ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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大人女子会

「しっかし、主演女優とやらが桃の字の後輩だったとはな。世の中、何があるかわからねェもんだぜ」

 

「私は、昨日タチバナさんからすでに聞いてましたけどねー」

 

「柚花が言ってた『リアクション』ってそういうことかー」

 

 驚きの再会を経て、北路マヤと日影千種の二人は、工房の応接間へと通されている。

 固定人員が四人しかいない小さな工房だ。はじめにそれぞれの自己紹介をする際に、マヤが桃子の後輩であり、千種がクラスメイトだったという話は工房の全員に知るところとなった。

 当初はメディア関係の来訪に対しあからさまにツンツンしていた親方も、相手が桃子の級友とわかった途端に嘘みたいに態度が柔らかくなり、「好きに覗いていきな」などと言ってのけた。頑固職人を絵に描いたような親方が、職人の領域である作業場に自由に踏み込む許可を出すなど、一番驚いているのは桃子である。

 

 和歌はやはり、事前に柚花からその話は聞いていたようだ。

 桃子が驚く様子をスマートフォンで撮影してほしい、という柚花の頼みを和歌が喜んで引き受けたのは、和歌もまた、桃子のリアクションを楽しみにしていたからである。

 

「ま、積もる話もあんだろ。ちょうどいい、見学の話なんかは桃の字に任せるか。その方が互いに気楽だろ」

 

「はーい、わかりました」

 

 本来ならば、工房の代表である所長、もしくは職人である親方が応接室で話をする予定だった。

 だが、相手が桃子の友人たちだと判明したことで、予定は変更となる。

 千種たちへの対応は、全面的に桃子に一任されることになった。親方たちは仕事に専念できるし、桃子は懐かしい友人たちと対話の機会を得られる。まさに、誰もがハッピーになる人選だ。

 

 

 

「それにしても、二人ともお久しぶりだね。もう、驚きだよー」

 

 応接室のテーブルには、ちょうど桃子と和歌が買ってきていたつくば土産のサブレが並べられている。

 小ぶりな蜜柑の皮の粉末が混ざったそのサブレは、さわやかな香りがふわりと口内に広がる、とても紅茶が合いそうなお菓子だ。もっとも、来客用に用意されているのは紅茶ではなく緑茶である。

 

「桃子さんが、技術職についたとは聞いていたのだけれど……まさか、こんな形で再会するとは思わなかったわよ」

 

「えへへ、私だってびっくりだよ。北路さんが女優さんで、千種さんがマネージャーをしてるなんてさ。二人ともなんか、大人になったねえ」

 

「妖精先輩こそ、ミュゲットの頃とはずいぶんと印象が違いますね」

 

「まあ、セーラー服とツナギ姿じゃ、どうしても印象は違っちゃうからね。作業着を着てると、当時よりも大分大人っぽく見えるでしょ?」

 

「え? あ……ええと、はい、そうですね」

 

 桃子は、応接室のソファに座ると、さっそくサブレをぱくついている。

 正面には、クラスメイトだった日影千種と、演劇で共演を果たした下級生の北路マヤ。

 マヤは桃子を『妖精先輩』と呼ぶが、どうやらそれは当時の一年生――マヤたちの学年での、桃子の隠れた通称だったらしい。すでに二年も昔の話とは言え、それを知った直後は恥ずかしさに桃子は耳を赤くした。

 マネージャーの千種は、今回のカメラ担当も兼ねていた。最近はスマートフォンでもそれなりの画質で録画できる上、万一映像を使用することになっても、見学風景の記録映像にそこまでの画質は求められない。なので、スマートフォンでも十分なのだという。

 

 そして改めて、ソファで互いの顔を見る。

 二人とも――いや、今日に限って言えば三人ともがしっかりとメイクをしており、高校の時とはまた違う空気を醸し出していた。

 その空気感に「三人とも大人になったんだな」と。桃子は心の中で時の流れを実感する。

 なお、マヤと千種が、子供サイズのツナギに身を包んでお菓子をぱくつく桃子を見て『大人っぽい』と感じたかどうかは、別な話とする。

 

「あー……ええと、ところで桃子さん、疑ってるわけじゃないのだけれど、本当に……その、あなたがこんな、武器を沢山触る職場で働いてるの?」

 

「うん! 私これでも、最近はそれなりにメンテナンスとかは任せてもらえるようになったからね! 北路さんの参考になれるんじゃないかな」

 

 やはり、同級生の千種は――いや、同級生だったからこそ、桃子がこのような工房で働いていることが信じられないのだろう。

 笹川桃子という少女は、多少変わったところこそあったけれど、穏やかで、争いごととは無縁な印象の生徒だったのだ。

 それがまさか、普段から剣やら槍やらとにらめっこするようになるだなんて、誰が思うだろうか。

 もっとも、実際にはその当時から、土日にはハンマーを振り回してカレー漬けの毎日を送っており、千種が知らなかっただけで桃子はあまり変わっていない。まさに、事実は小説より奇なり、だ。

 

「妖精先輩が、武器職人……武器の妖精……スズランの武器……」

 

「マヤ、落ち着きなさい。桃子さんはもうスズランの妖精じゃないのよ」

 

 正面に座り、意味不明な怪文を口ずさんでいるマヤと、そのフォローに回っている千種。

 どうやら、女優として大成しようとしている北路マヤは、その中身は学生時代からあまり変わっていないようだ。

 学生時代――高校二年生だった桃子が彼女と舞台で共演した際は、演技に支障を来さぬようプライベートの親交こそ控えていたものの、舞台を降りたマヤは驚くほどに普通の、言ってしまえば地味で頼りなく、華々しい女優とは真逆のイメージであった。

 むしろ、かなりぼんやりした下級生だったかもしれない。当時も今のように、周囲の生徒があれこれ世話をしていたのを覚えている。

 

「当時は、北路さんは私のこと、きちんとスズランの妖精として見てくれてたんだね。ありがとう」

 

「あっ、そうか! 劇が終わったいまは、もう妖精先輩じゃなくて人間先輩なんですよね……」

 

「うん、人間として生まれ育った、人間先輩の笹川桃子だよ! よろしくね!」

 

「はい、私も人間の北路マヤです」

 

 たった今の今まで、桃子を妖精と勘違いしていた下級生と、自分は人間先輩だとにこやかに自己紹介する桃子。

 ダンジョン内の魔法生物相手ならともかく、地上の人間同士で『人間』であることを互いにアピールするのはなかなかない経験だ。

 横では、千種がとても何か言いたげに口元をひくつかせているが、マヤも桃子も気付かない。

 

「でもやっぱり、この方って妖精じゃありませんか? どう見ても、当時よりなんか幼いですよ?」

 

「まあ、元から妖精みたいな子だったけど、どういうエイジングケアしたらこうなるのかしら……」

 

 なお、マヤと千種が何かしら囁いているけれど、サブレの二枚目に舌鼓をうっている桃子には聞こえていなかった。

 

 

 

 桃子の妖精疑惑はさておき、話の主題は件のドラマである。『武器のメンテナンス』を主題にしたという、世にも珍しいトンチキ映像作品だ。

 

「ごめんねー、私、色々あってそのスペシャルドラマをまだ見てないんだよ」

 

「なら、今回は資料として映像データを貸し出すから是非見てちょうだい。マヤの演技はものすごいのよ」

 

 元から、工房の職人がドラマを見ていないことも想定していたのだろう。千種は自分の鞄からおもむろにメモリスティックを取り出すと、応接室のテーブルの上に置く。

 メモリスティックなら桃子の自宅でも覗けるし、なんなら仕事のあとに工房の皆で集まりこの応接室の大きなモニタでドラマを視てもよさそうだ。

 

「ちょっとその……本職の方に、例のメンテナンスシーンを見せるのが、心づらいですが……」

 

「脚本の先生も、それはギルドからさんざん指摘されてて涙目になってたから、次はきちんとしたものになるとは思うのだけれどね」

 

「あはは。なんか、そうみたいだね。なら今回は私の仕事を沢山みて、連続ドラマでは参考にしてみてよ」

 

「はい、頑張ります。……と、言いたいところなんですけどね……」

 

 しかし、いざ『連続ドラマ』について桃子が触れると、なにやらマヤと千種は気まずそうに口を閉ざし、互いに視線を合わせている。

 いかにも、言いづらいことがある、といった様子だ。

 

「どうしたの?」

 

「その……ここまで見学に来ておいてなんだけれど、ちょっと……企画が進むか、消えるか、わからないのよね」

 

「え、そうなの?!」

 

 普通はドラマが決定してから工房見学にくるものかと思っていたが、どうにもそうトントン拍子で物事が進んでいる訳ではなさそうだ。

 工房への連絡も急なものだったが、暗礁に乗り上げるのも急である。ドラマの世界というのはそんなものなのかと、桃子は心配になってきた。

 

「どうしても使いたい役者がいるのだけれど、その人は前は一回きりの約束で出てくれていたらしくて、連続ドラマは難しいみたいで……」

 

「そんなことある?」

 

 桃子は不思議に思う。世の中には、俳優も女優も星の数ほどいるというのだ。

 主演のマヤならばまだしも、それ以外の脇役ならば代役を立てればいいだろうと、桃子はシンプルにそう考える。

 少なくとも、役者ひとりの都合で企画が立ち消えになるというのは、ドラマのため動いているであろうお金と比べると、なんだかおかしな話だ。

 

「ええとですね、妖精人間笹川先輩。スペシャルドラマでは、私に覚醒パワーをくれた滝の女神がいるんです」

 

「なんて?」

 

 どこにつっこむべきか分からないが、つい反射的に聞き返す。

 

「主人公の、鍛冶屋の血筋の少女が滝行をしていた場所が、たまたまご先祖さまが封じた女神が眠っていた伝説の地で、主人公が『メンテナンスパワー』に目覚めるきっかけをくれるのよ」

 

「なんて?」

 

 どこにつっこむべきか分からないが、つい反射的に聞き返す。

 いま聞いているのは、ファンタジードラマとかではなく、現実の武具工房を舞台にしたドラマの話だったはずだ。

 普通は現代日本の話に女神は出てこない。もっとも、妖精やスフィンクスが実在する世界なので、物語中に女神が出てくるのはまだいいとしよう。しかし、工房の職員が武器をメンテナンスする際に『メンテナンスパワー』はいらない。

 少なくとも、見習い武具職人の桃子は、今のところはメンテナンスパワーに目覚めたことはない。

 

「桃子さんの疑問はごもっともなんだけど、そういうドラマなのよ。それで、その彼女が出るか出ないかは、悲しいけれどマヤが出るか出ないかよりも重要なのよ。マヤは演技は天才だけれど、華という意味ではほら……普通じゃない?」

 

「えー……そんな凄い女優さんなの?」

 

 千種は、話しながらも自分の鞄からノートPCを取り出して、先ほどのドラマ映像が入っているというメモリスティックを差し込んだ。説明するより、実際に桃子に見てもらうつもりのようだ。

 かちかちと操作をすると、さっそく画面には、前に放送したというスペシャルドラマが始まる。

 冒頭では、本当に北路マヤが滝行をしているシーンから始まった。

 

「本当に滝に打たれてるね。これなんのドラマなの?」

 

「ドラマはつかみが大切なのよ」

 

 桃子も、ついつい視聴者のようにツッコミをいれてしまう。

 つかみが大切とはいえ、初っぱなから視聴者を混乱に陥れてよいのだろうかと桃子は疑問に思うが、しかしすでに放送されたドラマの展開に自分がツッコミを入れてもしかたないと、お茶を飲んで落ち着くことにした。

 サブレのあとに飲む渋いお茶は、とても美味しい。

 

 ドラマは、主人公の少女が滝に打たれるシーンと、本人の葛藤からスタートする。始まって数分間、回想シーンも挟み、主人公はずっと滝に打たれているだけの映像が続く。

 モノローグの説明によれば、まだ未熟だった彼女は武器メンテナンス業界の壁にぶつかり、この地へ精神修行にやってきたらしい。桃子にいわせれば「なんだそりゃ」であるが、黙ってお茶を飲みつつ画面を見つめる。

 

 そして、それは唐突に現れた。

 

「ジャっバーン♪ 滝の女神が、あなたの真剣な姿に心を打たれて現れたわよ。ジャっバーン♪」

 

 盛大にむせた。

 

「げほっ、げほっ!」

 

「わー妖精先輩、大丈夫ですか!?」

 

 驚くほど唐突に、主人公の目の前の滝から、女神が現れたのだ。なんの前触れもなく、説明もなく、怪異じみた美しさの女神が出現したのだ。

 スペシャルドラマにあるまじき雑な展開と、斜め上にハジケた演出である。

 そして、桃子がむせた理由はそれだけではない。

 

 ふんわりした艶やかなブロンドヘアーに、人目をひくパッチリとした青い瞳。不可思議な、ヒラヒラの布を重ねた女神衣装の上からもわかる、そこらのモデルが膝をつきそうなたわわな体型。

 そして、繰り返される『ジャっバーン♪』という珍妙なかけ声とともに、妙な決めポーズを決めている。

 

 桃子は知っている。

 このブロンドヘアーから漂う花の香りも、彼女が入れてくれるコーヒー牛乳の味も、知っている。

 この滝の女神はまったく演技などしておらず、この奇っ怪な言動が彼女の素のままの姿であることを、知っている。

 

「演技じゃないじゃん! 普段通りのローラさんじゃん!」

 

 桃子は、つい、画面に向かってツッコミをいれた。

 画面の中で妙なポーズを決めている、とんでもない美しさをもつトンデモ女神は。

 龍宮礁のギルド施設でウェイトレスとして働いている、怪異じみた美しさのトンチキコスプレ美女だった。

 

 画面に映っているのは、阿瀬ローラ。桃子と同い年のコスプレ配信者であり、沖縄で知り合った、桃子の友人の一人だった。

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