ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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十四章 ドワーフと大樹の女王
房総ドイツパンケーキ


「先輩っ、『ボーソーブルク』の新メニューってもう食べましたか?」

 

「え? 『ボーソーブルク』って、なんだっけ?」

 

「なにって……ギルド前のドイツ料理屋ですよ。先輩、あれだけ通ってるんだから、店名くらい覚えてあげましょうよ」

 

 土曜日。この日は珍しく早めに起きた桃子は、午前中のうちにダンジョンを訪れていた。

 ヘノと二人で、復興されたという香川ダンジョンの様子を見に行き、【隠遁】状態のままうどん店を覗いてまわり、お腹をすかせて妖精の国へと戻ってくれば、いつの間にかやってきていた柚花の一言目がそれであった。

 柚花は、ちょうど房総ダンジョンを三層までニムと共に駆け抜けてきたようで、ほのかに汗ばんで、ニムの出した魔力満点の水を飲み干していた。つむじ風の魔法を使えるヘノと違い、ニムは柚花の機動力の底上げをする魔法は使えない。なので、ヘノ不在時に柚花が妖精の国まで来るときは、だいたいジョギングだ。

 柚花が来ることを知っていれば迎えに行ったのだが、残念ながらこの日は連絡が行き違いになったようだ。

 

 そして、話題に上がったのは『ボーソーブルク』。正式表記としては『Bōsō-Burg』と書くらしいが、つまりはこの夏に新しく房総ダンジョン前に出来た、桃子たちもよく利用しているドイツ料理店の名前だ。桃子はその店のことを『ドイツ料理屋さん』としか呼んでおらず、未だに店名を聞いてもすぐにイメージが繋がらない。

 桃子は、ベンチで一息つく柚花の頬の汗を眺めながら、ドイツ料理屋の新メニューについての話題に反応を返す。

 とはいえ、桃子的には特に語るような話題はない。

 

「私って、あそこのドイツ料理屋さんだと、基本的にカリーヴルストかカレーハンバーグのセットしか頼んでないんだよね」

 

「先輩、いくらカレーが好きだからって、それしか食べないのは偏食ですよ偏食」

 

「待って待って、メインはカレーばかりだけど、ちゃんとサラダも食べてるから偏食ってほどじゃないよ、大丈夫!」

 

「サラダ食べてて偉いですね。さて、先輩の食生活は今は置いておくとして……その新メニューを、テイクアウトでいくつか買ってきましたよ。ティタニア様のところで一緒に食べましょう」

 

 柚花は、話をしながらも、自分のリュックから例の店のロゴが入ったビニール袋を取り出している。

 それまで桃子の肩に乗って興味なさげにしていたヘノが、食べ物の気配を感じた途端にふわりと宙を舞い、柚花の取り出したビニール袋の上に陣取って中身を覗き込もうとする。

 また、柚花と一緒にいたニムも袋の中身までは知らないようで、ヘノの横に並んで袋を覗き込んでいた。

 

「なんだ。なんだ。しんめにゅーって。もしかして美味しいものか?」

 

「うぅ……じ、実は私も、柚花さんに聞いてから……ずっと、気になってたんですよねぇ……」

 

「あ、なんか美味しそうな匂いがする。甘いような、しょっぱい系のような……これってなに? スイーツだったりする?」

 

「ほら、ほら! 皆さん、中身はあとです! ここで美味しいものなんか取り出して、小妖精の子たちに見つかったら大変なんですから。ほら、行きましょう皆さん!」

 

「はーい」

 

 妖精二人と妖精みたいな人間一人が袋を覗き込んでワイワイし始めたので、柚花が袋の口を閉じて三人を制する。

 確かに、こんな甘い香りのする美味しそうなものが小妖精に見つかったら、場合によっては大変なことになる。

 彼女らは一人一人は小さくとも、仲間が仲間を呼び、あっという間に物凄い集団に膨れ上がるのだ。袋に入りきる程度の甘いものなど、ものの一分と経たずになくなるに違いない。

 桃子たちは柚花の言葉に納得すると、素直に女王の間へと足を向けることにした。

 

 

 

 そして、女王の間の食卓にて。

 桃子たちはいつものように席につき、この部屋の主であるティタニアも交え、五人で柚花の持ってきた『テイクアウト品』の袋に注目する。

 ティタニアも事前に話を聞いていたらしく、『テイクアウト品』の話を聞いても驚くどころか、どことなく楽しみそうにしていた。

 

「じゃじゃん、『ドイツ風パンケーキ』です!」

 

 そして、柚花がドイツ料理店のロゴが描かれた袋から取り出したのは、テイクアウト用のパック。それが5つ。

 桃子はとりあえず、一番近くに置かれたパックに手を伸ばす。黄色いテープを剥がして蓋を開くと、そこには甘い香りを放つ、非常に美味しそうな焼き菓子の姿があった。

 パンケーキと言っても、それは一般的に日本でイメージされるそれとは大きく違っていた。ぱりっと焼かれたケーキ生地が器のようにくぼみ、その内部には、クリームチーズとフルーツが贅沢にあしらわれている。

 

「なんだこれ。前に食べたことがあるケーキと。全然違うな」

 

「お、美味しそうですねぇ……」

 

「あ、それはスイーツのやつですね。先輩お昼まだかと思って、惣菜タイプも買ってありますよ」

 

「しょっぱいのもあるの?」

 

 柚花の言葉を聞いた桃子は、スイーツとは別な色の、青のテープの蓋を開く。

 そこには先ほどの甘そうなものとは違い、ぱりっと焼かれた生地の中には、溶けたチーズに沈み込んだキノコ、そして刻んだベーコンがあしらわれていた。カレーでないのは残念だが、しかしそこから漂うチーズとキノコ、そしてベーコンの香りは、桃子の空腹を刺激するには十分過ぎるものである。

 午前中にうどんを見てお腹をすかせていた桃子としては、お昼は甘い物よりしょっぱいものを食べたかったので、まさに渡りに船だ。

 

「ヘノ先輩たちは、甘いやつでいいですかね」

 

「ヘノ、ニム。きちんと柚花さんにお礼を述べるのですよ?」

 

 柚花は手際よく、ティタニア、ヘノ、ニムのぶんのスイーツパンケーキの蓋をあけ、調理用のナイフで細かく格子状に刻んで、それぞれの小皿に切り分けていく。

 細かく刻まれたパンケーキはすでに元の形状をとどめてはいないが、パリッとした生地とクリームチーズ、細かいフルーツが混然と混ぜ合わされたその皿は、それはそれでなにやら美味しそうなスイーツのオーラを放っている。

 妖精たちは柚花にそれぞれ礼を言うと、ティタニアは上品に、ヘノは思いのままに食べ始め、そしてニムは相変わらずどの具材から口に入れるかを悩んで手をとめている。

 桃子もヘノとともにいただきますをしてから、惣菜タイプのパンケーキにフォークを伸ばす。

 

「先輩、お味はどうですか?」

 

「うん、美味しい! なんか、しょっぱい系だからパンケーキっていうよりピザとか惣菜パンみたいな感じだけど、ドイツ風のパンケーキってこういう風な感じなんだねえ」

 

「よくあるパンケーキみたいにフライパンで焼くんじゃなくて、生地を入れたスキレットごと、オーブンに入れて焼き上げたものみたいですよ」

 

「あ、つまりは『ダッチベイビー』だね。そういえばあれこそ、ドイツ風パンケーキだったっけ」

 

 桃子も雑談を交わしながら、パンケーキをはむはむと口へと運んでいく。

 日本でも、近年では『パンケーキ』というと、決して甘い物だけではなく、サラダや肉などを挟み込んだ惣菜としてのパンケーキが増えている。まさに味わいとしてはそれに近い。

 アメリカの料理『ダッチベイビー』とは、まさにこれとほぼ同じ、オーブンで焼き上げるドイツ風パンケーキのことだ。名前の由来は諸説あれど、本場のものよりアメリカ産のもののほうが世間で有名になっているのは、実に皮肉な話だと思う。

 

「テイクアウトだとこんな感じですけど、お店で食べる場合はもう少しバリエーションを自由に注文出来るみたいですよ? クリームチーズじゃなくてホイップクリームやアイスクリームにしてもらったりとか」

 

「なにそれ、豪華だね。知らない間に、あのお店もどんどんメニューが増えるじゃん」

 

 確かに、柚花の言う通り。

 カレー関係のメニューは非常に美味しくはあるのだが、それ以外のメニューも色々と試してみる価値はあるのかもなと、桃子はぼんやり考えながら。

 チーズとキノコのパンケーキを、もぐもぐと味わうのだった。

 

 

 

 

「わ、こっちのスイーツのやつもおいしいねっ」

 

 そして、しょっぱい惣菜タイプのパンケーキを食べ終えたら、最後は当然、甘いスイーツだ。

 甘さ控えめの生地そのものは惣菜とスイーツで共通のようだけれど、中身が違えば料理としても全く違ったものとなる。

 ひとくち分をフォークでとり、口に運ぶ。クリームチーズの濃厚な甘みがさっくりとした生地と混じり合い、そこにフルーツの酸味がアクセントとなっている。紅茶や緑茶のような、なにか渋みのある飲み物が欲しくなる。

 桃子の横では、ヘノが最後のフルーツのかけらを口に含んで、満足げにしていた。

 

「こういう。焼いてある甘いのも。なかなか美味しいな」

 

「うぅ……地上の皆さんは、こんなものを……ま、毎日食べてるんですねぇ……」

 

「さすがに毎日は食べてないけどね」

 

 どうやら、柚花が買ってきたドイツ風パンケーキは、妖精の口にも合っていたようだ。見れば、花弁の玉座に戻ったティタニアも、ヘノたちの言葉に同意するように満足げに頷いている。

 そこで、ニムの頬をティッシュで拭いてあげていた柚花が、ニムの顔を見ながら言う。

 

「ニムさん、ここまで本格的なのは難しいですけど、こんど私が甘いパンケーキでも焼いてあげましょうか?」

 

「え、えぇ……?! ゆ、柚花さん、ケーキを作れるんですかぁ……?」

 

「いえ、ケーキはケーキでも、甘いパンケーキ――いわゆる、ホットケーキっていうもっと簡単なものですよ。ね? 先輩」

 

「うん。ええとね……こう、丸くて甘いふわふわ生地に、バターとかハチミツ、メープルシロップをかけて食べるおやつだよ」

 

 柚花に話題をパスされて、桃子がジェスチャーで妖精達に『ホットケーキ』について説明していく。

 とはいえ、甘い生地をそのまま食べるような菓子なので、説明と言ってもたいした情報はない。ただ、上にかけるものを説明しただけだ。だが、どうやらそれが妖精たちの琴線に触れたらしかった。

 

「うぅ……よ、よくわかりませんけど、なんだか美味しそうですねぇ……」

 

「ハチミツか。ヘノも食べたいぞ。ハチミツは好きだからな」

 

「ヘノちゃん、初めて会ったときもハチミツに執着してたもんね」

 

 妖精は、カレーとハチミツが大好き。それが、桃子が最初に知った、妖精についての知識である。

 パンケーキの余韻に浸りながら桃子が思い返すのは、一番初めにヘノと出会ったあの日。

 房総ダンジョンの第一層『森林迷宮』にて、ハチミツをねだるヘノの姿だった。今でも、あの時のハチミツたっぷりカレーは忘れられない思い出のひとつだ。

 

「ホットケーキの話してたら、カレー食べたくなってきちゃったね」

 

「そうだな」

 

「すみません先輩。ちょっと何言ってるかわかりません」

 

 美味しいものを食べて、微睡みと共に、後輩に怪訝な目で見られる。

 そんな、いつも通りの昼下がりの風景であった。











本編とは関係ない部分なのですが、先週末に『活動報告』にて書籍のカバーイラストや近況報告、その他ちょっとした雑談などの記事をアップロードいたしました
もし気が向いたらそちらもどうぞです
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