ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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みんなのママ、叱られる

「ルゥ。これ。ホットケーキっていうんだぞ」

 

『そうなんだ』

 

 ヘノが、ルゥの前にホットケーキの載った皿を差し出して、それが何なのかを説明している。

 ルゥはかなり特異な存在ではあるが、それでもまだ自我をはっきりと確立できていない小妖精だ。ヘノが横に並ぶと、ヘノより更に頭ふたつ分くらいはその身体は小さく、幼い。

 ルゥはヘノの説明を理解しているのかいないのか、きょとんとした顔でヘノを見上げている。

 

「うぅ……あ、甘くて美味しいおやつですよぉ……? ゆ、ゆっくり食べないと駄目ですよぉ?」

 

『甘いやつ? これ、くいにいあまん?』

 

「なんだそれ」

 

 横からニムも一緒にホットケーキについて説明するが、やはりルゥはよくわかっていないようで、ヘノたちには理解できない言葉を口にする。

 どうにも、小さな少女たちの会話が噛み合っていない。

 

「こ、この子……房総ダンジョンで、どんどん変な言葉を、覚えますねぇ……」

 

「まあいいか。ほら。いいから食べてみろ。後輩が作ってくれたんだから。食べないと。もったいないぞ」

 

『食べるー』

 

 結局、説明はあきらめて、ヘノとニムは小さくちぎったホットケーキをルゥに食べさせていた。

 

 

 

 妖精たちの可愛らしいやりとりが繰り広げられている傍らで、ドワーフがティタニアに深々と頭をさげ、挨拶を交わしていた。

 桃子としては、あの食いしん坊のヘノが、ルゥに自分のホットケーキを譲っている貴重な現場をじっくりと見ていたかったけれど、さすがにドワーフとティタニアのやりとりに意識を向ける。

 

『いや、しかし、食事中であったか。邪魔をしてしまったようで、実に申し訳ない』

 

「いえ、皆様すでに歓談中でしたし、そう畏まらないでくださってかまいませんよ」

 

『かたじけない』

 

 桃子が知る限り、ドワーフがこの妖精の国へと足を運ぶことは初めてのことだ。

 当然、ティタニアと顔を合わせるのも初めてだろう。鎧の戦士が、なんとなく緊張したような様子で、ぎこちない挨拶を交わしている。

 ティタニアがルゥについての礼を述べ、ドワーフもルゥについての話を述べ。共通の話題として、ルゥという妖精はよい潤滑剤になっているようだ。

 

 そして、ドワーフとティタニアの挨拶が一段落したところで、遠慮がちに口を挟んだのは、それを眺めていた柚花である。

 

「あの、ところで、ドワーフさんはティタニア様じゃなくて、先輩に用があったんですよね?」

 

「あ、そうなの? 私に?」

 

『うむ。母上に頼みたいことがあり、ルゥに案内を頼んだのだ。まさか、ティタニアどのの御前へと案内されるとは思わなんだが……』

 

 ちらりとドワーフがルゥへと視線を向ける。

 どうやら、ホットケーキを食べてみて、気に入ったのだろう。ヘノとニムに挟まれて、ルゥは口いっぱいにホットケーキをつめ込んでいる。

 

「ルゥさん、案内するだけして、自分はめちゃくちゃホットケーキ食べてますね」

 

「ヘノちゃんたちが自分のホットケーキを分けてあげるなんて、珍しいよね」

 

 桃子も、柚花も。ヘノたちが氷妖精たちの引率をしている姿は、以前から何度か目撃している。けれど、こうも甲斐甲斐しく一人の妖精の世話を焼いてあげている姿というのは新鮮だ。

 ついつい、その様子を見ているとドワーフとのやりとりを忘れてしまいそうになるが、さすがにそれはわざわざ自分に会いに来てくれたドワーフに失礼というものだ。

 桃子は視線をドワーフへと戻す。

 

「ええと、それでドワーフさん、頼みっていうのは……?」

 

『うむ。実は、是非とも助力を乞いたい案件があってな。房総ダンジョンのとある探索者パーティの話なのだが――』

 

 

 

 

 

 ドワーフの頼み。

 それは、房総ダンジョンをホームとして活動する、探索者パーティを一緒に護衛してもらえないか、というものだった。

 

 ドワーフの話によれば、明日、とある探索者パーティが第四層に向かってアタックを仕掛けるのだという。

 彼らの目的は、第四層『大樹の根』に存在する巨大な蜂の巣で採れるという、ハチミツ。

 もちろん食用としても非常に価値のあるそれは、どうやら貴重な薬としても知られるらしく、彼らの目的はどうにかして『貴重な薬を手に入れること』である。

 房総ダンジョンの守護者として、ドワーフは彼らをそれとなく見守ることにした。だがさすがに第四層ともなると、ドワーフ一人では不安が残る。

 

『――そこで、儂と同じく【隠遁】を持つ母上にも、助力を願いたいのだ。突然来て、図々しい頼みごとだとは思うが……』

 

「なるほどね。私だったら、見つからないようにサポートできるもんね。うん、わかった! 助けにいく!」

 

 つまり、一言で言えば『人助け』だ。

 話を聞いて、笑顔で即答した桃子とは反対に、複雑そうな表情を浮かべているのは柚花である。

 

「私は賛成しかねますよ。第四層は確かに危険な場所ですけど、ギルドがそのパーティにストップをかけていないなら、そこまで過保護にしなくてもいいレベルには到達してるんでしょう?」

 

『ううむ……』

 

「ううん……」

 

 柚花の言うことは、まさにその通りだった。ドワーフも桃子も、返す言葉もなく考え込んでしまう。

 ティタニアは、静かに口を閉ざしてドワーフたちの話を聞いている。

 

「ていうか、二人とも人が良すぎるんですよ。探索者が危険な場所に行くのは、みんな覚悟の上なんです。それをわざわざ『危険だから陰から自分がずっと守ってあげよう』だなんて、そんなのまるで、みんなのママじゃないですか」

 

『むう……それを言われると、ぐうの音もでないな』

 

「うー……私、とうとうみんなのママになっちゃったのかな……」

 

 柚花の鋭い言葉に、桃子とドワーフが仲良く縮こまっている。桃子が何か呟いていたが、それに答えるものはいない。

 

 柚花はまず、ドワーフを見遣る。

 このドワーフは、自他共に認める房総ダンジョンの守護者であり、探索者たちを護ることを己の義務と課している節がある。

 しかし柚花に言わせれば、彼の『守護』はやり過ぎである。同じ桃子の娘である萌々子やヒメですら、その手の届く範囲の人間を救いはすれど、ドワーフのように人間の旅路に張り付き護衛するような真似はしていない。

 

「まあ、ドワーフさんは『探索者たちを守護する存在』と信じられて生まれてきたわけですから、そういう性質があるのは仕方ないとは思いますけど……」

 

 柚花は、続いて桃子をチラリと見る。

 桃子は柚花の視線に晒され、『お説教』の気配に背筋がビクリと反応する。桃子は怒られるのは苦手なのだ。

 

「先輩は、知らない誰かが目の前で困ってたら、身の危険も顧みずに助けちゃうような、優しさ溢れる素敵な人です。私は、そういうところが眩しくて、大好きになりました」

 

「え? 私、いま褒められてるの?」

 

「……けど、私と交わした『無茶をしない』っていう約束を、少しくらい守ってくれたら嬉しいなって思いますよ」

 

「うぐっ。それを言われちゃうと、ぐうの音もでないよ……」

 

 柚花のジト目と、恨みがましいその言葉に、年上の先輩であるはずの桃子が更に縮こまる。

 桃子は、ずいぶん前に柚花と約束をしたのだ。『絶対に無茶はしない』と。しかし、その約束がその後どうなったのかは、他の誰でもない桃子自身がよく知っている。

 桃子は容易く柚花との約束を破り、あちこちで無茶をしまくっている。

 その中では命の危機に陥ったことも何度かあり、柚花が心配するのは当然だ。

 

「そりゃ……私だって、そのパーティの身を案じるなとは言いませんけど」

 

 柚花は少しだけ拗ねたように呟いてから、続ける。

 

「カリンのときみたいに『先輩が出張らないと助けられない』っていう切羽詰まった状況でもないのに、わざわざ進んで魔物の巣に出向くような危険な真似は控えてほしいです」

 

 柚花とて、そこまで『人助け』そのものを否定しているわけでもない。目の前で誰かが危機に陥っていたのならば、自分だって文句を言いつつも手を差し伸べるだろう。

 けれど、それでも――柚花にとって一番大切なのは、見知らぬ探索者ではなく、桃子なのだ。

 

 眼前では、柚花に叱られた桃子とドワーフが、まるで祖父と孫娘のように揃ってシュンとしている。なお、実際には桃子が母でドワーフが子である。

 柚花は縮こまった二人を見て、はぁ、とため息をついて言葉を続けた。

 

「……まあ、でも。今回はそこまで話を聞いちゃったからには無視するのも夢見が悪いですし、これ以上の口出しは控えますよ。ヘノ先輩たちがついていくなら、魔物にやられることもないでしょうし」

 

『柚花どのには本当に、心配をかける』

 

「柚花には本当、心配かけてごめんね」

 

 二人して同じようなことを言い、申し訳なさそうに柚花を見上げる。

 柚花はたった今まで怒っていたはずなのに、あまりの息の合ったコンビネーションを見せつけられ、なんとも気が抜けてしまう。

 

「……あの、すみません。さっきから気になってたんですけど、そのコンビ芸みたいなのやめてもらえませんか? 今、そういう空気じゃないですよね?」

 

『うん?』

 

「うん?」

 

 柚花の苦言にも、残念ながらドワーフも桃子も何のことだか分からなかったようで、不思議そうな視線を向けてくる。

 それどころか、二人して全く同じ角度で首を傾げる始末だ。

 もはや柚花の怒りはどこかへ飛んでいってしまい、笑いをこらえる勝負のようになってしまった。

 

「い、いや……いいです。私が悪かったですから、勘弁してください」

 

「ぷっ……ぷふっ……ふふっ……」

 

 なお、テーブル上ではすでにティタニアが笑いに屈しており、涙目でお腹をおさえていた。

 

 

 

 

 

 

「で、その第四層にチャレンジするパーティは、今はどうしてるんですか?」

 

「え、出発は明日なんじゃないの?」

 

「先輩。いくら房総ダンジョンでも、第四層みたいな危険な階層を探索するなら、前日のうちにその手前あたりまで降りてくるのはセオリーなんですよ」

 

「そうなんだ」

 

 桃子は柚花の説明を理解しているのかいないのか、きょとんとした顔で柚花を見上げている。

 

「まあ、先輩は特殊な環境に身を置きすぎて、そういうセオリーとは無縁でしたからね……」

 

 普通の探索者は第一層から第四層までを一気に駆け抜けたりはしないものだ。

 桃子のような特殊すぎる例を除けば、そのような無茶が許されるのはそれこそ柚花やりりたん、あるいは深援隊メンバーのような、実力と才能に恵まれたごく一部の上澄み探索者くらいだろう。

 

『彼らは今、サポートでついてきた他パーティとともに、第四層への入り口手前の地点にて夜営キャンプを張っているところだよ』

 

「へー。あんなじめじめして、魔物も出る場所でキャンプかあ……なんだか、危険じゃない?」

 

「先輩。房総ダンジョンの第一層が特殊すぎるだけで、普通は探索者のキャンプって危険なものなんですよ?」

 

「そっか……そうだよね。普通は妖精の国で安全に休憩なんてできないんだもんね」

 

「そりゃそうですよ」

 

 桃子は今更ながら、自分の環境が特殊なことを再確認する。ヘノと知り合ってからは妖精の国の客室に寝泊まりしている身だし、それ以前もソロ探索者としては【隠遁】で敵も味方もいなかったため、危険とは縁遠い探索を続けてきた。

 桃子はつい「やっぱり、なおのこと【隠遁】で危険の少ない自分が率先して援護に行くべきなんじゃないか」と思ったが、それを言うと柚花が悲しい顔をしそうなので口をつぐむ。

 

「桃子」

 

「ん? ヘノちゃん、どうしたの?」

 

 そして、そんなやりとりに乱入してきたのは、すでにホットケーキも食べ終えて、ドワーフの膝の上にルゥを寝かしつけることに成功したヘノである。

 ヘノは、いつの間にか手にツヨマージを現出させ、謎のやる気に満ちていた。

 

「その。第四層に行く連中を。援護すればいいんだな。ヘノに任せろ。魔物は全部倒してやるぞ」

 

「ヘノ先輩、珍しいじゃないですか。人助けにそこまで積極的になるなんて」

 

「そいつらについていけば。ダンジョンのハチミツがとれるんだろ。だったら。頑張ってもらわないと。困るぞ」

 

 ビュンビュンとツヨマージを振り回しながら、やる気を隠そうともしないヘノの姿に、桃子と柚花は顔を見合わせる。

 人助けとか、危険性がどうこうとか、そういう部分はヘノには全く関係のない話だった。ヘノはただ単に「ハチミツ」目当てだった。

 桃子と柚花は、つい二人で「ぷっ」と吹き出してしまう。つい先ほどまではそれなりに重たい話をしていた気もするが、完全に気が抜けてしまった。

 

「そうですね、ヘノ先輩はそういうタイプですよね」

 

「あはは、探索者さんたちはともかく、ダンジョン産のハチミツはやっぱり気になるよね」

 

 そして、ヘノに続いてハチミツの話に乗っかってきたのは、それまで話に加わっていなかったニムたちだ。

 

「うぅ……ハチミツをとったら、メープルシロップと……た、食べ比べしないとですねぇ……」

 

『カレー……ハチミツ……ハチミ……カレー……』

 

 ニムはすでにハチミツを採取したあとのことを考えており、ルゥは夢うつつで話だけは聞こえていたのか、器用にもハチミツカレーの夢を見ているようだ。

 

「ふふふ、では明日、桃子さんが『ハチミツ採集』に向かうのであれば、他の娘たちにも協力するように私から伝えておきましょう」

 

 そして、最後にはティタニアが少しだけ悪戯っぽい笑みを柚花へと向けて、ハチミツ採集という言葉を口にする。

 

『む? ティタニアどの、儂らは別に、ハチミツを探しに行くわけでは……』

 

「ドワーフさん。私も柚花さんと同じく、桃子さんを無闇に危険な場所に行かせるのは望ましく思いません。けれど『ハチミツ採集』ならば、娘たちの笑顔にもつながりますから、私も喜んで手をお貸ししましょう」

 

『む、むう……』

 

 気づけば、今回の目的が『人助け』ではなく『ハチミツ採集』へと変わっていた。これには、ドワーフも困惑気味である。

 そして、ティタニアの意図を読み取った柚花が、少し拗ねたように唇を尖らせる。

 

「あーもう、ずるくありませんか? 目的が『ハチミツ採集』じゃ、私も反対できないじゃないですか……!」

 

「柚花、賛成してくれるの?」

 

「賛成じゃありません。先輩がヘノ先輩たちとダンジョン産のハチミツを採りに向かうのに、反対する理由がないってだけです」

 

「そっか……でも、ありがとうね、柚花」

 

 桃子が、柚花の手をとって礼を述べる。

 桃子とて、柚花がしきりに反対していた理由くらいは察している。柚花が、自分をとても大切に思ってくれていることくらい、分かっている。

 だからこそ、今の「ありがとう」には様々な想いが込められている。

 優しく絡み合う指先から、はたしてこの想いは伝わっただろうか。

 しばし、沈黙したまま柚花と桃子の指が絡み合う。

 

「……あ、でも先輩。明日は絶対に、ノンさんを同行者に選んでくださいね。先輩が無茶しないように、一番まともな妖精に監視してもらいましょう」

 

「えー……? まあ、いいけど。ノンちゃんに聞いてみるね」

 

 結局、目的が少し変わっただけで、実質的にやることは変わっていない。

 けれど。

 桃子の行く先が『自身の危険を顧みない無償の人助け』や『ヒーロー的な自己犠牲』でなく『妖精たちとハチミツ採集』になったことに。

 柚花の心はようやく、少しの安堵を覚えるのだった。

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