ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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メープルシロップ

 日が傾きかけた妖精の国の調理部屋には、桃子を中心にして、多くの妖精たちの姿があった。

 

「もっとだ。フラム。もっとぐつぐつさせるぞ」

 

「うぅ……な、なんだか怖いですねぇ……」

 

「うおお! ぐつぐつさせるぞ! アタシの火力は天井知らずだぞお!」

 

「待って待って、強火にすりゃいいってものじゃないから、ほどほど、ほどほどにね?!」

 

 桃子がいつものようにかまどに火をつけ、鍋でぐつぐつと何かを煮込んでいる。しかし、珍しいことに、桃子が煮込んでいるものはカレーではない。

 また、風の妖精ヘノ、水の妖精ニム、そして火の妖精フラムが陣を組むように、かまどにかけられた鍋を囲んでいる。

 これもいつもとは違う風景だ。

 

 何事かと集まった小妖精たちが作業の邪魔をしないように、リフィやノンといった姉たちが小妖精の集団をとりまとめていた。

 まるで、アイドルのライブ会場と、ファンの行列を誘導するイベントスタッフのようである。持つべきものは、率先してその役目を担当してくれる姉たちだ。

 

 

「先輩。説明によれば、色が黄金色に変化してとろみがついたら、一度冷却して濾すそうですね」

 

「やったね! じゃあ、もう少し煮たって色が変わってきたら、火を止めて冷まそうね」

 

 桃子の後ろからは、片手に探索者用端末を持ったままの柚花が、時折鍋の様子を覗き込んでいる。

 この鍋の中身は、いわゆる『メープルシロップ』――いや、現段階はまだそのシロップになる前の、楓の樹液で満たされていた。

 

 火の妖精フラムが、火力と熱を調整して均一に樹液を煮立たせる。

 それと同時に、大気を操る力を持つヘノ、そして水を操るニムが、魔法により鍋の中身から直接的に水分を蒸発させていく。

 鍋の中身はぐつぐつと沸き立ち、ものすごい勢いで蒸気が発生し、周囲にはだんだん甘い香りが漂い始めてきた。

 

「これ、普通にやれば半日近くはかかる作業なんですけど、妖精の魔法調理の効率が半端ないですね……」

 

 元素を操る妖精たちが揃えば、地上では絶対に不可能な調理行程すら可能になる。

 いまはメープルシロップを作っているだけだが、やりようによっては料理の世界の常識を軽々とひっくり返せそうだな、と。柚花は、ものすごい勢いで減っていく樹液の鍋を眺めながら、想像を働かせていた。

 

 そうして妖精たちの魔法によって樹液を煮立たせれば、それはあっというまに量を減らし、鍋の中身も先ほどとは明らかに違う様子に変化している。

 無色透明でさらりとしていた樹液は黄金色に色づき、心なしか、その質感もとろりとした粘度を帯びてきているように思える。

 

「先輩、そろそろ次に移りましょうか。鍋の底に不純物の結晶がたまってきてますよ」

 

 柚花が【看破】の瞳に魔力を込めて鍋を見つめる。

 何もかもを見通すスキルとは言え、鍋の中のメープルの不純物を見通すために使用する日が来るとは、柚花も思っていなかった。

 けれど、【看破】に振り回され、他者を、そして自分自身を呪っていたあの日々と比べて、これはどれだけ幸せで、平和な使い方だろうかと、考える。

 柚花は、鍋の前に陣取っている小さく可愛らしい女児先輩に感謝の気持ちを抱きつつも、てきぱきと作業の指示を飛ばしていく。

 

「よし、じゃあ火を消そうか。冷ましたらそっちの鍋に布を張って、それで一回濾そうね」

 

「アタシにかかれば、火だって一瞬で消火できるぞ! ……アタシ、火を消すの好きじゃないんだけどなあ」

 

「頑張れフラム。お前なら出来るぞ。火を消すんだぞ」

 

 燃えさかっていた焚き火の炎も、火の妖精の権能によってあっさりと消火される。

 人間たちの技術では、焚き火に火をつけることは出来ても、こうもあっさりと火を消すことは難しい。地味に助かる能力である。

 

「じゃ、じゃあ……さ、冷ますのは、氷妖精たちにお願いしますねぇ……?」

 

『冷やすの? 冷やすの』

 

『得意、得意、見ててね! 見ててねー!』

 

 そして、火が消えてもまだ熱を保持している鍋に群がるのは、氷の花の妖精たちだ。

 桃子たちが何をしているのかは良くわかっていない彼女たちだが、姉たちに「鍋を冷やしてほしい」と頼まれれば、皆で集まって冷気を放出してくれる。

 むしろ、やり過ぎて鍋の中身がカチカチに凍ってしまわないように注意しなければいけないほどだった。

 

 

 ある程度まで冷めたら、次はこの黄金色の液体を布で濾す作業だ。まだ市販されるメープルシロップほど濃い色合いではないが、ここらで不純物を取り除く。

 ここは、お馴染みの一反木綿素材の出番である。もう一つの鍋を用意して、その上に白い木綿生地を張る。そこにゆっくりと、鍋の中身を注いでいく。

 

「一反木綿も、自分の素材がパラグライダーになったり、メープルシロップを濾すのに使われたりするとは思わなかったでしょうね」

 

「砂漠ポンチョにもなったしね。また集まったらスフィンクスさんのブラジャー作らないとだけど」

 

 桃子たちも、今までそれなりに多くの魔物と戦い、様々な素材を得てきた。

 スライムを瞬間冷凍粉砕して得られるキラキラした粉などは、今では筑波ダンジョンで研究され、ダンジョン用の画期的な断熱材としてあらゆる分野で注目されているほどだ。

 もし桃子――人魚姫がその利権を訴えれば、その使用料だけで人魚姫は億万長者になったかもしれない。

 

 だが、そんなスライム以上に桃子が活用しているのが、一反木綿の魔物素材である、この白い布地だ。

 この布地は、桃子が『ハンマーで布を叩き潰す』というわけのわからない倒し方をマスターしたことで量産できるようになった素材だ。

 魔物素材だけあって見た目以上に抜群の耐久性を持ち、魔法的な加工とも相性抜群。お尻の下に敷いたり、こぼしたカレーをふき取る布巾にしたり、さらにはメープルシロップを濾すこともできる、万能の魔物素材である。

 

「桃子。このざらざらしたの。甘いけど。なんだか変な味だぞ」

 

「わ、ヘノちゃん、布に残ってるざらざらは不純物だから食べるものじゃないんだよ。食べちゃ駄目ってことはないと思うけど」

 

「そうなのか」

 

 見れば、布に残った不純物に、妖精たちが群がってしまっている。小さなザラザラや粒々を、好き好きに拾っては口に放り込んでいる。

 不純物と言っても、あくまで楓の樹液に含まれていたミネラル分などの結晶であり、ゴミというわけではないのだが、必ずしも美味しくはないだろう。

 見れば、気に入って何個も口に放り込む小妖精もいれば、ひとつたべて首を傾げている小妖精もいる。

 

「先輩。こっちの布は私が洗っておきますよ。仕上げにもう一度煮立たせるのはお任せしますね」

 

「うん、じゃあ布のほうは柚花にお願いしよっかな。よし、ヘノちゃん、ニムちゃん、フラムちゃん、もう一回だよ!」

 

「やるぞ! 次こそは、跡形もなく煮立たせてやるぞ!」

 

「待って待って、そういう目的じゃないからね?!」

 

 柚花が、小妖精たちを説得して布から離れてもらい、不純物を流しの水で洗い流すのを横目に、桃子は再び鍋をかまどにかける。

 再び煮立たせて、より濃厚なメープルシロップが仕上がれば、それを煮沸消毒した瓶に閉じこめて、完成だ。

 

 

 

 

「よし、完成! 上高地ダンジョンのメープルシロップ!」

 

 そうして、最終的には思いの外きちんとしたメープルシロップが完成した。

 準備していた瓶にシロップを閉じ込める。桃子が購入してくる市販の蜂蜜と比べると、更にそれを煮詰めたような褐色のメープルシロップだ。

 色は濃くとも粘度としてはさらりとしており、瓶を揺らすと褐色の水面がたぷたぷと波を打つ。

 その隣に並んだ数センチのミニボトルも、同じようにメープルシロップで満たされている。協力してくれたリフィの要望通り、アイドル配信者のカリン用のものだ。

 これは柚花に頼めば渡してくれるだろうが、もしかしたらリフィが直接手渡しに行くつもりかもしれない。

 

「カリンの分を差し引いても、瓶ひとつ分にはなりましたね」

 

「やっぱり妖精の魔法ってすごいね。数時間で完成しちゃった」

 

「ほんと、それですよ。あとは予定通り、これをホットケーキにかけて食べるだけ――ですけど」

 

 瓶に収まった黄金色の液体を眺めながら、桃子と柚花の二人は椅子に座り、一息ついていた。

 そのほとんどは妖精の魔法頼りのものであるが、それを差し引いても、自作のシロップというものは感慨深いものがある。

 とはいえ、まだ終わりではない。そもそも今回のメープルシロップ作りはあくまで『美味しいホットケーキを食べたい』という目的ありきのものなので、今からホットケーキを焼く必要がある――のだが。

 

 桃子と柚花は、苦笑混じりに言葉を交わしてから、周囲に視線を向ける。

 

『あれー? カレーがないよ?』

 

『甘いカレーじゃないの?』

 

『なんで? なんでー?』

 

 どうやら、日暮れ時に桃子が調理部屋にいる時点で、小妖精たちは『カレーの時間』なのだと勘違いしてしまっているようだ。

 小妖精にとって『桃子』とは、『カレーを作る人間』という意味の言語である。

 なのでもしかしたら、今のメープルシロップ作りもカレーの行程のひとつかなにかだと思われているのかもしれない。

 桃子がカレーを作らず休憩している姿に、不穏なざわめきが広がっていく。

 

「桃子。こいつらもう。カレーを作るものだと思って。集まってきちゃったぞ」

 

「どうしよう。これって、私がカレーを作るまでは収拾つかない感じだねえ」

 

「……よし、こうなったら先輩、手分けしましょう」

 

「手分けって?」

 

「離れた場所にノンさんに追加のかまどを作ってもらって、私がそこでこっそりホットケーキを焼いてきますよ」

 

 柚花はそういうと、すっくと立ち上がる。

 小妖精たちが集まっているこの調理部屋で、桃子がいつものカレーを作る。

 そして、小妖精たちがカレーに釘付けになっている間に、柚花が即興で裏手に新たなかまどをつくり、そこでこっそりとホットケーキを焼いてくる。

 ホットケーキを焼く程度のかまどなら、ノンに頼めば即座に作ってもらえるはずだ。

 

「ゆ、柚花さんが……私のために、ケーキを……うぅぇへへへ」

 

 思考が一足飛びした様子のニムがだらしなく顔をとろけさせているけれど、桃子はスルーした。

 

「なるほど、じゃあその間に、私はここでカレーを作ればいいのかな?」

 

「よし。今日のカレーは。メープルカレーで頼むぞ」

 

「まあ、そうだね。今日はメープルの甘口カレーを作ってみようかな」

 

 話が決まれば、即行動。スイーツが関わると、みんながみんな行動的になるのだ。

 桃子は、ノンとフラム、そしてニムを引き連れた柚花が畑のほうに歩いていくのを見送ってから、自分も準備にとりかかる。

 桃子は小妖精たちの期待に応えるべく、さっそく頭のなかで、メープルカレーに合う具材の組み合わせを考えるのだった。

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