ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「なんか……変な空気にしちゃいましたね、すみません」
「あはは、ごめんね、聞いたのはこっちだもん。柚花は謝らないでよ」
普段は皆が好き好きに雑談をしている食事時間も、『チェンジリング』という不思議な都市伝説の話題で、いつもとは違う空気が漂っていた。
ティタニアは何かを考え込んでおり、いつもならばあれこれ話しているヘノたちも、何かしら思うところがあるのか、妙に静かだ。
時刻はまだ夕刻。いつもの就寝時間まではまだまだあるけれど、しかし先ほどの話が頭の中にこびりついて、楽しく歓談という雰囲気でもない。
そんな中で、ヘノが桃子を見上げて口を開く。
「桃子。カレーも食べたし。その。小さなダンジョンっていうところに。行くぞ」
ヘノは、当然のようにそう口にする。手にはいつの間にかツヨマージを握っており、やる気まんまんだ。
「ええと、私はかまわないけど……ヘノちゃん、なんだか随分と積極的じゃない?」
「ヘノ先輩のことだから、いつもみたいに『そうか』で終わるものだと思ってましたよ」
ヘノが、人間の世界で噂されている『チェンジリング』の話にここまで食いつくと思わなかった面々は、そろって不思議そうにヘノを見つめる。
桃子はもとより、花びらの玉座の上ではティタニアまでもが目を丸くしてヘノに視線を向けていた。
しかし、周囲の驚きなど知ったことかとばかりに、ヘノは言葉を続ける。
「だって。入れ替わったままの。赤ん坊がいたら。見つけてあげないと。ひとりで可哀想だろ」
「あ……」
桃子は、ヘノの言葉にガツンと一発、頭の中の何かを殴られた気がした。
桃子も、柚花も。『チェンジリング』という名称はあくまで便宜上のものだと察しているし、実際には入れ替わりなどなかったと、はじめからそう考えていた。
だからこそ、ダンジョンに残された赤ん坊という存在など、そもそも視野に入れてはいなかったのだ。
けれど。チェンジリングが本当に"入れ替わり"ならば、本物の赤ん坊は、ダンジョンのどこかに取り残されているということになる。
なら、一番心配するべきは、その赤ん坊なのだ。
ひとりぼっちは、とても悲しいのだから。
「そうですね。全くヘノ先輩の言う通りです」
「ごめん、ヘノちゃんが正しいね。ちゃんと、目で見て確認しないと駄目だよね」
桃子と柚花は、ちらりと視線を合わせる。どことなく恥じるような、ぎこちない視線が絡み合う。
二人とも、頭の中では『入れ替わり』はなかったと考えていた。初めからそう、決めつけていた。
けれど、正しいのは間違いなくヘノである。真実が分からないならば、憶測だけで終わらせるよりも、きちんと調べた方が良いに決まっているのだ。自分たちは、それを可能とする場所にいるのだから。
きちんと調べた上で赤ん坊がいないなら、それが一番いい。
「よし。そうとなれば。さっそく行くぞ。戦うぞ」
「うぅ……ヘ、ヘノぉ、私がサポートしますけど、何がいるかわかりませんから……し、静かに、行きましょうよぉ」
「女王。場所はわかるか。ヘノもその場所に。行ってみるぞ」
ヘノはツヨマージをビュンビュンと素振りして、やる気を見せている。
横ではニムがおろおろとしつつも、しかし当然のように、ヘノのサポートを買って出る。
女王は目を丸くしていたけれど、そしてすぐ、その表情には喜色が浮かぶ。今まさに、ティタニアはヘノの成長を実感したのだ。
にこりと二人の娘に笑いかけ、ヘノに答えを返す。
「はい。わかりました。その話からして、場所は――」
「あれ? ヘノちゃん、これってマヨイガに続く光の膜じゃないの?」
太陽は沈みかけ、広大な花畑の空はオレンジから紫に染まろうとしている。そんな中で桃子たちが訪れたのは、とある光の膜の前だった。
目印のない花畑だが、しかし土地の起伏から桃子もなんとなくは覚えている。この場所は、マヨイガに続く光の膜の出現場所だ。
「違うぞ。よく見ろ。それは隣だぞ」
「よく見ろって言われても、私には見えないんだけどね? 柚花は見える?」
「すみません先輩。私の目でも、隠された状態の光の膜はかなり集中しないと見えないんですよね」
ヘノにしてみれば、いま目の前にある光の膜と、マヨイガへの光の膜は全く別物なのだろう。
横では柚花が【看破】に魔力をそそぎ込み、左目が銀色の光を発している。柚花ですら簡単に看破できないのならば、桃子にはその違いなどわかるわけもない。
桃子は考えるのをやめて、とりあえずヘノについて行くことにした。
「あ、赤ん坊、まだ隠れてるんでしょうかねぇ……?」
「さすがに、そんなことは……ないと思うけどね」
不安げなニムを元気づけたかったのだが、思いの外自分の言葉が後ろ向きなことに気づく。
しかし、それも仕方ないことだろう。
万が一、万が一。
本当に、赤ん坊が入れ替わっていたとしたら。赤ん坊がダンジョンに取り残されていたら。
その赤ん坊が、今も一人で生存している可能性がどれくらいなのか。人間である桃子は、それを知っているのだから。
「なんだ。本当に狭い場所だな」
「それになんだか、かなり寒くない? 魔力光もほとんどないから、薄暗くてよく見えないけど……」
光の膜を出た先は、事前に聞いていた通り――いや、話を聞いて思い浮かべていた以上に、小さな空間だった。
体育館一つ分もなさそうな空間だ。そこからくるりと見渡せば、二階建て家屋程度の高さの小さな崖が周囲を取り囲んでおり、この場所がお椀状に窪んだ地形なのだとわかる。
岩面は決してなだらかではなく、ゴツゴツした凹凸も多い。もしマイクロバスがこの崖から落ちたとしたら、場合によっては死傷者も出ていたかもしれない。
そのとき居合わせた探索者たちは、正しい救助方法の知識と、そしてダンジョンでの治療手段をしっかりと所持していたに違いない。
「ち、小さい場所ですけど……と、所々、地面が凍ってますねぇ……」
「冬のダンジョンなのかな。ここ、ずっといたら凍えちゃいそうだね」
地上はまだ秋だというのに、この空間では呼吸が白くなる。まさに真冬の冷え込み具合だ。どれだけ小さくとも、やはりここは地上とは環境の違う異空間だ。
各人がバラけても声の届く程の狭い空間なので、桃子たちはそれぞれ自由に行動し、あちこちを確認してまわる。
桃子は小さいままのハンマーを懐から取り出すと、目の前の岩壁をこつこつと叩いてみる。表面には霜が降りていたが、ハンマーで軽く叩けば霜が割れて岩肌が姿を現す。
材質は、見た目通りの岩だ。しかし見たところ、房総ダンジョン第二層『坑道迷宮』の岩盤よりも脆そうだ。おそらく、桃子が本気で叩けばこの空間は簡単に崩落するだろう。
「先輩。こんな規模でも外にはギルドの監視施設があるはずなので、いきなり岩を崩落させたり、中でカレー作ったりしないでくださいね?」
「あはは、やだなあ、私がそんなことすると思う?」
「思うぞ」
「お、思いますねぇ……」
「えー……」
「先輩は前科が多すぎるんじゃないですかね」
柚花からの注意に軽い気持ちで反応したら、満場一致で疑いの目を向けられてしまった。
桃子はちょっと、テンションが下がった。
しばらく、その空間を見て回る。
とは言っても、本当に狭く、ただただ寒いだけの何もない空間だ。とうの昔に回収されたようで、マイクロバスの残骸すら落ちてはいない。
「赤ん坊は。いなさそうだな」
「うぅ……や、やっぱり、入れ替えはなかったんですねぇ……?」
「いくら赤ちゃんが小さいとはいっても、岩の隙間とかそういう場所は、当時も徹底的に調べられたはずですしね」
そして、全員で出した結論。
赤ん坊は、いない。
結局、なにひとつ謎は解けなかったものの、ひとりぼっちで泣いている赤ん坊がいないことが確認できたのは収穫だろう。
しかし、桃子は改めて周囲を見渡す。ここは本当に狭くて何もない、ただ寒く、冷たい岩肌が覗いているだけの場所である。
「ヘノちゃんがさ。もしここで、大怪我した赤ちゃんを拾ったとしたら、どうする?」
「妖精の国に連れてかえって。ニムに治療を頼むぞ」
「うぅぇぇへへへ……ヘノに、た、頼られてる……」
桃子は、ふいに。もしヘノが現場に居合わせたならばどうするかを、興味本位で聞いてみることにした。
しかし、ヘノの出した回答は、誰しもが「そりゃそうだろう」と思うくらいに普通の反応だった。誰かが大怪我をしているならば、回復の手段を持つ仲間を頼るべきなのだ。
「まあ、そうなるよね。花畑に連れて帰れば、治療できる仲間が何人もいるもんね」
「うぅ……で、でも……花畑に人間を連れてかえるのは、禁止されてますよぉ……?」
「それもそうだな。困ったな。女王にばれないように。隠さないとだめだな。怒られたくないぞ」
妖精の国に戻れば、治療のすべを持つ仲間が多くいる。けれど、女王には心配をかけたくないし、ルール違反として怒られたくもない。
そのような複雑な葛藤に、もしもの話とはいえ、ヘノとニムは頭を悩ませている。
「ティタニア様も、赤ん坊を見捨てたりはしないと思うけどなあ……」
それがルール違反だったとしても、あのティタニアが、人間の赤ん坊を救ったヘノを叱るわけがないと桃子は知っている。
これがきっと、『親の心子知らず』というものなのだろう。
ヘノとそんな会話をしていた桃子が、ふと柚花に視線を向ける。
柚花は、自分の剣にビリビリとしたスパークをまとわせて、薄暗い洞窟内の照明代わりにしている。
そして、そのビリビリとした電流を眺めて、静かに――考え込んでいる。
「私もヘノ先輩に聞いていいですか? 怪我をした赤ん坊を見つけたとして、でももし仮に、親友のニムさんが普段から『人間と仲良くするな』と言っていたとしたら、その場合はどうしますか?」
「うぅ……わ、私が……知らないうちにそんなことを……? こ、こわい」
「ニムは。そんなこと言わないだろ。後輩。大丈夫か?」
柚花は、ヘノに向き直って質問を投げかける。それは、実際にはあり得ないたとえ話だった。
例えば、妖精たちの中でも年長である薬草の妖精ルイは、その本心はさておき、態度としては『人間に心を許すべきではない』と強く主張してきた妖精だ。
けれど、ニムは弱気ではあるものの、その軸は心優しい癒しの妖精である。人間に対しては恐れこそあれ、そこまで極端な拒絶はしないだろう。
「あー……違うんです、あくまで例え話です。ティタニア様には秘密にしたい。でも、友人に相談したら怒られるのは確実。そんなとき、奔放な妖精ならどうするかなって思いまして」
「柚花、どういうこと? 何か思いついたの?」
「先輩。さっき伝え忘れてたかもしれないんですけど、その事件って14年ほど前の出来事なんですよ」
「14年……?」
桃子は、きょとんとした顔を柚花に向ける。
先ほどの話では、確かに例の事件がいつの話なのかは聞いていなかった。
桃子もてっきり、動物学者に水の妖精が捕らえられたのと同様に、ここ数年の噂なのかなと思いこんでいた。
けれど。
「あ……そうか、そうだよ」
それが、14年も昔となれば、前提が大いに変わってくる。
桃子もようやく、その『条件の違い』に思い当たる。
「私としたことが、完全に失念してました。その時期には……もう一人、いたんです」
柚花の双剣が、雷の魔力をまとい、ビリビリとスパークを発している。
それは、その雷の魔力を操る力は。柚花が死者の国で出会った妖精から、伝授されたものだ。
13年前に故人となった、妖精たちの長女による『置きみやげ』だ。
「人間が大好きで、怪我をした赤ちゃんがいたら絶対に見捨てなくて、頻繁にあちこちを探検しまくる、好奇心の固まりみたいな妖精が――まだ、生きていた時代です」
桃子たちは、ようやく。
彼女が――雷の妖精エレクが、人間の世界に残したかもしれない、もう一つの『置きみやげ』の可能性に、追いつくことができたのだった。