ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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大樹の根

 ドワーフから、探索者の応援を乞われた次の日の朝。

 昨晩は餅とマシュマロと綿飴を配合したような『人を駄目にするベッド』にて柚花とくっついて眠っていた桃子だけれど、日の出とともにやる気満々のヘノに雑に起こされ、眠い頭をぼんやりさせつつ房総ダンジョンへと足を運ぶことになった。

 柚花とともにやってきたのは第三層『鍾乳洞窟』の最奥。第四層へ続く大階段の手前、昨晩、探索者たちのキャンプを覗き見ていた場所だ。

 

「先輩、気をつけてくださいね。本当は私も一緒に向かいたいところなんですけど……」

 

「まあ、しょうがないよ。柚花は【隠遁】持ってないもんね」

 

 柚花が憎々しげに視線を向けているのは、下層への階段前に陣取る何組かのパーティだ。

 彼らは、第四層を自由に動けるほどの実力は持たない探索者たちである。だが、いざ『草薙』メンバーから緊急の救助信号が発信されたときには、彼らが最速で第四層へと駆けつける手はずになっていた。

 つまり、この場に陣取っている彼らは、いざというときのためのサポートパーティだ。

 

 しかし、そのサポートパーティが下層への階段を陣取っているために、【隠遁】を持たない柚花は、そこを通り抜けできなくなっているのだ。

 ある意味これは、第四層へと続く関所のようなものである。

 

「あの人達、どうにかしていなくなりませんかね」

 

「こら、物騒なこと言わないの。あの人達は、もしもの時に備えてくれてるんだから」

 

「はーい。まあ、ノンさんがついてるから大丈夫だとは思いますけど……気をつけてくださいね?」

 

「桃子さんのことは、ちゃんと守るから安心して待っててよぉ」

 

 柚花としては桃子について行きたいところだが、彼らに見つかり余計な問題を引き起こしてしまうのは目に見えているために、ニムとともに妖精の国で留守番となる。

 もっとも、柚花も言うほど心配をしているわけではない。

 桃子の懐には大地の妖精ノンが隠れており、桃子のパートナーであるヘノをはじめとした何人かの妖精は、先んじてドワーフとともに下層へと降りている。

 彼女らが桃子を護ってくれる以上、よほどのことがない限りは、桃子が危険に晒されることなどあり得ない。

 

 柚花の視線の先では、ノンを懐に隠した桃子が探索者たちの間をするりと通り過ぎていく。誰も、三つ編みの少女が目の前を素通りしていることに気づきもしない。

 そして、桃子の姿が見えなくなったところで、己も『自分にできること』をするために、早速探索者用端末に手をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 房総ダンジョン第四層『大樹の根』。

 ここは、巨大な木の根が入り組む、巨大な昆虫たちが闊歩する階層だ。

 巨大な根の元に現れる数メートルはある芋虫や、大地に開けた穴から這い出る人間大のアリの集団。まるでここは、ミクロの世界だ。

 この階層を訪れた探索者の大多数が、まるで自分が森の中で縮んでしまったような錯覚を覚えるという。

 

 そんな第四層を、まだ若い男性探索者パーティが訪れていた。若いと言っても、見たところは大学生か、あるいは探索者として生計を立てている社会人か。どちらにせよ、桃子よりも上の年齢だろう。

 彼らの進むペースは決して速くはない。慎重に、慎重に。常に石橋を叩いて渡るような、常に警戒を怠らない――探索者として、見本のような進行である。

 妖精の加護もなく、魔物の発生を事前に看破する瞳も持たず、そして当然魔物から姿を消すことも出来ない彼らにとって、第四層を進むのはこのペースが限界なのだ。

 

「よし。ヤマト、ミコト。いったんここらで、魔物除けの薬剤を付け直す。荷物を一度おろして、整理しよう」

 

 三人は『草薙』というパーティを組んでいる、房総ダンジョンではそれなりの有名人だ。

 曰く、ドワーフ信者の筆頭。

 曰く、落盤事故で死にかけた連中。

 曰く、若き房総ダンジョンのエース候補。

 そのうち一番身長の高い、がっしりした体躯のメンバー、タケルが二人を振り向いて声をかける。彼はどうやら、リーダー役のようだ。

 

「なあ、ちょうどいいからこれも食べておこうぜ。極秘ルートで手に入れた、魔物よけバー。世に出回ってない裏のアイテム」

 

「変な言い方するな、視聴者が勘違いするだろ。ちゃんと、筑波ダンジョンギルド製の試作品をツテでもらってきたものなんだから」

 

 タケルの声に調子よく返すのは、まだどこか少年ぽさの抜けきらないムードメーカーの弓使い、ヤマト。

 そして、冷静に返すのは、タケルと同じく剣を構えている、パーティの頭脳担当のミコト。

 剣士二人に弓使いが一人。彼ら三人が、探索者パーティ『草薙』のメンバーだ。

 

「ここは周囲を見渡せるし、魔物もいなさそうだな。一度休憩を挟んで、配信カメラの調子も見ておこう」

 

 彼らは、魔物が現れてもすぐに気づける場所を選び、荷物を下ろしてしばしの休息へと入る。

 彼らそれぞれが胸元につけているのは、配信用の小型カメラだ。彼らの配信は、柚花やカリンのように視聴者との対話を目的とはしていない。生配信の体をとってはいるけれど、基本的には探索の記録目的の配信だ。

 おそらく今頃、彼らのフォロワーたちはこの淡々とした探索を画面越しに覗いているのだろう。

 そしてその視聴者たちは――気づいているかもしれない。

 時折、カメラが背後を向く度に配信映像が過剰なノイズを孕むことに。そこに、彼ら以外の何かが、存在していることに。

 

 

 

 

「へー、魔物よけバーなんてあるんだねえ」

 

『ううむ……。探索者の食料も色々と考えられているようだな』

 

『カレー味! カレー味!』

 

 ノイズの原因。

 それは、実はずっと彼らにつかず離れずで同行していた人物、桃子とドワーフである。

 桃子とドワーフは互いに【隠遁】で姿を消している状態だが、桃子がしっかりとドワーフの鎧に手を当て触れあっているので、桃子が彼を見失うことはない。

 桃子とドワーフ、ドワーフの頭の上を定位置とする氷の花の小妖精ルゥ、桃子の懐から顔を覗かせる大地の妖精ノン。四人は草薙メンバーにペースを合わせ、彼らの食べている携帯食について語り合っていた。

 

「本当に、魔物をよける効果なんてあるのかな。ノンちゃん、どう思う?」

 

「うーん、なんとなくだけど……人間特有の気配が薄れる効果があるみたいだよぉ」

 

「あっ、でか豆みたいなやつってことだね。上高地ダンジョンのでか豆も、似たような効果だったもんね」

 

 何を隠そう、草薙の三人が食べているのはまさにその"でか豆"をベースにした携帯食である。

 桃子が持ち帰ったでか豆に興味を持った薬草の妖精ルイが、その成分を研究するために筑波ダンジョンの来智ミトの元へと持ちこみ、そこで作られた試作品の『魔物よけバー』が、巡り巡って桃子たちの目の前で食されている。

 桃子がそれを知れば運命じみた巡り合わせに驚嘆するだろうが、残念ながらその事実に気づくものは、この場には誰もいないのだった。

 

 

 

 

 

 

「うっし、行くか!」

 

「狭いところでは蜘蛛の糸に注意していこう。情報だと、これから少し進むと例の上空が開けたポイントに出るはずだ」

 

「蜘蛛の糸を見逃さないよう、細かく投石を続けていこう」

 

 休息を終え、草薙の三人は腰をあげた。

 時折、左右に茂みが広がる場所では目の前の空間に投石をして、目に見えない蜘蛛の糸が張り巡らされていないかどうかを確認しつつ、三人は進んでいく。

 この道のりは、桃子も以前、柚花の配信の手伝いという体で歩いたことがある。そのときは柚花やヘノがいたから簡単に蜘蛛の糸にも気づけたが、やはりそのような能力をもたない探索者にとっては、蜘蛛の糸に気づくかどうかは命に関わる問題だ。

 

「当然なんだろうけど、しっかりと第四層の下調べとかもしてるんだね」

 

『以前、柚花どのの配信を母上が手伝っていた際の映像も、何度も見て研究していたようだよ』

 

「あのときの配信が役にたってるんだね。なんか嬉しいじゃん」

 

 草薙の三人は順調に進んでいく。魔物が現れないこともないが、決してその数は多くない。

 それもそのはず、彼らが向かう先の通路にはすでにヘノを初めとした妖精たちが潜入し、危険そうな魔物はすでに対処されているのだ。

 それと同時に、背後から襲い来るような魔物は、彼らが襲われる前にノンとルゥが感知し、先手を打って桃子とドワーフが撃退している。

 柚花に言わせれば「探索者を甘やかしすぎる」状況かもしれないが、上質なダンジョンハチミツをとるためならば、探索者を甘やかすくらいは許されるだろう。

 

「なんだか、思ったより全然順調だね。ヘノちゃんたちが先に魔物を全部撃退しちゃってるのかな?」

 

『ヘノねーさま、強いもんね!』

 

「あ、ルゥちゃん、あっちあっち! あそこのでっかい食虫植物の根っこが、でっかい里芋っぽいやつなんだよ。近くに唐辛子もあるはずだけど、どこだったかな」

 

『さといも? ぽていとう?』

 

「ポテトじゃなくて、さとポテトだね」

 

 先行しているヘノたちのお陰だろうか。思いのほか魔物も少なく気楽な道のりに、桃子とルゥはすでに警戒心はゆるみ、景色を楽しむ余裕が出来ている。

 一方、ドワーフはそれでもなお警戒心を持ち、周囲に気を張っている。

 そして、桃子に同行していた大地の妖精ノンは――地面に手をあて、難しい顔をしていた。 

 

「あれ? ……どうしたの? ノンちゃん」

 

「桃子さん、魔物だよぉ」

 

 ノンの言葉に、その場に緊張が走る。

 ドワーフはもとより、たった今までルゥと雑談を交わしていた桃子もまた、心のスイッチを切り替える。

 ぎゅ、と。小さな小槌サイズに縮めたままのハンマーを強く握りしめ、何があっても大丈夫なように気を引き締める。

 

「あっ、違うんだよぉ。ここじゃなくて、もっと土の奥のほうに……なんだか、沢山の魔物の気配がするんだよぉ。出来るだけ、岩壁や地面に気をつけないとだよぉ?」

 

「そっか。地面の中の魔物ってことは、ヘノちゃんも見逃してるかもしれないね……」

 

『しかし、地面に気をつける、か。なかなか難しいな』

 

 先行しているヘノは、妖精たちの中でも随一の感知能力を所持しているけれど、その能力は風を利用したものだ。

 逆に言えば、風の吹かない土の奥に潜む魔物は、ヘノにとっても感知しづらい存在なのだ。もしかしたら、ヘノもまだその存在には気づいていない可能性もある。

 しかし、大地の妖精ノンが感じたならば――いるのだろう。 

 土の下に、壁の中に。多くの、魔物たちが。

 

 ここにきて、気楽な空気は一掃された。

 桃子とドワーフは、ヘノの感知にもかからない、見えない敵との戦いの予感に、気を引き締めることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある妖精たちの会話】

 

 

「なあ! あのでっかい、カマキリとかいう奴! 魔物のくせに、なんか格好いいな!」

 

「あの巨大な鎌は、なかなかの殺傷能力を持つのでは、ないかな?」

 

「ククク……あの『カマキリ』という魔物は、別な魔物を捕食する習性があるのだったかねぇ……?」

 

「魔物が魔物を。食べるのか。虫の魔物は。何を考えてるのか。よくわかんないな」

 

「そういえば、さっきもアリとハチが戦ってたぞ! アリが勝ってたな!」

 

「なるほど、謎は解けたよ。この魔物たちは互いに縄張りを奪い合い、この階層の主導権を奪い合っているのでは……ないかな?」

 

「……リドル。おまえ。どうかしたのか?」

 

「リドル! なんでいきなり、マトモなこと言ってるんだ! なんだか怖いぞ!」

 

「どうやら……槍でも降るのかもしれないのさぁ。あるいは、災厄の前触れ……かねぇ?」

 

「失礼だね。ボクも、たまには謎ではなく、目の前のダンジョンに集中することも、あるのさ」

 

 

 

「特にここは……地の底から、なんだか嫌な気配が、するからね」

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