ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「化け狸の皆様。この度は、お集まりくださりありがとうございます」
この日、女王の間には多くの来客が訪れていた。
普段は訪れることのない人間の探索者たち。房総ダンジョンの守護者であるドワーフ。そして、二十名近い二足歩行の狸たち。
妖精女王ティタニアはそのうちの化け狸たちに向かい、恭しく頭を下げている。
虹色の光を纏う蝶の翅を背負ったティタニアは、ヘノたちよりも大きな妖精だといえ、その体長は二十センチほど。化け狸たちからしてみれば、ごく小さな存在に見えるかもしれない。
けれど、化け狸たちには、この妖精女王ティタニアを侮るものはいない。それどころか、若い狸たちはティタニアの巨大な魔力量に押され気味で、とっさに挨拶すら返せなくなっている。
化け狸たちは、まるで星空のように美しく、そして青空のように澄んだ、妖精女王ティタニアの魔力を間近で感じていた。
しかし、その中で唯一、妖精達の女王にも臆せず元気に話しかける化け狸がいる。
「気にしなくていいっすよ! 妖精の皆さんにはお世話になってるんすから、ポンたちが協力するのは当たり前っすよ!」
「こらポンコ、まだティタニア様が話している所だろう」
「あっ、ごめんなさいっす」
真っ先にティタニアに声をかけたのは、化け狸の長の孫娘でもある、ポンコ。そのポンコに注意を促すのは、その父であるクヌギだ。
この父娘二人は他の化け狸たちとは違い、桃子も見慣れている人間姿を維持している。妖精たちとはこの姿での付き合いのほうが多いため、今回はこの姿でやってきたのだろう。
この妖精の国とも縁の深い彼らは、今回の魔法生物たちによる戦いの話を聞き、真っ先に協力を申し出てくれた。
「いえ、今はまだ人も揃っておりませんし、気楽にしてください。ワンコも、お久しぶりですね」
「キャン! キャン!」
ポンコの足下には、彼女が吉野ダンジョンで出会ったオオカミの子供であるワンコが、ティタニアの姿をみて嬉しげにはしゃいでいる。
ワンコはさすがに今回の戦いのメンバーではないのだが、一時期はこの女王の間で暮らしていたオオカミの子供だ。ティタニアに元気な姿を見せるために、ポンコが連れてきただけである。
ティタニアをはじめとした妖精たち。香川ダンジョンを守護する化け狸たち。そして、吉野ダンジョンの奥深くで隔離されていたオオカミたち。
一年前の今は、まだ。互いにダンジョンの繋がりを閉じ、交流のなかった各種族だけれど。
今はもう、互いの危機には真っ先に駆けつける、強い味方となっていた。
桃の木の妖精クルラは、この女王の間で見かけるのは珍しい人間たちとともにいた。
「んふふ♪ 和歌と女王様がお話してる姿は、なんだか不思議だったわ」
「和歌さん。こんな形であなたと肩を並べることになるとは思いませんでした」
「ウワバミ様。それにリュウくんも」
クルラがその肩に乗り寛いでいるのは、一見すると細身で、無駄な肉をそぎ落とした精悍な男性――クルラが幼少期から魔力の使い方を叩き込んだ弟子であり、今は蔵王ダンジョンを拠点としている日本有数の探索者パーティ『深援隊』のリーダーである風間だった。
そして、その目の前に立つ女性は、桃子に今回の作戦について伝えられ、参戦を表明した柿沼和歌だ。
風間と和歌は互いに浅からぬ仲であり、蔵王ダンジョンの存在する山村へ和歌が足を運んだこともあるけれど、こうして妖精の国で顔を合わせるというのは当然ながら、初めてだ。
「柿沼さん、桃子ちゃんは今はどちらなんですか?」
「あら、サカモトくん。桃ちゃんに手を出したら、鎧ごと爆破しますからねー?」
「ちょ?! 柿沼さん、挨拶、挨拶したいだけですって! 目が怖いですよ!」
「鎧さん。あなた、日頃の行いがダメダメ過ぎるんですのよ」
そして、風間とともにいるのは、この妖精の国においてもなお無駄に目立っている黄金色の全身鎧マンことサカモトと、深援隊のヒーラーであるオウカ。
この二人も様々な縁が絡み合い、和歌やクルラとは既知の仲だ。
「ところで四人とも、お酒はどうかしら?」
「わたくしとしては、非常に興味深い提案なのですが……」
「ウワバミ様、さすがに作戦決行前に飲酒は勘弁してください。オウカも乗るなよ」
「ウワバミ様、前みたいに鎧の隙間から酒を注ぎ込むのもマジで勘弁してくださいね。冗談抜きで死にますから」
「間違っても、桃ちゃんにはお酒を飲ませたりしないでくださいねー?」
この人間達は、四人ともがそれぞれの強さを知っている。そして、全員が歴戦の探索者だ。そこに、心配は無い。
他愛ない雑談を交わしながらも、四人共が。
これから訪れる戦いに向けて、その身に魔力を滾らせていくのだった。
「すご……でっかい狸が沢山いるじゃん」
女王の間をうろうろしている二足歩行の狸たちを先ほどからずっと眺めているのは、尾道ダンジョンの弓使いである檸檬。
彼女は今回も深潭の魔女ことりりたんの手駒として、本人の意思とは無関係に招集された立場である。
そんな彼女の視線の先には、香川ダンジョンからやってきた化け狸たちの姿がある。外見的には近づきがたい不良として見られがちであり、実際にトゲトゲしい対応で他者を寄せ付けない檸檬であるが、その感性は人並みだ。
あるいは、同年代の一般的な女子よりも感受性は強く、非日常を求める傾向にあるからこそ探索者を続けているのかもしれない。
そんな彼女だ。大きな狸たちが気にならないわけがない。
「檸檬さんも、彼らに頼んでハグさせてもらったらどうですか? 化け狸の皆さん、意外とみんな喜んでハグさせてくれますよ?」
「いや、さすがにそういうわけにはいかないでしょ。初対面でハグとか……」
「大丈夫、いけますって。あの方々はちゃんと水浴びもしてるので、なんなら本物の狸よりも清潔で獣臭さもないですし」
檸檬の横には、同じく人間である柚花が立っていた。
同年代の女子である柚花には、檸檬の視線の意味するところが会話を交わさずとも理解できている。可愛らしい動物を、触りたい、撫でたい、抱きしめたい。【看破】など使わずとも察することができる、柚花にしても当然の感情だった。
「私なんて、化け狸の長とは会うたびにハグしてますけどね?」
「え、マジなの?」
外見に似合わず常識的な檸檬が驚くが、柚花はしれっとしたものである。
檸檬の中で、柚花のイメージが『ちょっと普通じゃない女の子』を通り越し『妖精の一味』へと変化しつつあるが、それもまた仕方の無いことだろう。
なにせ、事実なのだから。
「おまたせー! 皆さん、カレーです!」
どれくらい経っただろうか。集まった人間や化け狸たちが思い思いに交流を図っていた室内に、元気な少女の声が響く。
それは当然、この場の人間全員と繋がりのある、見た目は子供な成人女児、桃子の声だ。
桃子は大きなカレー鍋を抱えており、その後ろからは、鎧と髭の魔法生物、ドワーフがこれまた大きな玄米の炊かれた鍋を運び込んでくる。
『カレー! カレー!』
『これルゥ、落ち着け。カレーは逃げぬ』
実は、桃子は先ほどから調理部屋にてカレーを製作していたのだった。ドワーフは、その助手である。
桃子たちが大きなカレー鍋を持ち込むと、女王の間には出来たてのカレーの香りが拡がっていき、誰からともなく、皆がその周囲に集まりはじめる。
「皿とスプーンも。沢山。とってきたぞ」
「じゅ、順番にお願いしますねぇ……」
桃子に続いて、先ほどから姿を見せていなかった妖精たちもぞろぞろと室内へとやってくる。
彼女らもまた、今回のカレー調理の手伝いをしていたようだ。
「桃ちゃん、本当にダンジョンでカレーを作ってるんですねー」
「あ、和歌さん! 今日は戦いの前にみんなに元気をつけてもらいたくて、頑張っちゃいました! 瀬戸幻海のカキがたっぷり入ったカキカレーです!」
皆にカレーを提供していく桃子に、最初に声をかけたのは、平日は毎日工房で顔を合わせている和歌だ。
魔力の充満しているこの妖精の国では、桃子の【隠遁】の力はかき消され、殆ど効力がない。なので、柚花や檸檬のような力を持たない和歌たちからも、桃子の姿は丸見えだ。
和歌は以前、ニライカナイで桃子のカレーを食べていたし、桃子がカレーの権化であることは把握していたけれど、実際にダンジョンでカレーを作っている姿をみるのは初めてなので、鍋の中を覗き込んでは感心している。
「はは、すごいな笹川さん。瀬戸幻海のカキと言ったら、物凄いレアものじゃないか」
「桃子ちゃんの手作りカレー……だと?!」
「鎧さん、だらしない顔はおやめなさい。金ぴかで情けないですわよ」
「いや、これ兜ですから、顔じゃないっすから!」
そして、和歌に続いて深援隊の幹部たち。
更にはクヌギ、ポンコ、そして沢山の化け狸たちが順番にカレーを受け取っていく。
さすがに二足歩行の狸たちは桃子からみると違いが分からないものの、それ以外のメンバーは少なからず桃子と関わりのある人たちだ。
桃子は全員に一声ずつかけていき、列の最後に並んでいた柚花とは、目と目で笑い合う。
そして、皆にカレーが行き渡ったところで、いつのまにかやってきた少女が桃子に声をかけた。
「ふふふ。ももたん、私のぶんのカレーは具は多めでお願いしますね」
「あっ、りりたん、どこ行ってたの? カレーさめちゃうよ」
それは今回の、同時殲滅作戦の発起人。
探索者、天海梨々。深潭の魔女。先代の妖精女王、ネーレイス。つまり、一言で言えばりりたんだ。
現女王ティタニアを遥かに凌ぐ魔力の圧を隠そうともせず、りりたんは女王の間へとやってきた。自然と、その場にいる全員の視線が彼女へと集まる。
姿を見るのが初めてというわけでもないだろうに、若い化け狸たちはりりたんの魔力に圧され、腰を抜かしかけていた。
「皆さん、お揃いのようですね」
りりたんは、室内を見回して、声をかける。
全員が静かになった女王の間に、りりたんの静かな声が響く。
それと、桃子が皿に玄米をよそう、かちゃかちゃという食器の当たる音が響く。
「ふふふ。私のことを把握している方も、こうしてお話をするのは初めての方もいらっしゃいますが――」
りりたんの手駒である檸檬はさておき、和歌と深援隊メンバーたちは、人間の少女姿のりりたんとこうして面と向かって会うのは初めてなはずだ。
彼らとの間に視線が絡んだ瞬間、そこはかとない緊張感が生まれる。
りりたんが言葉を区切ると、室内には静寂が訪れる。
静寂のなか、玄米の上にカレーをかける桃子の「大盛りにしとくね?」という問いかけだけが、やけに大きく室内に響く。
「……ちょっと、ももたん。あのですね。今はほら、私が威厳を出しているシーンなので、カレーは後回しでいいですか?」
「え? だって、カレーさめちゃうよ?」
「まあ、カレーは頂きますが。具は多めでお願いしますね」
静かな室内に、カレーについての会話だけが響く。
りりたんをよく知らない者たちはどういう顔でこの会話を聞いていいのかわからず、困惑が訪れる。
それ以外のメンバーは、どうやらこれもすでに『いつものこと』として認識しているのか、さらっとした顔だ。
そして、大盛りのカレーを手にしたりりたんが「こほん」と咳払いをひとつしてから、言葉を続ける。
「カレーを食べたら、いよいよアリと蜂の同時殲滅作戦を決行しますよ。なのでしっかりカレーを食べて、魔力を補充してください。それでは、いただきます」
『カレー! カレー! いただきまーす!』
結局、りりたんの言葉は作戦についての話題でも、深潭の魔女――もしくは先代女王ネーレイスとしての威厳のある言葉をかけるでもなく。
流れで、給食の係のごとく。いただきますを促すだけの挨拶になってしまうのだった。
なんだか変な空気のなかで。
カレー大好きな小妖精の声だけが、やけに大きく響き渡っていた。