ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「弾けよ、【ファイアーボール】!」
「【チェイン・ライトニング】!」
房総ダンジョン第四層『大樹の根』の岩壁と根の組み合わさった自然の迷宮を抜けた先。そこに広がる、巨大な空間。
つい先日、探索者パーティ【草薙】の護衛としてやってきたはずのこの開けた区画は、その空は。先日にはついぞ姿を見せなかった、空を埋め尽くす蜂の大群によって占拠されていた。
一匹一匹が立てていたその巨大なモーターのような羽音が、今や数百、あるいは数千も重なり合い、ダンジョンそのものを震わせるような音の津波となっている。
お陰で、目視せずとも内部の状況が把握出来た。根のアーチを抜けその区画に駆け込むや否や、屈指の殲滅力を誇る爆炎の魔法使いである和歌が、そして雷撃の使い手である柚花が、空を覆う蜂の群れにそれぞれの魔法を叩きつける。
上空で紅蓮の炎が幾度も爆発し、大量の蜂たちが炎に巻き込まれ、あるいは衝撃で吹き飛び煤へと還る。
密集していた蜂たちを起点に広がる電撃の枝葉は、あたかも巨大な精霊樹のように次々と枝分かれして、多くの蜂を消し去っていく。
「ふふふ。いいですね、出会い頭の迷いのない範囲攻撃。二人とも、さすがは経験豊富な探索者ですね」
「お褒めくださり光栄ですけど、やっぱり初歩魔法だけですと威力不足で、まだまだ半分以上残っていますねー」
「笑ってないで、りりたんもなんとかしてください!」
先手必勝とばかりに和歌と柚花が魔法を連発したが、やはり二人の魔法が届く範囲は限られている。地上に近い蜂たちを一掃できたものの、上空を飛ぶ無数の蜂の軍勢となるとそうはいかない。
柚花は、このような時でも意味深な微笑みを絶やさない妖精姿のりりたんを怒鳴りつけながらも、電撃を連発する手をとめない。
「では、私たちも動き始めましょう。化け狸の皆様は適度に結界で全員を守護してください。れもたんは、まだ矢を温存しておいてくださいね」
「たぬっ! 任せるたぬ!」
「みんな、集まるべ!」
りりたんの指示に従い、化け狸たちが前に出る。彼らは、地下のアリの巣に潜ったメンバーと比較して、より結界術の操作に長けた狸たちだ。
炎と雷撃を抜けてきた蜂たちは、そのまま物凄いスピードで強襲をかけてくる。だが、それは狸たちの張り巡らせた防壁により足止めされ、その間に炎で、雷で焼かれていく。
しかし、それでも。
瘴気を纏った蜂たちは、身体を燃やされようと、半身を失おうと、恐るべき生命力で空を跳び続けていた。
「では……ルビィ。ヘノさん。この空間に蔓延している瘴気を一掃するための、大規模魔法はいけますか?」
『もちろんヨ! ティタのためにも、頑張るワ!』
「ヘノも。絶好調だぞ。瘴気は全部。吹き飛ばしてやる」
「良いですね。では、私に合わせてください。紅蓮に哭け、終焉の颶風――【スカーレット・テンペスト】!」
りりたんがルビィとヘノに魔力を流し込み、互いの力をリンクさせる。相性は悪くない。
ヘノの巻き起こす暴風に、ルビィの魔力が混ざりあい、紅く煌めく深紅の風が上空を吹き荒れる。
それはこの空間に渦巻く嵐となり、膨大な数の蜂たちを、空間に溢れる瘴気ごと一気に消し飛ばした。
だが。
「ふふふ。さすがに、そう簡単にはいきませんか」
遥か頭上に垂れ下がる、巨大な蜂の巣。その蜂の巣には不可視の膜が張られており、一ミリたりともダメージが入っていない。
あれは、結界だ。強固な結界が張り巡らされ、蜂の巣を守っている。そして、守られていたのは蜂の巣だけではない。
「うぅ……も、物凄い魔力を、か、感じますよぉ……」
ニムがそれに気づき、柚花の腕にひしとしがみつく。
見上げれば、巨大な巣の中腹に、ベキベキとひびが広がっていくのが見える。
そして、まるで卵から孵化するように。
蜂の巣の裂け目から、巨大な影が――のそりと、姿を現した。
「出ましたね……親玉!」
「あれが。女王蜂か」
それは、巨大な蜂の姿。
倒すべき女王蜂が、地表まで届くほどの膨大な魔力の圧とともに、顕現した。
女王蜂が羽ばたくと、臓腑が震えるほどの震動が大気を通して伝わってくる。
爆音とともに空を舞う女王蜂は、どうやら魔法的な攻撃を得意とする魔物のようだ。まるで、巨大な毒針のごとき貫通する魔力の弾丸が、地表から見上げるメンバーたちへと絶え間なく発射される。
それは炎や風といった形をとらない、純粋なる魔力の毒針だ。
ニムが守りの霧を広げ、狸たちが防御結界を張っているけれど、爆撃は止まらない。一方的に、遥か上空から攻撃をされている状況だ。
「うぅ……ま、守り切れないですよぉ……!」
「では、こちらからも挨拶代わりに一発、撃ち込んで見ましょうか? ゆかたん」
「そうですね」
妖精りりたんが、柚花の肩にのる。そして、柚花が遥か上空に滞空する巨大な蜂へと、その剣先を向ける。
りりたんもまた、剣と同じ敵を真っ直ぐに指さして、短い術を詠唱する。
「我が指は雷の道しるべ――」
そして、二人で声を揃え、発動する。
それは、遥か彼方まで射程を持つ、天の裁きの如き落雷だ。
「【召雷】!!」
雷が、一閃する。真っ白な閃光が弾け、容赦の無い爆音が空気を引き裂く。周囲のメンバーもその衝撃に数秒ほど前後不覚に陥ってしまい、その景色を見ることすらできなかった。
膨大な厚みの魔力の結界によって、柚花の奥の手【召雷】が敵に到達することなく、弾かれる光景を。
「っ! 効いてない……ってわけですね」
柚花が歯がみする。自分の最大の攻撃力を誇る【召雷】、しかもりりたんとの同時発動だ。
それがあっさりと弾かれてしまったこの状況に、さすがの柚花も内心かなりのショックを受けている。
「なんなんだ。あのでかい結界」
「ククク……恐ろしいねぇ」
「うぅ……ま、魔力が……す、すごいです……」
仲間たちも状況を理解出来たようだ。今の魔法で結界を破ることすらできないとなると、はたして何をすればあの巨大な蜂に有効打を与えられるのか、と。
あの結界を破れる強さの遠距離攻撃を持つ者など、このメンバーに限らずとも、世に数えるほどしかないだろう。そもそも距離があまりにも開きすぎており、攻撃の威力が死んでしまっている。
勝ち筋が見えてこない。
空が制圧されるというのは、想像以上に厄介な状態だった。
しかし、これはまだ予想できた状況だ。りりたんは冷静に、待機していた妖精達に声をかける。
薬草の妖精ルイ、桃の木の妖精クルラ、緑葉の妖精リフィ。彼女たち植物を司る妖精をこちらのチームに揃えたのは、このような状況を打破する一手のためだった。
「さて。ルイさん、クルラさん、リフィさん。作戦は把握しておりますね?」
「ククク……無茶な作戦を立てたものだねぇ」
「いくヨ! お前ら、みんな落ちないように気をつけるのヨ!」
「んふふ♪ 腕が鳴るわね♪」
植物の妖精たちが集まり、地面に手を当て、魔力を集中する。
今は、りりたんが莫大な魔力をこの三人に貸し与えている。三人の妖精と、先代妖精女王の力。それらの力を駆使し、巨大規模な合体魔法を行使しよう、という試みだ。
そして、その魔法こそが、今回の敵との『空中戦』を可能にする奥の手である。
「ふふふ。皆さん、振り落とされぬよう、構えてくださいね。ここから空中戦に入りますからね」
莫大な植物の魔力が、地面に流れ。このダンジョンを構成する大樹の根に流れ込み。
地面から、あたかも童話『ジャックの豆の木』のごとく。
巨大な双葉が顔を出す。そして、その葉は驚異的な速度で成長すると、全員の足場となりそのまま上空へと運んでいく。
一株。二株。三株。いくつもの巨大植物が絡み合い、支え合い、はるか高所での足場となる。
「たぬっ! これならたたけるたぬ!」
化け狸の一人が叫ぶと、他の狸たちも動き出した。
俊敏な動きで彼らは高所に新たに現れた巨大な植物の蔦の上をかけ、結界を張るための布陣をとる。
「さあ、れもたん、わかたん、ゆかたん。あなたたちも、驚いてばかりではダメですよ」
「ちっ、わかったよ。アタシはひたすら、あのでかいのを射抜けばいいんだな」
「そうですね、桃ちゃんのためにも、害虫は駆除してしまいましょうねー。【ファイアーボール】!」
「ニムさん、いきましょう!【チェイン・ライトニング】!」
魔力を込めた鋭い矢が、連続で女王蜂めがけて射出される。
炎の玉が爆炎とともに広がり、広範囲の爆発を起こす。
霧の中で連鎖する電撃が、あまたの蜂を巻き添えにして周囲を白く照らす。
そして、ヘノとルビィによる紅い暴風は。空の主導権を争い、吹きすさぶ瘴気の風とぶつかり続けている。
数多の蜂が、己を弾丸として空間内を飛び交い、化け狸の結界を攻め続ける。
瘴気をまとった魔力の毒針が、雨のように降り注ぐ。
それぞれが嵐のような砲撃を繰り返し、互いの結界がそれを防ぐ。これは、我慢比べだ。
「魔女様、やばいでしょ! ……こいつ、全然どうにかできる気がしないって! こんなのどこの弾幕ゲーよ!」
檸檬が叫ぶような声を上げる。声が互いの砲撃の嵐に呑まれ、大声を上げねば伝わらない。
現状は、膠着状態と言えるかもしれない。
しかし、分が悪いのは――こちら側だ。
「ぐふっ」
結界を維持する狸の一体が、強大な魔力の毒針を防ぎきれず、血を吐き倒れていく。そこに妖精たちが駆けつけて、治癒を施していく。
結界を維持するためには、狸たちの力が必要だ。けれど、この作戦は彼らの負担があまりに大きすぎた。
「りりたん! あなたの力で、どうにかできませんか!」
ニムを肩に乗せた柚花が、頬に汗を垂らしながら、りりたんに向かい叫ぶ。
ただひたすらに雷を射出している柚花は、狸たちの結界に守られて無傷ではある。けれど、この状況がかなりまずいということを理解している。
これだけの布陣を敷いた上での、単純な、絶対的な力負け。それだけ、あの巨大な蜂の巣には膨大な魔力がため込まれていたのだ。
「いま、考えています……!」
りりたんとて、周囲に指示を出して眺めているだけではない。
今のりりたんは黒い翅の妖精姿の分身体なれど、その力はそれでもなお絶大だ。この戦場を支えている大地から生えた巨大な植物も、狸たちの結界も、その全てにりりたんは魔力を提供し続けている。莫大な魔力のサポートがあって、なおのこの戦況だ。
爆音と、羽音が響きわたる。結界が軋む音がする。残念ながら、この軋む結界は、こちら側のものだ。
奥の手は、無くはない。
様々な事情で温存せざるを得ない『絶対的な破壊の力』を、このパーティは保持している。
だが、それを使うためには、それ相応の覚悟が必要だ。
りりたんは一足先に覚悟を決めて、この爆音の中でも全員に響きわたる魔力を乗せた声で、皆に作戦を伝える。
「一点集中です。檸檬さんの魔力の矢、柚花さんの【召雷】。全力のそれで、相手の結界に一カ所、穴をこじあけてください」
りりたんは、和歌を見つめる。
「その瞬間、そこから【フレアバースト】をねじ込みます。あの蜂の結界の中で爆発させます。妖精たちはそのサポートを、狸の皆さんは、その後に来るであろう炎熱と衝撃から、全員を守り通してください」
女王蜂の結界を逆手にとった、ひとつの賭けだった。
和歌のフレアバーストは、迂闊に使用してしまえば大規模な迷宮崩壊、そして味方への甚大な被害が発生しかねない諸刃の剣だ。
しかし、その強大な魔法を、相手の結界内にねじ込むことができたならば――。
りりたんは、全員を見渡す。そして、問う。
「できますか?」
りりたんの言葉を聞きながらも、今なお術を維持している狸たちは、魔法を繰り出す人間たちは、風や植物の力で戦場の主導権を維持していた妖精たちは。皆が、強く頷く。
全力の一点集中。
失敗は、許されない。
「やってやりますよ。檸檬さん、狙うべき場所は、視えますね」
「ああ。あそこが一番、結界に綻びがある。アタシにも視えてるよ」
少女たちの瞳が、魔力の光を得る。
すべてを見通す【看破】。対象を確実に捉える【鷹の目】。それぞれの瞳に宿る力が、女王蜂の結界の『弱点』を感知する。
「和歌、力を貸すわ♪」
「助かります、ウワバミ様」
妖精の力を得て、和歌にもその『弱点』が視える。空中では今もなお、紅い暴風が嵐となって瘴気の風とぶつかり合っているが、敵の結界が弱まっているのはまさに、暴風が激しくぶつかり合っている位置だ。
ヘノとルビィの作り出した紅い嵐は、確実に、着実に。女王蜂の結界を、削り取っていた。
狙いは決まった。ならば、あとは呼吸を合わせるだけだ。
三。呼吸を合わせる。
二。狙いを合わせる。
一。そして。
「【召雷】!」
「【魔力の矢】!」
二つの巨大な閃光が、その深き空間を、貫いた。