ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
土曜日の朝。
結論から言うと、桃子は無事に午前中から筑波ダンジョンを訪れることができた。
とはいえ、寝坊をせずに早朝に一人で起きて、電車に揺られ筑波ダンジョンへとやって来たわけではない。
「かかっ、ようこそ筑波ダンジョンへ。わしは来智ミト。この筑波ダンジョン所属の、植物学の専門家じゃよ」
「初めまして、来智博士。私は本日はこの子の保護者として同伴いたしました、柿沼和歌と申します」
ここは、筑波ダンジョン内、薬剤棟。今回桃子を呼び出した張本人、ライチの個人ラボである。
相変わらず、個人ラボ内のちゃぶ台にはカップ麺などの残骸が残されており、無駄に生活感の豊かな空間だ。
そんなラボにて、ライチの前に立つのは桃子ともう一人。
桃子と手をつないで立ち、ライチと自己紹介を交わしているのは和歌だ。
というのも、前日の桃子の電話を横で聞いていた和歌が、早朝から桃子の自宅を訪れて、車で筑波ダンジョンまで運んでくれたのである。
和歌と桃子は今もぎゅっと手をつないでいる。あくまでこれは、【隠遁】で和歌が桃子を見失わないためである。決して、保護者と子供の関係性ではない。
「いやはや、まさか桃子のついでに世界レベルの探索者がやってくるとは思わなんだ。海老で鯛を釣るとはこういうことじゃな」
「あら、筑波ダンジョンの博士にそこまで評価していただけるだなんて、光栄ですねー」
「かかっ、ただの事実じゃよ。至高の火炎魔法の使い手が、長期のブランクを経てこの度再び、探索者として復帰してくれたわけじゃな。ありがたいことじゃよ」
やはり、和歌は有名人だったようだ。
もちろん、美少女配信者としても有名だったのかもしれないが、ライチが評価しているのは和歌の能力である。
ライチの言動からして、彼女は和歌の来歴も把握しているのだろう。りりたんも認めるほどの和歌の実力は、ギルド上層部の中でも覚えがいいようだ。
そして、次は和歌と手をつないでいる小学生くらいの少女が、ずいと前に出てライチに笑いかける。
「笹川桃子です。よろしくお願いします」
「知っとるわ。お前、顔を合わせるのはこれで三回目じゃぞ? 今更自己紹介とかいらんじゃろうが」
「あはは……」
和歌に倣って自己紹介をしてみたが、やぶ蛇だった。
横では和歌が『三回も来てるんですかー?』と視線で訴えているが、いくら相手が和歌だとしても『この前深夜に不法侵入してたら出くわしました!』とは言えない。どう考えても怒られる。
桃子は視線を泳がせながら、笑ってごまかすことにした。ただでさえギルドでよく怒られているのに、同僚である和歌にまで怒られたくはないのだ。
和歌は不審がっているものの、ライチがさっさと話を進めてくれたのは、桃子にとっては幸運なことである。
「では、色々と説明せねばならんので、移動するが……その前に、柿沼和歌。お主は、桃子の秘密をどこまで知っておる?」
「……桃ちゃんが、妖精の加護を持つこと。様々なダンジョンで妖精とともに戦っていること。カレーばかり食べていること。色々知っています」
「かかっ、事情を知っているなら好都合じゃな。では和歌も来い。ここまで来たからには、お主にも巻き込まれてもらうぞ」
「あら、怖いですねー」
今回の依頼は、機密性の高い依頼である。
なので、和歌だけがここで追い出される可能性も桃子たちは想定していたのだが、どうやら今回の話は妖精が関わる話のようだ。ならば、和歌は事情を知る側の人間である。
和歌が桃子の事情――妖精について知っていると聞き、ライチは楽しげに笑い、廊下を進んでいく。
桃子は和歌と手をつないだまま、パタパタと歩く、幼いライチの後を追いかけた。
「とりあえずなんじゃが……まず、二人に見せたい人物がおる。こっちゃこい」
「見せたい人物?」
「あらー? ここは、もしかして病室ですか?」
カツカツと薬剤棟の中を進んでいくと、他とは雰囲気の違う扉の前に立つ。
部屋の前にはネームプレートがあり、いくつかの医療用語が記載された注意書きが掲示されている。その佇まいは、まるで病院の病棟のようだった。
そして、そこに貼られたネームプレートに、桃子は視線を巡らせる。
「あれ? この『来智ミト』って……」
桃子が不思議に思っている間にも、ライチはその部屋へと入っていってしまう。
桃子はあわてて和歌にくっつくようにして室内に入ると、そこはやはり病室だった。しかも、ただの病室ではない。
白く大きなベッドに、一人の女性が寝かされている。白髪の女性が眠っている。
そしてその身体には、人工呼吸器のほか、様々な管やチューブが取り付けられていた。
これは――集中治療室だ。
「これが、わしの本体じゃ」
「本体? え……?」
そして、その横たわる女性を前にして、幼女姿のライチがこともなげに言う。
その意味が分からず、桃子はつい聞き返し、女性とライチを見比べてしまう。
「【分身】のスキルじゃよ。この幼女姿のわしは、このババアの魔力で構成されておる『偽物の身体』なんじゃよ」
「あ……そっか! 魔力の【分身】だからライチちゃん、小さくて、丈夫で、私のこと見えてたんだ!」
「かかっ、まあそういうことじゃ」
桃子は、ライチの説明をうけて、今まで点在していた違和感――【隠遁】が効かないこと、小柄で異様にタフなこと、実年齢とその外観の差――それらが一気につながり、一つの絵として完成するのを感じた。
スキル【分身】。そこで桃子が真っ先に思い出すのは、りりたんの【分身】だ。
りりたんの作り出す分身は、彼女の前世の姿を模した妖精の姿だった。
そして同じく、来智ミトの作り出した分身は、彼女の過去の姿だったのだ。もちろん前世などではなく、幼少期の姿として、この『ライチちゃん』が生み出された。
その身体を構成するものが魔力というならば、この幼女姿のライチは、もはや魔法生物と呼ぶべき存在に近い。
桃子の【隠遁】は効果を見せず、容姿がいつまでも変わらず、そして人間より遥かに優れた身体能力を持っていたとしても、なんらおかしくはないのだ。
一方、合点がいってすっきりした顔の桃子とは逆に、真剣な表情で問うのは和歌だった。
「それでは、この肉体について……説明をいただけますか?」
桃子は、はっと顔を上げる。
ライチがあまりに元気な幼女なので考えたこともなかったが、ライチの本体である来智ミトの身体は、様々な医療機器につながれ、明らかに人工的に生命維持をされている。
これでは、まるで――。
しかし、桃子が考える間にも、ライチが淡々と、言葉を並べていく。
「今から13年前のとある事件以降、数年間。日本のダンジョンに暗黒時代が訪れたことは、お主等なら説明不要じゃな?」
「……はい」
「う、うん……」
とある事件。それは、遠野ダンジョン第三層『深淵渓谷』で起きた出来事だ。
とある一人の剣士と、雷の妖精。たまたま居合わせた彼らの命がけの戦いによって、それまで深淵に隠れていた『鵺』という特殊個体の存在が、白日の下に晒された。
しかし、その犠牲は大きかった。大きすぎた。
最初の娘であるエレクを失った妖精の女王ティタニアは、悲しみにより伏してしまった。精神を病んだ彼女は、庇護下のダンジョンの浄化を行えなくなってしまった。
そして、浄化されぬままに蔓延した負の念は、ティタニアの庇護下のダンジョンだけではなく、日本の様々なダンジョンに影響を与えていく。
「あの時期にはの、世間に発表されているもの、外には公開されずに人知れず対処されたもの。多くの出来事があったんじゃよ」
桃子は、いくつかの悲劇を思い出す。
その時期の瀬戸内海は、あふれ出た瘴気により、死の海となりかけた。海を守るため、暮らしを守るため、そこに暮らしていた多くの人々が元凶たる存在『あやかし』を討つべく戦い、そして犠牲になったのだ。
その溢れる瘴気は、対岸の香川ダンジョンにも及ぶ。
瘴気の巨大蜘蛛『牛鬼』が突如として活性化したのは、この時期だ。そのときに香川ダンジョンで起きた事件は、連鎖的に更なる悲しみを生み出した。
そして、桃子が把握している出来事以外にも、様々なダンジョンで瘴気が溢れていたはずだ。
桃子も知らぬ、多くの悲劇があったはずだ。
「この筑波ダンジョンの下層『毒の密林』も例に漏れず、ちと厄介な魔物が暴れ回っての」
「それって、大丈夫だったんですか?」
「かかっ、結果的にはどうにかなったんじゃがな。その時にちと無理をしすぎて、わしの本体はそれから十年以上、ここで眠り続けておるんじゃよ」
「え……」
桃子は、ライチの言葉に息を飲む。
「わしは――この幼子の身体は、眠り続ける"来智ミト"が見続けている『夢』なんじゃ。【分身】のスキルだけが途切れず継続しておるのよ」
「じゃあ、じゃあ……」
病室に、沈黙が訪れる。
桃子も、和歌も、挟む言葉を持たない。
ライチは、眠り続ける来智ミトの頬を軽くぺちぺちと叩くが、反応はない。
ミトは、ライチの本体は――眠り続けている。
「魔力と電力のあるこの場所でしか、わしゃ活動できんのじゃ」
電力がなければ、人工呼吸器も動かず、延命の機械が動かせない。
魔力がなければ、彼女の【分身】は継続できない。分身として残された"ライチ"が、消えてしまう。
目の前にいる幼女、ライチは。この筑波ダンジョンでしか、生きられない存在だった。
そして、いつ消えるかもわからない存在だ。
「来智博士の様態は、改善の見込みはないんですか?」
「かかっ。毒やら呪いやらが入り組んで、現代医学やダンジョン医療を駆使しても、原因不明で完全にお手上げらしい。可能性として【分身】に魔力を使い続けているのが原因かもしれんとは言われておるがな……」
「でも、【分身】を解いたら、ライチちゃんが消えちゃう……」
ライチという【分身】を解除すれば、来智博士の症状は改善するのかもしれない。けれど、それはあくまで可能性の話だ。
ライチという存在を失うだけに終わり、永遠に来智ミトの意識は戻らない可能性もあるのだ。
「かかっ、しんみりするでないわ! 既に、この薬剤棟での引き継ぎは済ませておる。わしにはもう、未練はないんじゃよ」
「そんな、でも、それは……!」
「すまんのう。子供にこんな役目を背負わせたくはなかったのじゃが、今回は桃子にしか頼めん話だったんじゃよ。なあ、リヴャナ」
「ククク……いつまで話し込んでいるのかと思ったさぁ……」
そして。
ライチが「リヴャナ」という名前を口にすると。
ふわりと、来智ミトのベッドの陰から現れたのは、一人の妖精だった。
彼女は、桃子もよく知っている薬草の妖精ルイに他ならない。
けれど。
「ルイちゃん……? そ、それ……どうしたの……?」
ルイの白い布の衣装はボロボロで、所々が破れ、黒く汚れている。
そして、ルイ自身の魔力の光も、すでに。桃子が見てもわかるほどに、薄くなっていた。
それは、妖精が力尽きる、その兆候だった。