ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
事前に和歌の【フレアバースト】による巨大な爆音と揺れが響きわたり、女王アリに勝利した桃子たちが警戒態勢を敷いていたのは僥倖だ。
「きゃああっ!!!」
『うわあ!』
突然、女王アリと戦っていた空間――女王アリの間、とでも言うべき区画の天井が、臓腑に響くような大きな揺れと共に崩壊を始めたのだ。
桃子とルゥは悲鳴をあげたが、その場にいた大地の妖精たちは、すでに動き始めていた。
『母上、ルゥ、伏せるのだ!』
「リドルっ! 桃子さんたちを守るよぉ!!」
「了解では、ないかなっ!?」
ノンとリドルが、全力で大地に力を注ぎ、桃子たちを守るための岩のドームを作り出す。
あわや落ちてきた岩の下敷きになるかというところで、桃子とドワーフを囲うような岩盤のドームが形成され、真上に落ちてきた岩の数々はリドルの魔法陣がその方向を逸らす。
生き埋め、或いは圧死という最悪の予感がよぎり、桃子はただひたすら、ノンを信じてその場でルゥを抱きしめたままその身を丸くした。
「ゴーレムの陰に入って!! 狸たちは結界を!」
そして、桃子たちとは離れた場所にいた風間たちのグループでは、クヌギが迅速に対応をする。
彼が操っていたゴーレムが、この場にいた全員を庇うようにひざを突き、その背で天井からの落石をガードする。
「うわあああ! 父ちゃん! 天井が落ちてきたっす!!!」
「たぬーっ!!」
「ぽ、ぽんっ!!!」
ポンコはクヌギにひしと抱きつき、化け狸たちはがむしゃらになって結界を展開する。先ほどまで満身創痍だったその身に鞭をいれ、とにかくこの崩落から無事に助かるために、尽きかけていた力を振り絞る。
クヌギは残りの魔力をすべて使い尽くす勢いで、皆を守るゴーレムを地中から量産し、ゴーレムによる頑丈な空間を形成する。
「ぐえーっ! 死ぬー!」
「サカモト、こっちだ!」
サカモトの黄金の鎧にこぶし大の岩が降りそそぎ、ガンガンとけたたましい音を立てていたので、風間がその腕を引き、ゴーレムの傘の下まで引きずり込む。
あわや、直前までサカモトがいたその場所には1メートルを超す大岩が直後に落下し、地面を陥没させるのだった。
天井の崩壊。もちろん、この巣の天井すべてが崩壊したわけではなく、ごく一部の崩壊だ。
けれど、女王アリ討伐のために集まっていた者たちを生き埋めにするには十分な量の体積が降り注ぎ、そして、ようやくその崩壊音が鳴りを潜める。
「……な、何があったの?! 今の、どうしたの?!」
丸くなり頭をかかえて縮こまっていた桃子は、ようやく顔を上げる。目の前にいるノンの優しい光が、桃子の心に落ち着きを取り戻してくれる。
「どうやら、ここは蜂の巣の真下だったみたいだよぉ……」
「先ほどの衝撃は、巨大な何かが落ちてきた音なのでは、ないかな?」
「風間さんたちも無事みたいだけど、ここからだとちょっと見えないよぉ」
桃子たちがいるのは、急遽ノンとリドルが作り出した岩のドーム内だ。天井を丸くして衝撃を受け流す形にし、更にリドルが魔法陣で直接的な衝撃を巧みに逸らし続けたことで、どうにかこの岩のドームは形を保ってくれたようだ。
横には、同じくドームに守られたドワーフと、桃子の胸元で縮こまっていた小妖精のルゥが恐る恐る姿を現す。
ドームの外には、岩や土が大量に積もっているが、しかし瓦礫には隙間が多く、桃子たちもどうにか這い上がれそうではある。
だが、岩の透き間から漂う空気には、謎の、焼け焦げたような甘い香りが充満している。桃子はノンたちと顔を見合わせるが、答えは出ずに、皆が困惑している様子だ。
そして、更に、桃子は何かに気がついた。
「ねえ、これ……なんの音?」
外から、何かが聞こえてくる。
岩がきしみ、土が崩れる音。その中に確かに混ざっている、ぐちゃ、ぐちゃ、というような。
獣が何かを食い千切るような、そんな音が聞こえた。
『……儂が見てこよう』
『ルゥも! ルゥもっ!』
「あの、私も! 私もいくよ!」
「な、なんだか嫌な予感がするよぉ……」
「では、皆で見に行くといい。ボクは、風間くんたちの方へ行こう」
リドルは、賢そうにそう言うと、瓦礫の隙間をすいすいと抜けてどこかへ飛んでいってしまう。
残された桃子たちは互いに頷き合い、ノンが固定してくれた岩の数々をよじ登る。
「な、なにあれ……!?」
桃子が見ている箇所。そこは間違いなく、女王アリの氷像のあった場所だ。
しかし、今その場所にいるのは、桃子の見知らぬ巨大な魔物だった。
否、見たことがなくとも、その姿を見ればわかる。全身が黒く焼け焦げ、翅を失ってはいるものの、その黄色と黒の模様を持つ昆虫は、蜂だ。あれは、女王蜂だ。
見るからに死にかけの女王蜂が、くちゃ、ばき、と音を立てている。
半ばまでが崩落で埋まっている女王アリの氷像に顔を埋めて、何かを噛み砕いている。
その度に、氷が砕け。体液とも、血とも言えぬ液体が飛沫をあげる。
『女王蜂が、女王アリを食っているのか……!』
『何あれ、何あれ、ドワーフ! なにあれ!』
「ルゥ、駄目だよぉ! 危ないから、こっちにくるんだよぉ!」
「ルゥちゃん、こっちきて! 私たちと一緒にここからすぐに離れよう!」
ルゥが、女王蜂が何をしているのかをよく見ようと、それに近づく。
その巨大な蜂は、小妖精のルゥからみても死にかけで、弱々しく感じられたのだ。だからこそ、ルゥは警戒心よりも、好奇心を優先させてしまったのだ。
そして。その行為を危険だと判断したノンがルゥの手を引き、更に桃子も一歩踏み出して、ノンとルゥをまとめて抱き寄せたところで――。
そこからは、すべてがスローモーションのように、桃子の脳裏に再生された。
女王蜂が顔をあげ、咆哮をあげる。昆虫に咆哮という概念があるのかはわからない。ただ、鳴き声ともなんとも言えぬ耳障りなその音は、間違いなく『雄叫び』だった。
それと同時。
びゅう、と。身体を貫くような悪寒が、雄叫びをあげる女王蜂を中心に、爆発のように吹き出した。
それは、闇に飲まれた渓谷で、瘴気の吹雪の中で、暗闇の地下遺跡の奥で。桃子が過去に何度も感じた悪寒と、同質のものだった。
突然の衝撃でバランスを崩し、倒れかけた桃子の視界に、天井が抜けた遙か先が見えた。
そこから、緑色の魔法光が、物凄い速度で自分へと向かっているのが見えた。
そして。
『母上っ! すまぬっ!』
「えっ……?」
聞き慣れた声とともに、妖精たちを抱いたままの桃子の身体が、強く、強く弾き飛ばされる。
唐突に、強い力で弾き飛ばされ、後方へと倒れゆく桃子の視界には。
巨大な女王の外骨格の腕に、荒れ狂う凶悪な蟲の爪に――その身を貫かれ、光の粒をまき散らすドワーフの姿が、映っていた。
【木漏れ日の記憶】
それは、とある日にあった出来事だ。
桃子が房総ダンジョンへ足を踏み込み、第一層の森の中をうろうろしていると、ふと。
目の前にうっすらと、桃子と同じくらいの背丈ながら、どっしりとした鎧に身を包んだヒゲの人物、ドワーフが現れた。
『母上。お久しぶりだな』
「あ、ドワーフさん! やった、今日はいいことありそう!」
ドワーフは、主にこの第一層『森林迷宮』に住んでいるこのダンジョンの魔法生物だ。
しかし、ドワーフも桃子の【隠遁】に近しい能力を所持しており、普段は人間たちに姿が見つからぬよう姿を消した状態で生活している。そして、ドワーフの姿を認識できないのは桃子も例外ではない。
そのため桃子からみれば、ダンジョンに入って早々にドワーフと出会えたというだけで、非常に価値のある出来事なのだ。
『いいこと……かどうかはわからぬがな。ときに、今日はヘノどのはいないのか?』
「うーん……ヘノちゃんもそのうち来るとは思うけど、今日は何か忙しいのかな?」
まさに今、ヘノはほかの仲間たちとともに、砂丘ダンジョンの熱砂砂漠まで『デーツ』を取りに行っているところだった。
つまり、ヘノが来るのは当分先となる。
「ドワーフさんこそ、ルゥちゃんは一緒じゃないの?」
『ルゥは一時的に里帰りをしているよ。ジャガイモをたくさん持ってくると意気込んでいたな』
「そっか、じゃあ二人ともしばらくは待ちぼうけだね」
『儂はべつに、ルゥを待っているわけではないが……』
ヘノとルゥ、いつもは一緒にいる妖精たちもおらず、この時間は桃子とドワーフの二人きりだ。
妖精たちがいたら邪魔になるなどということではないけれど、事実としてこの二人きりで出会うことなど滅多にない。
だからこそこの機会に、ドワーフと二人で行動しようと桃子が考えるのは、半ば必然のようなものだった。
「じゃあ、一緒に何かしよっか。キノコ集めとかする? それとも、いっそ焚き火でカレーとか作っちゃう?」
『母上はカレーが本当に好きなのだな。しかし、実は今日はだな――』
そこで、ドワーフが提案した内容に。
桃子は悩みもせず、「うん!」と、元気に頷いて見せたのだった。
ドワーフの提案。
それは、今週はじめてダンジョンに潜るという、新人探索者たちの見守りだ。
もちろん、新人探索者には経験を積んだ先輩探索者が引率としてあたる上に、この房総ダンジョンではそもそも滅多なことは起こらない。
だが、それでもしっかりと見守るのが、このドワーフという存在だった。
「ドワーフさんは、いつもこういう風に、新人探索者の皆を見守ってるの?」
『うむ、そうだよ。新人に限らず、儂は、この房総ダンジョンの者たちの平穏を守るために生まれた存在だからな』
新人探索者。その大半は、14歳の中学生たちだ。
体格としては全員が桃子よりも大きいけれど、武器を手にするその姿は、まだまだ頼りなさが窺える。
桃子とドワーフは彼らとつかず離れず、何かあればすぐに手助けできる位置でその様子を見守りながら、雑談に興じていた。
なお、いまはドワーフも【隠遁】状態なため、桃子が彼を見失わぬように二人でしっかりと手をつないでいる。
ドワーフはやや気恥ずかしそうだった。
「ええと……生まれた経緯はともかくね? ドワーフさんが自由に好きなことをしてもいいんじゃないかなって。探検してもいいし、なんなら他のダンジョンに遊びに行ってもいいし」
『母上は優しいのだな。いや、しかし違うのだ、母上』
「違う……って?」
『人々を、房総ダンジョンを見守ること――それが儂にとって一番、大好きなことなのだよ、母上』
「ええと……私が工房の仕事を好きでやってるみたいに、趣味と実益を兼ねる、っていうこと?」
『うむ、そうかもしれぬな。儂は、人々を、魔物の災厄から護りたいのだ』
「そっかー」
ドワーフは、とても優しい瞳をしている。柚花に言わせれば、それはきっと『母親似』なのだろう。
けれど、そんな桃子以上に、彼はこの房総ダンジョンと、そこに住まう探索者たちを愛しているようだ。
房総ダンジョンの探索者たちを助ける存在。力強い守り神。それらが、都市伝説で語られたドワーフ像だ。
そのような願いや想いがこのドワーフを作り上げたのだと思うと、桃子としては誇らしいような、申し訳ないような、複雑な気持ちがあるのは否定できない。
彼は、そういう風に生まれた。けれど、本人はそれに不満を持ってはいないどころか、そこに喜びを見いだしている。それは、桃子にとっての救いである。
「ねえ、せっかくだからさ。何かドワーフさんのお話でも聞きたいな」
『なら、房総ダンジョンの探索者たちの愉快な話があるぞ、母上』
それからしばらく、新人を見守る傍らで桃子は色々な探索者の話を聞いた。
最初は弱々しかった少年が、ゴブリンを倒したことで自信をつけ、たった半年で筋肉ムキムキに成長したこと。
別々のチームの名も知らぬ間柄の青年と少女が、キャンプ広場での合同作業をきっかけに親密になりつつあること。
ピザ屋の宅配バイトが、食料を運搬するための特殊なスキルを開花させたこと。
とある探索者チームが病院にいる妹を見舞った後には、不思議とツヨマージそっくりの香りが漂っていること。
他の探索者たちの動向に疎い桃子にとっては、どれも興味深い話だった。どきどきしたり、笑ったりと、不思議がったりとしているうちに、時間が過ぎるのはあっと言う間だった。
「はぁ……でも、ここの探索者の皆は、幸せだね。守り神がいるダンジョンって、すごく幸せだと思うよ」
新人探索者たちは、森の歩き方を教えられ、ゴブリン数匹との戦いを経験して、無事に房総ダンジョン名物のキャンプ場へとやってくることができた。
彼らはこの安全が確保されている区画にて、房総ダンジョンの過ごし方を学んでいくのだろう。しばらくは、魔物との戦いはお預けだ。
優しい先輩探索者たちに恵まれて。
見守ってくれる守り神に恵まれて。
この房総ダンジョンは、とても恵まれた環境だなと、桃子は心から思う。
しかし、そこに不思議そうに言葉を挟むのは、まさに守り神たるドワーフその人だ。
『ふむ? 何を他人事のように言っているのだ。母上も、柚花どのも、この房総ダンジョンの探索者だろう?』
「うん? まあ、そりゃそうだけど……」
『儂は、この房総ダンジョンで母上に何かあれば、真っ先に助けにいくよ。護ること。それが、儂の幸せなのだ』
「そっか、そっか……えへへ、なんだかうれしいな」
『儂は、房総ダンジョンの守り神らしいからな。母上も大船に乗った気持ちでいてくれ』
鎧とヒゲと、桃子とは似ても似つかぬごつごつした手。
そんなドワーフと、手をつないだまま、桃子は笑顔を浮かべる。
「うん、そのときは……守ってね」
『ああ、約束だよ。母上』
ドワーフは、うむりと頷いて、ぎこちない笑顔を浮かべる。
彼は、その約束を、違わない。
その約束が、いつの日か。桃子の心の傷になる日がくるとしても。