『毒花のアルラウネ』と成ろうとしているようだった。

 

 そして、その身には。もはや通常の植物とは明らかに違う、異質な魔力を宿していた。

 

 

『リリ……リリィ……リリィ……』

 

 キメラの声が、その場に響く。

 人を模した形に近づいたとしても、やはり声帯まで模しているわけではないらしく、その声は未だ、意味を解さぬ不思議な音でしかない。

 

「まいったね、リフィにもここに居て貰えば良かったかねぇ……?」

 

「だめよ♪ リフィにこんな危険なことをさせられないわ♪」

 

 以前は、葉のことは葉の妖精にとリフィに通訳を任せていたが、いまリフィはこの場にはいない。

 ルイやクルラとて植物の妖精である以上、波長さえ合わせればキメラの音声と意志の疎通は可能かもしれない。だが、残念ながら今は、悠長にその実験に興じる余裕は与えられていなかった。

 

「言葉が通じているかは怪しいが……キメラアルファ。キミの仲間は……キミの妹は、ここに植えてある。安心したまえよ……ククク」

 

「んふふ♪ 通じてるといいのだけれど……どうかしら?」

 

『……リリリ……リリリィ……』

 

 そして、ルイの言葉が伝わったのか。それとも、本能でその存在に感づいたのか。

 人の幼子のような姿になったキメラは、己の妹――キメラベータと名付けられた、トマトの苗へと近づいていく。

 キメラの植物の腕に触れられ、トマトの赤い実が揺れる。二人の妖精たちは距離をとり、姉妹の邂逅を静かに見守ることにした。

 そして、妖精たちはその直後、想像もしていなかった光景に息を飲むことになる。

 

 キメラが、己の妹であるはずのトマトの苗に近づいて、手をのばす。

 そして、抱きしめるように、その苗を身に引き寄せて――。

 

 べきべきと、音をたてて。

 

 トマトの苗だったものを、その身から、体表から、吸収していく。

 

 トマトの苗――キメラベータという存在が丸ごとキメラに取り込まれ、この世界から消え去るまで、ほんの数秒もかからない出来事だった。

 

「あらぁ……驚いちゃったわ♪」

 

「ククク……どうやら、いくら我々が植物の妖精と言っても、彼女と価値観をすり合わせるのは難しいようだねぇ……」

 

「そうね、残念だけれど……」

 

 クルラも、ルイも。

 心の中では、キメラアルファとキメラベータの間に『家族愛』というものを期待していたと、認めざるを得ない。

 だからこそ、この状況には唖然とせざるを得なかった。

 むろん、キメラたちは植物だ。思考回路というものがあったとしても、人間はもとより、妖精とも全く違うものなのだろう。もしかしたら、丸ごと取り込んでしまうことが、なによりの愛情だった可能性もある。

 

 けれど、ルイやクルラがその可能性を分析する暇もなく、事態は進行していく。

 

「しかし……想像よりも、よくない状況のようだねぇ。クルラ、キミも気付いたかい?」

 

「ええ」

 

 トマトの苗を吸収したキメラは、パキパキと、ぺきぺきと音を立てながら。

 加速度的にその身体を進化させていく。

 

「クルラ。キミの細胞は、いったいなにを生み出してしまったんだい……?」

 

「んふふ♪ 私も聞きたいくらいだわ♪」

 

 マネキンだったその身体は、まるで生物のようなしなやかさを得て。

 人を模しただけの顔部分には、黄色く光る瞳が。そして、ぎこちなく動く、唇が。作られていく。

 

『リリィ……グゥ……キメ……キメラ……』

 

 ルイとクルラは、真剣な表情でその様子を見つめていた。

 これは、決して見逃してはいけない光景だ。

 そして、放っておいてはいけない存在だ。

 

「あえて『彼女』と呼ばせて貰おうか。彼女が吸収してしまったのは、魔力だけではなかったようだねぇ……」

 

「んふふ♪ そうね。今の彼女は、植物であり、私の因子を持った妖精であり、そして――」

 

 彼女の存在は、もはやただの植物の変異体と呼べるものではない。

 その身に宿したクルラの細胞と、そしてこの数日の間に、いくつもの魔石から吸収した魔力が、彼女を魔力で活動する"魔法生物"たらしめている。

 そして、それと同じく。

 このダンジョンに漂うもう一つの力――『瘴気』。

 それすらその身に吸収したそれは、もう。

 

 一体の"魔物"だ。

 

「植物、魔法生物、魔物。その全ての特性を内包した新生物の誕生……とはねぇ。ククク……来智博士、本当にマッドサイエンティストの所業じゃあないか」

 

「私たちだけで、どうにか出来るかしら……?」

 

「やるしか、ないだろうねぇ……」

 

 キメラアルファの身体からは、瘴気が漏れ出している。

 瘴気で動く存在を魔物とするならば、これは知恵を持ち、急速に進化していく魔物だ。

 それは、決してダンジョンに存在を許してはいけない、危険なものである。

 

 キメラアルファはいま、人知れず、この『毒の密林』にて。

 最優先討伐対象と成り果てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『RRR~R~♪』

 

「桃ちゃん、お電話ですよー?」

 

「あ、はーい。いま行きまーす」

 

 夕方の工房。

 ドラマの影響で大量に届けられた武具の数々も、金曜日ともなればかなり落ち着いてきた。

 工房の奥では親方の弟子たちもヘルプとしてやってきており、どうにか工房は平穏を取り戻しつつあった。

 そんなとき、同僚の和歌から声をかけられた桃子が顔をあげると、自分のスマートフォンが楽曲を演奏しているところだった。

 

「あれ? 房総ダンジョンギルドからだ……」

 

 怪訝な顔で、着信履歴を見つめる桃子と、同じく怪訝な顔でのぞき込む和歌。

 この電話が、桃子にとって、大きな出会いと別れへの、入り口だった。

 

 

 

「はい、もしもし。笹川です」

 

『あ、桃子さん。私です、窓口です。お仕事中申し訳ありませんが、今は大丈夫ですか?』

 

「えと、今は……」

 

 桃子は工房の様子を見渡す。自分はあくまでこの工房の新人である。自分の判断で「今は大丈夫」と即答出来る立場ではない。

 だが、それを察した和歌が、すぐ横から指で丸を作ってくれていた。

 

「えーと、はい。大丈夫ですけど、何か緊急事態とかそういう感じですか?」

 

『緊急……ではありませんが、重要な案件です。単刀直入に言いますと、ほぼ桃子さんを名指しするような依頼がギルドへと来ております』

 

「依頼? ええと、"ほぼ"っていうのは……?」

 

『それが……その、かなり特殊な場所からの依頼でして。それ自体は決して桃子さんを指名しているわけではないんです』

 

「はあ……」

 

 どうやら、窓口の声色からして、何かしら厄介な案件のようだ。

 だが、今一つその内容がはっきりとせず、桃子も気の抜けた声を返してしまう。

 

『というのも、房総ダンジョンギルドに直接提示された条件がですね――』

 

 そこから、杏の説明はこうだった。その依頼の条件――求める探索者の条件が、以下である。

 

・房総ダンジョン所属の、高ランク依頼を引き受けられる実績をもつ女性探索者。

・毒への耐性を持っている。

・魔法生物に関わる守秘義務を履行できる。

・ダンジョン内において、完全な隠密行動がとれる。

 

 桃子は、それを聞いて窓口の言葉に納得する。

 高ランクの女性探索者ならば、大勢いるだろう。毒への耐性というレアなスキルの所持者も、探せばその中にいるかもしれない。

 しかしその上で、魔法生物、そして隠密行動ときた。これはもう、ヘノと行動を共にし、【隠遁】を持つ桃子を名指ししているようなものだろう。

 

 そしてやはり、その依頼主を聞いて桃子は、合点がいく。

 

『依頼人は、筑波ダンジョンギルド所属の――来智ミト博士。そして、依頼内容は、現地で直接説明されるそうです』

 

「ライチちゃん……」

 

『また、この依頼は極秘事項として扱われ、記録としては残されないようになっています』

 

「あの、窓口さん。私、行きます! 実はその、ライチちゃんとは、この前知り合った――友達なんです!」

 

『ああ、そういうことなら……。でも桃子さん、いつのまにそんなツテができたんですか?』

 

 淡々と依頼文章を読み上げる杏だが、その声色には桃子を心配する声が伺えた。

 当然だろう。筑波ダンジョンから、詳細不明の依頼が向けられているのだ。杏もあくまで『依頼』という形で連絡をしているが、実質これは名指しの『召集』だ。

 しかし、杏の心配は、桃子がライチを"友達"と表現したことで和らいでいく。正体不明の技術者からの呼び出しと、既知の知人からの呼び出しではそれが持つ意味合いは大きく違うのだ。

 

『……まあ、わかりました。ただ、一つだけ。桃子さんがその依頼を受ける上で、重大な問題があります』

 

「はい、聞かせてください」

 

 相手がライチならば、心配などない。

 ライチ本人とは多少言葉を交わしただけの間柄でも、彼女はルイの名付け親であり、ルイは彼女を信頼していた。

 ならば、信頼出来る相手であることは間違いないのだ。

 

 なので、桃子は堂々と、臆せずに。

 杏の続く言葉に耳を傾ける。

 

『依頼の時刻は明日の朝です。桃子さんの自宅から電車で向かうとなると、かなり早朝に起きて家を出なくてはいけません』

 

「あ、ごめんなさい、無理かもしれません」

 

 桃子にとっての、最大の障害。

 それは――『早起き』。

 桃子がどれだけ強くなろうと倒すことの出来ない、永遠の宿敵だった。

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