ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
次の日。
工房では、子供サイズの作業用ツナギに着替えた桃子が、おとなしく椅子に座らされていた。
正面には、化粧用具を手にした和歌。その二人を、親方と所長が横から眺めている。親方などは無駄にそわそわしていて、孫の初化粧を見守るお爺ちゃんみたいになっている。
「じゃ、じゃあ……お願いします」
「はい、可愛く仕上げますからねー」
桃子は前髪を全て上にあげ、額にかからないようバンダナで固定している。
ぷにぷにの子供肌に、くりっとした丸い瞳。桃子はいま、子供じみたタヌキ顔を和歌に向かってさらけ出している。もちろんタヌキ顔といっても、化け狸のように本当に二足歩行のタヌキになったわけではない。桃子は、知人の半数以上が『人間』と認めるほどの、れっきとした人間だ。
今から始まるのは、桃子のメイクである。桃子がメイクをするだけなので、親方と所長までが仕事の手を止めているのはどうかと桃子は疑問に思っているのだが、残念ながら疑問に思っているのは桃子だけのようだ。
「桃ちゃんのお肌は子供のお肌ですから、軽くパウダーで整えるくらいで十分そうですねー」
和歌は、桃子の肌を柔らかいパフでぽんぽんと押さえていく。細かい粉が桃子の肌にかかり、気持ちいいような、くすぐったいような、微妙な感覚だ。
和歌が言うには、桃子の肌はもとから十分に綺麗なので、ファンデーションで整える必要もないらしい。さすがは肌年齢十歳だけのことはある。恐るべきは、妖精の国の食材だ。
和歌がときおり独り言のように呟くばかりで、化粧を施されている桃子はもとより、所長と親方も静かにそれを見守っている。
いつもならばけたたましく機械の音が鳴り響いているはずの工房には、今は和歌が化粧用具を触る音と、壁の時計が秒を刻む音だけが響いている。
「眉毛と、まつげにも触りますから、桃ちゃんは動かないでくださいねー?」
「うー……」
細いペン先で眉のあたりを撫でられて、桃子はくすぐったさについ身をよじりそうになるが、ここで動いたら色々と台無しなので、がんばって耐えている。
眉毛の次にはまつげのマスカラだ。和歌が言うには、配信なども含め、映像越しではまつげをくっきりさせるのは重要なのだそうだ。
「まつげはほんのりと、自然な感じで……うん、いいですねー」
桃子がマスカラなどつけたのは、学生の頃に文化祭の劇に出演した際、演劇部員たちに舞台用のメイクを施されたとき以来だろうか。
そのときにも感じたけれど、他人にまつげを触られるというのは、どうにも慣れそうにない。
「あとはリップに……どうでしょう、うーっすらとチークなんかもつけた方が可愛らしいですかねー? 親方さんと所長さんは、どう思いますか?」
「あー、俺ァそういうのわかんねえからよ。和歌に全面的に任せるぜ」
和歌は、横で桃子の化粧風景を黙って眺めていた親方と所長の二人に意見を聞いてみるものの、やはり親方も所長も化粧は門外漢だ。
親方は「勘弁してくれ」とでもいうように手を横に振り、所長も困ったような笑顔とともに、親指をたててサムズアップを送っている。
「じゃあ、私の好みでやっちゃいますねー?」
和歌は仕上げに桃子の頬に、うっすらと血色がよく見える程度にチークを重ねる。鏡がないので、桃子にはいまの自分がどういう顔になっているのかわからない。
そして、最後にはうっすらとしたリップをつけて、誰に見せても恥ずかしくない、おめかし桃ちゃんの完成だ。
「はい、完成です。全体的にうっすらナチュラルで、桃ちゃんのお肌の良さをそのまま活かしましたよー?」
「あっ、えと……どうなんですか?」
完成、と言われても、桃子には自分の顔が見えていないので、緊張気味に周囲にいる親方たちにも聞いてみる。
「おゥ……まあ、いいんじゃねえか? なあ所長」
親方は、少女の化粧を褒める経験が少ないのだろう。焦ったようにぎこちなく褒め、所長は相変わらずのサムズアップで、悪い意味ではないにしろ、今一つ意志の疎通が難しい。
親方たちの反応はあまり参考にならないな、と桃子が内心思っていると、和歌がすぐ横にあった手鏡を差し出してくれる。
「はい、鏡ですよー」
「あ、助かります」
桃子は早速、鏡を覗き見る。
すると、そこには――美少女がいた。
桃子とて、メイクの心得くらいはある。けれど、自分でメイクをするときは、それこそ最低の基礎だけをぽんぽんと済ませる程度で、ここまで丁寧なメイクというのは行わない。
リップはまだしも、まつげや眉毛にまで手をかけた自分の顔は、なんだか自分ではないような不思議な感覚があった。
「わ、なんか……そのお、変じゃありません?」
「そんなことはありませんよ。今の桃ちゃんなら、満場一致でクラスの劇で主役に抜擢されますよ」
「学校はとっくに卒業してますけどね?」
気付けば、親方が奥の部屋から大きめのカメラを持ち出して、化粧をした桃子を撮影している。あのカメラは依頼品の武具の状況を画像保存するための備品である。なぜ備品で撮影されているのか、桃子の脳裏には疑問しか浮かばない。
桃子はそんな親方への疑問を抱えつつも、改めて鏡をのぞき込む。
ただ、工房に来客があるというだけなのに、まるで余所行きの特別な日のようだ。着ているのが作業用のツナギというのが、実にもったいない。
「ところで和歌さん、そちらのスマホがずっと録画になってるのは……?」
そして桃子は一度鏡をおいてから、実は先ほどからずっと気になっていたものについて問いただす。
桃子が椅子に座って化粧を初めてから、ずっと。和歌のスマートフォンが、録画状態のまま立てかけられていたのである。
親方もそうだが、桃子が化粧をすると言うだけで、カメラやら動画撮影やら、まるで一大イベントだ。
「これは昨晩、タチバナさんから依頼があったんですよ。桃ちゃんのお化粧姿と、女優さんを出迎えて驚く姿を撮影しておいてくださいって」
「うわ、柚花ったら、私と電話したあとで和歌さんに連絡とってたんですね」
「あの子、桃ちゃんの大ファンですからねー。桃ちゃんの化粧姿を見せて欲しいって、熱心にお願いされちゃいました」
「うーん、和歌さんと柚花が知り合いになると、こういうことになるのかあ……」
以前までは、和歌と柚花の間に繋がりなどなかったのだ。
それが、ニライカナイで共闘を果たした際に、柚花はしっかりと和歌との繋がりを築いていたようだ。
あとから聞かされたけれど、香川ダンジョンで牛鬼を討伐した際も、和歌に第一層の防衛を任せたのは柚花の判断だったらしい。
工房と、ダンジョン。桃子にとっては別々の生活空間で一番仲良くしている相手同士が、桃子の知らない場所で繋がっているというのは――。
なんとも、嬉しいような、困ったような、そしてなにより――探索者としての桃子と、職人見習いの桃子という、自分が持つ二つの別な顔をそれぞれに暴かれているようで、気恥ずかしいような。
とにかく、複雑な感情がこみ上げてくる。
「でも、女優さんがいらっしゃるのは午後からみたいなので、ひとまず録画は停止ですねー」
「もしかして、女優さんを出迎えるときの私の様子も、柚花から録画を頼まれてるんですか?」
「あの子、桃ちゃんのこと本当に大好きですねー。ふふ、愛されてますね、桃ちゃん」
「いやあ、あはは……」
抜け目ない後輩の行動力に、唖然とするばかりである。
和歌は楽しんでやってくれているようだけれど、和歌を巻き込んで申し訳ないやら、そこまでして自分の様子を見たいのかと驚くやら。
あとは、ほんのり嬉しい気分も心に隠して。
チークで頬を染めた桃子は、今日も今日とて。いつも通りの、武器職人見習いの仕事に戻っていくのだった。
時間が進むのは早いものだ。
午前中は、和歌によるメイクではじめこそ心が浮き足立っていたものの、いざ武具を前にすれば、武器職人見習いとしてのスイッチが入り、いつのまにか化粧のことは記憶から抜け落ちていた。
お昼を食べるときに、リップを落とさぬよう和歌に注意を受けて、ようやく化粧をしていることを思い出したくらいだ。
そして、昼食を食べてしばらくした頃、工房のインターホンが鳴る。
時間からして、噂の『女優』が訪れたのだろう。
「お客様がいらっしゃいましたよ、桃ちゃーん」
「はーい、今でまーす」
来客の対応は誰が出ても良いのだが、いまは和歌はスマートフォンを録画モードにして、カメラマンのごとく構えているので来客の対応はできない。
女優がやってくる前から身内にカメラを向けられている今の状況に、桃子は内心首を傾げているが、今更だろう。
桃子はそんな疑問はわきにおいておくことにして、玄関口までとてとてと足を運び、ガチャリと扉をあける。
すると、そこにいたのは、若い女性の二人組だった。
目の前にいるのは、柔らかそうな黒髪の女性。見た目は整っているけれど、言い方は悪いかもしれないが、別段ぱっとしたところのない、フォーマルな服装の『ふつうの女性』が立っていた。
女優本人ではなくスタッフかマネージャーが最初に挨拶にきたのかな、と。桃子はそう考えて、顔をあげる。相手と視線を合わせる。
「あ、私、本日……こちらの工房を見学させていただくことになりました――あれ?」
目の前の女性は、扉から現れた小柄な職員――桃子を見て目を丸くする。
「あ、はい、聞いてます! ええと、お二人が見学の――あれ?」
同じく、扉をあけて、女性の顔を覗き見た桃子もまた、ぽかんとした顔で言葉を途切れさせる。
「ちょっと、マヤ、挨拶の途中で黙り込んじゃ――あれ?」
そして、もう一人の女性が異変に気づいて一歩前に出てきた。フォーマルな『普通の女性』の後ろで、彼女はスマートフォンを構えている。どうやら、桃子の背後にいる和歌と同様に、彼女もこの光景を録画モードで撮影していたようだ。
そんな彼女もやはり、桃子の顔を見ると、言葉を途切れさせる。
桃子は次は、そちらの女性を見て――。
「――あれれ?」
スマートフォンを構えた女性を見上げて、再び絶句する桃子。
三者ともが、それぞれに顔を見つめて、その場には沈黙。
桃子の背後では、和歌がひとり、微笑ましそうにその様子を撮影し続けている。
「あ、え? もしかして、今日ここに来る女優さんって……」
瞬間。桃子の脳裏には、様々な懐かしい思い出が甦る。
聖ミュゲット女学園。若草色のセーラー服。首からかけたロザリオ。カレー。
真夏の会議室。笑いあう級友たち。壁ドン。注釈だらけの台本。架空の思い出を記した日記帳。カレー。
演劇の舞台となった講堂。揺れる、黄色いリボン。イマジナリーフレンド。スズランの妖精に扮した自分。
――そして、舞台の主人公であるイチゴに扮した、一つ下の下級生。
しかし、桃子が何かを言う前に、目の前の相手が、桃子の顔を見つめて口を開く。
「もしかして、先輩――」
間違いなく。
目の前に立っているのは――桃子の一年後輩の下級生であり、演劇部の劇にて主演を演じた少女、北路マヤだった。
その後ろで、同じく桃子を見て絶句しているのは、二年生だった桃子を演劇に誘ったクラスメイト、日影千種だ。
懐かしい顔ぶれが、桃子を見つめている。そして、桃子の名を呼ぶ――かと、思われた。
「先輩っ、妖精先輩ですか?!」
「えっ、違うよ? 私、人間先輩だよ?!」
残念ながら、呼ばれた名は。
桃子にはとんと覚えのない、不可思議な異名なのだった。