ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「おはようございます、窓口さん」
木曜日。この日も桃子は仕事が休みなので、前日からヘノと一緒に自宅へと帰り、また朝一で房総ダンジョンへとやってきた。
今日は自前のフード付きパーカーを着用し、そのフード内にヘノが隠れている。
秋も深まりやや肌寒い季節になってきたため、フードをかぶったままの桃子が不自然に見えないのは幸運である。
そしてギルドの受付にて、いつもの窓口に挨拶したのだが、返ってきた反応はいつもと違うものだった。
「ああっ、お待ちしていました桃子さん! 実は例の件ですが、少し予定と違う事態になってしまいまして……」
「え、何かあったんですか?」
「実は、件の琵琶湖ダンジョンの討伐兵器なのですが――」
その後の窓口から語られた事情は、桃子を焦らせるに十分なものだった。
なんでも、本来ならば開発にもっと日数がかかるはずだった、討伐兵器の射出部分である『大槍』が、予定より大幅に期間を短縮して完成してしまったらしいのだ。
一応ギルドや魔法協会からは手をまわしているので、琵琶湖ダンジョンギルドとしては討伐にゴーサインは出していない。準備が出来たとしても当分は保留してほしい、という要望を出していた。
しかし残念ながら、探索者の中の強硬派までがそれを聞き入れる保証がないという。
つまり、最悪の場合は今日のうちに兵器が到着し、強硬派がギルドの要請を無視してすぐにでも動き出す可能性がある、というものだった。
「どうしよう、どうしよう、ヘノちゃん!」
「落ち着け桃子。今日のうちには。解毒薬も出来るはずだから。急いで。包帯男に目覚めてもらえば。大丈夫なはずだぞ」
「そ、それもそう……なのかな?」
受付を済ましてダンジョン内に入るとすぐ、ヘノがフードから出てきて桃子の両脚につむじ風の魔法を纏わせる。
そして森の中を高速で駆け抜けながら、桃子はヘノに相談する。
先ほどのギルドでの話はヘノもフードの中から全て聞いていたため、説明するまでもなく事情は把握していた。
「とにかく。妖精の国に行ったら。ルイのところに。急ごうな」
「う、うん……」
不安に顔を曇らせる桃子の肩に乗って、ヘノが桃子の耳を撫でて落ち着かせようとしている。
耳を撫でられるのはくすぐったいが、桃子は自分の心が落ち着いていくのを確かに感じていた。
「うー……親方ってばなんでそんなもの手伝っちゃったんだろう……」
第二層の坑道内を駆け抜けながら。
桃子は多少落ち着いてくると、今度は自分の工房の上司である、親方について考える。
というのも、元をただせばなぜ『大槍』が予定より早く完成したかという部分だ。
なんでも、筑波にあるダンジョン内施設で大槍を加工しているところに、業界では半ば伝説となっているダンジョン武具制作の匠が現れたのだという。匠は本来別な目的のために訪れたのだが、その名を知っている筑波の技師たちが誠心誠意頭を下げて、大槍の開発に協力してもらったのだそうだ。
その結果として、もっと長引く予定だった大槍が、まさかの二日で完成してしまった。
その伝説の匠とは言うまでもなく、サカモトの剣の修理のために筑波の研究ダンジョンへと赴いた、親方その人だろう。
「親方というのは。桃子の親分の。ドワーフだったか?」
「ドワーフじゃなくて、あくまでドワーフみたいな人だけど。サカモトさんの剣を直すために行った場所で、ついでに大きな槍を作っちゃったんだって」
「サカモトの剣か。前に。桃子が折っちゃった奴だな」
その通り。桃子がへし折ったサカモトの大剣を、その桃子の親分である親方が直すことになったのだ。
そしてそのために親方が筑波ダンジョンの施設へと赴き、その場で頼み込まれて琵琶湖の巨大な生物を討伐するための大槍の開発に関わってしまった。
「うわああそうか! 私が剣を折ったから、巡り巡っていまピンチになってるんだ! うわあぁん! 自業自得じゃん!」
「まあ。いったん落ち着いて。水でも飲め。桃子」
立ち止まり、ヘノの言う通りに水をごきゅごきゅと飲み干す桃子。
頭の中には、因果応報、自業自得、という四字熟語たちが舞い踊っている。
サカモトの大剣をハンマーでへし折った罪というのは、桃子の想像以上に重い罰として桃子の下へと返ってきたようだ。
妖精の国へと到着すると、何はともあれ真っすぐに畑へと直行する。
するとそこにいたのは――。
「これはまた……ククク、今日は皆が集まってくるねぇ」
「うぅ……ヘノが、少し大きくなってる……」
採取した薬草をすり鉢ですりつぶすルイと、それを後ろから覗き込んでいるのは薄蒼い光を発する、同じく鮮やかな蒼色の髪をした妖精の少女。ニムである。
女性探索者、イリアを治療していたニムが、妖精の国へと戻ってきていた。
「ニム。戻ってたのか。大丈夫なのか?」
「は、はい……なんとか。でも、魔女さんが、急いで桃子さんたちの所に戻った方がいいって……」
「そうそう、そうなんだよニムちゃん。実はちょっと、急を要する流れになっちゃってるんだよ」
ゴリゴリとすり鉢をならすルイの背後では、さっそくニムとヘノの情報交換が始まった。
更にはそれに桃子も参加して、ニムが居ない間にあった出来事を説明し始める。
「ククク……相変わらず、ここは騒がしいねえ」
すり鉢を鳴らし続けるルイは、小声でひとり、ぼやくのだった。
「うぅ……私が知らない間に……色んなことになってたんですねぇ……」
「ククク……人間というものは、業が深いねぇ」
「なんかごめんね、ルイちゃん。急かしちゃって」
ここまでの経緯をニムにも説明する。
ニムと別れてから遠野ダンジョンにて包帯男――ニムによればアカヒトさん、と言うらしい――が無事病院に運ばれたこと。
解毒薬を毒の妖精であるルイが製作していること。
きのこたけのこカレーが美味しかったこと。
人魚姫活動を行っていること。
なんやかんやで琵琶湖のペルケトゥス討伐計画が今日にでも動き出しそうなこと。
そして説明しているうちに、ルイの方も解毒薬の調合が終わったようで、解毒の薬草を磨り潰したものを、更に別な薬草の葉で包んでいる。
これをそのまま飲み込ませれば良いらしい。
「私は毒の妖精ではないのだがねぇ……ククク、まあいいさ、お礼は地上の毒物でも……貰おうかねぇ」
「ど、毒物かあ。ま、まあ何か、探してみるね……?」
お礼として毒物を希望されてしまった。
桃子は当然ながら毒物を日常的に扱うことはないので、ルイの要求には少々慌ててしまう。しかし、これは正当な対価だ。きちんと探して、ルイの望むものを用意するのが筋というものだろう。
後日ギルドで毒物でも扱っていないか、窓口にでも聞いてみることにする。
「よし。薬も出来たことだし。さっそく。遠野に向かうか」
「う、うぅ……待ってください、ヘノ、今は琵琶湖のイリアさんのほうが……解毒を急いだほうが……」
「困ったな。桃子がもう一人必要だぞ」
解毒薬が必要なのは、遠野の病院にいる包帯男アカヒトと、青い花畑にいる女性探索者、イリア。
アカヒトには早めに目覚めて証言をしてもらわねばならないが、身体がより弱っているのはイリアだ。更には、琵琶湖ダンジョンでは場合によって討伐部隊を物理的に足止めをする必要もあるだろう。
「えと、じゃあ手分けする? ヘノちゃんが遠野に行って、私とニムちゃんがイリアさん助けて、現地で足止めをしておけば……」
「桃子。ヘノとニムが揃ってないと。桃子は水の中。入れないんだぞ」
「ああ、それもそうか。どうしよう……」
ここまで急な話になるとは思わなかったため、ここに来てパニックに陥る。
柚花に頼むべきか? いや、柚花は学校だし、仮に来てくれるとしても彼女がここまでくる移動時間の方が時間がかかるだろう。
自分が分身できればいいのに。桃子は頭を抱えてしまう。
しかし、うつむいて頭を抱える桃子へと、助けの手はすぐに差しのべられた。
「ククク……乗りかかった船、だねぇ」
「ルイちゃん?」
「桃子くん……焦って、周囲が見えていないみたいだねぇ?」
「え?」
桃子が顔を上げれば、そこには。
小さな小さな、でも沢山の助けの手が、桃子に差し伸べられていた。
「ヘノ! 桃子! 困ってるなら! なんで頼ってくれないんだ!」
「お礼は、お酒でいいのよ♪」
「薬を持っていくだけなら、簡単なんだヨ?」
「水くさいねぇ、言ってくれれば手伝うよぉ」
赤、黄色、緑、青、色とりどりの妖精たちが、畑に集合していたのだ。
「え、みんな……手伝ってくれるの?」
「ククク……ヘノたちがよく訪れている、遠野で、いつぞやのイビキの鎧男に薬を渡せばよいのだろう……?」
「どうってことないぞ! アイツなら顔も知ってるし! 鵺とかいうのも、もう居ないんだろ!」
「イビキの文句も、言いたいヨ」
「お礼は、お酒でいいのよ♪」
「いつも、こっちがカレー貰ってばかりだからねぇ」
「桃子。こいつらは。人間には無関心かもしれないけど。それでも。桃子が困っていたら。助けてくれるんだぞ」
「うぅ……感動です……」
「みんな、本当に、本当に……ありがとうね!」
桃子が皆を見回して礼を述べれば、やはり彼女らは皆、照れたように顔を背けてしまうのだった。
「じゃあ、行こうかヘノちゃん、ニムちゃん! 今日は胸パッドも最初から入れとくよ!」
さすがにもう三回目。
水着用の胸パッドは準備済みだ。今回はいちいち海草を集める必要はない。
「は、はい、行きましょう……!」
「さすが桃子。準備万端だな」
水着にベルトに雨合羽。
琵琶湖装備に身を包んだ桃子は、水に沈む宮殿へと三たび、踏み込むのだった。
【深援隊リーダー 風間の手記より抜粋】
〇月〇日
昨夜、遠野ダンジョンから運び出された正体不明の怪我人の件で、坂本が事情聴取を受けていた。件の座敷童子「ももこ」に関するものであるから、坂本に確認したのだろう。
今更あいつが何か喋るとは思えないが。あいつはアホだが、恐らく「ももこ」とそれに関わる妖精たちに関しては、誰がなんと言おうと口を割らないだろう。
あいつは守るべきものを間違えない。そういう奴だから俺も認めているのだ。
アニメ趣味をはじめとした性愛対象だけは、どうにかした方がいいとは思うがな。
〇月〇日
なぜだか坂本に、鵺の討伐の際にいた女子高生、タチバナから連絡が入ったようだ。
決して聞き耳を立てていたわけではないのだが、坂本が随分と大きな声で話すので嫌でも聞こえてしまった。座敷童子の「ももこ」の話題はいいのだが、話が長い。そしておそらく坂本が一方的に殆ど喋っている。
いくら相手側からの連絡だとはいえ、坂本はもう少し女性の扱い方を考えた方が良いな。そういうことも、俺が教えるべきなのか?
しかし、すぐに何かあったらしく、坂本にしては真面目な顔になり、声を抑えて何か話していた。
女子高生探索者タチバナ。【看破】の持ち主は、俺たちが知らない何かを知っていてもおかしくはない。
やれやれ。詳細こそはわからないが、しばらくは坂本の尻拭いに奔走することになりそうだ。
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〇月〇日
坂本が、妖精たちに囲まれていた。
いや、あれはなんというか、文句を言われていた?
あいつ、妖精たちの国ではずっと眠っていたらしいのだが、イビキが相当にうるさかったようだ。あいつのイビキの五月蝿さは俺も知っている。それが半年も止まないとか、ちょっとした拷問だろ。それは。
しかしどうやら妖精たちは文句を言いに来たのが本題ではなく、件の怪我人を癒すための解毒剤を持ってきたらしい。つまり、坂本は妖精たちのパシリとして使われていたわけだ。
俺にも気付いていた妖精たちは、俺に対しては他言無用にと迫ってきた。下手なことをすれば記憶を消し、毒を飲ませ、酒も飲ませる、と。もちろん誰にも言うつもりはないが、これは間違っても口を滑らせるわけにはいかないな。
しかし、妖精と出会ったという貴重な体験を、誰にも話さずに心に仕舞っておかねばならないというのは、実に酷なものだな。この日記も、墓場まで持っていくか。
眠り続けていた坂本ではないが、子供の頃に夢に見た情景をそのまま見ている気分だった。
妖精たちの詳細を書き残そうかとも思ったが、恐らく書き残さないほうが良いのだろう。俺の記憶だけにとどめておく。
ところで、坂本のやつは妖精に散々文句を言われて「嫌われちゃった」とへこんでいたが、あいつは相変わらず鈍い奴だな。
妖精たちは、みんな楽しそうに文句言ってたろう。俺に対してはニコリともしてなかったんだぞ。あの妖精たち。
あいつ、動物とかに妙に懐かれるタイプだが、妖精にも心を開かれるタイプなのかもしれないな。