ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ローラさん、お久しぶりー。この前は沖縄のカレーありがとうね! 地元じゃないと買えないカレーだから、本当に嬉しい」
『桃子さんこそ、お中元に大量のお菓子を送ってくれてありがと♪ おかげで、しばらくは午後のおやつタイムが豪華になったわ』
工房で千種とマヤの話を聞いた夜。桃子は自宅にて、久しぶりに龍宮ダンジョンギルドの喫茶店ウェイトレス、阿瀬ローラと通話を繋いでいた。
桃子が龍宮礁に滞在したのはたった数日のことだったけれど、年の近い彼女とはあっという間に仲良くなった。今でも時折メッセージを送り合い、夏には互いにお中元としてカレーやお菓子を送り合った仲ではあるけれど、こうして声を聴くのは実に久しぶりだ。
「本当はお中元っぽく素麺とか果物とかも考えたんだけど、龍宮礁だとお菓子みたいな嗜好品のほうが希少なんじゃないかなって」
『ふふ、わかってるじゃない』
「あと、千葉のカレーも送ろうかと思ったんだけど、ローラさんて食堂でご飯食べてるから、カレーだけあっても困るかなって」
『ふふ、わかってるじゃない』
この日、桃子がローラに連絡をとったのは、昼に千種たちから聞いた話がきっかけである。
例のドラマにて『滝の女神』役だった女性探索者こと阿瀬ローラが、連続ドラマ出演に難色を示している。その原因を聞き出すのに、ローラの友人である桃子が自分から手を挙げたのだ。
ただ、久しぶりに声を聴くとついつい話が弾んでしまい、それぞれの近況を報告し合っている。ドラマの話はそっちのけだ。
龍宮ダンジョンは変わりなく、相変わらず静かな離島らしい。一方、短期間で急速にドイツ化が進んでいる房総ダンジョンの話を聞かせたら、ローラはツボにはまったらしく大笑いしていた。
『そういえば私、悩んでることがあるのよね。せっかくだから、桃子さんにも相談を聞いてもらおうかしら……』
「うん? 私でよければ、なんでも聞くよ? カレーの話?」
『アルラウネって、どういう風な声を出すのかしら』
「ふぇっ?」
アルラウネ。それはもちろん、筑波ダンジョンでライチと死闘の末に鎮静化され、今は妖精の畑に埋められている幼女のことだ。
畑に埋められたアルラウネの姿を見たときは桃子も二度見、いや三度見くらいはしてしまったが、植物の妖精たちによれば、アルラウネはいま、静かに休養中とのことである。
そして、ローラから飛び出たのがまさに、そのアルラウネの話題だった。想定していなかった方向の話題に、桃子はついつい変な声をあげてしまう。
『桃子さんは知らないかしら? 最近になって存在が明かされて、多分これからブームが来ると思うのよね』
「あ、いや、とっても知ってるけど。アルラウネって、筑波ダンジョンのアルラウネ……だよね?」
『そうなのよ♪ 情報通りに、緑色のウィッグに、緑の葉を重ねたようなドレスもつくったのよ♪ ただ、アルラウネの決め台詞がわからないのよね。そもそも言葉を話せるのかどうかも分からないじゃない』
ローラは、生粋のコスプレイヤーだ。しかも、龍宮礁の美しい風景の中で、猫耳メイドから空の妖精まで、様々な服装でセルフ撮影配信をしている、かなり変わった趣味の持ち主である。
彼女は少し前はけものの姫のコスプレ姿を配信していた。本物のけものの姫であるポンコと比べて、ローラによるけものの姫は非常に妖艶であり、耽美であり、なんだかイケないものを見てしまったような気がしたものだ。
ローラの趣味はさておき、桃子はアルラウネの声は知っている。彼女の声を聴いたことがある人間は、眠り続けるライチを除けば、地上では桃子と和歌の二人だけなはずだ。
「ええとね。アルラウネは『リリィ、リリリィ』って感じの声を出すんだよ。声っていうか、スズムシみたいに音を鳴らすって感じかなあ」
『あら、桃子さんったら、実際に見てきたみたいに言うじゃない。でも……うん、悪くないわね。リリリィ♪』
「そうだ、ローラさんにドラマの話を聞きたかったんだった!」
そして、ようやく。
最近のお菓子の話題で十分に盛り上がってから、桃子はローラに通話を繋いだそもそもの理由を思い出す。同年代との会話が楽しくて、すっかりと忘れていた。
桃子は、ローラにことの顛末をそのまま伝えることにした。自分の後輩が主演女優だったこと。工房に見学に来ていること。そして、滝の女神役のローラの動向次第で、今後のスケジュールに変更があること。
『あら、あの主演のマヤちゃんが桃子さんの後輩だったのね。素敵な女優さんだったわよ』
「うん。それでね、『滝の女神』役のローラさんは……その、連続ドラマには出られないのかな? って思って、聞きたかったんだよ」
『そうねえ。桃子さんだから正直にお話するわね。私にも、ドラマ版の企画概要は伝えられてるのだけど……こう言うと申し訳ないのだけど、そんなに魅力がないのよね』
「魅力が……ない?」
『そうなの。衣装がつまらないのよ。前と同じ衣装で、しかもずっと代わり映えしないのよ? そんなの、素敵な衣装が着られるって聞いていたのに、がっかりじゃない?』
「えーと……衣装?」
桃子は考える。ローラの言っていることの意味を考える。
この阿瀬ローラという友人は人間離れした美貌を誇るけれど、それで芸能界入りだとかはあまり考えていない。彼女は食事や洗濯は施設に任せきりにして、自分は延々と自然の中で多様なコスプレをして過ごすだけの時間を好む、率直に言うならば、かなりもったいない変人だ。
その彼女曰く。
連続ドラマは、衣装がつまらない。新しい衣装が用意されない。
「――つまり、ローラさんはドラマでもコスプレしたいってこと?」
『そういうことね♪ 流石桃子さん、察しがいいじゃない。にゃん♪』
「にゃん♪」
答えはとても簡単。新たな企画では、ローラのコスプレ熱が刺激されなかったのだ。どれだけ煌びやかで美しい女神の衣装だとしても、衣装として新鮮味があるのは初期のうちだけ。連続ドラマでずっと同じ衣装では、その衣装に楽しさを見いだせない。
ならば、話は簡単だ。ドラマで、滝の女神役のローラにどんどんコスプレをさせれば解決する。あっさりと問題の答えを見つけてしまった。名探偵桃子、身体は子供だ。
桃子はドラマの関係者でもなんでもないので、脚本の労力や、物語の整合性などというものは考慮してはいない。
あとは、マヤと千種にはあとでその旨を連絡しておけば、だいたい解決だろうと桃子は確信し、再びまた、ローラとの雑談に花を咲かせていく。
その夜は、長話で随分と盛り上がった。桃子もいっぱしの年頃の女子らしく、同世代の女子との雑談は長くなるのだ。
「本当にありがとう、桃子さん。工房の見学どころか、解決策まで提示してくれるだなんて……」
「妖精先輩はやっぱり妖精だったんですね。私が寝ている間に問題を全て解決してくれたり、高校卒業後のほうが若返ったり、仕事風景を撮影するとうまく写らなかったり。間違いなく妖精の子供ですね」
「えへへ、なんだかそこまで感謝されると、照れちゃうね。私、もうすぐ二十歳になる人間だけどね」
三日間の見学を終えて、マヤと千種は応接室にて桃子と最後の挨拶を交わしていた。
別に永遠の別れなどではないし、初日にここで顔を合わせたときに、互いの現在の連絡先を交換している。
とはいえ、桃子の住む工房の世界と、マヤたちの活躍する芸能の世界ではあまりに違いがありすぎて、このような形で仕事として共に過ごす機会というのは後にも先にもこれが最後だろう。
初日と同じく、遠慮なくサブレをポリポリと食べる桃子に、千種たちは感謝の言葉を並べている。
「桃子さんのお陰で、ドラマの方向性が一気に固まったのよ。脚本家の方が、物凄いひらめきを得たんですって」
「そうなんだ? 私、ローラさんのコスプレの話を伝えただけなんだけどね」
桃子がやったことはただ一つ。ローラと長電話を楽しんで、その際に『コスプレをしたい』という彼女の単純明快な欲求を聞き出し、それを千種に伝えただけである。その夜のうちに、その情報はドラマのプロデューサー、および脚本家まで伝わり、とんとん拍子にことが進んでいったらしい。
現段階の想定としては、ローラ演じる女神の趣味として、毎回変わる様々なコスプレを取り入れることにしたという。意味不明さに拍車がかかっているけれど、どうせ元からトンチキドラマだ。今更女神がコスプレイヤーになったところで問題はないだろうと、桃子は考えるのをやめた。
しかし、どうやら変化があったのは滝の女神のコスプレ趣味だけではないらしい。
「妖精先輩。ドラマの人物設定に大きくテコ入れが入って、中身が『伝説の武器職人のお爺ちゃんとその孫娘の話』になりそうなんですよ。私たちがここで見聞きしたことを脚本家の先生に伝えたら、インスピレーションが湧いてきたそうです」
「へえ、面白そうじゃん。私、親方さんの孫娘じゃないけどね」
おそらく、武器職人のお爺ちゃんは親方が、孫娘は桃子が発想の由来なのだろう。
桃子と親方は別に祖父でも孫でもないのだが、この工房に訪れて、そう勘違いして帰っていく人は多い。
さすがにマヤがそんな勘違いをしているということはないだろうが、この工房の風景がインスピレーションの手助けになったのならば、孫ポジションの桃子としては光栄なことである。
「他にも、同僚の女性職員が実は伝説のアイドル魔女だったりとか……」
「それは和歌さんのプロフィールがそのまんますぎない?」
おそらく――というか、もはや事実そのままなのだが、同僚の女性というのは和歌のことだ。
和歌は実際に、伝説のアイドル配信者であり、魔女と呼ばれてもおかしくないほどの力量を持つ魔法使いだ。
インスピレーションというよりは、もはやこの工房内の事実をそのままひねりもなく作品に落とし込んでいるだけのような気がして、桃子は少し心配になってきた。
「あと、ヒロインの職場の代表の方は、最終回まで一言も言葉を発しません」
「その脚本家さん大丈夫な人なの?」
先ほどの、"ひねりもなく作品に落とし込んでいるだけのような気がした"というのは、間違いだった。気がしたどころか、どうやら本当にひねりもなにもなく、この工房の人間関係をそのまま再現しようとしているだけだった。
その上であえて言わせて貰う。最終回まで代表が一切話さないという意味不明な設定もおかしい。誰も得をしない。常にサムズアップしかしない代表など、コミュニケーションがただただ難しいだけだ。参考にするべき場所ではない。
そのように。
聞けば聞くほどにつっこみどころだらけで、桃子はそろそろつっこみを諦め始めている。
「桃子さんの心配はわかるけれど、現段階ではあくまで妄想みたいなレベルだからさすがにそのままになることはない――と、思うわよ。それに、いくらなんでもちょっと現実感がないものね」
「現実ってなんだろうね」
桃子の記憶が確かならば、同僚が伝説のアイドル配信者だったり、所長がほぼ会話できない不審な人だったりするのは現実の話である。
それが現実感がないと言われると、桃子としてはそれに対する言葉がないのだった。
事実は、小説より奇なり、である。