ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
【草薙チャンネル コメント抜粋】
:今日はコメント少ないと思ったけど、視聴フィルタ入ってるのか?
:下層へのチャレンジだからね。いまここに書き込んでいるのは、ある程度実績のある探索者か、ダンジョン関係者だけなはず。
:蜂の巣に登りはじめたあたりから、画面のノイズがひどくなってきたな。もう殆ど映らなくなってるぞ。
:地上に残ったヤマトのカメラもちょくちょくノイズが走ってるし、これはドワーフじゃなくて、魔物の巣による魔力溜まりの影響だろうね
:巣を作る魔物っていうのはよくよく考えると稀少だ
:心配になってきた
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:おいおい、大丈夫か? 蜂が増えてきてないか?
:ハチミツよりも、頼むから自分の命を優先してくれよ
:(サポートパーティより)ここにコメントという形で伝えさせてもらいます。世界魔法協会から派遣された探索者と合流し、俺たち間もなく蜂の巣に到着します。
:は?
:(サポートパーティより)たまたま第四層の調査の仕事があったらしく、事情を伝えたら草薙の三人のヘルプに行ってくれるそうです。
:マジか! 神だ! 魔法協会の派遣ってことは、高位の魔法使いか!
:(サポートパーティより)あ、来てくれたのはタチバナと、あと知らない大弓使いの女の人です。めっちゃ強そう。
:おお
:タチバナってあの、カムイダンジョンの奇跡のタチバナ? 本当に魔法協会の仕事を受けてるんだな。
:魔法協会なのに弓使い派遣するのか? いや、助けになるなら誰でもいいか。
弓使いの探索者、ヤマトは巨大な蜂の群れを前にして、脳裏に一年前の出来事がよみがえる。
その日は、何の危険も無い鉱石発掘の依頼をこなしていたはずだ。しかし、そこに予想もしなかった落盤事故が発生し、仲間のタケルとミコトの二人が岩に挟まれ意識を失い、血の匂いに誘われた獣人に囲まれ、ヤマトもまた、危機に陥った。
その時、ヤマトは何も出来なかった。
今にして思う。冷静に立ち回りさえすれば、房総ダンジョンの獣人相手ならば自分だけでもどうにかなったかもしれない。けれど、パニック状態だった自分は獣人相手に何もできないままだった。
もしあの時ドワーフが助けてくれなければ、自分は、今ここにはいなかったかもしれない。
そして今。同じ状況が訪れてしまった。
目の前には、巨大な蜂の群れがいる。自分だけなら逃げられるかもしれない。けれど――仲間を見捨てて逃げるわけにはいかない。
「け、けどな! 俺だって……あの時より、強くなったんだ……!!」
あれから、何もしなかったわけではない。
とにかく、自分を鍛えた。ベテランの弓使いに教えを乞うた。そして、努力の甲斐あり、仲間を助けられるスキルを手に入れることもできた。
射る。
射る。
彼の矢は、敵に通じているのだ。間違いなく、巨大な蜂を一体、また一体と屠っているのだ。
あの時より、自分は強くなったはずなのだ。
ドワーフへの恩に報いようと。幼い頃、自分たちを助けてくれた探索者たちの背中に近づこうと。そして、自分たちの愛する妹を今度こそは守り通そうと。
そう、仲間で誓ったのに。
大量に押し寄せる蜂を前に、彼の矢だけでは、あまりに力不足であった。
「くそ……くそぉ……ごめんな、すーちゃん……」
心が、折れかけたその時――破裂音とともに、視界が白く染まる。
反射的に目をつむる。そして再び目をあけたときには、目の前に迫っていた巨大な蜂の群れは焼き尽くされていた。
それに理解が及ばず、唖然として硬直していたヤマトに向けて、若い少女の声がかけられる。
「世界魔法協会の調査員です! 探索者の方は、すぐに避難してください!」
「は……? タ、タチバナ?!」
それは、房総ダンジョンに所属する探索者の中で、知らぬものはいないほどの有名人。
配信者タチバナ――いや、今はもう、女子高生の身ながら世界魔法協会の仕事を請け負っているという、高ランクソロ探索者のタチバナが、そこに立っていた。
電撃は、彼女が放った魔法なのだろう。ヤマトの考える一般的な魔法とは一線を画すその威力に、彼はただ、呆然とするしかない。
「……呼び捨てされるほど仲良しになった覚えはありませんが?」
「あっ、いや、すみません! タチバナさん、実は蜂の巣の上に俺の仲間が――」
「把握してます。残りの二人も私たちがどうにかするので、あなたは退避してください」
「で、でも……」
見てみると、タチバナの後ろにはもう一人の人物がいた。
タチバナと同じくらいであろう若い女性が、大弓を上空へ向けて構えていた。まるでリズムを刻むように、遥か高みを飛び交う巨大蜂たちに次々と矢を射続けている。
弓使いの端くれであるヤマトは、それを一目見ただけで理解できた。彼女は、自分より明らかに格上の弓使いだ。
ならば、ただの格下の探索者でしかない自分は……彼女たちの足手まといにならぬよう、この場から離れるべきなのだろう。
「はっきり言いますけど、あなたは足手まといで、リスクが増すだけなんです。迷宮の通路にサポートパーティも待機してるので、そこに合流してください」
「……すまない、ありがとう」
礼を伝えて、ヤマトはそそくさと、通路へと駆け出していく。
拳を強く握りしめ。歯を食いしばり。己のふがいなさを噛みしめて。目指すべき頂にいる存在を、その強さを、しかとその目に焼き付けて。
悔しさに顔をゆがませながらも、前を見続けることをやめないヤマトの背中を。ドワーフだけが、最後まで優しく見守り続けていた。
「……タチバナさんって、本当に他人に対してトゲトゲしてんだね」
「そりゃそうですよ。他人相手に下手に優しい顔なんか見せて、調子に乗られたら嫌じゃないですか。探索者なんてみんなケモノですよ」
「アタシたちも探索者なんだけど」
「私たちもケモノですよ。否定はしません」
ヤマトが立ち去り、そして空中を飛び交う蜂の数がある程度減ってきたところで、弓使いの少女である檸檬が、柚花に振り向いて声をかける。
檸檬は尾道ダンジョンの弓使いであり、紆余曲折を経て、今ではりりたんの使い走り――もとい、雇われ探索者となっている。
柚花とも共闘する機会に恵まれており、柚花にとっては唯一の『自分と境遇が近い、言いたいことを言っても許される対等な相手』と呼べる人物だ。
桃子と違い、檸檬に対しては上下関係も愛慕の情もないため、柚花は檸檬に対して取り繕うことはない。他の探索者に向ける過剰な棘を、隠そうともしない。
「それでも私は、先輩の笑顔だけを狙うケモノでいたいって思ってます」
「アンタ、愛が重すぎるタイプって言われない?」
「うぅ……も、桃子さんへの愛が重い柚花さんは、情熱的で、素敵ですねぇ……」
「ニムちゃんは、本当にタチバナさんのこと大好きなんだね」
そして、柚花の肩にひしとしがみついているのは、彼女のパートナーである水の妖精、ニムである。
檸檬は柚花にくっつくニムの姿を見て、ほんのりと頬をゆるめる。学校では一匹狼の腫れ物扱いをされている檸檬とて、このように可愛い存在は愛おしく思うし、好きなのだ。
「檸檬さん、可愛いニムさんが羨ましいですか? 可愛らしい感情が漏れ出てますけど、私のニムさんですから、あげませんよ?」
「あー、くそ。こっち見んな見んな」
「うぅ……わ、私を巡って争いが……うぅ……うぅぇへへへ……」
柚花に茶化されて、顔を背けるように檸檬は再び空に向けて矢を構える。
が。外に出てきた蜂は、上空を吹き荒れる暴風によって、すでにその全てが煤と化していた。
同じく空を見上げた柚花もまた、冗談を言い合うのをやめて、その瞳に魔力を宿す。
「巣ひとつ分にしては、あきらかに蜂の数が少なかったのが気になりますね。まあ、楽なのでいいですけど……」
彼らが苦し紛れに落としたであろうハチミツの入ったリュックは、ドワーフとほかの妖精たちが回収してくれたようだ。
目的の品を採取して、魔物もいなくなった。あとはあの高所にいる探索者たちが降りてくるのを待つだけだ。
そしてしばらく蜂の巣を見上げていた檸檬は――信じられない光景を目にすることとなる。
「え、ちょ……あの、あれってアタシの見間違いじゃないよね?」
檸檬は、自分に見えているものが何かの間違いではないかと、柚花に問いかけた。
「いえ、私も見えてますよ。遙か上に『風で吹き飛ばされて、必死で蜂の巣にしがみついている人たち』がいますね」
見間違いではなかった。遥か上で、探索者たちが転落の危機に陥っている。
しかも、彼らを追い詰める強風の発生源は敵ではなく、恐らくは味方側の妖精だ。
「あの、あれはなに? 助けなくていいの?!」
「ヘノ先輩のことですから、怪我なく風で受け止めてくれますよ。やり方がちょこっと強引ですけどね」
「あれって『ちょこっと』とかいうレベル?」
檸檬は、口元を引きつらせながら、改めて上空に視線を向ける。
探索者たちは必死で蜂の巣にしがみついている。なんなら、ここまで彼らの絶叫が聞こえる。あれは『ちょこっと強引』の一言で済ましていいのだろうかと、檸檬は疑問に思う。
しかし、檸檬の困惑も仕方がないだろう。暴風に吹き飛ばされ、蜂の巣にしがみついて絶叫をあげているのは、タケルとミコトの二人だけではないのだから。
「ねえ、桃子ちゃんも蜂の巣にしがみついてジタバタしてるけど? タチバナさん、桃子ちゃんを守りに来たんじゃないの?」
「ヘノ先輩があれをやってるなら、信じて大丈夫です。多少エキセントリックすぎるところはありますけど、決して先輩を害する子じゃありません。それだけは、絶対です」
「エキセントリックって……」
「はぁ……ジタバタしてる先輩、可愛いなあ」
成人男性二人と、女児一人。
暴風に負けた三人は、とうとう宙に放り出されて悲鳴を上げながら落下する。
そして、下から吹き上げる暴風によって雑に受け止められ、風でもみくちゃにされながらも最後は怪我もなく地面に着地する光景を。檸檬はただ、どん引きしながら眺めていた。
檸檬は確信した。
妖精の関係者は、みんなどこかおかしいんだな、と。
なんだかんだで大変な目にあったハチミツ採集を終えて。
あのあと、どうにか無傷のまま保護されたタケルとミコトの二人は、すぐ近くまでやってきていたサポートパーティと合流し、無事に上層へと戻っていくことができた。
二人とも謎の精神的ダメージでしばらく呆けていたが、そちらは時間が解決してくれるだろう。
そして、桃子たちは――。
「ふふふ。お疲れさまでした、ももたん。それにドワーフさんも」
『おお、魔女どのか。相変わらず美しいドレス姿なのだな』
「あれ? 二人とも知り合いだったの?」
「もちろんですよ。りりたん、これでもドワーフさんや萌々子さん、それに人魚姫には誕生の一端を担った責任がありますから、ケアは欠かしていないのですよ?」
「そうなんだ」
帰還した妖精の国、ティタニアの間では、漆黒のドレスを着た人間の少女がティタニアとともにお茶会の真っ最中だった。
言うまでもなく、それはりりたんだ。今回助けてくれた檸檬の雇い主である。
「さてももたん、今回はどうでしたか?」
「どうって、うん……死ぬかと思ったよ」
声をかけられた桃子はりりたんに笑顔を見せながらも、どこか疲れた顔をしている。
この疲れは、決して魔物によるものではない。もちろん、高所への登攀や魔物との戦いも疲れなかったわけではない。けれど、最後にそこから風で突き落とされる恐怖体験のほうが、圧倒的に桃子の精神にダメージを与えていた。
「桃子。大げさだぞ。蜂はそれほど。強くなかっただろ」
「いや、私を殺しかけたのは別な相手なんだよね」
「そんなやつ。いたか?」
完全によくわかっていないヘノを、桃子は少しだけ雑に鷲掴みにして、そのほっぺたをぐにぐにとつついていた。
りりたんはその様子を見て楽しげに目を細めてから、次はその後ろにいる人間へと声をかけた。
「れもたんも、お疲れさまでした」
「アタシは別に、大したことはしてないけどね。活躍してたのはタチバナさんだよ」
「私は檸檬さんを派遣してもらえて助かりましたよ。人が戦ってる時間も優雅にお茶会を楽しんでいた、檸檬さんの雇い主には文句を言いたいですけどね」
「ふふふ。私は下層にはあまり踏み込めないひ弱な体ですので。今回は無理せず、お茶会を楽しませてもらっていたのですよ」
今回の柚花と檸檬の登場は、りりたんも一枚噛んでいた。当然ながら、柚花たちが『魔法協会の仕事』として堂々と第四層に潜る大義名分を手に入れたのは、柚花一人の力ではない。
今回は、桃子を見送ったあとに柚花がりりたんに助力を求め、りりたんはクリスティーナに一方的に話をつけた。檸檬は一人でダンジョンに潜っていたところをりりたんに誘拐された、ただの巻き添えだ。
柚花とりりたんは、互いに軽口を叩きあっている。女王の間で、先代女王のネーレイスに対して軽口を叩けるのは、現役で学校の先輩である柚花だけの特権だろう。
だが、今日は珍しくそこに、別な声が挟まる。
『お母様はこんなこと言ってるけど、ずーっとアナタたちのこと心配して千里眼で覗いてたノヨ! あなたタチが帰ってくるから、格好つけてお茶会を始めたノヨ!』
「あれ、そうなんですか?」
りりたんの眷属として存在している、紅い翅を持つ妖精、ルビィ。
どうやら彼女も一緒にお茶会に参加していたらしく、親友たるティタニアの横の席をしっかりとキープしていた。
「ちょっと、ルビィ。お静かに」
『だって、お母様は格好付けてるだけで、本当はちゃんとこの子たちを心配していたっていうこと、分かってほしいんだモノ!』
「ちょっと、ちょっと。ティタニア、ルビィを捕まえておいてください」
「はい、お母様」
『ムグー!』
そんな、妖精女王たちの母娘漫才もまた、りりたんが妖精の国を訪れるようになってからは珍しくはない光景だ。りりたんがやってくると必然的にルビィも姿を現すので、女王ティタニアが屈託ない笑顔を見せる頻度が増えている。
そして――。
そんな光景を静かに眺めている一人の少女に、桃子が声をかける。
「檸檬さん。今日は本当に、来てくれてありがとうね」
ティタニアとルビィの姿を、檸檬はぼんやりと眺めていた。
彼女は妖精の加護を受けた人間ではないが、りりたんの身内として、女王の間への入室を許可されている。
先ほども『なんだか物珍しい来客』として小妖精に囲まれていた檸檬だが、そのときは困惑しつつも嬉しそうな表情を浮かべていたのを、桃子は目撃している。
「アタシは……魔女様の指令通りに動いただけだからさ。桃子ちゃんに礼を言われるほどのことは何もしてないっていうか……」
「ううん、そんなことないよ。ありがとうね、檸檬さん」
「いや、アタシは別に、ぶっちゃけ居なくても結果は変わんなかったと思うよ?」
「ううん、そんなことないってば。ありがとうね、檸檬さん」
強い。
桃子の笑顔が強い。
檸檬はこの小さな少女の圧の強さに困惑し、柚花に助けを求めるように視線を向けるが、柚花は軽く首を横に振る。
「檸檬さん、先輩のお礼は素直に受け取った方がいいですよ。こういうときの先輩は、こっちの話を聞いてるようで聞いてませんから」
「あはは、柚花もありがとうね!」
「お礼は愛情たっぷりのハグでいいですよ」
「うん。じゃあ、ハグしちゃう。更におまけで、何でもお願い聞いてあげる!」
「カレーだぞ。桃子。ハチミツカレーだぞ」
「じゃあ、ハグしたらハチミツたっぷりのカレー作ってあげるね」
「先輩、ヘノ先輩のリクエストと私のリクエストを混同してませんか?」
『カレー? ハンバーグ? ハチミツ?』
『こら、ルゥ。母上たちはハンバーグの話をしておるのだ。邪魔をしてはいかんぞ』
「なんなのこの空間。みんな会話が噛み合ってないじゃん……」
自分を連れて来たりりたんは、娘だという妖精女王、そして眷属のルビィとともに楽しげに笑っている。
同じ人間であるはずの桃子と柚花は、会話が噛み合う気がしない。妖精たちは言わずもがなだ。
檸檬は一人、取り残されて。自分が入り込めないこの空気に、ちょっとした恐ろしさを感じて。
けれど――不思議な懐かしさとともに、その暖かい光景を眺めているのだった。