ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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『毒花のアルラウネ』エピローグ

 薬草園を舞台にした決戦から数刻後。

 ここは、妖精女王ティタニアの治める妖精の国。そこにある『妖精の畑』と称される区画では――。

 

「それで、この子が……ええと、アルラウネ、なんです?」

 

 幾人かの妖精に囲まれて、柚花がただただ、困惑を強いられていた。

 柚花の前には、眠り続けるアルラウネ――緑色の肌をした幼女の姿がある。

 

 もしかしたら、艶やかな髪のようなものだったかもしれない頭部から生えた草花は、すでに大半が茶色く色を失っており、手で触るとカラカラに乾き硬質化してしまっているのがわかる。

 ドレスのように身体を覆っていた大きな葉の数々も、今では全て枯れ果て、いくつかの枯れ葉がどうにかドレスの名残を残しているだけだ。

 そしてその四肢もまた、乾き、色を失い、末端から徐々に枯れ始めている。根に繋がっていた足はすでにボロボロで、今にも膝下から崩れ落ちそうだ。

 

「名前なんてなんでもいいけど、一応これがアルラウネだヨ」

 

「うぅ……今はもう、眠ってしまいましたけどねぇ……」

 

「まさに、謎だね。魔力も瘴気も失い、今はまるで――本物の、植物さ」

 

「注射とかいうので、力がなくなっちゃったんだ! 注射って、すごい武器だな! ちっちゃいけど!」

 

「はあ」

 

 口々に肯定する妖精たちの言葉に、柚花は気の抜けた声を返す。

 そして、傍らに置いていた園芸用のスコップを手に取って、更にもう一度、妖精たちに問いかける。

 目の前には、大きな穴。幼女の身体ならば、胸元までは軽く埋まりそうな穴がある。これは先ほど、柚花が訳も分からないままに掘らされたものだ。

 

 そして、そこには。

 すっぽりと、アルラウネの身体がはめこまれている。

 

「一応確認しますけど、その……この子の扱いって、本当にこれであってるんですか? 本当に、このまま埋めちゃっていいんですか?」

 

「当たり前だヨ。葉っぱはきちんと、土に埋めて水をあげないとダメなのヨ」

 

「いや、それはそうなんですけど……」

 

 柚花の目の前にあるのは、畑に胸元まで埋められた幼女の姿だ。

 つまり、柚花は今、意識のない幼女を畑に埋める作業を手伝わされているのである。

 柚花の【看破】の眼で見れば、これが人間ではなく、植物に近いなにかだということはわかる。妖精たちに言われずとも、理解できる。

 だが、それはそれとして。幼女の姿をしたものを畑に埋める行為そのものに、疑問を呈さずにはいられない。

 

「柚花さんの困惑はわかるよぉ。私も、なんか変だなって思ってるよぉ」

 

「ああ、よかった。これに疑問を覚えるのが私だけじゃなくて安心しましたよ」

 

 穴掘りに協力してくれていた大地の妖精ノンだけが、柚花の気持ちに共感を示してくれていた。

 

 

 

「それで、先輩は大丈夫なんですかね」

 

 幼女を畑に埋める作業が一段落つき、柚花はベンチに腰をおろして、ようやくの休息を迎えた。

 このベンチからは妖精の畑が一望できる。先ほど埋めたアルラウネの胸から上が畑からぴょこっと飛びだしているのもよく見える。

 さっそく、好奇心旺盛な小妖精たちが、畑から飛び出た幼女に群がっている。そこだけ見れば、ちょっとしたホラー映画のような光景だ。

 

「も、桃子さんは……け、怪我もなにもないので、大丈夫ですよぉ……?」

 

「身体の怪我がないのは良かったです。ただ、心の傷とか、そっちのほうが心配なんですよね」

 

 今は、桃子はこの場にはいない。

 この日、柚花がダンジョンを訪れたときにはすでに桃子と妖精たちは全員が『毒の密林』の決戦のさなかであり、毒の充満する階層に入れない柚花は、妖精の国での待機を余儀なくされていた。

 ティタニアの間で桃子たちの帰りを待つ時間は、とても、とても長かった。

 その際にライチの事情、そして最終的に迎えてしまった顛末まで知ってしまった柚花としては、桃子の精神状態が心配で仕方なかったのだ。

 しかし、妖精たちが持ち帰ってきた『兜を被らされた緑色の幼女』の処理を手伝わされ、桃子の話どころではなくなってしまい、今に至る。

 

「ふふふ。安心してください、ゆかたん。ももたんのメンタルは、これくらいではくじけたりしませんよ」

 

「なに呑気に紅茶でくつろいでるんですか。っていうか、あなたは後輩なんですから、畑仕事を少しは手伝ってくれても良かったんじゃないです?」

 

「ゆかたんは、上級生に逆らえない立場の後輩に"意識のない幼女を集団で土に埋める作業"の片棒を担げというのですか? 恐ろしい先輩ですね」

 

「そういう文句は、逆らわずに言うこと聞いてから言ってくださいよ」

 

 そして、ベンチで柚花の横に座り、ペットボトルの紅茶をお供にして自作のスコーンを頬張っているのは、柚花の後輩である天海梨々――りりたんだ。

 柚花たちがアルラウネを畑に埋めていく様子を、りりたんは最初から、このベンチで紅茶片手に眺めていたのだ。

 なお、作業を終えた柚花からクレームをつけられても、りりたんは素知らぬ顔である。

 

「ふふふ。りりたんはですね、これでも今は疲れているのですよ。皆に隠れて、あのアルラウネとの戦いから妖精たちとももたんを守り通すのは、なかなか大変だったのですからね?」

 

「隠れないで、堂々と姿を現せばもっと楽だったんじゃないです?」

 

「そこはほら、世界には雰囲気が大事なのですよ」

 

 実は、妖精たちとアルラウネの死闘は、りりたんの【分身】によって陰ながら護られていた。

 それは何故か。りりたんは柚花にふざけた返答をしているけれど、実際には『決してアルラウネがりりたんの力まで学習しないため』に、完全に姿を隠した状態でサポートを行っていたのだ。

 アルラウネの進化速度は、りりたんにとっても完全に未知数だった。それだけ、自然、科学、魔力、瘴気が混ざり合ったあの存在は、恐ろしい可能性を秘めていた。

 

「まあ、あなたが何を隠してるのかはわかりませんが、先輩たちを守ってくれたことには感謝してますよ」

 

「でしょう? りりたんは頑張ったのですから、もっと褒めてくださいね?」

 

「はいはい」

 

 なんにせよ。

 所々でりりたんも肝を冷やすような危ういシーンもあったけれど、桃子と妖精たちが全員無事でことを終えたのは、りりたんの助力もあってこそだ――と、少なくとも、りりたん本人はそう自負している。

 

 柚花は、この期に及んでなお飄々とした態度を隠さない後輩に、しらけたジト目を送る。当の後輩は、相変わらず午後のティータイムを満喫中だ。

 柚花の横では、先んじてりりたんからスコーンを貰っていたニムが、ひとかけひとかけ、ゆっくりと頬張り、スコーンを吟味している。

 

「それに、ももたんは大丈夫ですよ。りりたん、何があっても嘘はつきません。自他ともに認める正直者ですからね」

 

「さっそく嘘ついてるじゃないですか。で、先輩が大丈夫っていうのは?」

 

 畑では、いつのまにかアルラウネに群がる小妖精の姿が倍増しており、すでに密集した小妖精のおかげでアルラウネが見えなくなっている。

 そんな不気味な光景を無視するように、柚花は空を見上げて、今は遠い『筑波ダンジョン』にいるであろう、桃子に想いを馳せる。

 

「今頃、きちんと『希望』に繋がる朗報が、ももたんのもとに舞い込んでいるところですからね」

 

「……ふうん、なら私はあまり心配しなくていいですね。安心しました」

 

 聡い柚花は、このタイミングで桃子に舞い込む朗報がなにか、察することができた。

 ならば、自分は心配しなくてもいいだろうと、あたりをつけて。

 ようやく安心して、りりたんのスコーンに手を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

 筑波ダンジョン、薬剤棟。

 ここには、ダンジョンに似つかわしくない、無機的な『病室』が一つ、存在している。

 その部屋に、いま。ごく一部の関係者のみが、入室を許可されていた。

 

「鳳先生、お願いします。来智博士は……どう、なってしまったのでしょうか」

 

「少なくとも、ただちに容態が悪化したということはありませんわ。ただ、【分身】が消滅したことの影響が出るとしたら、これからでしょう」

 

「そう……ですか」

 

 長年、来智ミトの助手をつとめていた女性研究者は、意気消沈した様子で、依然としてベッドに眠り続けるミトに視線を向ける。

 そんな彼女にミトの容態を説明しているのは、ミトの主治医代わりでもある深援隊の副隊長――オウカだ。彼女もまた、桃子同様に事前にライチから召集を受けて、ここまで駆けつけてくれていたのだそうだ。

 そしてその背後には、第二層での戦いを終えてきた和歌と桃子の二人が佇んでいる。

 助手の女性は、ライチから全てを聞いて知っていた。キメラアルファが突然変異を起こしてしまったことも、【天啓】で夢の終わりを予告されたことも、そして――ミトが、妖精たちと懇意にしていることも。

 

 今、彼女たちが見つめる来智ミトの枕もとには、深い緑色の光を持つ妖精が、ずっと、静かに寄り添い続けている。

 

 

 

「わたくしの、【天啓】は――」

 

 誰もが沈黙するなかで、しかし、オウカだけは毅然とした態度で、言葉を紡ぐ。

 

「決して、不幸を予知する能力ではありません。あれは、来智博士が、光を得るための……光をつかみ取るための、希望のメッセージだったと、わたくしは信じております」

 

「鳳先生……」

 

「ですから、あきらめないでくださいまし。ギルドの方々が諦めてしまっては、目覚めるものも目覚めませんわよ」

 

「……はい、はい……!」

 

 助手たる彼女も、やはりライチの教え子だ。ライチの魂を、きちんと受け継いでいる。

 医師としてのオウカの言葉に頷いて、希望を失わず、前を向き続けていた。

 

 

 

 

 助手たる彼女は、多忙な身だ。

 ライチが消えてしまった今、この薬剤棟の指揮を執らねばならないのは、おそらく彼女なのだろう。あわただしく、オウカと和歌に礼を告げ、病室から出ていってしまう。

 なお、桃子は【隠遁】で姿を消していたため、助手の彼女からは見えていない。

 

「ライチちゃん、きっと起きるよね……」

 

「当たり前だ。こんなの。ただ。寝てるだけだろ」

 

「そうよ♪ だって、オウカがそう【天啓】を告げてくれたんだもの♪」

 

 今は、ヘノとクルラの二人が、ルイに付き添うようにベッドの上に着地している。

 ルイは、ずっと黙ってミトの枕元にいる。

 ミトの首筋に手をあてて、いつものように、治癒の魔力を送り続けている。これは、ミト本人が植物状態になってから、ルイが十年以上も続けてきたことだ。

 

 桃子たちは、そんなルイにかける言葉が見つからず、しばし病室には沈黙が戻る。

 けれど、その沈黙を破ったのは、意外にもルイ本人だった。

 

「ククク……」

 

「どうした。ルイ。悲しくて。とうとうおかしくなっちゃったのか?」

 

「ヘノちゃん、ちょっと静かにしようね」

 

 ルイが何か言おうとしているのを察して、桃子は慌ててヘノを拾い上げる。

 

「オウカくん、もう一度人間の機械で、今すぐに……博士の様態を確認したまえ」

 

「ルイさん……? ええ、わかりました。ここにある機材だけではすぐに精密検査はできませんが、診れるだけ診てみますわね」

 

「ルイ、私も何か手伝えるかしら♪」

 

「なら、クルラは祈りたまえ。神の祈りというのは、それだけで奇跡に繋がるからねぇ……?」

 

 オウカとクルラが、てきぱきと動きだす。お酒を飲んでいない彼女たちは、とても頼りがいがある。

 一方、ヘノを抱き寄せた桃子は、彼女らの邪魔にならぬよう部屋の隅に移動して、和歌の手を握る。和歌もまた、桃子の存在に気づくと、優しく桃子の肩を抱いてくれる。

 部屋の隅で、桃子を抱く和歌と、ヘノを抱く桃子と、全く何も抱いていないヘノの三人が、ぼんやりとベッドを眺めている。

 

 

「……あら?」

 

「どうしたの? え? え?」

 

「本当に、本当に微量なレベルですが、バイタルサインが……いつもと比べて、ややはっきりと出ておりますわね。これは……」

 

「ククク……やはり、魔力がずっと【分身】に向けられていた影響だねぇ……ククク……まったく、まったく……」

 

「え? え? ライチちゃんは、来智博士は、良くなってるんですか?」

 

 ベッドの上では、白蛇となったクルラが金色の光でミトの身体を照らし、計器を確認したオウカは、なにかしらの変化を口にしている。

 桃子は「え?」を繰り返し、オウカに質問を投げかけるが、残念ながらオウカに桃子の声は聞こえていない。

 なので、代わりに和歌がオウカへと質問してくれた。

 

「オウカさん、つまり、どのような状況なんですか? 桃ちゃんにもわかるように教えていただけますか?」

 

「ああ、失礼いたしましたわ。期待させてしまったようで申し訳ありませんが、現状では何もわかることはありません。けれど――」

 

「このまま、魔力が回復していけば……ククク、この困った博士は、いつの日か――目覚める可能性がある、ということさぁ……」

 

 オウカの言葉に、ルイが被せ気味に続ける。

 先ほどまで黙りこみ、見るからに衰弱していたルイが、がばりと顔をあげる。

 

「ククク……こんな場所で、嘆いては居られないねぇ。こうなれば、博士の代わりに……この私が、博士が飛び起きるほどの、とびきり強烈な回復薬を作ってやらないといけないねぇ……」

 

「んふふ♪ なら、回復祈願のお酒も博士の口から注いであげようかしら?」

 

「患者の口にお酒を注がないでくださいまし。お酒はわたくしが没収いたしますが、どのようなお酒ですの?」

 

「なんだ。こいつら。いきなり元気になったな」

 

 病室が、いきなり活気づいてくる。

 ルイはクククと笑い、クルラとオウカは、病室だというのにお酒の話題で盛り上がってしまう。

 そして、桃子は――。

 

「あらあら、桃ちゃん、病室でへたり込んじゃダメですよー?」

 

「うえーん、和歌さぁん、良かったよお……」

 

「桃子まで。おかしくなっちゃったな」

 

 人目もはばからず、和歌の脚にだきついて喜びの声をあげる。

 もちろん、多少の回復の兆候が見えただけ。いまは、たったそれだけだ。

 

 けれど、これは『光』だ。

 きっと、来智ミトは――ライチは、いつの日かまた、元気に戻ってくる。桃子には、それが確信できた。

 

 

 病室の窓からは、希望の未来へ続く道筋を示すかのように、一筋の光が差し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 いつの日か、いつの日か。

 

 ルイとアルラウネを――彼女の娘たちを連れて、もう一度このダンジョンへとやってこよう。

 そして、ライチにまた、色々なことを教わろう。

 食べられる草について聞かせてもらおう。トマトも一緒に食べよう。桃子が作ったカレーだって、まだ食べてもらっていない。

 やることは、まだまだたくさん、残されている。

 

 だから、再びライチと言葉を交わしあえるその日が訪れることを、信じることにした。待ち続けることにした。

 

 今は、笑いながら、そして少しだけ泣きながら。

 ゆっくり眠っているだけの、子供っぽくて、大人っぽい、年の離れた『大切な友達』へと。

 

 まっすぐな光とともに、桃子は思いを馳せるのだった。

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