ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
巨大な根で作られたアーチを越えたそこには、それまでとは全く違う風景が広がっていた。
「いいかヤマト、絶対に無理するなよ。過信せずに、余裕を持った上で行動しろよ」
「わかってるって。すぐに安全な場所に避難するから、おまえたちこそ気をつけろよな!」
探索者パーティ『草薙』の三人は、いよいよ第四層の最難関であり、今回の目的地である、巨大な蜂の巣の存在する空間までやってきた。
過去に桃子がやってきた時と同様に、それまで狭い道のりが主体だったダンジョンが、この地点で一気に姿を変える。
ゴツゴツした岩と根で構成されていた閉鎖的なダンジョンは、ここへ来て一気に広々とした空間となり、上を見上げればいくつかの巨大な根が絡み合い、遙か高見を目指している。
耳を澄ませば、上空ではモーター音に似た音が大きく響いているのがわかる。あれは、巨大な蜂の羽音だ。
草薙の三人は迂闊にこの広い空間に姿を躍らせるような真似はせず、岩と根に隠れるようにこそこそと移動し、蜂たちから姿を隠しながらもひとつの大樹へと近づいていく。
そして、彼らは予定通り。
ここで、二手に分かれることとなる。
「必ず、ハチミツをたんまりととってくるさ」
「ああ。僕らの妹のために、ね」
「そうだな。任せたぜ二人とも!」
弓使いであるヤマトは、一人地上に戻る。剣を持つタケルとミコトの二人は、これからこの根を上るのだ。
行き先は、上を見上げればそこに見える、巨大な蜂の巣だ。
ごくり。
誰か、つばを飲み込む気配。
これからは、いかに巨大な蜂から隠れ、そしていかに巨大な蜂を撃ち落とせるか。人間と蜂の、勝負の時間である。
ごくり。
桃子はつばを飲み込んだ。
「気のせいか、前に見たときと比べて随分と蜂は少ないけど……それでもやっぱり、ある程度は巡回してるね」
『巡回役か。空の上ではさすがに儂もどうにもできん、厄介だな……』
草薙の三人から少し離れたところで、桃子とドワーフの二人もこの巨大な根の絡み合う大樹を見上げていた。
「あの上の方にある蜂の巣目指して、今からここを登るんだね」
『ふむ。上を目指す役と、地上で魔物の目を集める役。どうやら、彼らはここで二手に分かれるようだ』
「ええと、じゃあ……ドワーフさんと私も二手に分かれようか?」
『それが良いだろう。地上には儂が残ろう。ハチミツを持ち帰る大役もある母上は、上に行く二人を頼みたい』
結局、ここまでの道中ではノンの言う『地面の中の魔物たち』と遭遇することはなく、一行は無事に目的の地へとたどり着いた。
しかし、今は気を抜いていい時ではない。ここはゴールではなく、むしろここからがスタートだ。真のゴールは、ここから遙か上に見える巨大な蜂の巣だ。
遠目にはゴツゴツした楕円形の球体に見えるが、その球体から見える隙間からは、時折巨大な蜂が出入りしているのが見える。
あそこから、どのような手段なのかはわからないものの、どうにかしてハチミツを手に入れる。それが、今回のミッションだ。
なお。
ここまでのやりとりの中でも、桃子はしっかりとドワーフの鎧に手を当てている。
彼はいま、探索者たちから姿を見られぬよう【隠遁】で姿を消しているため、手を離してしまうと桃子からも見えなくなっている。実に厄介な能力である。
「ところでさ。今更聞くのもどうかと思うけど……あの巣ってさ、本当にハチミツなんてあるのかな?」
『と、いうと?』
「そもそもなんだけど、あの魔物ってミツバチでもないし、ここの階層に蜜をとれそうな花なんて咲いてないよね?」
『ふむ……』
「桃子さん。あれはダンジョンの魔物だから、花の蜜を集めてるわけじゃないんだよぉ。たぶん、蜂の魔物が魔力を凝縮した蜜かなにかで、ハチミツだよぉ」
「ハチミツの定義がわかんなくなってきちゃったよ」
桃子の疑問に答えてくれたのは、ノンだった。しかし、その返答を聞いた桃子の頭には、余計に疑問が増えていく。
ハチミツとは、いつから『蜂の魔物が魔力を凝縮した蜜かなにか』の略称になったのか。花の蜜でなくてもハチミツと呼ぶべきなのか。
考えれば考えるほど、ハチミツの定義が分からなくなってくる。
「……よし! 考えないことにしよう!」
桃子はハチミツについて考えても答えが出ないので。
考えるのをやめた。
あの探索者たちを守りながら、ハチミツの採取に協力し、そしてあわよくば自分たちもたんまりとハチミツを回収する。
ハチミツの定義がどうであれ、桃子がやるべきことは何も変わらないのだから。
「じゃあ。桃子。上に上がるなら。ヘノも行くぞ」
「ククク……なら、私は私で、気になる箇所を調べてくるとするかねぇ」
「アタシも、てきとうに周囲の魔物を退治しといてやるぞ!」
「地面の『謎』は、ボクたちに任せるといいのでは、ないかな?」
「そうだよぉ。地面のことは任せてよぉ」
そして、ここでようやく桃子はヘノたちと合流した。今回ここまで協力してくれていた妖精はヘノだけでなく、薬草の妖精ルイ、火の妖精フラム、そして鍵の妖精リドル。
それまで桃子に同行してくれていたノンとルゥも加えて、この場で桃子たちもまた、行き先を分担することになる。
地上にて、弓使いのヤマトを護りつつ、ノンが感じとったという魔物に備えるドワーフチームには、ノンとリドル、そして当然ルゥが。
タケルたちについていき、上空でハチミツを採取する桃子チームには、ヘノが。
そして、ルイとフラムが、気ままに魔物を退治する遊撃チームとなった。
『では母上どの。タケルとミコトを頼む。彼らは、幼少の頃に事故から命を救ってくれた探索者に憧れ、今もなおその背を――』
「こらドワーフ! 話が長いぞ! 簡単にまとめてくれ!」
『そ、そうか。では……母上、ご武運を祈る』
「あはは。うん、ドワーフさんもね!」
そして、桃子とドワーフは。母と子は。
こつん、と互いの拳をぶつけ、巨大な根の麓にて。それぞれの武運を祈りあうのだった。
「ひええ、あの人たちも本当にここを登っていくの? 私はヘノちゃんがいるからいいけど、無茶するじゃん」
「人間は。空を飛べないから。大変だな」
桃子は、20メートルほど先を進む――いや、上を進む二人の剣士を見上げる。
ハチミツは、当然ながら蜂の巣にある。そして蜂の巣は、遙か見上げた上方にある。
なので、この巨大な根をどうにかしてその場所まで上る必要があるのは桃子とて理解できる。だが、いざその『木登り』が始まると、さすがに心穏やかではいられない。
「私は、ヘノちゃんのつむじ風の魔法でこういうのも慣れてるからいいけど……」
いくらゴツゴツしている大樹だとはいえ、手すりや命綱などない巨大なそれを登る作業は、もはや『木登り』ではなく『崖登り』である。
手をかける出っ張りや足をかけられる面、そして身を休められそうな箇所も多いため、ただただ崖を登らされるよりはマシかもしれない。
だが、それでも一歩間違えれば崖下へと真っ逆様だ。しかも、もし途中で巨大な蜂に発見されたら崖を登りながら魔物に襲撃されるという、どう考えても無茶なシチュエーションなのは間違いない。
いくら緊急で薬が必要とは言え、とんだ命知らずもいたものだ。
「ヘノちゃん。これって、私は後を追いかけるんじゃなくて、私が先に登って、道をある程度整えてあげたほうがいいかな?」
「さすが桃子。天才だな」
「えへへ」
桃子の両足は、緑色のつむじ風をまとっている。これは、桃子を風のように身軽にしてくれる、ヘノの得意な魔法のひとつだ。
身軽になった桃子は、一歩一歩堅実に進む探索者たちを置き去りにし、一足飛びに高みへと登ることができる。そこで桃子はヘノと相談し、つむじ風の魔法を使い、彼らよりも先に上へと向かうことにした。
タケルたちに気付かれぬよう、大きく回り道のような形をとり、崖の出っ張りから出っ張りへと飛び移る。所々危うい場所もあったものの、その都度ヘノが強風で桃子を浮かせてくれたので、桃子の崖登りは順調だ。
「下のほうは、何をしてるのかな」
「たぶん。あの残った弓使いが。蜂をおびきよせて。囮になるみたいだな」
すでに、軽く五階建てマンションくらいの高度はあるだろう。下を見下ろすと、木の根に隠れるように弓使いのヤマトが動き回り、何かをしている様子が見える。
弓使いである彼ならば、敵が空を飛ぶ魔物だったとしても、ある程度ならばそれに対処することは可能だ。
蜂の大群ならば手の打ちようはないだろうが、単発で襲いかかる魔物だけならば彼がどうにか出来るのかもしれない。
「でも、一人で囮だなんて……やっぱり心配だね」
「大丈夫だろ。ドワーフもいるし。ノンたちもいるからな」
「まあ、そっか」
彼は一人に見えるけれど、実は一人ではない。
あそこには、ドワーフとルゥ、そしてノンとリドルもいるはずだ。本来的には隠れてサポートすることになっているが、いざとなれば正体を現してでも、ドワーフは彼のことを守り通すだろう。
それはそれで色々と頭の痛い問題にはなりそうだが、命を失うことと比べれば安いものだ。
桃子はどこかで彼を守っているであろうドワーフと、そしてその周囲にいるはずの妖精達を信頼して。
下は見ずに、このまま上を目指すことにした。
大樹の根元では、弓使いのヤマトが孤軍奮闘していた。
「ええと、煙幕煙幕……これだ! いけぇっ!」
彼は弓使いであり、上空の蜂を攻撃する術を持っている。だが、どれだけいるかもわからない蜂に対して、有限の矢を考えなしに撃ち込むほど、彼は愚かではない。
彼はこの日のために揃えた道具の数々をリュックから取り出し、並べていく。今のヤマトの武器は、人間の『知恵』だった。
彼はまず、まるで煙玉を大きくしたようなものを取り出し、マッチで火をつける。そしてそれを、樹に登る二人の仲間とは反対の方向へと、全力で投擲した。
その数秒後――。
『カレー! カレーのにおい!』
『こらルゥ、落ち着け。あれはただの煙であって、実際にカレーがあるわけではないぞ』
大樹の根の隙間にはまった煙玉は、勢いよくモクモクとした煙を放ち始める。
おそらく、これもまた人間たちの最新アイテムのひとつなのだろう。一部の魔物を引き寄せるという結果が最近証明された『カレーのにおい』を含む煙が、モクモクと立ち上っていく。
「なるほど。カレーは魔物を引き寄せる効果があるのでは、ないかな?」
「えー? 桃子さんは、なんでそんなものを毎日食べてるのよぉ?」
「もちろん、桃子くんが命知らずということ、だろうね」
『むう……母上は、そのような命知らずであったか』
煙は、あくまで煙。魔物の全てがそれにおびき寄せられるわけではない。
けれど、どうやら巡回中の蜂の注意を引きつけることはできたようだ。モーター音のような羽音を立てる蜂たちは、まんまとヤマトのもくろみ通り、仲間二人から逆の方向へと誘導されている。
しかし。ヤマトはやはり、探索者として経験不足だった。
彼は、蜂だけを見ている。
何種類かの魔物が出没するタイプのダンジョンで、ひとつの魔物にだけ気を取られること。これは、致命的なミスだ。
「ドワーフさん、地面の中から、沢山の魔物が近づいてくるよぉ!」
「なるほど、謎は解けたよ。この気配のもとは『アリの巣』なのでは、ないかな?」
『むう、危険なのは蜂ではなく、アリであったか……!』
『ドワーフ、頑張れ! ドワーフ、頑張れ!』
ノンとリドルが感じ取ったという、大地の中に潜む大量の魔物の気配。それは――アリの大群。
いままさに、蜂の大樹の麓にて。
地中に住まう巨大なアリの魔物たちがカレーの香りに引き寄せられ、迫りつつあった。
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