ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
狭い洞窟を抜けた先には、広大な『巨大空間』が広がっていた。
あくまで地下の岩盤をくりぬいただけの造りであり、香川ダンジョンの闘技場のように決して綺麗に整えられた空間ではない。
けれどそこは、アリの巣の一部とは思えないほどに広大な空間だった。
そして、そこには――。
「女王アリだ……でかいな」
先頭に立つ風間が、半ば無意識に呟く。
薄暗い巨大空間の、その最奥。そこだけ地面が平坦に整えられたその場所には、巨大な、他のアリの魔物がちっぽけに見えるほどに巨大な、アリの女王が待ち構えていた。
ここは、この部屋は、このコロニーにおける『女王の間』だ。桃子は半ば感覚的に、それを確信する。
空間には、多くの兵隊アリたちがひしめいている。ギリギリ、ギチギチと、牙を鳴らしているのか、あるいは硬質的な外骨格の鎧が軋んでいるのか。空間に反響するように多くの音が満ち、あたかも巨大な繁華街の街並みのように騒音が鳴り響いている。
「こいつは……骨が折れそうだな」
「桃子ちゃんとポンコちゃんは、俺が守り通す……!」
「正々堂々と姿を現してくれるだけ、ありがたいですがね」
「それは、言えてるな」
先頭に並ぶ三人が、軽口をたたき合う。
もちろん、彼らが本当にこの状態を軽く見ているわけではない。仲間との軽口は、今から始まる壮絶な乱戦に挑む上での、ひとつのルーティーンのようなものだ。
だが、発言内容は本音でもある。堂々と姿を見せてくれているだけ、彼らの知る特殊個体たちよりは遥かに戦いやすい。
だが、決して楽なわけではない。
騒音が。兵隊アリたちの鳴らす音が、だんだん大きくなっていく。
「狸の皆は、周囲の兵隊の対処を頼む! 俺たちが正面でアレの相手をする!」
「たぬーっ!!」
風間が、背後に並ぶ二足歩行の狸たちに指示を出し、そして弾けるように駆け出すのと同時。
周囲の騒音が爆発的に押し寄せ、再びの大乱戦が開始された。
化け狸たちは、柚花や和歌ほどの大規模な殲滅用の魔法は使えない。
けれど、彼らの張った結界と、遠隔で敵を弾けさせる妖術により、周囲の数え切れないほどの兵隊アリたちに一斉に囲まれる事態だけは避けられた。
風間、サカモト、そしてゴーレムを操るクヌギの三人が正面へと進み、女王アリに立ち向かおうとしている。
一方、それを追い掛けるように兵隊アリの軍勢を叩きのめしているのは、ドワーフと桃子の二人のハンマー使いである。
「ドワーフさん、私たちも……っ!」
『ド、ドワーフ……あ、あのでっかいの、強い、よ……?』
『うむ。ルゥ、儂から何があっても離れるなよ……!』
『わあた! わあた……!』
ルゥはいま、初めてその身に感じる強大な敵の気配に怖れ、ドワーフにしがみ付き震えている。
妖精として、これは正しい反応だ。恐ろしい敵を前にしてその強大さを感じ取るのは、ダンジョンで生き抜くためには必須の能力である。
ドワーフはルゥを自分の肩にしがみ付かせたまま、四方から波のように押し寄せてくる巨大なアリたちに向けて、ただただひたすらハンマーを振るっていた。人間以上に大きいアリが、ハンマーで潰され、吹き飛び、そして煤になる。
『母上、儂は左からいく! あの者たちが正面からいくならば、儂らは【隠遁】で隙をつくぞ!』
「わかった! 私は右からっ!」
ギチギチという音を感じると同時に、桃子は背後を振り返りもせずハンマーを振るう。
敵を確認してからでは遅い。気配を感じたら、振り抜いて、振り抜いて、とにかく止まらずに振り回した。桃子の周りでは幾匹ものアリたちが凍り付き、砕け散っていく。
アリの鋭い外骨格の爪が桃子の太ももに紅い線を引き、皮膚を抉られる強烈な痛みが走る。紅い液体が飛び散る。
けれど、それがどうした、と。桃子は焼けるような痛みも脳内麻薬で押さえつけ、すかさず反撃しアリを粉砕する。
只管にハンマーを振るい、大きく右から迂回して着実に女王アリへと攻め込みながら。桃子の脳裏には、いつかのヘノの声が蘇っていた。今だ。いけ。大丈夫だ。
まだヘノと出会った当時、桃子は魔物とろくに戦うことができなかった。河童には敗北し、一反木綿を相手にしてもなかなか倒せずに床に這いつくばった覚えがある。半ばスパルタとも言えるヘノの修行に、何度も泣き言を言った。
でも。今では河童を怖れることなく、一反木綿も叩きのめし、アリの群れを相手にしても、立派に戦えている。これは全て、ヘノのお陰だ。
「ヘノちゃん……! ヘノちゃん、私、頑張るよっ!!」
きっと今頃、空の上で蜂の女王と戦っている大切なパートナーを思い。桃子はただ全力で躍動し、酸素を全身に巡らせ、女王アリへと迫っていく。
最前列で戦う風間たちは、暴力の嵐の中にいた。
見上げるような巨大なアリの女王。その姿は、異形のものだった。
姿そのものは、巨大なアリと言えるかもしれない。しかし、その腹部は異様に大きい。胴体の後方に引きずるようなその巨大な腹部には半透明の膜が張っており、その内部には数え切れないほどの、生まれる時を待つ兵隊アリの稚児姿が見える。
戦っている間にも定期的に凶悪な兵隊アリが生み出され続け、ガチガチとその牙を鳴らして襲ってくる。
「リーダー、アリって卵で生まれるんじゃなかったでしたっけ!」
「ああ、昆虫学者が見たらショックで引っくり返るだろうな……!」
そして、異形の胴体の接続部からは、通常のアリより幾本か腕が多く生えており、それが目にもとまらぬ速度で鉤爪を振り回す。
更に、背中から生えている長い何本もの触角が、自由自在に鞭の如く振るわれる。その暴力の範囲内では、仲間であるはずの兵隊アリまでもが、容赦なく弾き飛ばされている。
「っつう! あれは触角なのか? サカモト、行けるか!」
「俺が壁になりますけど、なんでこんなに腕やら触角やらが多いんですか! ぐあっ! くそっ!」
「気張ってください、サカモトさん! ゴーレム、あの腕を押えろ!」
女王アリになかなか近づけない。余りに巨大で、その攻撃が速く、広い。
クヌギの操るゴーレムがどうにかして腕の何本かを押さえ込もうとするが、ゴーレムは数分も経たずに砕かれ、都度、新しいゴーレムを生み出すの繰り返しだ。クヌギ自身の身を守るゴーレムも常に造り続けており、かなりの勢いで魔力を消耗しているはずだ。
風間は【浄化】の力を刃に込めた黄金に輝くサーベルを振るい、迫り来る外骨格の腕や触角を切り裂き続け。そしてサカモトは、風間へ向かう攻撃を壁となり阻止し続けている。
しかし、タフさが売りのサカモトだが、彼の代名詞たる固有スキルは【魔法耐性】という代物であり、決して単純な暴力に対して特殊な耐性を持つわけではない。
防御用のスキルも所持しているとは言え、こうして壁となり耐え抜いているのは、ただただ彼の鍛え抜かれた膂力の賜だけれど、それにも限界はある。
このままでは、勝ち目はないだろう。
鎧の下で、サカモトの肉体には確実にダメージがあり、骨もいくつかは折れているかもしれない。風間自身も、鏡で自身を映せば目を覆うほどに傷を負っているだろう。女王アリはそれだけ自分たちを危険な敵として扱い、執拗に狙ってきている。
つまり、作戦通りだ。
自分たちは、あくまで敵の意識を引きつける役目である。
風間はいまこそ、"自分の目には映らない者"たちに、願いを託す。姿も認識出来ない。どのような姿だったのか、記憶に霧がかかっている。
だが風間は、識っている。
「頼むぞ……笹川さん、ドワーフ!」
正面から女王アリを引きつけ、【隠遁】を持つものたちが、絶大な力を叩き込むための隙を作ること。
それが、最前列で戦う、深援隊の役目だった。
深援隊の三人、そして桃子とドワーフが女王アリと戦うために、欠かせない仲間たちがいた。
四方から襲いかかるのは感情を持たぬ外骨格の群れ。その大群を堰き止めているのは、けものの力を宿す化け狸たちだ。
彼らが広範囲の結界を張り、そしてその人間とは比較にならぬほどの強靱な肉体で、押し寄せるアリの軍勢を押し止めているからこそ、前衛メンバーは女王アリと戦える。
「みんなで、師匠たちの大好きなダンジョンは、絶対守るっすよ……!!」
ポンコが叫ぶ。
それに呼応するように、二足歩行の狸たちが大量の木の葉を勢いよくまき散らし、それらが彼らの妖力に反応して強大な結界となる。
結界の外にいるアリたちは、当然ながら桃子たちを襲うことはない。
「こんな虫けら、瘴気の蜘蛛の群れに比べれば屁でもねえっ!!」
「おいらたちのダンジョンを、人間達は守ってくれたから……!」
「今度は、たぬたちが人間の居場所を守るたぬ!」
狸たちは、己の牙で、爪で、炎の術で、結界の圧力で――アリの軍勢を、なぎ払っていく。
彼ら化け狸は、長い間、とても長い間、牛鬼という呪いに蝕まれていた。けれど、その呪いの因縁を打ち破ってくれたのが、妖精と、人間たちだ。
だからこそ、化け狸たちは彼らへの恩を忘れない。次に戦うのは、手を差し伸べるのは自分たちなのだという想いで、心を燃やす。
「そうっす! だから、だから……ポンの師匠たちの、邪魔を、するなあああぁっ!」
ポンコが吠えると同時。彼女の顔には、紅い紋様が濃く浮かび上がる。
けものの姫としての力が、ポンコを中心に渦を巻く。
「グルルルァアアア!!」
彼女――けものの姫の力は、けものたちを守り、鼓舞する力だ。
化け狸はポンコを中心に、疾く、強く、共鳴し合うようにその力を増していき。人間たちを守るために、アリの軍勢を打ち崩していく。
ドワーフと別れ、ひとり女王アリの右側から回り込んで戦う桃子の元に、力強い仲間たちが舞い降りた。
「桃子くん、ボクたちが力を貸すのでは、ないかな?」
「すごい血が出てるよぉ! ニム程じゃないけど、大地の癒やしの力を注ぎ込むよぉ……!」
ノンと、リドル。狸とともに周囲の兵隊アリの対処に回っていた二人だが、苦戦する桃子に気付き、急遽駆けつけてくれたようである。
桃子は、【隠遁】という能力を持つため、積極的に狙ってくる兵隊アリはいない。女王アリにも、姿は認知されていない。
けれど、これだけ敵が多ければ、どうしても目の前で邪魔になる魔物を一匹ずつ倒していかねばならず、また広範囲に無差別に振るわれる女王アリの触角は、近づけば桃子にも振るわれる。機動力に劣る桃子は、どうしても女王に近づけない。
ただ、その身に傷が増えていくだけだ。
「あのね、この敵! 攻撃が激しくて……【隠遁】でもなかなか近づけなくて……!!」
桃子は女王アリから一度距離をとり、ノンの癒やしの力に身を任せる。
女王アリの手前では、風間とサカモト、そしてクヌギが死闘を繰り広げている。今のうちに、自分かドワーフが本体を叩く、そういう作戦なのだ。
しかしやはり、女王というだけのことはある。決して、甘く見ていたわけではないけれど、この魔物は本当に――強い。
ヘノのいない桃子にとっては、近づくことも難しい難敵だった。
「ならっ、壁を作るよぉ! リドル、桃子さんが真っ直ぐに女王アリに駆け抜けるために、壁を作るよぉ!」
「なるほど。面白い案では、ないかな!」
阿吽の呼吸とは、こういうことなのだろうと、桃子は頭の片隅で思う。
ノンが叫び、地面に手を当てる。すると、たいした説明も聞かずにリドルがそこに己の手を重ねる。
足下にリドルの魔法陣が広がり、それを中心にノンの黄色い魔力光が地面の岩肌を駆け抜けて――。
「すごいっ! これなら……!!」
一直線に、桃子と女王アリを繋ぐように。左右を守るゲートの如き壁が地面から姿を現し、真っ直ぐな道を示す。
あくまで一時的な壁だ。敵の攻撃を食らってしまえば、すぐに破壊されてしまう防壁だ。
だが、今ならば。この左右の壁に守られて、女王アリへと真っ直ぐに駆け抜けることができる。
桃子は己のハンマーを、強く握る。特殊個体の力を宿す紅珠に、魔力を注ぎ込む。
そして、妖精達の作ってくれたチャンスをモノにするために。
一直線に。
壁に守られた通路を、駆け抜けた。