ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ルイちゃん! ルイちゃん……っ! なんで、なんでそんなっ」
満身創痍のルイの姿を目にして、桃子は今の場所も状況も忘れて彼女の元へと駆け寄る。
妖精たちと、すでに一年以上様々な冒険をしてきた桃子にはわかる。魔法光が薄れてしまっている今のルイは、かなり危険な状態だ。
しかし、ルイはいつものように桃子の視線から逃れるように、顔を背けてクククと笑っている。
「やれやれ……桃子くんは心配性だねぇ。私なら大丈夫さ。現にいまここで魔力も補給し、安静にしているだろう……?」
「で、でも……ルイちゃん」
「私の心配をしてくれるのはありがたいのだが……ほら、そこの彼女が困惑しているだろう? きちんと、手をつなぎたまえよ」
「あっ」
ルイが指さすのは、桃子が手を離した結果、【隠遁】の効果で桃子が見えなくなってしまった和歌の姿だ。
和歌は、日頃から工房で【隠遁】を何度も繰り返し浴びている。その結果として、桃子の認識阻害に少なからず耐性がついたという、数少ない人間だ。
けれど、桃子がいきなり見えなくなってしまえば、混乱しないわけがない。
桃子が慌てて和歌の手を掴むと、それだけで和歌は状況を察したようで、苦笑を浮かべつつも、初めて相対する薬草の妖精を見つめる。
しかし、先に口を開いたのはルイだった。
「ククク……我が親友、エレクの無念を晴らしてくれたキミには、ずっと感謝を伝えたいと思っていたのさぁ……。初めまして、柿沼和歌くん」
「……ええ。初めまして、妖精さん。あなたのことをどう呼べばいいですか?」
「私のことは『ルイ』と呼んでくれたまえ。『リヴャナ』という名で私を呼ぶのは、そこのマッドサイエンティストだけでいいのさぁ……」
和歌は、ルイの親友たるエレクとは、縁の深い間柄である。
この和歌こそが、エレクの仇たる鵺を、幾度も、幾度も、撃退し続けてきたソロ探索者だ。そして、ニライカナイではエレクと肩を並べ、死者の国に顕現した鵺を討伐した仲間の一人である。
普段は相手に顔を見せたがらないルイも、和歌に対しては思うところがあったのだろう。珍しく、彼女は和歌の顔をまっすぐに見て、己の名を名乗る。
一方、流れ弾でマッドサイエンティスト呼ばわりされたライチはむくれ顔だ。
本体が老熟した年齢だとしても、やはり幼い身体で過ごしていると精神も幼くなるのかもしれない。むくれ顔が幼女らしくて可愛いなと、桃子は脳内で感想を浮かべる。
「まったく、誰がマッドじゃ。名付け親に向かってその言い草とは……失礼な妖精じゃのう」
「しかしだねえ、博士。あのような危険な存在を生み出しておいて、否定のしようがないだろう……?」
「うぬ……それを言われると、確かに否定しきれんな」
「危険な存在?」
「ああ、そうじゃそうじゃ。これから本題を話さねばならん」
ライチとルイの軽いやりとりは、この二人が、気の置けない仲なのだということを教えてくれる。
だが、今はそれを見てほっこりとしている場合ではなかった。ボロボロになったルイの姿を見れば、何かしらの深刻な事態が起きていることは間違いないのだ。
桃子は、和歌と繋がれた手をぎゅっと握り、これから伝えられる『本題』に向けて、心を強く持つ。
「簡潔に言うとじゃな。桃子には、キメラ……いや、準特殊個体『アルラウネ』の討伐のサポートをしてほしいのじゃよ」
ライチの言葉を聞いた和歌の手が僅かにこわばるのが、繋いだ桃子の手にも伝わってくる。
準特殊個体。それは、特殊個体には劣るものの、ただの魔物を超越した、人間にとっては大いなる脅威となる魔物のランクである。
過去、一人で幾度も『特殊個体』と向き合ってきた和歌は、例えそれが"準"だとしても、その危険性を嫌と言うほど理解していた。
一方で桃子はと言えば、この筑波ダンジョンに呼び出された時点で、この話は半ば予想していた展開であった。
先日は話に聞いていただけの存在、"モサモサ"こと"キメラアルファ"。
もともと先日、深夜にこの建物に侵入したのは、人間を襲うために進化を続けていたキメラアルファにストップをかけるための作戦の一環だったのだ。
ルイの様子を見る限り――残念ながら、それは失敗に終わったのだろう。
そして。ルイを、妖精をここまで痛めつけるほどに、凶暴化してしまった、と。つまりは、そういうことなのだろう。
ライチが語った内容はやはり、桃子が考えた通りのものだった。
第二層『毒の密林』に出現した『アルラウネ』――かつて"キメラアルファ"と呼ばれていたそれが、討伐対象だ。
現在は妖精たちの力で、アルラウネを封印し、眠らせることに成功しているらしい。
しかし当然ながら、いつまでもそのままにはできない。そのため、ライチ自ら赴き、それに対処する必要があるのだという。
そして、そこまで聞いてライチに疑問を投げかけたのは、桃子の保護者として同伴している和歌である。
「来智博士。教えてください。どうして、その危険な討伐に選ばれたのが、桃ちゃんなんですか?」
「ふむ、いい質問じゃな。そういえば、お主も魔法生物絡みのリストに入っておったのう」
和歌の指摘するそれは、当然の疑問である。
いくら表沙汰にはできない"妖精"が関わる話だとしても、妖精をはじめとした魔法生物に関わっている探索者は桃子だけではないのだ。
それこそ、化け狸の師匠となっている香川のうどん四天王。【看破】を持ち、強力な雷魔法を使いこなす探索者タチバナ。高ランク探索者パーティ、深援隊の風間をはじめとした幹部たち。そして、世界有数の火炎魔法の使い手でもある柿沼和歌。
ライチの立場ならば、それらの機密情報を知ることなど造作もないことだろう。桃子のように毒への耐性がなくとも、ここに名の上がったものたちの大半は、防護服を着用した上でなお、魔物と戦えるだけの実力を所有しているはずだ。
それほどの。それだけの。豊富な選択肢の中で、どうして桃子に限定して呼び寄せたのか。
和歌は問うけれど、しかし。その答えは意外な人物にあった。
「ククク……博士、ここまで来たら、あれも隠さず伝えたまえ。隠し事は、不和につながるだけさぁ……」
「まあ……そうじゃな。桃子を選んだ理由は、お主らも知っておるじゃろ、鳳桜華じゃよ」
「おおとり、おうか? あっ、オウカさんか!」
「なるほど。つまり、あのスキルが関係するわけですね?」
桃子も、そして和歌も、オウカとは既知の仲である。そして、オウカの名前が出た時点で、連想される能力はただ一つ。
深援隊の副隊長であり、回復医療のエキスパートでもあるオウカのもつ特殊なスキル。
未来に起こることを伝える、天の言葉。
深潭の魔女たるりりたんですら出し抜かれるほどの、神がかり的な予言。
それは――【天啓】。
ライチの語る話は、こうだった。
現代医療とダンジョン医療の双方を修得しているオウカは、定期的にこのダンジョンへと赴き、ライチの――いや、来智ミトの容体を診察する、いわば担当医に近いものだったらしい。
少し前のこと。奇しくも桃子が親方とともに筑波ダンジョンを訪れた日のことだ。
あの日、桃子が親方とともに加工棟を訪れているその時、オウカもまた来智ミトの容体を診察する目的で、この筑波ダンジョンを訪れていたのだ。
そして、ミトの身体を診察し終えたタイミングで、ふいに。オウカのスキル【天啓】が発動した。
『――幼き夢の主よ』
『幼子の抱擁と共に、永き夢が終わりを迎えるだろう』
『静かなる眠りの刻は、近い』
『けれど、光は閉ざされぬ』
『兜を携えし、風に愛された少女を選ぶがいい』
それが、詠み上げられた【天啓】だった。
幼き夢の主。それは、眠り続ける来智ミトが見ている「夢」そのものである、今この場にいる幼女姿のライチのことだろう。
そして、風に愛された少女とは、風の妖精ヘノの加護を受けた少女――つまりは、桃子を指す言葉なのは間違いない。
けれど。桃子がどうしても、考えてしまうのはそこではない。
「『永き夢の終わり』って……それじゃ……」
ライチは、なんということもなさそうに、笑顔を見せている。
それを見て、桃子の胸の奥が、きゅう、と締め付けられる。
夢の終わり。静かなる眠りの刻。それは、ライチという【分身】の消滅を意味する予言に、他ならない。
ライチという身体を失った来智ミトは、ただ眠り続け、静かに時を刻むしかなくなるのだ。
桃子は、唐突に突きつけられた『離別』の予見に、その手を小さく震わせる。
じわりと、ライチを見つめる視界が潤む。
「かかっ、【天啓】によればわしは幼子の抱擁で終わりを迎えるらしいのう。どうじゃ桃子、いまここでわしを抱擁してみるか?」
「ライチちゃん……わ、笑えないよ……そ、そんなの……」
桃子を笑わせようとでもしたのか、ライチが笑いながら両手を広げるが、とてもではないが笑えない。
震えた声で、桃子はライチに文句を言う。しかし、ライチの笑顔が直視できない。
「あー、こりゃ桃子、そんな顔をするでない。だから話したくなかったんじゃよ。桃子を泣かせて悦に浸る趣味などないんじゃよ、わしは」
「ご、ごめんなさい。でも……だって、ライチちゃんが……」
「桃子。わしは【天啓】の後半の言葉に賭けておるんじゃよ。わしの意識がどうなろうが、未来に光があるのならば――わしは、それをつかみ取るよ」
そう、そうだ。
天啓は言っている。『けれど、光は閉ざされぬ』と。
「ククク……だからこその、風に愛された少女……つまりは、桃子くんを呼び寄せたのさぁ。和歌くんも、事情は理解してくれたかい?」
「ええ、わかったわ」
和歌はやはり、大人だった。
不安に震える桃子をふわりと抱き寄せて、頭を優しく撫でてくれる。
「大丈夫ですよー、桃ちゃん。大丈夫、大丈夫」
「和歌さん……私、私……」
桃子を包み込む和歌の手には。そこには。
間違いなく、母のぬくもりがあった。
「博士……」
「俺、俺たち……し、信じてますから……!! 博士は、帰ってくるって」
筑波ダンジョンの研究施設群を守る、巨大な防壁。そこを越えてしまえば、あとはもはや科学の力の及ばぬ、ダンジョンの荒野だけが広がっている。
防壁の門の前では幾人かの薬剤棟の職員たちが――ライチの出立を見守っていた。
拳を強く握りしめ、頬を震わせる彼らは、ライチが受け取った【天啓】の内容を知っている限られた者たちだ。
ライチの――来智ミトの永い夢の終焉を、理解している者たちだ。
彼らを説得するのは大変だったらしい。そんなことは当然だと、桃子は思う。敬愛する上司が、確定した死地へと向かうのだ。止めない部下などいない。
けれど、残念ながら彼らは、ライチのように『毒の密林』を自由に行動出来る身体を持たなかった。
防護服ごしでも魔物を圧倒できるような、そんな力を持たなかった。
筑波ダンジョンの未来をライチから受け取り、守り抜く。それが唯一、彼らの出来ることであり、やるべきことだった。
「お主ら……わしの身体のことは、頼んだぞ」
「はい……! はい……!」
「柿沼さん……私たちの、博士をよろしくお願いします!」
「ええ、頑張りますね」
そして、ライチの横に並ぶのは和歌だ。
とは言っても、毒に対する耐性をもたない和歌なので、桃子が『全身銀色の宇宙服』と例えた防護服を全身にまとっている。頭まで全てカバーした服なので、声は聞こえるけれど、すでにその顔も見えはしない。
桃子は、間近でその防護服を見て、小さく心の中で感嘆の声をあげる。この防護服は――第二層の毒の大気の中で、人間の命を守る最後の砦となるこの銀の鎧は、非常に細部まで丁寧に作られたものだった。職人の魂が込められたものだった。
この防護服を初めて目にした日、その見た目の奇抜さばかり注目してしまっていた自分を、桃子はほんの少しだけ恥じた。
「ククク……桃子くん、私たちは先に向かうかい?」
「あ、そうだね。そうしよっか」
ライチと和歌が職員たちから最後の激励を受けている横で、桃子はぽつんとひとりぼっちだ。
――否、桃子の胸元にはルイが隠れているので、正しくは二人ぼっちである。
この場では【隠遁】状態の桃子は、いないものとして扱われている。わざわざここで正体を現したところで職員たちの心配が増えるだけなので、桃子としてはそれで構わないのだが、なにぶん居心地が悪い。
なので、桃子とルイは、荒野へ続く巨大な門が開いた隙間を抜けて、先に第二層への入り口まで向かうことにした。
「さて……桃子くん。ここから先は、戦いの場さぁ。覚悟はいいかね……?」
「うん、大丈夫。私には、ヘノちゃんがいるからね」
先ほど回収してきた、とあるアイテムを脇に抱えた桃子が視線を前に向ければ。
荒野の先からは、何度も見慣れた緑と蒼の二つの光が、真っ直ぐに飛んでくるのが見えた。