ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

466 / 624
噂と都市伝説

 妖精の国、女王の間。

 玉座の前に置かれた人間用のテーブルでは、桃子が妖精たちとともにカレーを食べている。このカレーは、つい先ほど桃子が【カレー製作】で作り出したものだ。

 そして、桃子の横には、第一層での【タチバナの真相解明チャンネル!】の配信を終えた柚花が並んで座っていた。柚花は第一層でカレーを食べてきたので、いまは桃子の横顔を眺めて楽しんでいるだけである。

 

「それにしても、ゴブリンがカレーにあそこまで反応するとは思いませんでしたよ」

 

「うん、やっぱりカレーには底知れない力が隠されてるんだね」

 

 桃子と柚花の話題の中心は、先ほどの配信の最中にあった出来事だ。

 探索者の中だけで語られてきた、暗黙の了解。『ダンジョンでカレーは厳禁』という非公式ルール。

 実を言えば、柚花は最初、カレー程度でゴブリンの行動が変化するなどとは思っていなかった。もちろん、強い香りで魔物に気づかれるということはあるかもしれないが、香りの強い料理など星の数程にあるのだから、特定の料理に限定しているのはただの印象によるレッテル貼りだろうと考えていた。

 それこそ、桃子がダンジョン内でカレーを作りまくっているというのに、それで魔物がおかしくなったことなどないのが何よりの証明ではないか。

 しかし、いざ柚花がカレーを作ってみた結果が先ほどの配信である。第一層のゴブリン達は、カレーの香りに過剰すぎるほどの反応を見せたのだ。これには柚花も、驚きを禁じ得ない。

 

「これからは、魔物がいるところで業務用の大鍋でカレー作るのはやめた方がいいよね」

 

「そんなことするのは先輩かポンコさんだけですよ」

 

 同じく、化け狸のポンコは桃子仕込みのカレーうどんを得意としているが、今のところポンコのカレーで魔物が荒れ狂ったという話は聞かない。

 化け狸特有の何かをしているのか、はたまた香川ダンジョンにはゴブリンが発生しない故か。

 現段階ではまだまだカレーと魔物の因果関係はわからないことだらけである。

 

「ポンコさんはわかりませんが……桃子さんの場合は、少量のカレーを【カレー製作】と【隠遁】で包み込んでいるため、魔物の反応が抑えられていたのでしょうね」

 

「なるほど、それはありそうですね」

 

 そして、そのような予測を立てるのは妖精女王であるティタニアだ。

 桃子たちの根拠の薄い予想と違い、魔法そのものに精通している女王の憶測ならば、恐らくはそれが一番正解に近いものなのだろう。

 

「桃子。良かったな。【カレー製作】と【隠遁】があって」

 

「ふ、二つとも、カ、カレーの……スキルだったんですねぇ」

 

「【隠遁】はカレーのためのものでしたか。言い得て妙ですね」

 

「うーん、我ながら複雑だよ」

 

 桃子が生まれ持っていた固有スキル【隠遁】は、結果としては、カレーを自由に作るために欠かせないものだった。

 どうして桃子に【隠遁】などという呪いじみたスキルが備わっていたのかは、前々から疑問だったけれど。

 しかし、柚花も、そして桃子本人も。全てはカレーのためだと言われてしまうと、どことなく納得できてしまうのだった。

 

 

 

 

「それにしても柚花、今日の配信は随分と思い切った企画だったねえ」

 

「企画そのものは、ギルドも意外と乗り気だったんですよ。探索者だけの、真偽不明のローカルルールが蔓延するのはギルドとしてはありがたくない状況ですからね」

 

「なるほどねえ」

 

「今日の検証は条件こそ極端なものでしたが、ギルドとしては確かな危険性を確認出来たという意味では上々だったんじゃないですか?」

 

「他の探索者パーティの人たちも多く協力してくれてたよね?」

 

「まあ、下心やらただの娯楽気分やら、中には私の失敗を望んでるようなのもいて、まともなパーティは少なかったですけどね。今度、近づいちゃいけないパーティのリストを作って先輩にも渡しておきますよ」

 

「柚花ったら、またそういう……」

 

 カレーを味わいながら、桃子は先ほどの配信風景を振り返る。この日の柚花の配信は、彼女個人によるものではなく、ギルドや他パーティも巻き込んだ大規模なものだった。

 彼らの思惑はどうであれ、今回の検証は彼らの協力あってのことなので、柚花の代わりにせめて桃子が心の中で感謝しておくことにした。

 そんな桃子の横では、ヘノとニムがいつも通りにカレーを食べている。顔の周りがカレーまみれなのもいつも通りだ。後ほどティッシュで拭いてあげねばならない。

 

「それに私、最近は『都市伝説』とかほとんど扱ってませんでしたから、たまには本気でそういうのを調べてみようかなって思いまして」

 

「柚花もなかなか複雑な立場になっちゃったよね」

 

 柚花は昨年まで、その身に宿る【看破】の能力を利用して、ダンジョンに隠された未知のものを探してまわる配信者として活動していた。

 しかし、桃子との出会いを経て実際に水の妖精の加護を得たことで、柚花にとって魔法生物に関わる話題は『守秘義務』に抵触する配信NGな内容となってしまったのだ。

 ダンジョン内での噂を解明する配信者を名乗っているけれど、ダンジョン内での魔法生物に関わる配信はしてはならない。盾と矛の話ではないが、実に難しい状況である。

 

「柚花は、その『都市伝説解明系』って、まだ続けるつもりなの?」

 

「んー、悩みどころですね。それを求めてる視聴者さんもいますから、もうしばらくは続けてみますよ。卒業後、魔法協会と正式に契約したらまた変わると思いますけど」

 

 柚花としては、桃子やニムといった理解者を得られた今となっては、もう都市伝説の配信にしがみつく理由もさほどなくなった。

 しかし、【看破】という力のせいで人間不信を拗らせてしまった柚花にとって、画面の向こうの視聴者というのは、ちょうどいい距離感で付き合える貴重な仲間である。そんな仲間が望むならば、それを続けるのはやぶさかではない。

 もっとも、『世界魔法協会』という立場が正式になってしまえば、今のように自由な配信が出来なくなるのは、仕方ないことだろうが。

 

 そして。そんな柚花と桃子の話を興味深げに聞いていたのが、妖精女王ティタニアだ。

 

「つかぬ事をお伺いしますが、そもそも『都市伝説』というものは、ダンジョンの魔法生物の話とはまた違うものなのですか?」

 

「そういえばどうなんだろう、柚花」

 

「ええと……そうですね。都市伝説っていうのは、厳密には『都市化の進んだ現代社会で広まっている噂』の総称なんです」

 

 柚花は語る。

 ダンジョンが多く増えた現代日本だからこそ、ダンジョン絡みの噂話は多い。けれど、それこそさらに昔――昭和後期などは、口裂け女やテケテケなど、地上で目撃されたという『怪異』が都市伝説の主流だったはずだ。

 

「なので、ダンジョンに限定せず、世の中で謎の噂として広まっているものは大体『都市伝説』って感じですかね?」

 

「なるほど。噂……ですか」

 

「あくまで噂ですから、根も葉もないものも多いですけどね。誰かが勝手に想像で言い出しただけのものだったり、【隠遁】状態の先輩による活動が、ドワーフや座敷童子によるものとして広まったりとか」

 

「私のは逆に、あとから事実になっちゃったけどね」

 

 都市伝説。それは確固たる区切りがあるわけではなく、あくまでその大半は明確な定義をもたない"噂話"でしかない。

 柚花がティタニアに説明をしている間、桃子はときおり口を挟みつつ、カレーを食べ進める。美味しい。

 自分の分を食べ終えたヘノが、桃子の皿からカレーの具を盗み食いしようとしているので、カレーをスプーンで掬い上げてヘノの器に移し替えてあげた。ニムは自分のぶんは食べ終えたらしく、いまは柚花に顔の周りを拭いてもらっている。

 そのニムの姿を見て、桃子もひとつ、一時期有名になっていた"噂"を思い出した。

 

「数年前にさ、動物学者さんの罠に妖精が捕まってたっていうお話が、噂として広まってたよね。青い髪の妖精が、檻の中でめそめそ泣いてたっていう……」

 

 それは、桃子が聖ミュゲット女学園に通っていた時期に出回っていた噂話である。

 当時はそれこそ真偽不明の噂話としか考えていなかったけれど、今となってはその動物学者の話は事実だったのだろうという確信がある。

 桃子は、青い髪で、めそめそ泣いて周囲を水浸しにしそうな妖精に心当たりがあるのだ。柚花とティタニアも、自然と桃子と同じ対象に視線を向ける。

 

「そ、そんな噂があるんですかぁ? こ、こわいお話ですねぇ。私も、気をつけないといけませんねぇ……」

 

「……」

 

 沈黙。

 

 ニムは、柚花の指に抱きついて甘えるのにいっぱいいっぱいで、全くの他人事のように言ってのけた。

 桃子、柚花、そしてティタニアの三人は揃って無言になってしまったが、それぞれの心境がどのようなものだったのかは定かではない。

 

「そうだ。思い出したぞ。後輩」

 

 そんな、なんとも不自然な沈黙を破ったのは、カレーを食べ終えてある程度満足したヘノだった。

 風の妖精は空気を無視することに定評がある。

 

「さっきの配信で話してた。妖精がどうこうっていうのは。なんだったんだ」

 

「あ、そうだ、私も実はそれって気になってたの。過去に妖精の事件か何かがあったっていうことなの?」

 

「ああ、『チェンジリング』ですね」

 

 そこで、桃子も思い出す。

 ゴブリン騒動の前に、柚花が雑談として話していた内容が、その『チェンジリング』だった。妖精の関わるその話は、個人に迷惑がかかるから深掘りできない――という主旨の話題だった気がする。

 配信中の柚花の口から突如として『妖精』に関する話題が出てきたので、桃子も心の片隅で妙に気になっていたのだ。

 

「言葉自体はですね。元々は、ヨーロッパのほうにある『人間の赤ん坊と妖精の子供がすり替えられる』っていう伝承の名前なんです」

 

 柚花の語るその説明に、反応を見せたのは妖精女王たるティタニアだった。

 

「『チェンジリング』でしたら、私もお母様から聞いたことがあります。もちろん、当時の私たちは人間の赤ん坊を連れ去る真似などしておりませんから、お母様はその伝承を不満に感じていたようですが」

 

 ティタニアの言うお母様とは、つまりは先代の妖精女王であるネーレイスのことである。桃子たちに言わせれば、りりたんの前世の姿、と言ったところだ。

 彼女にしてみれば、やってもいない人攫いの罪を妖精の仕業だと伝えられるのは、ただただ不満しかないだろう。

 しかし、ヨーロッパに伝わっていた伝承はさておき。いま気になっているのは、日本のダンジョン界隈で語られているという『チェンジリング』についてである。

 桃子はヘノの顔周りを拭き終えてから、改めてヘノの全身を眺めている。とても小さく、可愛らしい生き物だと思う。

 

「まあ、普通に考えたらさ。ヘノちゃんたちが人間の赤ちゃんと入れ替わってたら、さすがに一目で気付くしね。大きさが全然違うし」

 

「そうだな。ヘノも。人間の赤ちゃんのふりをしろって言われても。難しいぞ。あいつら。何を食べるんだ」

 

「そもそもダンジョンに住む妖精たちは、魔力のない地上じゃ生きていけませんからね」

 

 ヘノもまた、桃子と一緒に歩いた地上の街並みで見かけた『人間の赤ちゃん』の姿を思い出す。

 赤ちゃんとはいえヘノよりも遙かに大きく、なんだかあうあう言っているだけで、会話は苦手そうだった。

 世界には、ヘノたちよりももっと人間に近い大きさで、地上でも活動できる『妖精に類する怪異』もいるかもしれないが、しかし今それを言っても始まらない。桃子とヘノは、話の続きに興味を戻す。

 

「まあ、その西洋の伝承は置いといてさ。それが日本のダンジョンとどう関わるの?」

 

「本当は特定の個人に関わることなんですけど……まあ、ここで話すだけならいいですかね。ことの起こりはとある、小さなダンジョンでした――」

 

 そして、柚花が語って聞かせた『チェンジリング』と呼ばれる事件は。

 とても不思議な、一人の赤ん坊にまつわる事件だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。