ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「有給休暇の申請、有給休暇の申請。ああもう……緊張するなあ」
平日の朝。桃子は工房に入るなり緊張していた。一人でなにやらブツブツ呟き、手のひらに人の字を書く勢いだ。
というのも、今週はいつ解毒薬が完成するかもわからないので、可能ならばお休みをもらってダンジョンで待機しておきたいのだ。
あのあとギルドで詳しく聞いた話では、そもそもまだ討伐のための大槍を作るのに時間がかかるため、今週中に作戦が決行されることは恐らくないだろうということではあった。
とはいえ、いつ何が起きるかわからない。それに、今も二人の探索者が苦しんでいる以上は、解毒薬を届けるのは早い方がいいに決まっている。
さて、そこで問題になるのが、桃子の立場である。
桃子はしがない新入社員。半年は働いているので有給休暇を貰う権利は発生しているものの、いきなりそれを申請するというのはなかなか度胸がいる。桃子はそういうときに堂々と権利を主張するのが苦手なタイプだった。
「桃ちゃん、さっきから何か唱えてますけど、どうかしたんですー?」
隣の席のほんわかお姉さんの和歌が桃子の様子に首を傾げて声をかける。
実はさっきから桃子がぶつぶつ呟くのが聞こえており、しばらくの間、桃子の様子を横から観察していた。
「あ、いえ。その……今週、ちょっと色々と都合があって、お休みを申請できればと思いまして」
「あら、有給休暇ですかー? んー、でも、今週は……その必要はないと思いますよー?」
「え? それってどういう……」
桃子が目を和歌に向けると、彼女は何やら訳知り顔でうふふーと笑みを漏らしていた。
それがどういうことかと問いかけようとするが、しかしそれは奥の部屋から響く親方の大きな声で中断される。
「おう、桃の字、ちょいと来てくれねえか!」
「あ、はーい! いま行きまーす」
和歌のニコニコ笑顔にハテナを浮かべつつも、桃子は親方の作業部屋へと足を運ぶのだった。
「お、桃子ちゃん久しぶり。お仕事頑張ってるな、偉いぞ」
「桃子ちゃん、和歌さんにお菓子預けてるから二人で食べてね」
「桃子ちゃん、作業でわからないところない? 俺らに聞いてくれていいからね」
「あっ、はい、どうも皆さん、お久しぶりです」
親方の部屋に入ると、そこには親方の弟子たちが何人か集まっていた。
親方の弟子は多い。そして、まだ30手前の弟子から桃子の父親ほどの弟子まで揃っており、年齢層も幅広い。
彼らはすでに親方の手を離れて独立している立場なのだが、師弟をつなぐ縁がかなり太いようで、よくこの工房にも訪れる。
そんな彼らの共通した特徴なのだが、全員が何故だか桃子に妙に甘い。
桃子は親方に仕事を教わっているため、正式な弟子とは言えなくとも、広義的には彼らの妹弟子と言えなくもない。なので、妹弟子を可愛がっているということならば一応理解はできる。
……のだが、妹弟子というより、親方の孫と勘違いされている気もする。
「お前ら、いきなり桃の字に群がるんじゃねェよ、怖がってるだろォが!」
「あ、親方。えーと、今日はお弟子さん方もお揃いですけど、いよいよサカモトさんの剣を打ち直すんですか?」
「ん? なんだ桃の字、どこでその名前を聞いたんだ?」
「あ……」
桃子は口を滑らせた。件のへし折れた大剣が誰の持つ剣だなんて、先日の話では一言も出ていないのだ。
しかし、やらかしに一瞬ヒヤリとするも、そこはどうやら深援隊の知名度と、年の若いアラサー弟子に救われることになる。
「親方、深援隊のサカモトって奴、結構有名なんで調べたらすぐわかると思いますよ。俺も調べたことあるんですが、そいつ自分のSNSで剣とか鎧の写真沢山あげてたんで」
「えと、そうです、そうです。前にこの剣どこかで見たことあるなーって思って、ネットで調べてみたら同じもの持っていたので」
当然桃子はサカモトのSNSなんて見たこともないし、そこまで知名度があるとは全く思ってもいなかった。
桃子が知っているサカモトの情報は、イビキがうるさい鎧の人ということだけだ。柚花が言うには小さい子が好きだという疑惑もあるようだが……まあそれはそれ。
「でも気を付けるんだよ桃子ちゃん、依頼人情報は機密事項だ。知ってても口外しないようするんだぞ?」
「あっそうですよね。すみません忘れます! 謎の大剣、です!」
慌ててぺこりと頭を下げる。
桃子の失言はどうにか誤魔化せたものの、この仕事を続ける上では個人情報に介入してはならない。それはこの工房で働くプロとしては、必須事項なのだ。
「おゥ。いいさいいさ。んでそれなんだが、これだけの立派な得物となると、どうにもこの工房じゃおっつかなくてなァ、今週はこいつら連れて筑波まで行くことになったんでェ」
「筑波、ですか? あれですよね、研究機関とかたくさんある」
茨城県つくば市。
東京からの鉄道路線も通っており、様々な研究機関が立ち並ぶ学術都市としても有名な街だ。
ここ十数年では、ダンジョンに関わる研究施設なども多く集まってきているという話だ。
「そうそう、茨城県の研究学園都市。実はそこに、一般にはあんまり知られてないんだけど研究機関が使ってる小規模なダンジョンがあるんだよ」
「ダンジョン内に研究機関とか工房とかもあって、ダンジョン内だからスキルもフルに使えるんで、大体でかいものとかはそこで製作されてるんだ」
「へぇー、そんなところがあったんですね」
どうやら彼らの話を聞く限りは、一般には開放されていないダンジョンなのだろう。桃子もある程度はダンジョンの話は知っているが、筑波のダンジョンというのは聞いた記憶がなかった。
もしかしたら、何かしらの理由により情報を規制していたりするのかもしれない。ダンジョン内に存在する研究機関となれば、セキュリティ的にもかなり力を入れているに違いないのだから。
「ケッ、あんな頭でっかちな連中が規約だ規則だうるせえ場所、本当は行きたかねェんだがよ」
しかしそんな最先端の研究機関も、下町頑固おやじと言ったタイプの親方にはいたく不評のようだ。
確かに、この江戸っ子親方と白衣に眼鏡の研究者が会話している姿など、全然想像つかない。まあ、筑波の研究者が白衣で眼鏡かどうかは知らないので、そもそもが桃子の想像であるが。
「まっ、この剣もあの鎧の野郎に早く逢いたいだろからよォ、仕方ねェわな」
親方は小さく呟いて、奥の作業台で眠る大剣をちらりと見遣る。
親方は誇張表現なのか本当なのか、武具の気持ちがわかるのだという。持ち主に会いたがっている武器のためならば、いけ好かない研究都市にも足を運んでくれる、ということだ。
なんだかんだで、武具には優しい人だった。
「……あれ、でもそれじゃ、その間私はどうすればいいですか?」
ここで宙に浮くのは桃子の立場だろう。
一人前の弟子たちは何名か連れていくが、半人前の桃子はさすがに今回の遠征には不参加だ。
しかしそうなると、仕事をする上で桃子に指示を出す直属の上司が居なくなってしまうのだが――。
「ああ、桃の字は今週いっぱいは休んでくれて構わねェよ。まあ今日は仕事してってもらうとして、明日からな」
さらりと、休みを与えられてしまった。
「え、私は休みになっちゃうんですか?」
「桃子ちゃん、先週はずっとダンジョンで鉱石掘らされてたって言うじゃないか。さっき俺たちで親方を説教しておいたよ」
「さすがにこんな子供に強制地下労働させてるなんて、尊敬する親方といえどそれはアウト、やっちゃ駄目だろってね」
どうにも先日の話が変な風に伝わっているようだ。
桃子の知らぬうちに、先週の鉱石掘りが「強制地下労働」なるものになっている。ついでに桃子が子供という設定にもなっている。
さすがに本当の子供に鉱石掘りを強制したのならば大問題ではあるのだが、桃子は大人だし、なんならあのダンジョンの中で一番ノリノリで岩盤を破壊していたドワーフその人だ。
「あの、私これでも18歳で探索者……」
「わかってる! わかってるんだが……やっぱり俺らの中では桃子ちゃんは親方の孫なんだよなあ」
どうやら分かったうえで言っているらしい。それはそれでなかなか困る。
ドワーフ、座敷童子、人魚姫の次は親方の孫。どうにか親方の孫とドワーフは兼用できないだろうか。
「ケッ、俺の弟子が馬鹿ばっかりですまねェな、桃の字。まあとにかく、所長にも話は通してるし、代休だか特休だかで申請してくれるってことだぜ」
名前が出ると、向こうの席から所長が親指をぐっと立ててこちらへアピールしている。
どうやら所長は、サムズアップを万能のジェスチャーと勘違いしている節がある。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……今週はたっぷりダンジョンにでも潜ろう、かな?」
「おう、そうしろそうしろ。でもちゃんと休んで、たっぷり飯を食えよ?」
「はいっ、ダンジョンでカレーたくさん食べます!」
「ハンバーグじゃねェのか?」
ドワーフのハンバーグの噂は、親方にまで広がっていたようだ。
窓口さんの情報発信力は大したものである。
とりあえず、なんだか桃子はよく分からないうちに今週いっぱいをお休みしても良いということになった。
「良かったですねー桃ちゃん、どこかお出掛けでもするんですかー?」
「お出掛けというか、ちょっとダンジョンで色々やりたいことがあって」
親方からのお話を済ませて、桃子は自分に与えられている作業机へと戻る。すると、和歌がにこにこ笑顔で迎えてくれた。
どうやら先ほど和歌が言っていた「有給申請の必要がない」というのはこういうことだったのだろう。桃子が来る前に、恐らくは和歌も交えて、桃子にお休みをという話が決まっていたのだ。実に過保護な職場である。
「あ、ダンジョンというのなら一つ、ちょっとしたアイテムの試供品があるのですが、使ってみませんかー?」
ふと何かを思い出したかのように。和歌が自分のデスクの引き出しを開けて、中から取り出したのはひとつの魔石だった。
それはサイズ的にはありふれた、いつも桃子が【加工】でくっつけているようなサイズの魔石だ。しかし、見たところ艶が悪く、あまり良質の魔石という気もしない。
更には、普段の加工手順ならば武具に石座をつけてから魔石を挿入するものだが、和歌が取り出した石には最初から汎用デザインの石座がくっついている。
「それ、魔石ですか? なんかもう石座にはまってますけど……」
「これはですねー。いま新しく開発されている、使い捨てタイプの付与魔石の試作品なのですよー。品質が低い魔石でも、一度だけなら武器に着けて能力を引き上げることが出来るのです」
「へえ、凄いじゃないですか」
武器に融合させることが出来る魔石というのは、品質が重要となる。
使用者の魔力を循環させることで永続的にその効力を発揮するのが、いわゆる武具に着ける魔石である。そのとき、品質が悪い魔石では魔力の循環がうまくいかず、すぐに破損してダメになってしまうのだ。
どうやらこれはそれを逆手にとり、品質の悪い魔石を使い、壊れる前提の一度きりの消耗品として製作したもの、ということだった。
それだけ聞くと、随分画期的な新技術だなと、桃子は感心するのだが。
「んー、技術は凄いのですけど。桃ちゃんのハンマーなら一撃を引き上げる意味があると思いますが、剣や短剣ですと一撃だけで壊れてしまう魔石なんて装着しても使い勝手が悪いのですよねー」
「ああ、確かに……」
言われてみればその通りで、速さと手数が重要となる武器に一撃で壊れる石を装着したところで、それが効果的とは全く思えない。そもそも、ダンジョンに入って最初に出会うモンスターなど、ゴブリンなどの弱い魔物なのだ。
もちろん、無いよりはあった方がマシではあろうが、1発で消滅してしまう魔石など、あまりに勿体なさすぎる。
「まあでも、桃ちゃんの場合は好きなタイミングに【加工】でつければいいだけですし、武器も一撃主体のものですから、マッチしていると思いますよー」
「はい、じゃあせっかくなので、どこかで試してみますね。ありがとうございます」
「いえいえー」
桃子の持つハンマーは、重量級の一撃必殺。
そのダメージが倍増するというのならば、いざという時のために貰っておいても損はないはずだ。
ここはありがたく頂いておくことにした。
【深援隊メンバー サカモトの手記】
〇月〇日
俺の愛剣は、どうやらギルドが紹介してくれた伝説の鍛冶師の人が直してくれることになったようだ。伝説の鍛冶師ってすごいな。
さすがに明日明後日で直るような安いものではないので、しばらくはレンタルの剣を使用することにしよう。
しかし桃子ちゃん、一体俺の剣をどういう使い方したらあんなことになっちゃうの……? あれやったのって、多分桃子ちゃんだよね?
〇月〇日
しかし俺が寝ている間に深援隊はしっかり遠野に根付いてしまったようだ。
なんだかみんなが妙にタケノコ料理に詳しくなってしまったぞ。
新宿ダンジョンでなけなしの薬草で命からがら脱出してきた時と比べれば、随分と気楽な環境になってしまったな。
いいことなのか悪いことなのか。
でもニチアサをゆっくり見ていても怒られないのはありがたい。
〇月〇日
なんか桃子ちゃん……というか、萌々子ちゃん? が、謎の怪我人を連れてきたらしく、ギルドまわりが騒がしい。
俺は見ていないが、ギルドでその一部始終を見ていた仲間の話では、そいつは随分な大怪我だったという。桃子ちゃん、まだ色々と人助けしてるんだなあ。
〇月〇日
なぜか俺が昨日の男の病室に呼び出された。どうやら遠野ダンジョンから出てきた眠り続ける男つながりで、俺が何か知ってるんじゃないかとか思ったらしい。わかるわけないだろ。
ただ、ヘノちゃんや桃子ちゃんがこんな怪我をさせるわけがないから、俺のときとは全然違うとは答えておいた。
その後帰ってきたらまたギルドから連絡がきて、例の男については機密事項となったってさ。
ことさら人に話す予定もないけど、いきなり機密事項とか言われてもこええよ。なんなんだ。
〇月〇日
前に鵺討伐のときに一緒に組んでいた女子高生のタチバナさんから連絡がきた。
最初はまさか俺に気があるのかな? とか思ったけど、どうやら事態はもうちょっと複雑なことになっているらしい。
タチバナさんからヘノちゃんの名前が出た時はびっくりしたけど、そうだよな、あの子は看破とかいうスキルがあるから、俺よりも妖精とかわかるんだよな。
看破つながりで、もしかしたら、タチバナさんなら桃子ちゃん(この場合は萌々子ちゃんか?)の姿が見られるんじゃないかって話をした。
いくらヘノちゃんが保護者代わりだとは言え、あんな小さい子がダンジョンで親も持たずに一人きりだなんて、可哀そうすぎる。子供ってのは誰かが守ってあげるべきなんだ。俺には無理でも、看破を所持したタチバナさんだったら小さい桃子ちゃんに寄り添ってあげられるんじゃないだろうか。
って感じで俺がそういう話をすると、なんかタチバナさん黙っちゃったけど。おかしいな、桃子ちゃんの話がしつこすぎたかな? 女の子は難しい。
まあいい。ヘノちゃんからの指令は、受け取った。今週はちょっと、俺もいつでも動けるようにしておこう。