ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ところで魔女様。アリの巣と蜂の巣でパーティを二つに分けるのはわかるけど、こっちのほうが過剰戦力なんじゃない?」
「ふふふ。れもたん、そう思いますか?」
柚花たちは今、第四層『大樹の根』を進んでいた。
女王アリの討伐を目指す桃子たちのグループは、すでにアリの巣のひとつから地下へと侵入している。今頃はこの地面の奥底で、数多のアリと戦っている頃かもしれない。
一方、空の魔物である女王蜂の討伐を目指すグループは、中央の巨大空間を目指してダンジョン内を進行中だ。
そんな中、りりたん――いや、彼女の【分身】である、妖精りりたんに檸檬が質問を投げかけた。
戦力バランスについて。それは檸檬のみならず、他のメンバーも薄々疑問に思っていたことである。
「……そうですね。一度皆さん、立ち止まってください。ここで一つ、大切なお話をしましょうか」
「なんだ。魔女。まだ何か。あるのか?」
「うぅ……何を話されるのか、こわいですねぇ……」
美しい黒い翅の妖精りりたんがふわりと高く舞い上がり、女王蜂討伐部隊に選ばれたものたちを見下ろしていく。
人間からは弓使いの檸檬、雷魔法使いの柚花、そして最強格の炎魔法使いの和歌。遠距離に攻撃を放てるメンバーが選ばれた。
続いて、香川ダンジョンからやってきた化け狸たちが十名。妖精たちはヘノ、ニム、フラム。そして更に、植物を司る妖精である、リフィ、ルイ、クルラまでもがこちらのパーティに選抜されている。
人数的にはアリのグループと比べても大差ないかもしれないが、絶対的な力を持つりりたんが率いていることを考えれば、こちらのチーム――女王蜂グループに戦力が偏っているというのは、否定しようがない。
「説明したとおり、この第四層『大樹の根』の天秤は、今は地中を根城にする女王アリたちに傾いています。事実、魔物の総量としては、アリの方が圧倒的に多いでしょう」
「たぬー?」
りりたんは、一番近くにいた二足歩行の狸の頭上に着地する。りりたんが毛皮の上に腰を下ろし、頭に着地された狸はなんとも気の抜けた声をあげる。
そんな狸のリアクションは無視して、りりたんは説明を続けていく。それは、この地に住まう魔物たち――それも、二大派閥である蜂とアリの違いについてだ。
「アリが優勢。そのことに間違いないのですが、しかし――それはあくまで、魔物同士の縄張り争いの話でしかありません」
柚花たちは黙ったままで、静かにりりたんの言葉に耳を傾ける。
周囲には、魔物の影はない。原生生物か、あるいは魔物か。何らかの甲高い声だけが岩壁に反響し、微かに響き渡っている。
「もし、魔物としての縄張り争いを無視した場合。地に住まうアリの女王と、空を支配する蜂の女王。より危険で、人間や魔法生物にとっての障害となり得るのは――女王蜂です」
説明は、実にシンプルなものだった。
今から自分たちが向かう蜂の巣に住まう"女王蜂"こそが、この階層で最強の生物。
だからこそ、こちらのチームにより強力な戦力を集めた。それだけのことである。
「……まあ、普通の人間は飛べませんし、戦う以前の問題ですもんね」
「そもそも、魔法や弓ですら、遥か高くまで届くわけではありませんからねー」
空を飛ぶ魔物は、強い。
そのシンプルな内容に理解を示すのは、柚花と和歌の日本有数の魔法使い二人。横では、言葉として発言はせずとも、弓使いの檸檬も頷いている。
だが。
三人とも、納得はしていない。
そもそも――だ。いかに空を飛ぶ魔物が強かろうが、アリより厄介だろうが、ここには本気を出せない分身体とはいえ、りりたんがいるのだ。
言ってしまえば、ここまでの人員を集めずとも、準特殊個体レベルなら妖精りりたん一人で事足りるのではないかというのが、柚花たちの感想である。
だからこそ、柚花を始めとした一部のメンバーは、今の説明だけでは納得がいかない。
「りりたん。率直に言いますけど、あなた一人がここにいるだけでパワーバランスとしては過剰でしょう? それについてはどうなんです?」
「ふふふ。私の強さを評価していただけて、光栄なのですよ」
冗談めかして言いながらも、満足そうに目を細めるりりたん。どうやら、この質問を投げかけられるのを待っていたようだ。
柚花などはしれっとしたジト目でりりたんを見据えるが、黒い翅の妖精姿をした先代女王はどこ吹く風で、話を続ける。
「皆さん、既に実物を見ているとは思いますが、例のハチミツは、ただの蜜ではありません。かなりの濃度の魔力を圧縮した、濃厚な魔力の塊と言っても良いでしょう」
一同は、直前に妖精の国で目にしたハチミツを思い出す。
あれは蜂の魔力を濃縮した蜜であり、含有する魔力量には目を見張るものがあった。
「つまりそれは――蜂の巣には、それこそ『特殊個体』に勝るとも劣らないほどの魔力がストックされている、ということなのですよ」
「つまり、一言でいうと?」
「女王蜂は、特殊個体と同じくらいには強いです」
「……なるほど、シンプルでわかりやすいですね」
特殊個体。
人間たちが便宜上につけた区分けだけれど、その区分けはあながち間違いではない。階層を――そしてダンジョンの魔物を率いる彼らは、ほかの魔物の追随を許さぬほどの強さや悪辣さを持つ存在だ。準特殊個体と特殊個体の間の差は、人間たちが想像する以上に、大きい。
そして、女王蜂はそれだけの強さを持つ。
ならば。戦力はいくらあったとしても、困らない。
柚花は。檸檬は。和歌は。そして妖精も、化け狸たちも。それぞれが皆、特殊個体と呼ばれる魔物との戦いを経験しており、その強さを理解している。
だからこそ、これから待つ女王蜂との戦いが、簡単には終わらないことを覚悟する。
その場に沈黙が訪れるが、しかし。その沈黙を破ったのは、他でもないりりたんだ。
「ああ、あともう一つ、追加で皆様に伝えておきますね」
「なんですか。小出しにせず、全部一言で済ませてくださいよ」
「ゆかたんはせっかちですね」
足場にしていた化け狸の頭上から再びふわりと舞い上がり、微笑みながら妖精りりたんが言葉を続ける。
「皆様も知っての通り、りりたんの本体は非常に人間としてはひ弱なのです。瘴気の傷を負っており、本来はあまり深層に気軽に入れない身体です。ですから今はこの分身体なのですが、分身体でもなお、瘴気の影響は免れません」
りりたんの持つ、瘴気の傷。
それは、世界魔法協会会長であるクリスティーナと同様の、いわば過去に封印した邪悪な竜との戦いの際に受けた、呪いの傷である。
いかに魔力があろうと、人間の脆弱な肉体では、治療手段は存在しない。それは、りりたん――天海梨々という少女の肉体も同様だ。
「ですから、最悪の場合は私はひっこみますから、皆さんはがんばって撤退してくださいね?」
最悪の場合。
それはつまり、同時討伐に失敗し、天と地の女王、どちらかが特殊個体に至った場合のことである。
その場合、最大戦力であるりりたんは、その肉体の脆弱さ故に撤退を選ぶ。
「そういうフラグみたいなこと言うのやめてくださいよ、縁起でもない」
「なんだか。難しいこと言ってるけど。ヘノたちが。さっさと勝てばいいんだろ。ついでに。追加のハチミツを沢山持って帰るぞ」
「うぅ……ハチミツの為にも……が、がんばりましょうねぇ……」
「ふふふ。そうですね、またハチミツを沢山持ち帰って、ゆかたんお手製のホットケーキを頂きましょうか」
「構いませんけど、材料はりりたんが買ってきてくださいね」
りりたんの言葉で不穏になった空気を、空気を読まない風の妖精があっさりと破壊する。
起こってもいない最悪の可能性に気圧されても仕方が無いのだ。ヘノは皆にそれを教えてくれた。
りりたん率いる女王蜂討伐部隊は、笑いながら。追加の豪勢なハチミツに期待しながら。
女王蜂の待つ、巨大な蜂の巣の存在する空間へと――辿り着く。
【一方その頃】
花びらの玉座の下では、オオカミの子供のワンコが静かに寝息を立てている。
そして、その横にて。
「お母さま。足の具合はいかがですか?」
「大丈夫ですよ、ティタニア。今のところは問題ありません。いかにアリや蜂が強いとは言え、まだ特殊個体へと至らない魔物たちですからね。それにここには、お医者様もいますから」
「わたくしだけこの場に残らされたのは、医療に携わる者としてあなたの状態を診るため――というわけですのね」
桃子たちを見送った後。
ダンジョンの瘴気を浄化する役目を負い、この部屋を離れることが叶わない妖精女王、ティタニア。
分身体を房総ダンジョンへと飛ばし、本体はこの場に残っている先代女王ネーレイスこと、りりたん。
そして、地上の医療とダンジョン内の治癒魔法のエキスパートである、オウカ。
三人は、りりたんが【千里眼】の魔法で造り出した空間に浮かぶ無色の球体越しに、この場から二つのチームの様子を覗いていた。
もっとも、実際には【千里眼】に頼っているのはティタニアとオウカの二者であり、りりたんはほとんどの時間は瞳を閉じて、妖精りりたんの分身体に意識を注いでいる。
今のように分身と本体を意識を分けて行動できるのは、分身のほうが何もしていない、移動時間だからこそだろう。
「さすがはお医者様、頭の回転が速くて助かります。なにぶん、私たちはどれだけ治癒の魔法を使いこなそうと、人間の身体への知識はお医者様には劣りますからね」
「そうは言いましても、瘴気の傷など地上の医療でどうにかなる代物ではありませんわよ?」
「構いません。瘴気はともかく、この『天海梨々の身体』は、魔力でカバーしていないと本当に、上から下まで貧弱なのですよ。瘴気の傷が小さいうちは、まだどうにか身体を騙せたのですけれどね」
「どうやら、そのようですわね」
りりたんは椅子に座り、大人しくオウカの触診を受けている。
オウカが診て、そして触ったその肉体は――白く、そして細い。莫大な魔力という力で補わねば、ダンジョン探索などとてもではないができそうにない、か弱い少女の肉体だった。
その白い足の甲には、黒い火傷のような痕がある。これこそが、りりたんが深層へと潜るわけにいかない理由である『瘴気の傷』だ。
りりたんが膨大な魔力でその身を保護し、瘴気に抵抗していなければ。恐らく、天海梨々という人間の少女は既にこの世には存在していなかったことだろう。
オウカがそう断定できてしまう程に、この肉体は、生きるための力に恵まれない、脆い身体だった。
「それに、オウカさんには期待しているのですよ。【天啓】という能力は、悔しいですが、私の力を超えておりますからね。ほら、今も……」
りりたんが微笑みかけるのは、医師としてこの場にいるオウカの姿。
そして、りりたんには視えている。まさに今、りりたんですら解析しようのない不思議な神力にも似たオーラが、目の前のオウカを包み込んでいくのを。
そして、その口が開かれる。言葉が、紡がれる。
『――決断せよ』
『――気高き女王が全てを捨てるとき、選択の針は進む』
『――風吹く空を奪われるか、地の光を失うか』
『――犠牲の痛みは、避けられぬ』
それは、【天啓】だった。
オウカ自身にも制御が不可能な、神がかり的な啓示の力だ。それが今、りりたんの瞳を覗き込み、りりたんへと向けて。
確実に訪れる未来を、啓示する。
「ふふふ。褒めたそばから、選択だとか犠牲だとか、実に厄介な【天啓】が飛び出てきましたね」
「お母さま……」
「大丈夫ですよ、ティタニア。犠牲など出しませんよ。絶対に……絶対に」
りりたんは、不安に瞳を揺らすティタニアを、そっと手のひらで抱き寄せる。
空が、地が、それぞれ何を指す言葉かはまだ分からない。けれど彼女は、魔物にこれ以上の何かを差し出す気など、一切無い。それが、天啓による予言だったとしても。
瞳をつむり、意識を【分身】の身に集中する。
千里眼の向こうでは、妖精たちが。勇士たちが。
それぞれの討伐すべき女王たちの元へと、まさに今。辿り着いたところである。