ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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幕間 桃子、本になる
まさかのライトノベル


「先輩っ! 聞きましたよ、先輩の話がいよいよ本になるらしいじゃないですか」

 

「へっ?」

 

 それは、9月のある日のこと。桃子がヘノと共に妖精の国を訪れた日の出来事だった。

 妖精の国では、すでに午前中からダンジョンに潜っていたらしい柚花が桃子を待ち構えており、桃子を見つけるや否や興奮気味に駆けつけて、唐突に意味不明な言葉を述べていた。

 桃子にしてみれば何のことかはよくわからないが、本になるのだという。

 本になる。もちろん、桃子の顔に文字を書いて本のように読み上げるわけではなく、何かしらが書籍として出版されるという意味だろう。だが、桃子には柚花の言っている意味がさっぱりわからず、狐につままれたような顔になっている。

 

「先輩、『へっ?』じゃありませんよ。例の小説の話ですってば」

 

「うぅ……桃子さんが、ら、らいとのべる……? になるって、伺いましたよぉ……?」

 

「なんだ。桃子。本になるのか。どうやるんだ? 顔に文字でも書くのか?」

 

 そして、柚花に続いてニムとヘノまでが声を並べる。もっとも、ヘノは桃子と同様に何も理解はしていなさそうだ。

 桃子はとりあえず、わけの分からないことを言い出して話を脱線させかねないヘノを強引に胸元に抱き寄せる。

  そしてとりあえずは、歩くことにした。光の膜の出口にずっと立っていても仕方が無いので、いつもの畑を望めるベンチへと向かうことにした。

 

「あのね柚花、何のことだか私にはさっぱりわからないんだけど。私が本になるって、どういうこと? ライトノベル?」

 

「んっ? もしかして、先輩はまだ聞いてないんですか? 主人公なのに?」

 

「いや、私は別に主人公じゃないし。柚花、大丈夫? 頭でもぶつけちゃった?」

 

 歩きながら柚花に聞き返すと、今度は柚花のほうが狐につままれた顔をしている。もしかしたら、この場には透明化した狐でもいるのかもしれない。そうだとしたらポンコに頼んで追い出して貰わねばならない。

 桃子は普通の――ではないかもしれないが、工房の職員であり、ただのいち探索者だ。何かしらの主人公になった覚えはないし、そのような扱いをされても困ってしまう。

 強いて言うならば、高校の文化祭でスズランの妖精役を演じたが、あれにしても主人公はイチゴであって、スズランはどちらかというとそのパートナーだった。

 

「うぅ……も、桃子さんは主人公じゃなかったんですねぇ……めそめそ」

 

「ところで桃子。今日のカレーの具は何を入れるんだ」

 

「ヘノちゃん、カレーの具はあとでゆっくり考えようね?」

 

「わかったぞ」

 

 ニムはめそめそするし、ヘノは予想通り完全に話を脱線させる。

 桃子は胸元に抱き寄せているヘノの頭を軽く指先で撫でて、今は静かにしていてもらうことにした。

 

 

 

 

 そして、到着したのは桃子たちの集合場所、畑を一望するベンチだ。

 今日も今日とて、畑という名称ながら、その半分以上は果樹が占めており、上半身だけ出した眠る植物幼女の周囲には小妖精たちが集っている。薬草区画に小さく見える緑の光は、恐らくルイが薬草の手入れでもしているのだろう。

 桃子と柚花はベンチにならんで腰を下ろす。ヘノは桃子の胸元、ニムは柚花の膝の上だ。

 

「それで、どういうことなの?」

 

「ええと……これは口で説明するより、見てもらったほうが早いですかね」

 

 桃子の問いかける視線に、柚花は探索者用端末を取り出してみせる。

 ウェブブラウザを開き、そこから画面を何回かタップしていくと、表示されたのはどこかの公式サイトらしい。ページ上部には、桃子もどこかで聞いたことのある出版社の名称が書かれている。

 そこには、いくつかの小説――いわゆるライトノベルの表紙が並んでおり、柚花が画面を移動していくと、そこにはまだ表紙絵が表示されていない、来月発売分の小説タイトルの一覧が並んでいた。

 

「ええと、これは……なに? 出版社のサイト?」

 

「そうです、そうです。ほら、ここの10月の新刊情報を読んでみてくださいよ」

 

 柚花が指さす場所に視線を移す。

 表紙絵は発表されておらず、ただ文字情報が書かれているだけだったけれど、桃子は促されるままにそのタイトルを読み上げる。

 

「『人魚の姫はボコらない! 深潭宮で静かに暮らしてたら族長になってました』――え? なにこれ」

 

 人魚姫。そして深潭宮。

 ただのライトノベルにしては、桃子からすると身近すぎるワードが並んでいる。

 

「それの作者名を見てみるといいですよ」

 

「ええと……『公赤人』なんて読むの? ハムレット?」

 

「なんでそんなおしゃれな読み方してるんですか。赤い人で、アカヒトですよ、アカヒト。琵琶湖ダンジョンのアカヒトさんです」

 

「え、ええー!? アカヒトさんが、小説?! こんなタイトルの……?」

 

 驚くことに、その『人魚の姫はボコらない!』という、琵琶湖ダンジョンを彷彿とさせるタイトルの小説は、まさかの琵琶湖ダンジョンの探索者である、アカヒトの作品だったらしい。

 桃子の知るアカヒトは、黒髪をまとめ上げた精悍な探索者だ。手槍を武器にして戦い、イリアやマグマと比べると物腰は控えめだが、生真面目な男性だったはずだ。

 少なくとも桃子の中では、彼がこんなタイトルの物語を書くイメージなどなかったため、桃子は二重、三重に驚いている。雪崩れ込んでくる情報が多すぎて、どこに驚けばいいのかわからない。

 しかし、なんとなくそれでも、予想がつくことはある。

 

「でも、そっか。これはつまり、深潭宮の人魚姫の、"あのときのお話"ってこと……?」

 

「そうなんですよ。りりたんこと深潭の魔女とイリアさんが約束した通りに、人魚姫のお話が本――小説になるんですよ。可愛らしいイラストの、ライトノベルとして」

 

「え、ええー……?」

 

 桃子は、ライトノベルというものにはさほど馴染みはないが、決してそこに偏見は持っていない。桃子も漫画などは好きで読んでいるし、そこにはライトノベルが原作のものも多いのだ。

 単に、空いた時間はダンジョン探索や工作、そしてカレーにつぎ込んでいたため、じっくり小説を読む習慣がなかっただけである。

 しかし、それでもだ。

 深潭宮で、魔物の毒で死にかけたところを人魚姫と謎の魔女に救われ、ペルケトゥスの真実、そして人魚姫の孤独を知り。魔女から『人魚姫の物語を本という形にして、後世に伝えなさい』という命令を出されて――。

 

「そこで、ライトノベルになるなんて誰も思わないでしょ? もっとさ、まじめな感じで残すと思うじゃん」

 

「それは私も同感ですけどね。でも、この小説そのものは、まさにその深潭宮の魔女様公認小説なんですよ」

 

「そうなの?」

 

「ええ。そもそも、私も学校でりりたんから直接教えてもらった口ですし。あの子、ものすごいドヤ顔してましたよ」

 

「えー。私、りりたんからこんな情報、一言たりとも教えてもらってないんだけどなあ。一応は関係者なのに……」

 

 桃子は柚花の端末の画面を眺めながら、半ば呆然としている。

 柚花は「桃子が主人公」などと言っていたけれど、当たらずとも遠からず。アカヒトの知る人魚姫というのは、ヒメが誕生するより前の――りりたんの指示で、桃子がなりすましていた頃の人魚姫だ。

 なので、この小説の中身がどのようなものかは知らないけれど、少なからず桃子の行動もストーリーに影響していると考えても間違いないだろう。

 

「もう、りりたんったら。相変わらず性格がゆがんでるんだから」

 

 桃子にはひとつの確信がある。りりたんは間違いなく、桃子のこの反応が見たくて、ずっと情報を隠していたのだろう。

 そしてまさにいま、りりたんはリアルタイムで桃子のこの様子を覗き見て、どこかでにっこにこの笑顔を浮かべているに違いない。

 一緒に旅行に行った仲間で、友達で、母校の後輩だというのに、相変わらず意地が悪いなと桃子は頬を膨らませる。唇をとがらせて、ぷりぷり怒っている。

 

「ふふふ。怒っているももたんも、とっても可愛らしいですね。内緒にした甲斐がありましたよ」

 

「うわあ! でた!?」

 

 心の中でりりたんの笑顔を思い浮かべてぷりぷりしていたら、背後からいきなり本人に声をかけられた。

 どこで着替えているのか、いつもの漆黒のドレスに身を包んだりりたんが、にっこにこの笑顔で、至近距離に立っていた。

 いきなりのことで桃子は驚いて飛び上がり、桃子の胸元にいたヘノも、勢いでポーンと花畑に放り出された。

 

「なんだ。今の面白かったな。新しい遊びか」

 

「あ、ごめんヘノちゃん。ちょっとびっくりしちゃって……」

 

 ヘノを拾い上げると、桃子はベンチに座り直して、柚花に密着するようにスペースをつめる。

 黙ってやり取りを見ていた柚花も、桃子の密着には満足げに目を細めている。

 

「もう、りりたんも座って、座って。小説について、みっちり吐いてもらうんだからね」

 

「ふふふ。怖いですね。でもりりたん、小説のお話よりもまず、ももたんのカレーが食べたいのですが」

 

「そうだ。桃子。カレーの具を選ばないとダメだぞ」

 

「うぅ……よ、良ければ今日は……あの、イカの、まっ黒いのが、食べたいですねぇ……」

 

「えー……」

 

 いざ仕切り直して『人魚の姫はボコらない!』とやらの話を問いただそうと思ったら、りりたんをはじめとした妖精たちが口々にカレーの話を始めてしまった。ニムに至っては、遠慮がちな口調で具体的なリクエストを出してきた。

 カレーは当然作るし、具を選ぶのは大切だ。イカスミカレーは美味しいし、リクエストだって受け付ける。けれど、桃子はなんとも腑に落ちないものを感じる。

 

「先輩、あきらめましょう。とりあえずあとはカレーを食べながらでいいんじゃないですかね?」

 

「うーん、なんだかはぐらかされてるような気がするんだよなあ……カレーは作るけど」

 

 そう言いながらも、桃子の脳内にはニムのリクエストであるイカスミカレーレシピが湧き出てくる。実のところ、桃子の脳内でも小説よりカレーの方が重要なのは間違いないのだ。

 結局、にこにこ笑顔のりりたんの手のひらの上で踊らされるがごとく、桃子はこの日も、妖精達に囲まれ調理部屋でカレーを作り始めることとなった。

 

 

 

 

『信じてまぜるー!』

 

『じんじるまぜる!』

 

『カレー! ハンバーグ! ソーセージ!』

 

 信じて混ぜる。それは【カレー製作】の合い言葉だ。

 調理部屋に集まった小妖精たちの大合唱とともに、桃子はイカを丸ごといれたカレーをぐるぐると混ぜ合わせる。

 すると、鍋が目映い魔力の光を放ち――。

 

「完成! コクと旨味のイカスミカレー!」

 

『わー!』

 

『もっとやってー! もっとやってー!』

 

 桃子の【カレー製作】は、この花畑に住む小妖精たちにとっては恒例の一大イベントだ。

 皆が桃子に声援を送り、桃子は機嫌良くにこにこ笑顔でカレーを大量に製作する。

 小妖精たちの笑顔をみるたびに、カレーはみんなを笑顔にする魔法の料理なのだなと、桃子はカレーの可能性を確信するのだ。

 

「ふふふ。相変わらず、ももたんのカレーは妖精たちに大人気なのですね」

 

「なんだか、ちょっとしたライブ会場みたいな盛り上がりでしたね」

 

 そして、鍋でカレーを混ぜ合わせる桃子を眺めながら。

 離れた場所では、柚花とりりたんが自分の分の玄米をお皿にしっかりと盛って、カレーがかけられるのを待っているのだった。

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