ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「こんのおぉぉぉ!!!」
桃子は、女王アリへと向かい地面を蹴り、真っ直ぐに駆け抜ける。
先ほどまで桃子を苦しめてきた女王アリの外骨格の凶暴な腕は、無差別に振るわれていた触角は、そして数多の兵隊アリたちは。ノンとリドルが作った石壁が防いでくれている。
駆け抜けた直後、桃子の背後で石壁が破壊される音が響く。けれど、桃子は怯まない。
桃子の体躯では、巨大な女王アリの頭部は狙えない。ならば、狙うは胴体だ。
紅珠に付与された【氷結】に魔力をそそぎ込み、桃子は大きくハンマーを振りかぶる。
「たああああぁぁぁ!!」
『いけええドワーフ!! やっちゃえええ!!』
奇しくも。
桃子が女王アリの右側面で【氷結】のハンマーを振りかぶったその瞬間は。
女王アリの左側面で戦っていたドワーフが、ルゥによる氷属性の付与をうけたハンマーを、大きく振りかぶるのと同時だった。
ドウン、という白い衝撃。
桃子の視界が、一瞬真っ白に染まったかと思えば、その次の瞬間には。
女王アリを中心として、叩きつけられた氷の魔力が巨大な爆発を起こし、周囲を白く、冷たく、照らし上げた。
「ふぎゃっ」
桃子は爆発に巻き込まれ、ハンマーを強く握ったまま後方へと大きな弧を描いて飛んでいく。
そのまま固い岩盤に頭から激突する寸前で、リドルが作り出した弾け飛ぶ魔法陣でバウンドし、ごろごろとノンたちの手前に転がり落ちてくる。
「イタタ……なにが起きたの?」
「だ、大丈夫ぅ? 桃子さん、物凄く吹き飛んで、バウンドして、転がってたよぉ?!」
「どうやら、勝負は決したのでは、ないかな?」
桃子が、頭をぶんぶん振りながらゆっくりと立ち上がる。頑丈な桃子なので「イタタ」で済んだものの、しかし飛んだりバウンドしたり転がったりで、桃子本人も状況が全く把握出来ていない。
だが、顔を上げれば。戦いがどうなったのかは、一目瞭然だった。
「凍り……ついてる……?」
そこにあったのは、二つの氷のハンマーで挟み撃ちにされ、氷漬けになった女王アリの巨体だった。
ハンマーの衝撃で、巨大だった腹部の大半は吹き飛んでいる。
「……やった……やった、やった! 倒せたんだね!」
「むぎゅうだよぉ」
じわじわと、桃子にも実感が湧いてくる。
本当はすぐにでもヘノと抱き合いたい気持ちでいっぱいだけれど、残念ながらヘノはここにいないので、代わりにノンを捕まえてハグをする。
『母上、素晴らしい一撃だったな』
『カレー! カレー! お祝い!』
凍り付いた女王アリの胴体を乗り越えて、反対側から顔を出したのはドワーフとルゥの二人だ。
氷のハンマーの挟撃。それが今回の、決め手だったようだ。
「あははは、ルゥちゃん。まだ気が早いよ、ほら今回は――」
そこで桃子は、ようやく思い出す。
女王アリは撃退できた。けれどこの日の作戦は、それで終わりではないのだ、と。
白い冷気の爆発で女王アリが凍り付いた後。
喜んでいたのはもちろん、桃子たちだけではない。
「やった! 勝ちましたねリーダー、クヌギさん!」
「サカモト、まだ油断するな。特殊個体ならば、ここからの反撃もあり得るんだ」
「うぐ、まあそれはそうなんですけど」
風間とサカモトは、正面で女王アリを引き寄せる役割だった。女王アリは強く、どうにか残心を保っている風間とて、全身が傷だらけの血塗れ姿だ。
サカモトの場合は金ぴかの鎧が汚れているだけで、中身がどうなっているのかは分からない。だが、先ほどから左腕はぶらりと下げたままで、歩き方もおかしくなっているのはつまり、そういうことだろう。
これ以上戦いが長引いていたら、危険だったのは間違いない。
「風間さん、サカモトさん。二人とも、ひとまず離れましょう。せめて応急処置をさせてください」
「父ちゃん! やったっすよ! アリたち、みんなどこかに逃げてったっす!」
「たぬー!」
しかし、そこに飛びついてきたのはクヌギの娘であるポンコ。そして、同じく周囲で死闘を繰り広げていた、化け狸たち。
彼らもまた満身創痍だったが、一人の脱落もなく勝利を得られたようだ。
風間としては本当はすぐにでも応急処置をしたいところだったが、父娘の時間を邪魔するのも無粋だなと、力を抜いてその場に腰を下ろす。
「ポンコちゃん、俺もがんばりましたよ! 黄金の鎧マン、サカモトです!」
「うん、サカモトさんも格好よかったっすよ! 父ちゃんを守ってくれて、ありがとう!」
「いやー、ははははっ、俺、今からでももう一戦戦えますよ! 片腕動かないけど!」
「馬鹿やめろ、縁起でもないことを言うな」
女王アリは特殊個体でなかったとはいえ、今は全員が満身創痍なのだ。
冗談でも『もう一戦』などと、馬鹿なことは言わないでほしいというのが、風間の本音だった。
「それに、まだ終わったわけじゃない。上ではまだ、女王蜂が――」
しかし、風間の言葉はそこで途切れる。
突然の轟音と振動が迷宮内に響き渡ったのは、この直後だった。
「滅びよ魔物! 【フレアバースト】!!」
女王蜂との死闘は、奥の手として温存していた手札を切るに至る。
柚花の全力の【召雷】、そして檸檬の【魔力の矢】により、強固だった女王蜂の結界に穴があく。そして、その後を追いかけるように【フレアバースト】が唱えられた。
ブランクが長かったとはいえ、さすがは幾度の死線をくぐり抜けた探索者だ。和歌は少しの狂いもなく、結界の隙間を通して【フレアバースト】の火種を投射することに成功した。
「皆さん、伏せてください!!」
火種が着火するまでのコンマ数秒、柚花が全員に響きわたる声で叫ぶと同時。迷宮を揺るがすほどの爆音と炎が、女王蜂を包み込む。まばゆい炎の光が、柚花たちの視界に広がる。
そして、巨大な結界が弾け飛ぶ甲高い音。続いて狸たちの悲鳴と、近くで結界が弾け飛ぶ音。そして、時間差で襲い来る炎熱の衝撃で。
柚花の意識は、白く塗りつぶされた。
――ピチャ、ピチャ。
「たぬー……み、みんな無事たぬ?」
「ククク……どうやら、どうにか無事だったようだねぇ」
「とんでもない爆発だったヨ。桃子の仲間は、やっぱり人間じゃなかったのヨ」
頭から何か、冷たいものが降り注ぐ感覚で、ようやく意識が戻ってくる。柚花は、自分が今どうなっているのか分からなかった。
爆発の瞬間。その場でニムとともに伏せたはずだけれど、しかしすぐに訪れた光と爆音、そして衝撃とともに吹き飛ばされ、前後不覚に陥っていたようだ。
和歌の【フレアバースト】は強烈な威力だった。女王蜂の結界、そして狸たちの結界。その二重の結界越しでもなお、柚花の意識を飛ばす程だったのだから。
「檸檬さん、タチバナさん。二人とも、大丈夫ですかー?」
「んふふ♪ ごめんなさいね、和歌を守るのだけで精一杯だったのよ」
そして先ほどから続く、チョロチョロと水をかけられるような感覚と、自分の名を呼ぶ声。
柚花はようやくそこで目を開き、生きていることを確認する。転がった際の軽い痛みはあるものの、幸いにも怪我というほどの痛みはない。
巨大な葉の上で吹き飛ばされたものだから、場合によっては樹上から真っ逆様になるのも覚悟していたのだが、どうやらそこまで大きく吹き飛ばされたわけではなかったようだ。
足下は、表面がからからになった巨大な葉。
そして、なぜから頭の上から先ほどから降り注ぐ水と、その犯人。
「うぅ……癒しの水、癒しの水をもっと……」
「あ、あの、ニムさん。私は大丈夫ですから、水はそっちの檸檬さんにかけてあげてください」
「わ、わかりましたぁ……」
すぐ横には、恐らく自分と同じように意識が飛んだままの弓使いの少女が倒れている。
ニムが水をかけると、檸檬は思いの外可愛らしい悲鳴をあげて飛び起きた。普段ならば軽くからかうところだが、今はそのような場合ではない。
周囲を見て、柚花は現状を理解する。
周囲には、先ほど声をかけてくれた和歌のほか、妖精たちや化け狸たちも集まっている。どうやら全員、落下することなく無事だったようだ。
「物凄く。吹き飛ばされたな。みんな。葉っぱから落ちるかと思ったぞ」
「滅茶苦茶! すごい炎だったな! アタシよりすごかったぞ!」
「ククク……私たちが育てた植物が、一瞬で枯れてしまったようだねぇ」
柚花は、ゆっくりと立ち上がり、そして頭上を見上げる。
妖精たちの呑気なやりとりからある程度は察せられるけれど、自分の瞳で結果を見てみないことには、何もわからない。
「ふふふ。どうやら、魔力の要だった蜂の巣を、丸ごと焼き尽くすことに成功したようですね」
少し上には、黒い翅を持つ妖精りりたんが同じように頭上を見上げていた。
その視線の先には――爆炎の影響なのだろう、真っ黒に焦げ付き、今にも崩れ落ちそうな蜂の巣と。
そして、そこにしがみつくようにしている、すでに空を舞う翅も焼け落ちた、瀕死の女王蜂の姿があった。
蜂の巣は、すでに所々が白い炭へと変化している。そして、空気にのってやたらと甘い香りが漂ってきた。
これは、蜂の巣と共に炎で炙られた、ハチミツの発する香りだ。今が戦闘中でなければ、何人かは涎を垂らしてしまっていたことだろう。
「ハチミツが焼けちゃってるのか。なんだか。勿体ないな。涎が垂れてきたぞ」
戦闘中に涎を垂らしている妖精もいた。
「ククク……どうやら、女王蜂のほうも、もう力つきたようだねぇ……」
「ふふふ。お疲れ様でした、皆さん。一時はどうなることかと思いましたし、オウカさんの【天啓】には怖いことも言われましたが――どうやら、勝利できたようですね」
妖精りりたんが、蜂の巣から視線をはずして皆をねぎらうように声をかける。その言葉の中に柚花は、何か引っかかるものを感じたが、しかしそれよりも気になることがあった。
その向こうでは、巨大な蜂の巣が支えを失い、その根本がぐらぐら、ゆらゆらと、崩れかかっていた。
「ちょ、ちょっと。あんなでかいのが落下して大丈夫ですか?」
巨大な蜂の巣が、死にかけの女王蜂と共に、落下しようとしている。
恐らく、女王蜂はそのまま死を迎えるだろう。仮に瀕死だったとしても、降りてからトドメを刺せばよいだけだ。
あの女王蜂に、もはや戦う力は残っていない。それは、この場の誰もが認めることだった。
「うぅ……で、でも、あんな大きな巣が落ちたら……大変ですねぇ」
「地面は割れるかもしれないけど、この葉っぱに乗ってれば大丈夫なのヨ」
「んふふ♪ 葉っぱは、枯れてからも意外と丈夫なのよ♪」
そのような会話が、耳に入る。
地面は割れるかもしれない。
それはそうだ。あんな巨大な巣が地面を砕くように落下するのだから、それなりの衝撃が地面には入るだろう。
――地面の下には、何がある?
ふと。柚花の脳裏に、嫌な予感が一気に湧き上がる。考えるよりも先に、鳥肌がたつ。
この場の誰も、ヘノですら激闘の末の勝利と甘い香りに酔い、気が抜けているけれど。
柚花だけは、柚花だけは、絶対に忘れない存在がいる。
「ヘノ先輩……ヘノ先輩! 一つ教えてください! いま、今、先輩たちはどこにいますか!!」
「なんだ。桃子か? 桃子は――」
柚花に聞かれたヘノは、少しだけ意識を集中して。
そして――。
顔面蒼白になり、真下を見つめる。
まさに今、巨大な巣が落下しようとしている、この広大な空間の地面を見つめる。
果たして、誰が気づいただろうか。巣とともに落下する女王蜂は、未だ。
勝利への、繁殖への。恐ろしいほどの執念を燃やしている、ということに。
「違う! あれは、まだ戦う気です――!!」
とっさに、柚花は叫ぶ。
けれど、もう間に合わない。
巨大な巣は、女王蜂の身体とともに地面を砕き。
まさに、真下に広がっていた、アリの巣の最深部――女王アリの間の天井が崩壊する音が、房総ダンジョン第四層『大樹の根』に、低く、重く。響き渡るのだった。