ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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ハチミツと空の軍勢

 高さにして、ビルの10階はあるだろうか。

 桃子はいま、大樹の根を駆け上り、巨大な蜂の巣と同じ高さから、地上を見下ろしていた。

 

「うわ、これは……なかなか、怖いかも」

 

 今までの冒険でも、様々な高所に登ってきた。それこそ、地面の見えない空の上で決死のジャンプを繰り返したこともある。強大な魔物との戦いでは脳内麻薬に身を委ね、恐れもなく高所を翔びまわったこともある。

 けれど。こうして崖上から下を覗き見れば、やはり高い場所というのは怖いのだ。それが、普通の感覚だろう。

 

「大丈夫だろ。ここから落ちても桃子なら。お尻が割れる程度で済むだろ」

 

「あのね、お尻が割れるのは『大丈夫』って言わないんだよ」

 

 ヘノの言うとおり、桃子の頑強さならばお尻が割れるほど痛い思いをするだけで済むかもしれない。

 けれど、わざわざそんな痛みを味わいたくもないので、桃子はひしと。下に落ちぬよう、近くの頑丈な木の根に力いっぱいしがみついていた。

 

 

 

 

「しめた! 下から吹き上げる風だ! これなら……!」

 

「がんばれー! ファイト、ファイトだよっ」

 

 一方、桃子に追い越されたかたちのタケルとミコトの二人は、ヘノによる風の援助もあり、順調に崖を登っているようだ。

 時折巡回している蜂が近づいてくることもあるが、それらは無慈悲にヘノが風で撃ち落としているので、彼らに蜂が近づくこともない。

 

「な、なんだか、随分と不自然な風じゃないか? ありがたいけど」

 

「……また、妖精が助けてくれてるのかもしれないな」

 

「うわ、この人たち勘がいいね」

 

「なあミコト。無事にハチミツをとって帰れたら、ハチミツたっぷりかけたハンバーグでも供えようか」

 

「ああ、それがいい。ドワーフと、彼が連れている妖精に感謝しよう」

 

「助けてるのは。ヘノなのに。なんでルゥに感謝するんだ」

 

「まあまあ、ヘノちゃん」

 

 上から自分たちを見つめ、応援してくれている少女がいることに、彼らは気付かない。少女の懐に隠れて、風を起こして何度も助けてくれた妖精がいることに、彼らは気付かない。

 今はただ、目的の蜂の巣まで登り、そしてハチミツを手に入れる。彼らはただ、それだけを考えて過酷な崖をよじ登る。

 

 そんな崖登り、あるいは根登りをどれだけ続けていただろうか。彼らはようやく、目的とする巨大な蜂の巣へとたどり着いた。

 

「っく……よしっ! 蜂の巣の上に到着したぞ! くそ、何度か死ぬかと思ったぞ」

 

「はぁ……はぁ……。でもタケル、まだゴールじゃないぞ。美食三銃士にもらったメモによると……」

 

「あ、やっぱりハチミツを見つけてたのは、美食の人たちだったんだね」

 

 探索者の、穏やかなほう――ミコトが、しっかりと畳まれていたメモを取りだして、それを読み上げる。

 彼らにダンジョンのハチミツの採取方法を伝授したのは美食三銃士という探索者たちだった。

 桃子は静かに彼らのそばに立ち、懐に隠れているヘノとともに、その読み上げの声に耳を傾ける。

 

「――蜂の巣の上部に、色が変わっていて層の薄い箇所があるから、そこを刀剣で四角く切り抜く、だそうだ」

 

「層の薄い箇所……か。足を使って探すしかないな」

 

「ハチミツってそんな取り方するんだ……?」

 

 もはや、桃子にはさっぱり理解できないダンジョンハチミツだが、あの美食三銃士がそう言うのならばきっとそれが正しいのだろう。

 桃子はすでに考えることをやめているので、特にこれ以上疑問に思うこともなく、剣を構えて蜂の巣の上を探索するタケルたちの後をついていく。

 

「ミコト、ここはどうだ? 何となく、色が違ってるんじゃないか」

 

「……そうだね、試してみよう。ミツロウとハチミツの層があるから、ミツロウごと袋に入れて持ち帰ること、らしい」

 

「はぁ……くそ、魔物の巣に剣を入れるのか。ここまで来たら、死なば諸共……だな」

 

「よし桃子。袋だ。袋を出そう」

 

「おっけー! よいしょ、よいしょっと」

 

 タケルとミコトの二人は、決死の表情で蜂の巣の屋根部分に刃を入れていく。当然だ。彼らはいま、逃げ場のない高所で、魔物の巣に刃を突き立てているのだから。

 一歩間違えれば、間違いなく彼らの元には冷酷な"死"が訪れるだろう。これはまさに、命がけの採取なのだ。

 決してこれは『大好きな妖精と一緒に楽しむ、うきうきハチミツ採集ツアー』などではないのだ。

 だから、まさか。

 大きな袋を手にして、うきうき気分を隠そうともしない成人女児が目の前で笑顔を見せているだなどとは――夢にも思わないのだった。

 

 もし、桃子の姿を視認できる柚花や檸檬といった人間たちがこの場にいたならば。

 恐らくは、非常に味わい深い表情を見せてくれたに違いない。

 

 ザクリ、ザクリ。

 タケルとミコトの二人は、ゆっくりと剣を入れていく。魔物を刺激しないように。魔物たちに気付かれないように。

 そして次第に、刃がするりと抜けるようになり。

 周囲に、甘い香りが漂い始めた。

 

「わーい、やったねヘノちゃん! ハチミツたっぷりだよ!」

 

「こいつら。最初は心配だったけど。なかなか。いい探索者たちだな」

 

「あはは、ヘノちゃんったら」

 

 タケルたちが、ハチミツを切り分けて袋に入れていく横で、桃子とヘノはうきうきで小躍りを見せていた。

 初めは弱そうな人間としてしか彼らを見ていなかったヘノですら、ハチミツを入手したその功績を讃えている。

 もっとも、相変わらず死を間近に感じている彼らには、この喜びは一ミリたりとも伝わってはいないのだが。

 

 タケルたちがハチミツを一通り袋にいれたら、今度は桃子の番だ。

 こんなこともあろうかと、リュックには調理用の包丁も入っている。マヨイガの台所から持ち出した包丁は、べたつくハチミツを、周囲の分厚いミツロウの層ごと切り落とし、巨大なブロック状のハチミツが手に入る。

 ハチミツはある程度結晶化しているようで、思いの外しっかりと形を保ったまま入手できた。

 

「よし桃子。ハチミツをたっぷり袋にいれて。あとは――」

 

 そして、桃子が袋に包んだハチミツを、リュックにしっかりとしまい込んだところで。

 ヘノの言葉が、途切れる。

 ヘノが無言で、ツヨマージを現出させ、その手に構える。

 

「……ヘノちゃん?」

 

「まいったな。調子にのって。飛んでる蜂を。落としすぎたかもしれないな。人間たちに。謝らないとな」

 

「え?」

 

 どこからか、モーターのような音が聞こえてくる。

 それは、一つや二つではない。

 

「蜂たちに。ヘノが邪魔をしてること。気付かれたぞ。桃子。気をつけろ」

 

「えっ?!」

 

 モーターのような音。

 それは、巨大な蜂の立てる羽音である。

 

 桃子が顔をあげて、みたものは。

 激しい羽音を立てながら、この開けた空間中を飛び回る――巨大な蜂の、大群だった。

 

 

 

 

 

 一方。地上では。

 蜂の大群に先んじて、アリの大群との熾烈な戦いが開始されて――は、いなかった。

 

「とりあえず、近くのアリの巣穴は全部、封印したよぉ」

 

「まだ、地面の中には大量のアリがいるけれど、しばらくは安全なのでは、ないかな?」

 

 地の底から湧き出ようとするアリの大群。もしそれらが現れれば、弓使いのヤマトを守り通すことは不可能だ。

 ノンやリドルのような妖精がともに戦おうが、数の暴力から一人の人間を守り通すというのは、難しい。

 そこで、ノンが選んだ手段は『穴の封印』だった。

 

 地の底にアリの魔物が多くいるからと言って、何もわざわざそれを相手取る必要などないのだ。

 あくまで、今回の目的は人間である『草薙』の三人を守り、そして桃子とヘノによるハチミツ採取の時間を稼ぐことが、今回の目的なのだ。

 なので、ノンとリドルは、手当たり次第に穴を閉ざして回ることにした。

 

 既に穴から這い出てきたアリは、ドワーフが駆け回って撃退していく。

 その間に、ノンとリドルが穴を封印する。さながら、モグラ叩きのような戦いだ。

 決して、全てのアリを倒したわけではないし、アリの巣穴など時間をかければ別な場所に新たに作られるだけである。

 けれど、時間稼ぎとしてはこれで十分だった。

 

『ふう、助かった。ノンどの、リドルどの』

 

『面白かった! 面白かった、ねー!』

 

 モグラ叩きならぬアリ叩きを延々続けていたドワーフが、敵の攻勢が一息ついたところでノンたちと合流する。

 少しばかり肝は冷えたけれど、結果的にはアリの脅威を防ぐことができた。

 その間、ドワーフたちは空を飛ぶハチに対してなんのアクションもとれなかったが、そちらはヘノやフラムがどうにかしてくれたようだ。空を飛ぶハチは思いの外少なく、あとは桃子たちがハチミツを持ち帰るのを待つだけで無事に終了だ。

 

 少なくとも。薬草の妖精が『異変』に気付き、警告をしに降りてくるまでは。

 皆が、そう考えていた。

 

「ククク……残念ながら、安心していられる状況では、なさそうだねぇ……」

 

「ルイ? どうしたんだよぉ」

 

 アリの巣を封印し終えたばかりのノンがルイの言葉に振り返る。

 薬草の妖精ルイは、火の妖精フラムとともに、遊撃として魔物と戦っていたはずだ。

 そして、ノンだけではなく、リドルにドワーフも振り返り。そして、絶句する。

 鳴り響くモーター音――いや、巨大蜂の羽音が爆発的に増えていることに、今になってようやく気付く。

 

「ごめん! 調子に乗って蜂を落としてたら! アタシが邪魔してることに気付かれちゃったみたいだ! 人間たちに、謝らないと!」

 

 フラムが謝罪とともに叫ぶ声も、鳴り響く羽音に溶けていく。

 その数は、十や二十をとうに超えている。それだけの数の、大群となった蜂が、いま。

 群をなして、蜂の巣から姿を現すところだった。

 

「くそっ! くそっ! タケル! ミコト! どうにか……!! だ、誰か! 誰か……!!」

 

 異変に気付いたのは、ドワーフたちだけではない。

 ずっと真上を見上げ、様々な補助アイテムを駆使してハチをおびき寄せてきたヤマトは、一番初めにその異変に気付いていた。

 そして、それと同時に。

 これが、自分の手に負えない事態だと言うことを、理解してしまった。

 

 

 

 

 

 そして、崖の上では。

 

「ここまで来て……! とにかく、降りないと、降りないと駄目だ……っ」

 

「くそ……すーちゃんの、せめてすーちゃんの薬を下に……! ヤマトが、ヤマトが持ち帰ってさえくれれば……!」

 

 タケルとミコトが、ハチに囲まれていた。 

 ビルほどの高さに位置する蜂の巣の上で、たった二人の人間にはもう、どうすることも出来ない。

 彼らにできたのは、力の限り。愛する妹を救うための『ハチミツ』の入ったリュックを、遙か下の大地へと投げ落とすことだけだった。

 

「ヘノちゃん、どうしようっ」

 

 無論、タケルとヤマトは生きるのを諦めてはいない。ただひたすらに、剣を振り回し、襲い来るハチと戦っている。

 そしてもちろん、【隠遁】で姿を消している桃子もまた、彼らを守るために戦っていた。

 

「困ったな。これだけ蜂が多いと。面倒くさいな」

 

「えっ?! あ、これ、面倒くさい程度で済むの?」

 

 彼らが未だ無事なのは、ヘノが空間に強風を吹かせてハチの飛行を妨害しているからだ。だが、ヘノとしては、こんなのは本気の戦いではない。

 ヘノが本気を出せば、この場にはもっと強力な嵐が吹き荒れ、偵察のハチなどいくらやってきても敵ではないだろう。ただし、その場合は人間たちに気付かれるのは当然として、彼らが風に巻き込まれないという保証はない。

 ヘノは、空中戦で自分だけならハチたちにも負けはしない。けれど、状況的には手詰まりを感じていた。

 

「困ったぞ。ものすごく。面倒くさいぞ」

 

「と、とにかくさ! ヘノちゃんは、風をそのまま吹かせててね! こっちはこっちで頑張って戦うから!」

 

 ヘノは、戦う桃子たちを見ながら考える。

 蜂から桃子一人を守りきることは容易いことだ。

 いっそ、桃子と共にこの高さから飛び降りてしまえば、下から吹かせる暴風で落下の勢いを弱めることで、無傷で着地できるだろう。

 だが、ほかの探索者は別だ。彼らは【隠遁】で守られてはいない。風で吹き飛ばし、強引に落下させることは出来るだろうが、その瞬間にハチに強襲されてしまえば、彼らは無事では済まない。

 このまま時間稼ぎをしていれば他の妖精たちが助けに来てくれるかもしれないけれど、それまでの間、弱い人間の男二人を守りきれる保証もない。

 

 ヘノの頭のなかで、ぐるぐると考えが回る。

 頭のなかで、カレー、ハチミツ、おにぎり、うどん、デーツ、カレー、カステラ、メープルシロップ、ホットケーキ、そしてカレーがぐるぐる回る。

 そして、ふいに。

 考えて、考えて、考えた末に。ヘノの頭の上に、電流が走った。

 

 ――とは言っても、ヘノがビリリと何かを閃いたわけではない。

 実際に、ヘノの頭の上を飛ぶ蜂が、カミナリのような電流で瞬時に焼き尽くされたのだ。

 

「わ、わあ! ヘノちゃん、下! 下みて!!」

 

「あいつら。来てくれたのか」

 

 桃子の声に従い、ヘノは遙か下の地面を覗き見る。

 そこには、先ほどまでいなかった二人の人間がいた。

 一人は、金と黒の二色の髪の毛を後ろで縛った、大きな弓を持つ人間の女。彼女が放つ矢はビルほどの高さもものともせずに巣の上を飛ぶ蜂たちを射落とし、タケルとミコトを救い出していた。

 そして、もう一人。

 二つの剣先から、ビリビリとカミナリを出しては、蜂の大群をまとめて感電させている人間。

 それが誰かなど、考えるまでもない。

 

 

 

「世界魔法協会の調査員です! 探索者の方は、すぐに避難してください!」

 

 彼女は――柚花は、堂々と。世界魔法協会の名の下に。

 ひたすらに、蜂の大群を撃ち落としているのだった。

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