ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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抱擁と置き土産

 準特殊個体『アルラウネ』討伐作戦は、静かに終焉を迎えた。

 

 荒れ果てた薬草園には、静かに眠る緑色の幼子――アルラウネの姿があった。

 アンプルは驚くほどの効果を見せた。アルラウネは力を失い、末端から枯れ果てていく。

 鮮やかな緑色の蔦や葉で作られていた長い髪は、すでにボロボロだった。その身を飾りたてるように咲いていた色鮮やかだった花々は全て枯れ落ち、もう、彼女を飾る色はない。

 ドレスのように彼女を護っていた葉の数々も、色を失い、ゆっくりと、崩れていく。

 

 眼を閉じ眠り続けるアルラウネは、けれど。

 決してもう、苦悶の表情などは浮かべてはいない。横たわる彼女は、先ほどまでの姿が嘘だったかのように、穏やかな表情だった。

 

 一方、白衣をボロボロにし、アルラウネの討伐に成功したはずのライチは。傍らに、薬草の妖精を従えて。

 アルラウネを――自分を母と慕う幼子を、崩壊しつつある【分身】のその身体でもって、ただ、ただ、抱きしめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 薬草園が見渡せる、戦場の隅で。

 柿沼和歌は、無言でその光景を見つめていた。

 銀色の防護服のおかげで、桃子からは和歌の表情は見えていないはずだ。桃子から今の自分の表情を見られることがないのは、和歌にとっては幸運なことだった。

 和歌は、桃子の前では、強い大人でありたいのだ。

 

 そんな和歌の元に、一人の妖精が舞い降りる。

 

「お疲れさま、和歌。つらい思いをさせちゃったわね。今度……お酒で、お詫びするわね♪」

 

「ウワバミ様……やっぱり、桃ちゃんのお友達だったんですねー……」

 

「んふふ♪ 桃子は、あの村では『雪ん子』を名乗って、大活躍したのよ♪」

 

 和歌の元に舞い降りたのは、桃の木の妖精クルラ。蔵王ダンジョンが生まれた村にて『ウワバミ様』という土地神として崇められている妖精だ。

 和歌とクルラ。この二人の接点に、桃子は関わっていない。

 現役時代の和歌に妖精の国のリンゴを食べさせた行きずりの妖精が、何を隠そうこのクルラである。

 そしてまた、最近になって。和歌が個人的な用件で蔵王ダンジョンのある山村を訪れた際に、クルラのほうから声をかけたのが、和歌とクルラが改めて、互いを認識したきっかけである。

 

 クルラは、銀色の防護服を着込んだ和歌の元へと舞い降りる。いつものように、赤ら顔で、ほほえみながら、お酒の話を続けている。

 そして、和歌は。

 何も言わずに手のひらにクルラを乗せて、指先で、クルラの頬を拭う。

 

「んふふ♪ なんでかしらね、目からお酒が……止まらなくなっちゃったわ……♪」

 

 和歌の元に舞い降りながらも、クルラがずっと、潤んだ瞳で見ているのは。見つめているのは。

 薬草園で、ほのかに光を発する、薬草の妖精の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 残りの妖精たちは、ライチのもとに居るルイ、そして和歌のもとで俯いているクルラのいつもと違う様子に首を傾げつつも、桃子の元へと集まってくる。

 妖精たちも事情はわからないが、薬草園の二人はそっとしておくべきだと空気で察したのかもしれない。

 

「桃子。やったな。なんだか。わからないけど。"あるらうね"とかいう奴を。やっつけられたんだな」

 

「ヘノちゃん……違うの、アルラウネは……あの子はね、敵じゃなかったんだよ」

 

「そうなのか? ものすごく。襲われたんだけどな」

 

 全ての顛末を見届けた桃子は――その場でへたり込み、ただ、うなだれていた。

 ライチを助けられなかった。

 戦いでは、何の力にもなれなかった。

 無力感と、悲しみと、悔しさと、心の中がごちゃ混ぜになり……グシャグシャになっていた。

 

「うぅ……何があったのか、よくわかりませんけど……な、なんだかみんな、悲しそうですねぇ……」

 

「桃子! おい、桃子! もしかして、毒でもくらっちゃったのか!」

 

「大変だヨ! ニム、すぐに治療と解毒の準備だヨっ」

 

「桃子。どうした? どこか痛いのか? ニム。リフィ。すぐに桃子を治療してくれ」

 

 ヘノが桃子の顔を覗き見て、心配げな声をあげる。

 ニムとリフィの二人は慌てたように桃子の身体に手をあてて、怪我をしていないか、あるいは毒の影響が出ていないかを確認する。

 妖精たちは、ただただ、悲しみにうなだれる桃子のことを心配していた。

 周囲では、残されたほかの妖精たちもまた、桃子の様子を見て、おろおろと戸惑った様子を見せている。

 

「う……違うの、ヘノちゃん……わ、私は……平気なの」

 

「そうか。なら良かったぞ」

 

「あのね、ライチちゃんが……ライチちゃんが……」

 

「なんだ。それを心配してたのか? 大丈夫だぞ。あのらいちとかいう奴。【分身】だから。消えても。大丈夫なんだ」

 

「違うよお……ヘノちゃん、違うんだよお……」

 

 妖精たちは、知らないのだ。

 ライチが、来智ミトが、もしかしたらもう――二度と目覚めないかもしれない、ということを。

 桃子は、ただ。ヘノを抱きしめた。何も言わず、ヘノを胸に抱きしめた。

 

「むぎゅう」

 

 ヘノは桃子に抱きしめられて、苦しかったけれど。

 ずっと、ずっと。桃子が立ち上がれるようになるまで、桃子の腕の中にいてくれた。

 

 

 時を同じくして。

 第二層の空の上で。『毒の密林』を見下ろす、遥か高みで。

 黒い蝶の翅が羽ばたき、桃子の様子を最後まで見届けると、その場を後にした。

 

 いまは、それに気づくものは、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――そして、薬草園の中央では。

 

 ゆっくりと消えゆくライチと、そこから離れようとしないルイの二人が、別れの時を迎えていた。

 

「クク……アルラウネには、桃子くんが持っている兜を……被せておくとしようかねぇ……」

 

「かかっ、すっかり忘れておったわ。魔力や瘴気を防ぐ兜……じゃったか?」

 

 ルイは、ライチの問いにこくりと小さくうなずいて見せる。

 魔力を防ぐという触れ込みの兜だが、ルイの妖精の眼で見た上で、確信していた。あれは、瘴気の影響すら阻害する防具だ。

 

「あれなら、これ以上の瘴気の流入から……この子を、護って……くれるだろうさぁ……」

 

 互いにボロボロの姿のライチとルイは、娘であり、妹であるアルラウネの眠る姿を見守っていた。

 いかに人に近い姿をとっていても、彼女は人間のような生命活動を行っているわけではない。この寝顔が、人のように眠っているだけなのか、それともこのまま二度と目覚めることがなく、ただ幼子の姿をしているだけの植物へと戻っていくのか。その答えは誰にもわからない。

 

 しかし。

 アルラウネは、瘴気に侵され――魔物になることを恐れていた。魔物になりたくないと、訴えていた。

 一時的にとはいえ、瘴気を防ぐことができる兜がこの場にあるというのは、彼女にとっては僥倖だろう。

 少なくとも、こうして眠り続けるアルラウネが瘴気に苦しめられることだけは、阻止できる。

 

「もし……アルファが、枯れ果てなければ……妖精女王にでも……押し付けるかの……」

 

「……博士も、大変な……役目、だった……ねぇ……クク……」

 

 ライチは、そろそろ喋ることも難しくなってきたのだろう、言葉は、途切れ途切れである。

 そしてルイもまた、言葉がうまく、出てこない。声の端々が、震えてしまう。

 

「のう、リヴャナ……あの『置き土産』は、桃子の役には、立つと思うか……?」

 

「クク……そうだねぇ、桃子くんなら、きっとうまく……使ってくれるはずさぁ。だから、安心したまえ……」

 

「かかっ……桃子に、アルファの真実を見せられて……良かったのう。あとは、桃子に任せようかの……」

 

「やれやれ、桃子くんは……責任重大だねぇ……」

 

 ライチに抱きしめられた緑色の幼子は、こうしている間にも。手足の末端から、足の先から伸びた根や茎から、順に――その色を失い続けている。

 けれど、ライチは信じている。

 この場には、自分があらゆる知識を叩き込んできた、薬草の妖精が残されているのだ。そして、その妖精とともに作り上げた、とっておきの『置き土産』を残してきたのだ。

 彼女たちならば、生まれたばかりの妹を――きっと、救ってくれるという、確信がある。

 

 ライチは、かすれてきた視界の中で、ルイをまっすぐに見つめる。

 

「リヴャナ……こっちこい」

 

「クク……」

 

 そして、ルイを――リヴャナを呼び寄せる。

 ライチは、抱えていたアルラウネを静かに寝かせると、その両手でリヴャナを包み込む。

 すでに、ライチの身体はボロボロで、すでに四肢の魔力は崩れ始めている。【分身】はもう、消える。

 だから、抱きしめるのはこれが、最後だ。

 

「出来の悪い『母親』で、すまんかったな……リヴャナには、辛い思いもさせたじゃろ……」

 

「本当に、本当に……クク……その通りさぁ……」

 

 リヴャナは、ライチの胸に顔を埋めて、小さく震えている。それは、妖精の妹たちには決して見せることのない、彼女の弱い部分だ。人を愛し、慕い、心を焼かれてしまった、か弱い妖精の姿だ。

 どれだけ互いに否定しようと、どれだけ気丈に振る舞おうと。

 リヴャナにとって、ライチは師であり、愛する母だった。

 ライチにとって、リヴャナはやはり、愛しい娘だった。

 それだけは、揺るぎない真実だった。

 

「わしは、負けぬよ。いつかまた……光を掴むよ。それまで、達者でな……」

 

「あとは、私に任せて、ゆっくり眠り……たまえ……おかあさん……」

 

 ライチの身体は、消えていく。

 魔力で作られた小さな身体は光となって消滅し、ダンジョンの大気へと溶けていく。

 最後に、ひとつ。言葉を残して。

 

「愛しておるよ、リヴャナ……」

 

 

 ――はたして、最後にそう呟いたライチの表情が、悲しみだったのか、笑顔だったのか。

 

 その答えは、リヴャナの心の中にだけ、残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【筑波ダンジョンギルド公式 ライチちゃんの筑波チャンネル】

 

『この番組は、皆様の探索を支え、未来を切り開く。ダンジョンテクノロジーの最先端、筑波ダンジョンギルドの提供でお送りいたします』

 

 

 はい、ってなわけでわしじゃよ、ライチちゃんじゃよ。

 かかっ、これを閲覧している若造どもは、今頃不思議に思っておるじゃろうな。みての通り、今回の動画はちょっとした事情があって、事前収録なんじゃよ。

 説明はあとにして、とりあえずさっそくいつものアナウンスをポチッとな。

 

 

『このチャンネルは、筑波ダンジョンの開発した最新技術や探索サポートアイテムを紹介する番組です。

 

 MCは筑波ダンジョン所属の植物学者、ライチちゃんです。見た目は幼女、中身は生意気盛りのご老体なので、仲良くしてあげてくださいね』

 

 

 はい、そういうわけで、生意気盛りなライチちゃんじゃぜ。

 ええとな……今日は、筑波ダンジョンのアイテムではなく、ちょいとばかし筑波ダンジョンの話をさせてもらうぞ。

 知っておるものもいるかもしれんが、筑波ダンジョンにも第二層というのは当然あるんじゃよ。そこは『毒の密林』つー危険な場所でのう。

 そこに、お主らが大好きなのがいるんじゃよ。

 座敷童子、化け狸、コロポックル、人魚姫に骸骨武者――まあ、真偽はさておき、ダンジョン内にいる、人間を護ってくれていると言われる、いわゆる魔法生物たちじゃ。

 

 ちいと、今のうちに。それを軽く紹介しておこうかと思っての。

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 ってなわけで、ここの第二層では『アルラウネ』という魔法生物が確認されておってな。

 毒の階層でしか育てられない、様々な薬草を守護してくれている心優しい存在じゃよ。

 んでもって、まだ幼さの残る美少女じゃよ、おぬしら大好きじゃろ、美少女。

 漫画やイラストにして、座敷童子やらといちゃこらさせても構わんぞ? わしが許可する。かかっ。

 実は今回の放送は、わしからのちょっとした『置き土産』なんじゃよ。

 夏とか冬とか、そういうイベントがあるんじゃろ? ぬしらの"想像"の足しにでもしてくれて、かまわんからな。

 

 どうか、この配信を診ているお前らの力で、大勢の想いを束ねて……『ソウゾウ』してやってくれい。

 友を得て、楽しげに笑えている……幸福なアルラウネの姿を、な。

 

 

 ――そんでもって、最後に重要な告知じゃ。

 

 実は、残念ながらこの放送はしばらく休止することになりそうじゃ。

 いや、わしも普通に、やらねばならぬことがたっぷりあるんじゃよ。本来、こんな場所で呑気におぬしらと馬鹿話をしていられる状況じゃないんじゃぞ? いや、マジでな?

 

 てなわけで、休止前の最後の放送が録画になっちまったのは、ちと申し訳ないのじゃが……ま、安心せい。

 わしは、光を掴んで帰ってくるからな。かかっ。

 

 じゃから、この動画を見ている若造連中は、次の放送まで、死ぬことを禁止するぞ。

 せいぜい、長生きするんじゃぞ、でわの!

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