ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
車窓から見える夜の町並みを眺めながら、桃子と柚花は帰りの電車に揺られている。
この日は早くから第四層へと潜り、蜂と戦い、そして妖精の国ではホットケーキの立食パーティを開催し。
そして最後に、りりたんから衝撃的な話が飛び出した。
桃子はその話を思い出し、沈んだ気分を隠そうともせず、小さく呟く。
「やっぱり房総ダンジョンも、危険な場所なんだよね」
「そりゃそうですよ。でも、大丈夫ですよ先輩。なんだかんだで、どうにかなりそうな話だったじゃないですか」
「それはそうだけどね」
りりたんから聞かされた、房総ダンジョンの話。
中学生の頃からずっと入り浸っていたダンジョンに、近い将来訪れるかもしれない、危機。
それを思うと、さすがの桃子でも気分が沈んでいた。しっかりとスパイスの利いた料理でも食べないことには、気分は上がりそうにない。
隣の座席に座る柚花が、桃子を元気づけるように、桃子の手を握る。
暦はすでに十月半ば。そろそろ肌寒い日が増えてきた季節において、柚花の手の温もりは桃子の心を包み込むように、落ち着かせてくれた。
「先輩の手、相変わらずちっちゃいですね」
「もう少し大きければ、掴み取りとか有利だったんだけどね」
何を掴み取るつもりなのかという疑問を脇に置いて、柚花は会話を房総ダンジョンの話へと戻す。
「たとえ万が一、第四層に特殊個体が出たとしても、上層まで影響するとは限りませんよ。それこそ、香川ダンジョンなんて下層に牛鬼がいたにも関わらず、第一層はうどんマーケットでしたからね」
「うーん……それに関しては香川ダンジョンが特殊すぎるんじゃない?」
「房総ダンジョンも特殊性としてはどっこいですからね?」
柚花の言う通り、仮に房総ダンジョンの下層に特殊個体が現れたとしても。それで第一層や第二層がいきなり危険な環境と化すわけではない。
それこそ香川ダンジョンなどはずっと昔から牛鬼という脅威に晒されていたというのに、第一層は人間のための観光地と化していたのだ。
もちろん、第三層で化け狸たちが牛鬼の侵攻を防いでいたという要因も大きいのだけれど、それにしてもダンジョン内に『うどんマーケット』は常軌を逸している。
香川ダンジョンのうどん愛の強さに、桃子はつい、重たい気持ちを忘れて笑みを浮かべてしまう。
「それに、先輩。私たちがすんなりと『例の作戦』を成功させれば、今まで通りなわけですからね」
「そうだね。そのときは……頑張ろうね!」
電車が駅に到着すると、乗り換えのために多くの乗客が降り、それと入れ替わるように新たな乗客が乗り込んでくる。
先ほどまでは房総ダンジョンの探索者と思われる客層がちらほら目に付いた車両も、客が入れ替わった今では、探索者が乗車しているのかどうかもわからない。
「それにしても……先輩につい昨日『無茶をしないでください』って言ったばかりなのに、さっそく大事件ですもんね。もう少しゆっくり過ごせないものですかね」
「あはは、私たち、ゆっくりできない運命なのかもね。でもさ、次はみんなも一緒だもん。大丈夫だよ」
横に座る柚花の手をぎゅっと握る。
周囲から見れば、相思相愛で互いに信頼し合っている、仲のよい姉妹にでも見えたことだろう。どちらが姉に見えるかは、言わずもがなだ。
「それにしてもさ。魔物同士の縄張り争いだなんて、驚いちゃったね」
「そうですね。鎌倉ダンジョンにも似たような例はありますけど、それともまた違う、昆虫ならではの興味深い生態だなって思いますよ」
電車の走る音と、人々の喧噪のなか。
桃子と柚花の二人は、妖精の国で聞かされた話を思い起こし、感慨に耽るのだった。
時を遡る。
それは、夕刻。女王の間にて「房総ダンジョンに特殊個体が発生する」という、りりたんによる爆弾発言があったときのことだ。
りりたんは、全員の視線が集まったのを確認すると、房総ダンジョンについて大いに語り始めたのだ。
「そもそも、あの房総ダンジョンがほかの場所と比べて平和と言われているのは、『天秤』が釣り合っていたからなのですよ。他ならぬ、瘴気の存在――魔物同士の『天秤』が」
「魔物の、天秤……?」
「ええ。この房総ダンジョンの巨大な昆虫たちは、あの地の瘴気の支配権を求め、互いに争っていたのですよ。支配しきれぬ瘴気を魔物同士でぶつけ合っていた結果、人類への被害は最小におさまっておりました」
「ククク……つまり、縄張り争いというわけか。房総ダンジョンは他のダンジョンと比べても、瘴気が薄かったのは、そういうカラクリだったのだねぇ……」
「そういえば、カマキリとかいうのが! ほかの魔物を。倒してたぞ! 魔物のくせに、格好よかったぞ!」
「蜘蛛の巣に。小さいほかの魔物が。捕まってるのも。みたぞ」
ゴブリンや獣人といった魔物たちも、ある程度は自分のテリトリーを持っているはずだが、積極的に魔物同士で争う話などあまり聞いたことがない。
だが、りりたんの言葉を聞いた妖精たちが、こぞって頷いてみせる。彼女らは、思い当たる部分があったようだ。
魔物同士の縄張り争い。
それはおそらく、『大樹の根』に出没する魔物たちが、巨大な昆虫であることも関連しているのかもしれない。
「そして、この第四層の二大勢力が、アリと、蜂です。大地を支配する女王アリ、空を支配する女王蜂。その二体が、あのダンジョンの瘴気の支配権を争っておりました」
アリと、蜂。
どちらも、女王が中心となり、巨大な巣を作る社会性を持つ生き物だ。地上の昆虫の場合、その数は一つの巣につき数千から数万はいると言われている。
「ですが……どうやら、少し前からその『天秤』に、偏りがあるようですね、ゆかたん」
「ええ、そうですね。前々から『第四層の魔物の出現傾向が変わっているのではないか』とは言われてました。まさか、蜂があそこまで減ってるとは思いませんでした」
りりたんの言葉に、柚花が補足を加える。
蜂の減少。それは、桃子も薄々感じていたことだ。
ヘノを初めとした妖精たち、それに柚花と檸檬による援護によって、桃子たちに襲いかかってきた蜂は思いの外簡単に一掃できた。
しかし、普通に考えればそれはおかしいことなのだと、桃子ですら理解できる。
本来、あの巨大な蜂の巣に住まう蜂が、あれだけしかいないわけがないのだから。
「このまま行けば、蜂の勢力が敗北し、瘴気の支配権を得た女王アリは、『大樹の根』を――いえ、『房総ダンジョン』そのものを、己の領土とするでしょう」
女王アリの、一人勝ち。
それがつまり、りりたんの言う『特殊個体の誕生』ということなのだろう。
香川ダンジョンを裏から支配し続けた牛鬼のごとく。摩周ダンジョンを呪い続けた霜の巨人のごとく。
しかし、話を聞いた桃子はそこで、ふと。頭に浮かんだ疑問を口に出してみる。
「ええと……でも逆に言えば、まだ女王アリは特殊個体じゃない、ってことなんだよね? ならさ、今のうちにアリの女王を倒せばいいんじゃないの?」
「ふふふ。ももたんは良いところに気づきましたね。もちろん、女王アリを叩けば、それが特殊個体へと進化することは防げるでしょう」
りりたんが、満足そうに微笑んで、話を続ける。
どうやら、この疑問が出てくるのは織り込み済みだったようだ。
「ただし。その場合は、天秤が逆になるだけです。女王蜂に瘴気の支配権が移り、空を支配する特殊個体が誕生するだけなのですよ。あの地の『天秤』はもはや、二者択一の状態なのです」
りりたんは、そこで一息挟む。
「ですから、叩くならば――」
桃子の目を見る。
柚花の目を見る。
「空と大地。私たちで、特殊個体と成り得るそれぞれの女王を――同時に、討伐します」
皆が、息を飲む。
魔物の女王たちは、未だ特殊個体ではない。しかし、ならば楽に倒せるのかといえば、そのようなことはない。
過去に『ヒトザト』を支配し、神獣たるギンロウを追いつめた、異形の大巨人。『蒼空』において、数千を超える魔鳥たちを使役していた、巨大な怪鳥。
特殊個体まで至らなかった、いわゆる準特殊個体と呼ぶべき魔物たち。しかし、それらもまた、決して人の力で簡単に倒せるような存在ではなかった。
それを、二体を、二カ所で。同時討伐だ。
桃子も、柚花も。その難易度の高さを想像し、黙り込む。
「空の魔物なら。ヘノにまかせろ。全部風で。吹き飛ばしてやるぞ」
「アタシも、虫なんか、全部炎で焼き尽くしてやるぞ!」
「こ、こわいですけど……房総ダンジョンは……ま、守りたいですねぇ……」
「ククク……仕方ない。昆虫に毒が効くかどうか、試してみるのも悪くないねぇ……」
しかし、黙り込む人間たちとは裏腹に、ヘノを始めとした妖精たちが次々に参戦を表明する。
ヘノなどはすでにツヨマージをびゅんびゅんと振り回し、やる気にあふれていた。
「じゃあ、大地の魔物は、私たちの出番だねぇ」
「なるほど。ボクたちの力で、あの地の地下に、第二のピラミッドを作り出すという、わけだね?」
大地に根付いた力を持つ妖精たちもまた、参戦を表明する。
女王アリが大地を支配する魔物だというならば、大地を操る彼女たちの参戦は、百人力と言えそうだ。
「リフィとクルラはこの場にはいませんが、きっと彼女たちも、協力を惜しむことはないでしょう。もちろん私も――協力は惜しみません、お母様」
そして最後に、ティタニアが決意を口にする。
女王ティタニアにとっても、桃子と柚花、二人の加護者が所属する房総ダンジョンというのは、特別な場所だ。
人間のためでもあり、それ以上に、ヘノとニムの笑顔のために。ティタニアは、協力を惜しまない。
「ふふふ。みなさん、やる気を見せてくださって、りりたんも嬉しいですよ」
りりたんは、妖精たちの決意に、満足そうに頷いて見せる。
「私たち妖精が戦う以上、人間の協力は最小限にせねばなりません。そのための戦力として、ゆかたん、ももたん。あなたたちを数えても、構いませんか?」
「……うん! もちろん!」
「もう、回りくどいんですよ。『ダンジョンを守るために、一緒に戦いましょう』って、ストレートに言ってくださいよ」
「ふふふ。ではゆかたん、一緒に戦いましょう?」
「ええ、もちろんです。他ならぬ、後輩の頼みですからね」
りりたん――いや、ネーレイスが差し出した手を、柚花はそっと手にとって。
ここに、女王同時討伐の作戦が、動きだした。
「……あの、一応聞くけどさ。アタシってどういう扱いなの?」
そして、りりたんと柚花が不敵な笑みを交わしているところに、一人の人間が声をかける。
それは、それまでその場に居ながらも、蚊帳の外にいた尾道ダンジョンの弓使い、檸檬である。
彼女は房総ダンジョンの探索者ではないし、実を言えばこの日もろくに話を聞かないままに呼び出されたため、房総ダンジョンの事情など全く知らない部外者だ。
彼女が知っているのは『房総ダンジョンにはハンバーグ好きなドワーフがいて、第一層がキャンプ場になっている』といった一般知識程度である。
だが、困惑する檸檬に向けて、りりたんはいつもの笑みを浮かべたまま、言ってのけた。
「ふふふ。空を飛ぶ女王蜂が相手なのだから、有能な弓使いは必須でしょう? 聞くまでもないではありませんか」
「……まあ、そうなるんだろうなって思ってたよ」
「がんばろうね、檸檬さん!」
悲しいかな、檸檬の意志はそこには全く考慮されず、りりたんの手駒として、すでに数に数えられていたようだ。
ここまで聞いた上で『不参加』などという選択肢は檸檬の中には端から存在していなかったけれど、意思表示の機会もなく、初めから強制参加が決定しているというのは、気持ちとしては複雑だ。
桃子は純粋に嬉しそうにしているが、柚花の視線は実に同情的である。
「檸檬さん、雇い主を今からでも考え直した方がいいですよ?」
「いやマジで、本当そう思うよ」