ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「最前列には俺とサカモト、それにクヌギさんがつきますよ。ドワーフさんは、最後尾から皆を守ってください」
『心得た。ならば、このグループの隊長は風間どのに任せよう』
桃子は今、房総ダンジョン第四層『大樹の根』に作られた巨大なアリの巣の入り口へとやってきた。
今回の作戦は、空を支配する女王蜂と、地を支配する女王アリの同時攻略である。桃子がいるのは、巨大なアリの巣に入って女王アリと戦うグループだ。
残念ながら、ヘノはその属性的に空のグループに選ばれ、女王蜂との空中戦に対応できない桃子とは離ればなれになってしまった。だが、ヘノがいなくとも、アリの巣グループにも心強いメンバーが揃っている。
先頭を行くのは深援隊の風間とサカモト、そして化け狸のクヌギが操る岩のゴーレムだ。
その後ろに続くのは、十名ほどの化け狸たちと、ポンコ、そして桃子。しんがりを務めるのが、ドワーフ。
妖精は大地の属性に親和性の高いノンとリドル、それにルゥもいる。
いくらアリの巣が難所だとしても、これだけのメンバーならば、心配などありはしない。
「じゃあ、よろしくお願いします、風間さん」
「ああ。君も……無理しないでくれよ? 笹川さん」
このアリの巣グループのリーダーとなったのは、パーティを率いてきた経験の豊富な風間だ。出発を前に、桃子と風間がぎゅっと手を握って挨拶をする。
この手を離せば風間からは桃子が見えなくなり、それが――進軍開始の合図だ。
アリの巣は、これだけで一つの『階層』を名乗れそうな規模の、入り組んだ巨大洞窟だった。
穴の大きさは直径にすると四メートル程だろうか。サカモトが大剣を振り回してもなんとか戦える広さだが、並んで戦うのは難しいだろう。だが思いの外その岩盤はしっかりしており、多少暴れただけでは崩落の危険性はなさそうだ。
道のりにアリの数は多く、進む度にアリの集団が襲ってきては、撃退する、ということの繰り返しだ。
「師匠、なんだか皆で洞窟探検するの、楽しいっすね!」
「洞窟っていうか、アリの巣だけどね。ほら、ポンコちゃんもあんまり気を抜いてちゃダメだよ?」
「大丈夫っすよ。ノンさんが横道はどんどん塞いでくれてますから、しばらくは魔物がくる気配はなさそうっす」
この第四層を支配しつつある巨大なアリの軍勢。いかにこちらが一騎当千を集めたとしても、数の暴力にはかなわない。
しかし、その盤面をたった一人でひっくり返しているのは、大地の妖精ノンである。
ノンの権能により、桃子たちが進むべき道以外の横道を、ことごとく塞ぎ、そして容赦なく崩落させているのだ。だからこそ、一行は前方からくるアリだけに専念できる、というわけだ。
『カレー! 桃子、アリ、強いね!』
「うん、ルゥちゃんも一緒に戦おうね」
先頭を行くメンバーほどではないが、桃子もすでに多くのアリを【氷結】で凍らせ、砕いている。さすがに、普段は警戒心が眠っていると言われがちな桃子でも、魔物の巣の中では心のスイッチは戦闘モードだ。
けれど、共に歩くポンコと、無邪気に飛び回る氷の花の小妖精、ルゥの存在がこの洞窟内の空気を明るく保っていた。
これが良い傾向なのか悪い傾向なのかはわからないが、最後尾についているドワーフがほほえましく見ている間は、雑談を続けても問題はないのだろう。
『カレーうどん! カレーうどん! たぬき!』
「カレーうどんっすか? でも、今はさすがにうどん作ってる暇はないから、全部終わってからでいいっすか?」
『わあた!』
延々と続くアリの襲撃と戦いながら、どれくらい進んだだろう。
今頃、地上――というと紛らわしいが、つまり、第四層の地表部分では、ヘノたちも蜂の巣へ向けて進軍しているのだろうか。桃子がそう考えていると、前方から風間の声が響き渡る。
「どうやらかなり広いフロアに出るようだ! 四方からアリの集団が来ることを覚悟してくれ!」
「……わかった! じゃあポンコちゃん、みんな、作戦どおりで!」
狭い通路ならば襲い来る魔物の数も絞れるが、広い空間となるとそうもいかない。
この道を進めば、乱戦になるのは間違いない。
「フシャー! アリンコなんかに負けないっすよ!!」
『ハンマー、冷やす、よ!』
「ありがとう、ルゥちゃん! 行こう!!」
ポンコが、戦うために何枚もの木の葉を取り出し、魔力を高めていく。
ポンコの顔に、けものの姫を象徴する赤い紋様が浮かび上がる。これは、りりたんが言うには、ポンコの新たな力の目覚めなのだそうだ。
桃子もハンマーを構え、鵺の紅珠に付与された【氷結】の魔法に魔力をそそぎ込む。
これは、岩盤を崩さずに魔物だけを凍り付かせ、砕くための力だ。氷の力を持つルゥの魔力もそそぎ込まれ、いま、桃子のハンマーは絶対零度の破壊ハンマーとなっている。
前方から、ギチギチ、ギチギチと鳴り止まぬ、アリの牙の音が響く。
深援隊の勇士たちを先頭にして、一同は勢いをつけ、一気にその空間へと躍り出た。
アリを、凍らせ、砕く。
アリを、凍らせ、砕く。
人間の死角となる上方から襲い来るアリは、化け狸たちの結界により押さえ込まれている。
だから桃子は、とにかく視野に映った外骨格の魔物たちを、ただひたすらに、砕いて回る。
だが、魔物の数はいつまでも減らない。無限に押し寄せるようだ。
周囲には、蟻酸のつんとする匂いが充満する。
「本当にっ、アリが、多いねっ……!」
「このアリ、硬いっすね!」
桃子はポンコと背中を守りながら戦っている。乱戦の中では仲間がどこにいるのかの把握も困難だ。深援隊や化け狸たちも、この中でひたすらに戦っているはずだ。
正直言えば、きつい。
このアリの巣パーティは、崩落の恐れのある狭い空間での戦いを想定しており、大規模な殲滅魔法の使い手がいない。
しかし、このような広い空間で数の暴力と戦うことが分かっていれば、和歌か柚花のどちらかにも来て貰うべきだったかと思う。
そんな中で、二人の妖精――ノンとリドルの声が響き渡った。
「みんな、そのまま正面の穴まで突っ切ってほしいよぉ! 全員入ったら、穴を塞ぐよぉ!」
「この空間にいる魔物を、全てまとめて崩落に巻き込む作戦では、ないかな!」
妖精たちの声が聞こえる。どうやら、桃子の想像の斜め上を行く、大規模な殲滅手段をとるようにしたようだ。
ただの探索者が力ずくでこのような崩落を起こそうものなら、自分たちも巻き添えになるリスクがあるだろう。桃子は勢い任せでダンジョンを破壊する危険性をよく知っているのだ。
だが、大地を司る彼女たちの力ならば、魔物の集団だけを崩落に巻き込むことが可能なのだ。
戦っていた全員がノンの言葉を信じて、立ち塞がるアリを薙ぎ払いながら、示された通路へと駆け込んでいく。
先頭で戦っていたのが暗所でも無駄に目立つ金ぴか鎧だったのが幸いし、全員がはぐれることなく、無事に通路へと飛び込めた。
ズン、と。
臓腑に響くような轟音と地鳴りが幾度も続く。
これは、ノンによって作られた岩壁の向こうで、つい今しがたまで戦っていたフロアが崩落していく音なのだろう。あの空間に集まっていた魔物たち、全てを道連れにして。
「はぁ、はぁ、想像以上に、疲れたっすね……」
「ふぅ……ほんと、そうだね。ノンちゃんがいてよかったよ……」
息を切らして地面に座り込む桃子の横では、同じようにポンコがへたり込み、舌を出して深い呼吸を繰り返している。周囲では、同じくポンコの仲間の化け狸たちが、ようやくの休息にへたり込む姿が並んでいた。
桃子が背後の通路を振り返れば、閉ざした岩壁に手をあてて、ノンとリドルが真剣な表情で魔力を注ぎ込み続けている。
こと、岩盤で作られた洞窟という戦場では、あの二人は一番敵に回してはいけないタッグなのかもしれない。
『ルゥ、大丈夫だったか?』
『うん! ドワーフ! みんなが戦ってたから、ルゥ、大丈夫、だよ!』
『うむ、それなら良い』
『ドワーフも、お髭、汚れてるじゃん! ジッとして、ね』
『おお、すまんな』
駆け込んだ先の通路では、ドワーフがルゥを心配している。普段は口数の少ないドワーフが、ルゥにだけはしきりに心配を口にする。一方ルゥは、ドワーフとの間の壁がなくなっている。
桃子は、あまりに自然なドワーフとルゥのやりとりに、以前とはまた違う、不思議な温かさを覚えた。
「ドワーフさんとルゥさんって、本当の親子みたいっすね」
「ああ、そっか。そうなんだね。ルゥちゃんにとっては、ドワーフさんは本当に……お父さんなんだね」
「どっちかというと、爺ちゃんぽいっすけどね。ポンの爺ちゃんは、あんな感じっすよ」
ポンコの言葉で桃子も改めて気がつく。
はじめは、ルゥの保護者役としてドワーフが選ばれただけだった。決して、あの二人の間に特別な何かがあったわけではない。
次に彼らに会ったときは、すでに親子のような間柄に見えた。しかし、あくまで『親子っぽい』だったのだ。
けれど――。
いま、そこには、ポンコとクヌギ、或いはポンコと長のような。かけがえのない、絆で繋がれた家族の姿があった。
そんな桃子たちの視線を感じたのか、或いは会話が聞こえでもしたのか。
くるりと振り返ったルゥが、今度は桃子たちのもとへと飛んでくる。まだまだ小さな小妖精のルゥだけれど、それでも彼女が翅を羽ばたかせると、周囲にはひんやりとした冷気が放射される。
『ドワーフはね、いつも、朝寝坊する、よ! ルゥがね、起こす、よ!』
「ルゥさん、ドワーフさんとのお話はいいんすか?」
『難しい話、始めちゃった』
見れば、ドワーフは深援隊の面々、そして先の空間の崩落を終えたノンとともに集まり、真剣な表情で話し合いを続けている。
大人たちによる、これから先の道のりについての話し合いだろう。先ほどは、大量のアリの群れを崩落に巻き込むのと引き替えに、自分たちの退路も失っている。
もう、引き返す道はなくなった。
今は、女王アリを目指すしかない。
そんな真面目な大人たちの会話をよそに、こちらには子供たちが集まっている。
「ルゥさんには、優しいお爺ちゃんがいるんすね。ポンと一緒っすよ」
『うん! ハンバーグ、食べさせてくれる、よ! それに、皆を守ってくれる、の!』
「すてきなお爺ちゃんっすね! ハンバーグ、ポンも知ってるっすよ。ハンバーグうどんを食べたことがあるっす」
ポンコとルゥが、ここが魔物の巣の奥底だということを忘れさせてくれる程の明るい空気を作り出す。桃子はそれをにこにこと眺めていた。
ルゥは、気づけば言葉が饒舌になり、カレー以外の会話も増えてきた。
最近は気のせいか、ルゥの喋り方がどことなく、今は亡きコロポックルの少女に似てきた気もする。それもまた、ルゥが魔力として受け継いだ一部なのかもしれない。
そうして、桃子はルゥに様々な思いを抱きながら、子供たちの会話に参加する。
「うん、うん。ルゥちゃんをドワーフさんに預けて、本当に良かった。大正解だったね」
『うん! ドワーフが、ルゥを守ってくれるから! 安心して、ルゥはハンバーグ、食べられる、よ!』
「守ってくれる家族がいて、ルゥさんも幸せっすね。ポンと一緒っすよ」
ポンコは、最前線で会議中の化け狸、クヌギに視線を向ける。
大好きな父親と一緒のパーティとして戦っているこの状況は、ポンコにとってはもしかしたら、夢見た光景だったのかもしれない。
桃子はなんとなく、ポンコの頭に手をあてて。よかったね、という思いを込めて、ポンコの髪を撫でる。
『ドワーフの家族、ルゥだけ? みんな、ドワーフと、家族じゃない、の?』
「ドワーフさんの家族は、ルゥちゃんだけっすよ。一人娘っすね」
そうなのだ。
桃子が【創造】で生み出したドワーフは、そういう意味では間違いなく桃子の子供なのだけれど。
きっと、本当に『家族』になれたのは桃子ではなく、この小さな小妖精の少女だけなのだろう。
『うん! 明日も、明後日も、ドワーフとずっと一緒がいいな!』
会議中のドワーフが、時折そっぽを向いて咳払いをしているのは。
きっと、この元気な孫娘の声が、あちらにも聞こえているからなのだろう。
いつまでも、この関係が続きますように。
深淵に続きそうなアリの巣の中で、桃子はひっそりと。心の中のマリア様に、祈りを捧げるのだった。