ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「そういえば、これは仕事とはまったく関係のない話なのだけれど……」
「うん? どうしたの?」
マヤと千種の工房見学は終わりを迎えた。
応接室ではドラマの話題ばかりだったけれど、実際には数日間でマヤには工房のあれこれを説明し、時には桃子が目の前で何度か実践して見せた。
普段はぽやぽやして可愛らしい後輩といった雰囲気のマヤも、実践を前にすると目つきが女優のそれに変わっていた。あまりの真剣さに、桃子もつい「恐ろしい子」などと感じてしまったほどである。
そして、応接室で手荷物をまとめて帰り支度をしていた千種がふと、口を開く。
「桃子さんて、ミュゲットの二つ下の橘柚花さんと懇意にしてるって聞いたけど、そうなの?」
「へっ? ……あっ、うん。柚花は卒業後にダンジョン関係で偶然知り合う機会があってね、えへへ」
千種から出てきた話題は、意外にも柚花についてだった。
桃子は一瞬、どうしてここで柚花が? と疑問に思ったが、よくよく考えると柚花はミュゲット生なのだから、千種やマヤから見ても後輩だ。
特に、昨年から今年にかけては探索者としての知名度が爆発的に上昇しているため、ミュゲットの卒業生たる二人が柚花を知っているのは当然だ。
「でも、なんで柚花?」
「実は、お盆に急に世界魔法協会のヘリが飛んできて『スズランの妖精の日記を貸してください!』なんて頭を下げてくるんだもの。びっくりしちゃったわよ」
「ドラマの撮影現場に魔法協会のヘリが乗り込んできたときはびっくりしましたけど、妖精先輩が関わってたんですねえ」
「え、そうなの?! なんか撮影の邪魔しちゃってごめんね!? しかも日記もそのまま持って帰ったまんまだった!」
桃子にも『スズランの日記』には思い当たることがある。
長崎で桃子が『ハーメルンの笛吹き』と出会っていたときに、柚花が桃子の正しい記憶を取り戻すためにたった一日で入手してきてくれたものだ。
今思えば、たった一日で二年前に演劇部で使用しただけの備品の在り処を探し、入手するためにかなり無茶をしたのだろう。桃子は、千種達にも、そして柚花にも申し訳ない気持ちがわき上がる。
「いえ、撮影に影響はなかったし、日記がきちんと桃子さんに渡ったのかどうか知りたかったのよ。何があったのかは、今度機会があれば聞かせてね?」
「うん、なんかありがとうね、千種さん」
申し訳なさであわあわし始めた桃子とは逆に、千種はけらりと笑って見せる。あの日記が桃子の手に渡ったかどうかの確認だけで、それ以上は詮索してこない。
ありがとう。桃子は純粋にそう思った。
「妖精先輩。あのときにヘリの風で『滝の女神』の衣装が翻って、ローラさんが喜んでポーズを決めている映像がドラマで実際に使われてるんですよ」
「へー」
なんだそりゃ。桃子は純粋にそう思った。
「じゃあ、私たちは帰るわね」
まだ時刻としては早い時間だが、彼女らはあくまで見学者であり、これから帰って女優としてやるべきことがあるのだろう。
桃子は工房を代表して二人を玄関まで見送っている。背後では和歌がスマートフォンのカメラを録画状態で向けている気がするが、桃子は気にしない。
「また今度、桃子さんからも何かあれば連絡ちょうだいね」
「妖精先輩。私も連絡先は千種先輩と同じなので、何かあったら千種先輩までお願いします」
「え、二人とも一緒って?」
「同居してるんです。千種先輩は私の奥さんです」
「えーっ?! そ、そうなんだ?!」
爆弾発言だ。目の前の二人はミュゲット在学時から互いに理解し合っている仲だとは思っていたが、まさか卒業してすぐにそのような関係性になっているとは思わなかったのだ。
桃子が目を丸くしていると、しかしマヤの額には千種のツッコミがぺしりと入る。
「ふぎゃっ」
ドラマの主演女優が、おでこをはたかれて奇声をあげた。
「桃子さんも、真に受けないでね。同居は事実だけど、この子の生活力があんまりすぎるから、私が一緒に暮らしてプライベートも世話してるだけなのよ」
「千種先輩が、毎朝起こしてくれるんです」
おでこをさすりながら言うマヤは、どことなく自慢げだ。
舞台から降りればボンヤリした少女であるマヤは、桃子と同じく朝は苦手なタイプであるらしい。
生活力がないと千種は言うが、それでもしっかりした同居人がフォローをしてくれるのならば何も問題はないのだろう。
「へー……なんか、いいね。私も起こしてくれる人が欲しいなあ」
桃子は言うまでもなく、朝は弱い。
実家住まいの頃ならば毎朝母親が起こしてくれたために学校には毎日きちんと遅刻せずに通えたけれど、千葉で一人暮らしを始めてからは、朝から慌てることも度々だ。
工房の始まる時間が学校より遅いからいいものの、本来ならばもっと余裕を持って出勤したほうがいいのは間違いない事実である。
「いいですよ、起こしてくれるし、朝ご飯とか、お洗濯物もやってくれますから」
「いいなあ……私も千種さん欲しいなあ」
「桃子さんもそんな部分に共感しないでちょうだい。全部マネージャーの仕事のうちよ」
正直いえば、マヤの環境はとても羨ましい。
だが、はたしてマネージャーというのはそういう仕事だっただろうか。少しの疑問を頭の片隅で感じつつ。桃子は街並みに消えていく友人達を、最後まで見送った。
「――っていうわけで、ドラマは無事動き始めたみたいだよ」
そして、週末がやってくると、桃子は妖精の国へとやってくる。
今日は妖精達だけでなく、可愛い後輩たる柚花もいるので、さっそく畑を見下ろせる丘の上のベンチに並んで座り、今週あった出来事を報告していく。
最初はヘノとニムも女優の話を聞いていたのだが、途中で飽きてしまったらしく、二人とも妖精の畑と湖のパトロールに行ってしまった。
「先輩、工房の見学案内どころか、がっつりドラマのプロデュースにまで食い込んでませんか?」
「あはは、言われてみるとそうだね。一応工房の見学もしっかりとやってたんだよ?」
「そりゃそうでしょうけど」
ベンチからは、妖精の畑が見える。
最初は驚いた幼女の上半身も、見慣れた今となっては妖精の畑の風景としてなじんできている。
今日も、畑に埋められた幼女ことアルラウネを囲んで、小妖精たちは輪投げ大会を開いている。どうやら、アルラウネは小妖精たちにとってのちょうどいい集合場所になりつつあるようだ。
よくよく考えると、妖精の国は広々と花畑が続くだけで、モニュメント的なものがない。今度、アルラウネよりも大きな、目印になる何かを建てたら小妖精たちは喜ぶだろうか。
――などと、桃子がそんな無関係なことを考えている合間も、柚花は話を続けている。
「女優を説得したり、企画原案の元ネタとして採用されたり、先輩の名前がスタッフロールに載ってもいいレベルですよ」
「どうしたの? そんな褒められるとなんか照れちゃうじゃん」
「褒めてはいません。呆れてるんです」
「えへへ。それでね、私は思ったんだよ」
そして、柚花の呆れ具合など完全に気にせずに、桃子は「えへへ」でいきなり話を変える。これには柚花も、呆れるやらなにやらだ。
「先輩、相変わらず無敵ですね。それで、何かありましたか?」
「柚花、学校を卒業したら私の部屋で一緒に暮らさない?」
「……」
沈黙。
柚花は一瞬だけ驚くと、桃子をジッと見つめる。手をとって、軽く抱き寄せて、それが本物の桃子かどうか匂いを嗅いでみる。桃子はきょとんとして、されるがままだ。
桃子は本物だった。嗅ぎなれた桃子の汗の香りがした。しかしそれでも柚花は、冷静さを失わない。
以前の柚花ならば、桃子の提案に秒で飛びついていたかもしれない。それくらいに、柚花は桃子を好いている。
けれど、今の柚花はすでに週末ごとに桃子とともにベッドをともにしているので、意外にも心に余裕があった。そして、桃子の言葉の裏を正しく読み取るために、冷静に考えることができた。
桃子の提案の裏に隠された意図を覗き見ようと、ジッと見つめる。
「か、【看破】しても別に何も出ないよ?!」
そう言いつつ、明らかに桃子の反応は怪しい。柚花が見つめると、桃子の目が泳ぎ始める。
これでは【看破】など使わずとも、桃子に裏の意図があることなど丸わかりだった。
「先輩。もしかして……『毎朝誰かが起こしてくれたら楽ができるなあ』とか、大人らしからぬことを考えてません?」
「ぎくっ」
桃子の目が泳ぎまくる。
気のせいか、わざわざ口で「ぎくっ」と発していた気がする。
「さては、『お洗濯とかもしてもらえたらうれしいなあ。ご飯は毎日カレーを二人分作ればいいだけだしね』とか、考えてません?」
「ゆ、柚花っ、ストップ! ストップ! 待って、看破ってそこまで具体的に読みとれるの?」
「いえ、今のはただのプロファイリングです。どうやら正解だったみたいですね」
「わぁ……7割くらい当てられちゃったよ。柚花、探偵になれるよ。ダンジョン配信系探偵やろうよ」
プロファイリングで、自分の言いそうな台詞まで完全に再現されてしまっては、桃子もお手上げである。自分の負けだとでも言うように、文字通り両手をあげて降参のポーズをとった。
なお、足りていなかった残り3割は『朝からツヨマージでツンツンつつくんじゃなくて、柚花ならもっと優しく起こしてくれるから』という内容である。
なんにせよ、真実は柚花の推理の通りだ。桃子の提案の裏には、マヤが千種に世話されている話に感化され、自分も柚花に世話して欲しいという堕落した小学生の如き欲求があった。
柚花は、やっぱり、とでも言うように、小さくため息ひとつ。
「先輩と一緒に暮らすのは嫌ではないですし、私としてはむしろ魔法協会から高額な年収をふんだくって、生活に困っている先輩を養ってもいいくらいですけど……」
「あの、私も自分で生計立ててるからね?」
桃子は、きちんと働き、自立していることを主張する。
工房の給料は新人のそれだが、やろうと思えば桃子はダンジョンの稀少な素材を入手可能な探索者である。それらを売却、あるいは採取依頼をこなすだけで、かなりの収入を得られるのだ。
なので、経済的な意味では、桃子は同年代と比べても十分に自立していると言える。
もっとも、つい今し方まで「朝は起きれないから優しく起こして欲しい」と小学生じみた思考をさらけ出していたおかげで、生活力についての説得力はかなり怪しいところだ。
「現実問題として、そもそも先輩のマンションは一人暮らし用ですから、同居なんて無理に決まってるじゃないですか」
「あー、それもそうか」
「あと、いくら先輩の作る料理でも、毎日カレーとなるとさすがの私もしんどいです」
「そこは安心してよ! カレーのバリエーションは沢山あるからね!」
「意図が全く通じてませんね」
桃子ににこにこ笑顔を向けられると、柚花もにこにこ笑顔を返す。
気のせいか、笑顔同士の間に火花が散っているような気もしたが、桃子は何も気付くことはなかった。
「……でも、まあ」
柚花は、桃子の手をとり、自分の両手で包み込む。
「近くまで引っ越して、合い鍵を持って起こしに行くのは悪くないですね。"私の先輩"ですし、毎朝起こしに行ってあげてもいいですよ」
「やった! 楽しみ!」
柚花が卒業するのは、あと半年は先のことだ。大学すら、まだどうなるかはわからない。
けれど、きっと。
春になれば、柚花がもっと近くに来てくれるのだと思うと、桃子は心の底から、うきうきしてしまう。
笑顔で畑に目を向ければ、アルラウネの周囲に群がる小妖精たちが、輪投げのルール違反を巡ってものすごい大乱闘に発展している。
大乱闘に気付いたヘノがすっ飛んできて、小妖精たちを喧嘩両成敗で全員、暴風で吹き飛ばした。
すると、それを新たな遊びだと勘違いした別の小妖精たちが乱入してきて、再び暴風で吹き飛ばされていく。沢山の葉っぱが暴風でまき散らされた。
それを見て、慌ててすっ飛んできたリフィが怒って、ヘノを畑から追い出している。
そんな風に、なんだか状況が大変なことになっていく様子を――今日も、のどかに眺めているのだった。
幕間 女優来訪 了