ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
桃子のいない平日のダンジョン。
この日、ヘノは第四層『大樹の根』へとやってきていた。ヘノの横にいるのは桃子ではなく、ドワーフである。また、その斜め上には大地の妖精ノンも飛んでいる。
りりたんが発令した、妖精たちによる蜂とアリの同時駆除。今回は、それに先駆けての偵察活動だ。
「ところでドワーフ。ルゥは。今日はいないのか?」
『うむ。ただの偵察とはいえ、魔物が多く潜むであろう巣窟にルゥを連れて入るのは、まだ危険かと思ってな』
「確かにな。あいつ。考えなしに。魔物の群れに。突っ込んで行っちゃいそうだしな」
第四層の偵察とは言っても、蜂の巣までの道のりは先日みたときと変化などはない。この日の目的は、地の底に棲む魔物たち――巨大なアリたちの住むアリの巣だ。
ドワーフは桃子の【隠遁】に近しい力を纏っているため、大半の魔物から身を隠すことができる。なので、空を司るヘノ、地を司るノンの二人と共に、まずは敵地へと潜入して様子を窺おうという魂胆だ。
無論、あくまで偵察なので、本格的な戦いは行わない。ヘノは少々物足りなさそうだけれど、それに関しては我慢してもらうほかない。
道中、ヘノの問いかけをきっかけに、三人の話題は氷の花から生まれた小妖精であるルゥについてとなる。
彼女は成長の可能性は秘めているものの、精神がまだ幼い。魔物の巣へと連れて行くには、危険が伴うと言わざるをえない。
「私から見れば、考えなし具合で言えばヘノも似たようなものだよぉ? すぐに、魔物に突っ込んでいくよぉ」
「ヘノは。そんなことしないだろ。ヘノは。倒すことを考えながら。敵に突っ込んで行くぞ」
「それを、考えなしって言うんだよぉ」
「なんだそれ。ノンはたまに。難しいことを言うな」
『哲学だな……』
ルゥの話をしていたかと思ったら、いつの間にかヘノの話になっていた。
はたして、考えながら敵陣に突っ込む行為は、考えなしなのか否か。
ドワーフは、そのようなある種の哲学めいたやりとりに感心しながらも、ずんずんと、歩みを進めていく。
平日というのは、探索者が少ない。
桃子と知り合うまでは、ヘノは休日と平日の概念など知りもしなかったけれど、今ならばわかる。探索者と言っても、地上では別な職に就いているものも多いため、必然的に平日にはダンジョンに潜れないという人間が多いのだ。
平日であるこの日も、第一層の賑わいは休日の半分以下となっており、第四層までやってきている探索者などはいなかった。
「これが。魔女が言ってた。アリの巣か」
人間のいないダンジョンを、三人は進んでいく。木の根やゴツゴツした岩壁を越えて進んでいるが、しかし具体的な目的地はない。
厳密には、至る所に目的地――アリの巣へ続く巣穴があるために、ただ一番手近な場所に空いている穴へと目指していただけだ。
そしてヘノたちの向かった先には、地面に巨大な穴が空いていた。
それはしかし、ただの"穴"と呼ぶには立派すぎた。直径にして三~四メートルはありそうなぽっかりとした穴――いや、これはもう、一つの立派な洞窟だ。
そう、まさにこの第四層の世界内に、もう一つの別の洞窟が口を開いているような不気味な感覚がある。
「そうだよぉ。地中にでっかい迷路みたいなのが続いてて、出口自体はここの他にも色々あるんだよぉ」
『なるほど。アリが神出鬼没なのも、そのような仕組みであったか』
今回ここに共に来ているのは、大地の妖精ノンである。
ヘノは、風を司るその魔力属性的に、地中に潜む敵というのは不得意である。
しかし、大地を司る妖精ならば、ヘノと違い地中でこそその力を最大限まで発揮出来るというものだ。実際、彼女は既に、アリの巣の全体構造を漠然と把握しているようだった。
『ここの穴はどうやらあまり魔物の数はいないようだが、奥に行くとどうなるかはわからんな』
「ここまで来たなら。少しくらい。入ってみるか」
「うーん……じゃあ、少しだけだよぉ?」
いくら【隠遁】状態とはいえ、魔物に存在が気付かれないという保証はない。
ドワーフは母親似の巨大なハンマーをぐいと両手に構えて、先頭に立ってアリの巣へと踏み込んでいく。
桃子の力で気付けばこの世に生まれ、房総ダンジョンの人々を守るのが当然と考えて過ごしてきたドワーフだが、彼とて緊張や恐怖がないわけではない。鎧の下に緊張の汗が流れはするが、しかし顔には出さずに一歩一歩、進んでいく。
そんな彼の緊張をほぐしてくれたのは、すぐ真横から聞こえる妖精たちの気の抜けるようなやりとりだ。
「でも、魔物と戦うのは絶対に駄目だよぉ?」
「わかった。戦わない。けどちょっとだけ戦うのは。駄目か?」
「戦うのは駄目だよぉ」
「じゃあ。攻撃してすぐ逃げるぞ。戦わないぞ。駄目か?」
「それはもう戦いだよぉ。駄目だよぉ」
『哲学だな……』
「哲学じゃないよぉ?」
『むぅ』
のんびりした雰囲気でおおらかなイメージが強いけれど、ノンは意外としっかりものである。ヘノが甘えるように頼んでも、駄目だという一線を決めた以上、そこから先は頑として認めない。
横で聞いていただけのドワーフは、まさか自分の呟きにまで反応が返ってくるとは思わず、大地の妖精の意外な一面に、喉の奥で小さく呻いてしまうのだった。
そして、ある程度奥まで入ったところで、いよいよアリの姿が増えてきたため、ドワーフたちは偵察を中止する。
あわよくば女王アリのもとまで進み、その姿を確認しておきたいところだったが、さすがに戦闘も行わない偵察だけでは女王アリへとたどり着くのは無理だったようだ。
『しかし、このアリの巣というのは、まるでダンジョンの中に別なダンジョンが作られているようだな』
「そうだねぇ。四層の下だけど、五層の上。なんだか、その中間に位置する階層みたいになってるよねぇ」
ドワーフは、来た道をUターンする中で、周囲の景色を眺めてぼんやりと呟く。
第四層『大樹の根』は、巨大な根と岩が組み合わさった形の、全体的には自然の通路と呼べる部位の大きいダンジョンだ。
更に、その地面の下に作られている、このアリの巣。ここは、『大樹の根』とはまた違う、完全に地面を魔物の力で掘り進めた、巨大な岩土迷宮となっていた。
岩と土のみで構成され、道幅は狭く、天井も低い。戦う際には、アリと正面切って力押しで戦う必要がありそうだ。
そして、この迷宮の難易度を上げているのは、なにもその構造だけではない。
「困ったな。この中。風の魔力がほとんどないから。風で戦うのが難しそうだな」
『属性……か』
ここは土の中であり、この内部に漂う魔力も、そして充満する瘴気までもが、大地に紐付いた力となっている。ヘノの命綱となる『風』がまったくないため、これは、妖精達が戦う上では大きなネックとなるだろう。
少なくとも、ヘノにとっては相性の悪い空間であることは間違いない。
「うーん、ヘノはアリの巣じゃなくて、蜂の巣のチームに行った方が良いと思うよぉ?」
『それが良い。そもそも、空を舞う敵が相手ならば、風の妖精たるヘノどのの力が一番必要となるだろう』
「でも。桃子は多分。アリの巣に来るだろ。困ったぞ」
戦闘場所の相性問題。これは実は、ヘノと桃子にとっては大きな問題である。
ヘノは言うまでも無く、自由に高速で飛び回る、空中戦に特化した妖精だ。だが、そのパートナーである桃子は、空を舞う敵に対する攻撃方法などは持っていない。むしろ、地面の敵に対して目一杯ハンマーを振り下ろすことこそが桃子の持ち味だ。
つまり、桃子は蜂ではなくアリ退治のほうが向いている。
「桃子さんは、私たちが守るから、安心してほしいよぉ」
大地の中のことは大地の妖精に任せるべし、これは実に真理である。
特に彼女――ノンは『守る』ための魔法が多く、一部の妖精のように唐突に理解出来ない行動に走ることもない。桃子を守ってくれるという意味では、間違いなく一番信用できる妖精だ。
ヘノも、ノンになら桃子を任せられると、心の片隅では理解している。だが、しかしやはり抵抗がある。桃子と離れるのは嫌だ。
「ヘノ、私たちを信じてほしいよぉ?」
『うむ。儂のこの髭を賭けてもかまわぬよ』
「ドワーフの髭なんかもらっても。嬉しくないし。賭けなくていいぞ」
『む、そうか?』
「まあ。仕方ないか。お前らなら。桃子のこと守ってくれるだろ。髭はいらないけどな」
何故だかこのあと、三人は周囲の様子を確認しつつ、ドワーフの髭について語り合いながら、アリの巣をあとにするのだった。
【フルーツ☆タルト所属 カリンの配信チャンネル】
パティシエのみんな、こんにちは! みんなのアイドル、カリンだよ!
今日は平日だからダンジョンじゃなくて自宅配信です! 自宅って言っても、今日はカリンの家じゃなくてクルミちゃんの家だけどね。
実は、今日はいまからクルミちゃんがホットケーキを焼いてくれます♪ はい、ここが台所ね。
あ、見てみてパティシエさんたち、これ最近の季節の新商品の朝食シリアル、美味しいって評判みたいだよ?
『ちょっとカリンさん、配信するなとは言いませんけど、台所うろうろするのやめてくださいよ』
『ごめんねクルミ。このおバカは私が捕まえておくから、そっちはお願いね』
『はい。じゃあカリンさんの身柄はリンゴさんが拘束しておいてくださいね』
ぎゃー、つかまったー!
せめて、せめてクルミちゃんがホットケーキ焼く姿くらいは撮影させてよおー。
えー? 駄目? 失敗したら恥ずかしい? そっか、それじゃあ仕方ないねえ。
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『できましたよー?』
お、待ってました! って、へー?
やるじゃん、クルミちゃん。
『あら、普通にうまく焼けてるわね。ほらカリン、ちゃんと配信カメラで撮影しないと駄目でしょ、おバカ』
おっと、忘れてた。はーい、これがクルミちゃん作のホットケーキになります。
そして……この……この……う……これがね……。
『え、カリンさん? なんで泣いてるんですか。ちゃんとメープルシロップも、カメラで撮影しましょうよ』
『ごめんなさいね、パティシエのみなさん。このメープルシロップ、カリンのとっても大切な相手からの贈り物なの』
うぐ……だ、だってえー……なんか、嬉しいのと、寂しいのとで、脳味噌が……こんがらがちゃって……。
シロップも、食べたらなくなっちゃう……の……やだなって……。
『「早めに食べるのヨ」って言われてたじゃないですか。カリンさんに食べて欲しいんだと思いますよ?』
『ほら、カリンの分のホットケーキ、温かいうちに頂きなさい』
うん、うん……。
わかった! ホットケーキに、シロップ全部かけちゃお!
『え?』
『え?』
あ、ごめん。二人もシロップかけたかったの? ごめんね、私、独り占めしちゃった!
あ、ほら、瓶にまだ数滴くらいはあるから、これ舐めてね!