ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
【クルラファミリー】
探索で汗をかいた日の夕食後。
桃子はその日の汗を流すため、寝室の裏手にある小さな池で水浴びをすることにした。服を脱ぎ、タオルを手にして水場へ続く扉をあける。
すると、目的の水場に先客――小さく揺らめく妖精の光があるのに気がついた。
「あれ? そこにいるの、クルラちゃん?」
「あら、いらっしゃい、桃子。んふふ、いい夜ね♪」
湖に浮かんでいるのは、白金色の独特の魔法光を放つ妖精――桃の木の妖精、クルラだ。
クルラが、ぷかぷかと。まるで背泳ぎをするかのように、夜空を見上げて浮かんでいた。
「クルラちゃん、何してるの?」
「お風呂に入って、星を眺めながらお酒を味わっているのよ♪」
「お風呂っていうか、ここ池だけどね」
クルラは相変わらず、今日も赤ら顔である。クルラは四六時中お酒を飲んでおり、常に赤ら顔な妖精だ。
見慣れてしまったのですでに何とも思わないが、妖精の国へとやってきた当初は、常に酔っぱらっているクルラのことを見る度に、桃子は内心で心配していたものだ。
もっとも、今となっては『そういう属性の存在』なのだと理解しているので、いつも通りのクルラだとしか映らないから不思議なものである。
「お水に浮かぶのも気持ちいいわよ♪ 桃子も一緒にどうかしら♪ 汗を流しに来たんでしょう?」
「ええと、じゃあ私は普通に入るけど、お隣に失礼するね?」
じゃぷ、と音をたてて、足を滑らせぬようゆっくりと池に入る。万が一足を滑らせ、いつぞやのように一糸纏わぬ姿で別な場所に飛ばされてしまってはたまったものではない。
妖精の国の気候は年間を通して安定しているとはいえ、やはり水に入るときは少々冷たく感じる。
恐る恐る池へと入ってくる桃子を、クルラはゆらゆらと水面に揺られつつ、にこにこと笑顔を浮かべて話しかけた。
「ねえ、桃子の誕生日、11月の17日なのよね? 桃子も二十歳になるのね♪」
「うん。って、あれ? よく私の誕生日なんて覚えてるね」
「そりゃそうよ。昨年の桃子の誕生日は、私が生まれ変わった日なんだもの♪」
「あ……そうか、そうだったっけ」
昨年の、桃子の誕生日について記憶を遡る。そして、その日が人生で一番大変な誕生日だったことを思い出した。
あの日はまさに、桃の窪地でスタンピードが発生し、桃子と柚花の二人だけでスタンピードに挑むという、今思えばどう考えても無茶な戦いを繰り広げたのだ。
結論から言えば、風間を始めとした深援隊メンバーの援軍もあり、最終的にはウワバミ様として覚醒したクルラによって、スタンピードから村は守られた。力を使い果たし消滅しかけていたクルラもまた、ティタニアの、そしてりりたんの介入によって一命を取り留めた。
結果だけを見れば事件は無事解決したけれど、誕生日という観点から見ればあれほど散々なバースデーはないだろう。
「だから、桃子の誕生日でもあるし、桃子がウワバミとしての私を【創造】してくれた誕生日でもあるのよ♪」
「そっかそっか、じゃあ、その日になったらクルラちゃんのお祝いもしないとね」
「んふふ♪ わたしも、桃子のこと『お母さん』って呼んだ方がいいかしら?」
「ええ?!」
そして、唐突な爆弾発言が飛び出した。
「だって、わたしのウワバミとしての姿は、桃子が作り出してくれたんだもの。わたし、萌々子やドワーフの妹なのかしら♪」
「待って待って……」
桃子が【創造】したドワーフや座敷童子、人魚姫は桃子を母と呼ぶ。これはもちろん、桃子が出産や産卵を経験したわけではなく、あくまで能力として存在を生み出した故のものだ。
存在そのものをこの世界に生み出した責任があるので、桃子も彼女らに母と呼ばれることを受け入れている。
けれど、決して桃子が生み出したわけではないクルラに母と呼ばれるのは、違和感しかない。
「っていうかさ。クルラちゃんは、風間さんのお爺ちゃんの子供でしょ? それと同時に、ティタニア様の子供でしょ? そこに私まで加入しちゃったら、クルラちゃんは親が多すぎる複雑な家庭の子になっちゃうよ?」
「いいじゃない。桃子ほど複雑な家庭じゃないもの」
「いや、クルラちゃんはなかなか複雑だよ? アルラウネも、クルラちゃんの妹なんでしょ?」
「んふふ♪ それもそうね」
今は畑で眠る植物幼女も、元はと言えばケールにクルラの細胞を移植したことが急激な進化のきっかけだ。
なので、幼女はクルラの妹――あるいは、クルラの娘と言えるかもしれない。
もっとも、アルラウネはライチのことを母と呼んでいるので、その場合のクルラの立場はなかなか微妙だ。生みの親と育ての親、といった関係性だろうか。
気付けば、冷たく感じていた池の水温も、なんだか心地よい温度に感じられてきた。
ちゃぷ、と音をたてて、桃子が水のなかで身体を真っ直ぐに伸ばし、クルラと同じように星空を見上げる。
「それにしても、私も【創造】のお陰で、なんだか子沢山になっちゃったなあ」
「桃子は【創造】っていう力を持っていたら、自然と子供が増えていっちゃったのよね? 魔女さんの、思惑通りに」
「ええと、まあ……りりたんの思惑通りっていうのがちょっと複雑だけど、そういうことだよね。これって自分で制御するのはかなり難しい力だから、気付けば増えてるんだよね、子供」
自分で制御できない力というのは、なかなかに厄介だ。
座敷童子も、ドワーフも、人魚姫も。皆、桃子にとってはとても優しく、生み出したことを誇りこそすれ後悔などあるわけがない。
そして、りりたんが桃子に【創造】を与えたのも、まさに彼らのように善良な魔法生物を量産することが目的だったのだと桃子はすでに知っている。全ては、妖精女王ティタニアのためだ。
けれど、七守小学校では桃子の力がきっかけとなって七不思議を生み出し、小学生たちを巻き込んでしまったのだ。今後も、そのような事故が起きないとも限らない。
「んふふ♪ やっぱり、そうよね。んふふ♪」
「クルラちゃん? どうしたの?」
しかし、桃子の懸念などはそっちのけで、クルラが一人で楽しげに笑い始める。
酔いすぎてどうかしてしまったのかな? と桃子は訝しんだ。
「ううん、まだ見ぬ姉妹のことを考えていただけよ♪」
「ん? どういうこと?」
「んふふ♪ なんでもないわ♪ 桃子、これからもお母様のために、たくさん子供を創造してちょうだいね♪」
「私、自分の知らないところで子供が増えすぎても困っちゃうんだけどなあ……」
「わたしも、桃子ファミリーの一端として、応援するわね♪」
クルラには何かしら誤魔化された気がするが、わからないことは桃子は考えない。
そして、クルラと共に星空を見上げながら。ただただ、己のもつ【創造】という困った力について、悩ましげにひとつ、ため息をつくのだった。
◇ ◇ ◇
【ルイvs鋼鉄のマシュマロ】
「ルイちゃん、ルイちゃん、ルイちゃーん! どこー?」
妖精の畑に、桃子の元気な声が響く。
薬草区画にて、育ってきた薬草の様子を点検していたルイの耳にも、当然その声は届いていた。
ルイは点検中だった薬草の葉から手を離すと、ため息をつきつつ顔をあげ、大声の出所へと向かってふわりと飛んでいく。
「まったく……騒がしい。人の名前を大声で連呼しないで欲しいのだがねぇ……」
「あ、ルイちゃん! 良かったー、いなかったらどうしようかって思ったよ」
範囲としては決して大きくはない薬草区画も、もっさりと大量の薬草が茂っている状況では、その中に隠れた妖精を探すのは難しい。
見当違いな場所を探っていた桃子の前にルイが姿を現すと、桃子は花が咲いたような笑顔をルイに向ける。そしてルイは、視線を逸らす。
「それで、私に何か用でもあるのかい……?」
「うん、ルイちゃんに聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「ククク……駄目だねぇ」
「えー、そんなこと言わずに」
ルイとしては、一人で静かに薬草や毒草を眺めて過ごしていたいので、元気いっぱいの桃子からの用件というのは面倒くさそうに感じた。
なので、とりあえずで断ってみたのだが、目の前の少女は笑顔のままで諦めようとしない。
「ククク……駄目だねぇ」
「えー、そんなこと言わずに」
ルイとしては、先ほど以上に面倒くさそうな予感がしたので、とりあえず再び断ってみた。
しかし、桃子は笑顔のままで諦めようとしない。気のせいか、面倒くささが増したような錯覚に陥る。
ルイはため息をつきつつ、桃子の目線に近い位置にある葉の上に着地した。
「桃子くんも、随分と妖精の国に馴染んできてしまったねぇ。仕方ない……気は進まないが……聞くだけ聞いてみようじゃあないか」
「やった! ルイちゃんはやっぱり優しいね。ええと、それでね」
「……」
ルイは、決して桃子のことは嫌いではない。むしろ、人間としては評価に値するし、仲間としても認めている。
だが、すぐに人に好意と笑顔を向けるのは、育ての親の影響でひねくれてしまったルイにとって、とても居心地が悪い。どのような顔をすればいいのか分からなくなるため、真っ直ぐに笑顔を向けるのはやめてほしいと感じている。
だが、そんな妖精の気持ちなど無視して、桃子はどんどん話を進めていく。
「ギルドでね、依頼のリストをみてたら、こんなのがあったの。『至急、幻の薬草求む』って」
「幻……ねぇ。幻と分かっていて『至急』とは、随分と図々しい依頼内容じゃあないか……」
「まあ、それは私もそう思うけど」
桃子が持ち出したのは、ギルドで印刷してきた一枚のプリントだった。
内容はいわゆる、探索者向けの採取依頼だ。主に、ダンジョンでしか見つからない鉱石や植物、中には魔物素材の依頼などもあるけれど、ギルドでは常時そのような依頼を受け付けている。
ダンジョンでその指定された素材を集めて持ち帰れば、普通に売却するよりも高値の報酬が払われるため、探索者の中には採取依頼を生活の糧にしている者もいる。
今回桃子が持ってきたのは、それらの採取依頼の中でも特に難易度の高いタイプ。すなわち、ダンジョンのどこで見つかるかも分からない稀少な素材の採取依頼だった。
「この写真の薬草さ、ルイちゃんなら知ってるかなって思って」
「ククク……その薬草に覚えがあったとして、私がそれを提供するメリットがないねぇ。そもそもだが、そんな稀少な薬草を得たとして、何に使うと言うのさぁ……?」
「それがさ、病気の女の子の治療で、藁にもすがる思いで依頼したみたいなんだよね」
「……」
ルイは、筑波ダンジョンの薬草学者である来智ミトという名付け親――ひとりの人間に心を焼かれた、人を愛する妖精だ。
それと同時に。当の来智ミトによる教育と、そして実際に彼女の周辺の愚かな人間たちをその目で観察してきた結果として、『人間は信頼に値しない』という結論に至ってしまった、実に複雑な内面を持つ妖精だ。
だから今回も桃子に免じて話に耳は傾けたものの、どこの誰とも知らぬ人間の依頼になど、協力するつもりはなかった。
けれど。
『病気の女の子』と聞いて。彼女の心には、今もベッドで眠り続ける来智ミトの姿がよぎる。
「ククク……馬鹿だねぇ。素人がそんな特殊な薬草を手にしたところで、薬効成分の抽出すらできないだろうに……意味が無いだろう?」
「ええと……」
頼み込んでいる側の桃子も、内心では、ルイには断られる可能性は視野にいれていた。
それでもどうにか頼み込むつもりではあったが、しかし「素人が薬草だけを手にいれたところでどうもできない」というルイの言葉を聞いて、納得してしまった。
便宜上『薬草』の一言でまとめられてはいるが、薬草は単純にすりつぶして飲ませればいいという単純なものばかりではない。中には専門知識を必要とするものもあり、ルイの言葉は、おそらく正しい。
そのため、桃子は二の句が出てこなくなる。
けれど。
「一回分だけさぁ」
「え?」
相変わらず、桃子と視線は合わさずに、そっぽを向いたままのルイが、その小さな指を一本たててみせた。
「桃子くんの顔を立てて、私が一度だけ『薬』として、その薬草を煎じてあげようじゃあないか」
「ルイちゃん……」
桃子の顔が「やっぱりルイちゃんは優しいな」と言っている。言葉にせずとも、桃子の視線からそれがダイレクトに伝わってきて、ルイは更に居心地が悪くなり、視線を逸らす。
ルイは、どうにか話題を変えようと考える。
「しかし、桃子くん。人にものを頼むからには、それに見合った対価が必要だと分かっているかい?」
「うん! もし報酬が払われたら、全部ルイちゃんに譲るよ」
「ククク……私は人間の金銭などいらないのさぁ。さあ、どうするんだい?」
頼みには、対価が必要である。
妖精の世界では、無償で頼みを聞く妖精のほうが大多数であり、わざわざ対価を求めるということは少ないかもしれない。
けれど、ルイはここで桃子に優しい顔をすれば、この視線が余計に悪化すると考え、あえて厳しい言葉を続けてみる。
しかし、残念ながら目の前にいるのは、柚花や杏といった人間たち曰く『鋼鉄のマシュマロメンタル』の持ち主だ。ルイの意地の悪い言葉にも全く臆さず、むしろ柔らかく包み込んでくる。
「あ、そうか。じゃあ……ええと、報酬が支払われたら、それで箱いっぱいのお菓子を買ってくるよ」
桃子は、両手を広げて『箱いっぱい』を表現する。
ぽかんとするルイをよそに、桃子は言葉を続ける。箱いっぱいのお菓子、という言葉に反応した周囲の小妖精たちが、ざわめきたつ。
「報酬額もかなりのものだから、高級なやつ! いっそ、輸入品のお菓子たっぷりでもいいよ?」
「ククク……キミというやつは……」
ルイは、両手をあげて「降参」のジェスチャーを示す。
正直言えば、ルイも妖精だけあって甘いものは嫌いではない。けれど、まさかここで「箱いっぱいのお菓子」で交渉されるとは思いもしなかった。
しかし困ったことに、このやりとりを聞いていた周囲の小妖精たちが、すでにお菓子を手に入れたかのように喜んでいる。これではルイも、断るに断れない。
無論、もとから断る気持ちなど、なかったけれど。
「まあいい、商談成立さぁ。高級でなくてもいいが、その分、この子たちに行き渡るだけのお菓子を、たっぷりと用意したまえ」
「あ、ルイちゃんっ?!」
「夕方には戻るのさぁ。桃子くんは、それまでに大量の菓子を用意しておきたまえ」
「待って待って、ルイちゃん、報酬は後払いだよおーっ?」
ギルドの報酬が払われるのは、後払い。
そして、桃子がいまから大量のお菓子を用意するとなれば、それは桃子の財布からの出費となる。
桃子は稀少なダンジョン素材を売却し放題な立場なので、金銭的には余裕があることをルイは知っている。知っているからこその、少しだけの、嫌がらせだ。
「ククク……」
慌てる桃子を無視し、ルイはさっそく、件の薬草の在り処へと。
どこか、楽しげに飛び立っていくのだった。