ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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受け継ぐ意思

 同時刻。

 妖精の国、女王の間ではりりたんの本体が苦悶の表情で倒れ込み、ティタニアとオウカがすぐさまその身に癒しの光を当てる。

 

「くぅっ……!! 間近で、特殊個体の瘴気を浴びすぎましたね……」

 

「お母様、分身を解いて、すぐに退避をしてください」

 

「そうですわ。瘴気の傷もありますが、それに伴うあなたの身体の負担が想像以上です」

 

 房総ダンジョンに、特殊個体が誕生した。よりによって、敗北した女王アリの魔力核を直接咀嚼することにより、女王蜂は進化の条件を満たしてしまったのだ。

 特殊個体の誕生を阻止するという作戦は、失敗。

 本来ならば。りりたんは特殊個体が生まれ次第、妖精姿の分身体を消して瘴気あふれる空間から身を引く手はずだった。

 事実、今も分身の妖精を通じ、りりたんの身にも瘴気のダメージが蓄積されつつある。白い足に焼き付いた瘴気の傷が、煙をあげ、ジワジワと。その身を浸食しようとしている。

 

「駄目、駄目です……いま、いまここで……私は、選択をしなければいけません……!」

 

 けれど、りりたんは身を引かずに、その場に分身体を残すことを選んだ。

 彼女の脳裏に、オウカの【天啓】がよぎる。

 

 ――風吹く空を奪われるか、地の光を失うか

 ――犠牲の痛みは、避けられぬ

 

 今ならば、わかる。

 ドワーフを救うために、女王蜂に空の覇権を譲るか。すぐに迎撃を開始し、このままドワーフを失うのか。りりたんは、どちらかを選ぶ必要がある。

 そこに、自身の安全を選ぶ選択肢などはない。桃子は怒るかもしれない。けれど、死者である自分の犠牲など、一番軽い犠牲なのだから。

 

 

 

 

「先輩……先輩! 先輩っ!!」

 

「うぅ……桃子さん……」

 

 ニムを除いた妖精たちが全員、真っ直ぐに崩落現場へと飛び立っていってしまった葉の上で。

 柚花は半狂乱になり、眼下に見える崩落跡へ向け叫び続ける。あの場所には、桃子がいるのだ。上空からは何が起きているのかは把握できない。【看破】も、瓦礫の底までは見通してくれない。

 だから、遙か上空から、柚花には声をあげ続けることしかできなかった。

 

「落ち着けタチバナ! 大丈夫、桃子ちゃんは大丈夫だから! アタシの【鷹の目】がちゃんと視てる! ノンちゃんたちが守ってくれて、無事だから!」

 

「あ……」

 

 そして、柚花の腕を強引に引き上げたのは檸檬だ。

 檸檬の瞳には【鷹の目】という、対象の姿を常に捉え続ける能力が備わっている。柚花の【看破】ほど万能に見破る能力ではないけれど、一度その対象を決めさえすれば、それが海中だろうが地中だろうが、彼女の瞳はそれを逃さない。

 檸檬の言葉に、ようやく理性を取り戻した柚花が、頬を涙でべちょべちょにしながら、葉の上にへたりこんだ。

 ニムが甲斐甲斐しく柚花に癒しの水をかける。涙の上から水をかけられて、柚花は本格的にべちょべちょだ。

 

 檸檬の言葉に安堵の息をもらしたのは、柚花だけではない。柚花のように半狂乱にならなかっただけで、和歌もまた、桃子を心配する一人だった。

 けれど、やはり彼女は探索者としての経験が長い。心に氷を敷き、感情の高ぶりを凍らせる。

 

「タチバナさん、檸檬さん。今は安心している場合ではありませんから、覚悟を決めましょうねー」

 

 和歌の背後では、狸たちが術を使うための葉を取り出し、悲壮感の漂う顔で身構えている。毛皮に包まれた風貌なため分かりづらいが、恐らく皆、血の気の失せた顔色をしているのだろう。

 先ほどまで、女王蜂との戦いで全力を出し尽くしたはずだが、すでに状況は、休息を許してはくれないのだ。

 崩落した地下からは、馴染みのある――鵺、霜の巨人、牛鬼と同様の瘴気が発せられている。

 そして、それが現われるのはすぐだった。

 

 ぶおん、という巨大な振動音とともに、崩落した現場から舞い上がる、巨大な影。それは、柚花たちがいる空中の葉より更に高い上方へと、一気に舞い上がる。

 全身が、漆黒のように黒く染まっている。

 燃え尽きたはずの翅は、それまでよりも巨大で禍々しい形状へと進化している。

 それは、間違いなく。

 

「……特殊、個体……!!」

 

 覚悟を決めなければいけない。

 現状、戦う力を残しているものは、少ない。

 そして、眼下では崩落に巻き込まれた者が多く、戦いどころではない。

 だからこそ、今ここで。それに抗えるのは、柚花たちだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

「桃子! 桃子! 無事か。桃子っ!」

 

 桃子は瓦礫の上を転がり、したたかに全身を打ち付けた。気づけばヘノが目の前にいて、涙を浮かべて桃子にすがりついている。

 けれど。桃子は、自分のことなど何一つ、考えられなかった。

 

「ヘノちゃん、ヘノちゃん……ドワーフさん、ドワーフさんが……なんで……」

 

「……特殊個体だ。なんでかわからないけど。死にかけの女王蜂が。特殊個体になったんだ」

 

 ぼんやりした頭で、顔を上に向ける。遙か上――崩落した天井の穴より上に、何か黒く巨大なものが舞い上がっていくのが見える。

 あれが、特殊個体。女王蜂なのだと、桃子は頭の片隅でようやく理解する。

 そして、視線を正面に向ける。

 

『ドワーフぅ、ドワーフぅ……!!』

 

 ルゥが、倒れたドワーフにすがりついている。

 彼の腹部からは大量の光の粒が舞い上がっている。桃子はその光を知っている。魔法生物たちが、そして死した英雄たちが、最期に消え逝くときに見せる、魂の輝きだ。

 

「嘘……そんな……」

 

 ドワーフの周囲には、妖精たちが集まっている。皆で何か叫びながら、必死に術を施している。けれど、光の粒は止まることがない。

 桃子は、呆然としながらも、立ち上がり、すでに半身を失ったドワーフの元へと、歩み寄る。

 

『ルゥ……すまないな……儂は先に……』

 

『やだ! やだ! ドワーフと一緒に、いたい!! うわああぁっ!!』

 

 ルゥが、消えゆこうとするドワーフの身体にすがりつく。

 ルゥの慟哭が、響き渡る。

 

「そ、そうだよっ! 駄目だよ! ドワーフさん……! まだ、これからだよ……!!」

 

 桃子もドワーフの横にかがみ込み、手をあてる。助けようと、奇跡を起こそうと。自分の中の【創造】の力に必死に語りかける。

 

「【創造】! 動いて、動いて……お願いだから……」

 

 けれど。

 ドワーフの光の粒は、止まらない。

 

『ドワーフ、ルゥを……一人にしないで……』

 

 光りの粒に照らされて。ルゥの呟きが、悲しく響く。

 

 

 

 

 

 

『お母様!』

 

「ルビィ、私は……」

 

 りりたんは、上空から全てを見下ろしていた。

 悩んでいる時間はない。それは理解している。今すぐに、選択しなければいけない。

 今ならば。りりたんが全力で特殊個体として生まれたての『女王蜂』を迎撃すれば、討伐は可能だろう。

 今ならば。りりたんが全力でドワーフの光を繋ぎ止めれば、彼の命を救える可能性はあるだろう。

 どちらかだ。どちらかしか、選ぶ余地はない。

 けれど、その背を押してくれたのは、赤い翅を持つ、自分の愛娘の一人だった。

 

『お母様の選択は、きっと正しいワ! お母様の思うように、してほしいワ!』

 

 りりたんの脳裏に、遙か過去の光景が蘇る。

 滅びた妖精の国。母である自分を残して逝ってしまった、愛する娘たち。

 あの日、女王ネーレイスが最期に悔いたのは、敵を倒せなかったことではない。娘達を、失ってしまったことだった。

 もう、あのような失態は犯さない。自分は、そう決めていたではないか。

 

「……そうですね、空を奪われたならば取り返せばいい。けれど、光を失えば、それきりです」

 

 りりたんは、己の意志で。

 光を、守り通すことにした。つかみ取ることにした。

 

 

 

 

 ドワーフが倒れてからどれくらいの時間が経っただろうか。

 まだ、1分も経っていないかもしれない。けれど桃子には、とても長い時間が経ったようにも思えた。

 

「クルラさん、神力で治療のサポートを! ノンさんは深援隊の救出を急いでください! 風間さんの【浄化】の力が必要です!」

 

 突如として空から舞い降りた妖精りりたんが、ドワーフの上に手を当て、そこに魔力を放出していく。

 そして、周囲にいた妖精たちに、迅速に指示を出す。

 神の属性を持つクルラは白蛇のウワバミ様と変化し、りりたんと共にドワーフに力を注いでいく。ノンとリドルは、未だ地中にいる他の仲間たちの救出を急ぐ。

 桃子から離れないヘノを除いた他の妖精たちは、すでに上にいる柚花たちの救出に向かっている。

 

『お願い……魔女様……ドワーフを、助けて……』

 

「ふふふ。もちろんです。私は、誰も犠牲を出すつもりはありませんよ」

 

 すがるようなルゥの懇願に、りりたんはドワーフへ魔力を注ぎ込みながらも、優しく答える。

 ドワーフを助け出すことを、約束する。

 けれど、桃子たちは知っている。

 

「おい。魔女。おまえ……大丈夫なのか」

 

「りりたん、瘴気が……」

 

 妖精りりたんの表情は、明らかに苦しそうだ。

 そして、その脚にあたる部分からは、桃子ですら目視出来るほどに濃い、闇色の煙が漂い始めている。

 りりたんはもう、強い瘴気の中では無事ではいられない。分身体でも、その影響を受けてしまう。

 だから、本当は今ここにいてはいけないのだ。

 けれど、ドワーフを助けるためには、りりたんの力が必要だ。大切なものを選ばなければいけない、二者択一。桃子の心に、深い、深い重圧がのし掛かる。

 

「ふふふ。ももたん……時には、選択するということは、大事なのですよ。それと、友達の遅刻を許す広い心も大切です」

 

「り、りりたん……?」

 

 一瞬、桃子にはりりたんの言葉がわからなかった。

 友達? 遅刻? 桃子の脳裏に疑問が浮かぶが、しかしその答えは、すぐにやってきた。

 

「遅刻してごめんね。ここからは、私がりりたんちゃんを、瘴気から守るよ」

 

「え……?」

 

「安心してね、スズランちゃん。英霊の力は、こういうのは得意なんだ」

 

 りりたんの身を犠牲に、ドワーフの救助を懇願する。その残酷な選択の恐ろしさに震えていた桃子を包み込むように、背後から優しい声がかかる。

 それは、桃子の大切な、幼なじみの声だった。

 ずっと、ずっと、桃子が幼い頃から見守ってくれていた、とある少女の声だった。

 もちろん、それは事実ではないし、そんな幼なじみは実在しない。あくまで『彼女』の権能から生まれた、桃子のもう一つの記憶である。

 長崎の、英霊たちの力を引き継いだ存在『ハーメルンの笛吹き』という、架空の記憶を生み出してしまう怪異。それが、そこにいた。

 

「イチゴちゃん……!」

 

「ふふふ。遅いのですよ。これだから英霊は信用なりません」

 

「二人ともさ、もっと頻繁に長崎の塩をなめてくれないとさ、つながりが薄いんだよっ。これでも急いで来たんだってば」

 

 若草色のセーラー服に身を包んだ、黄色いリボンが特徴的な少女が桃子の背後から現れたかと思うと、ドワーフとりりたんの前で、両手を掲げる。

 そこから、金色に輝く、聖なる光が溢れだす。

 それは桃子も視たことがある、長崎ダンジョンを守護する英霊達の力だ。不死者の王と対峙するりりたんの身を、護り通してくれた力だ。

 

「私一人だと、そう長くはもたないけどね」

 

「構いません。では私の命は、ちごたんに預けるとしましょうか」

 

 白い蛇神、ウワバミ様が、神の力でドワーフを照らす。

 りりたん、先代女王ネーレイスが、ドワーフに有り余る魔力をそそぎ込む。

 ハーメルンの笛吹き――イチゴが、瘴気を押しとどめるその英霊の力で、無防備なりりたんを瘴気から護り通す。

 それでもなお、ドワーフの身体は、光の粒となっていく。その流れは、止まってくれない。

 けれど桃子には、仲間を信じることしかできなかった。

 

 

 

 

 そして、残された桃子とルゥは、『決意』を胸にすることになる。

 光に包まれたドワーフが。

 力なく、ルゥと、桃子を見つめる。

 

『ドワーフ! ドワーフ……! 消えないで、大丈夫だから、ね……! 皆が助けてくれるから……!』

 

 ドワーフは、少しだけ、愛おしそうにルゥに笑いかけて。

 そして、ゆるりとその腕を持ち上げる。

 

『あ……』

 

 ドワーフは、指さしていた。

 空を。遙か上に舞い上がった、女王蜂を指さしていた。

 上空では、炎が、稲妻が、女王蜂と戦っている。抗っている。

 

 ――儂は、人々を、魔物の災厄から護りたいのだ。

 

 桃子の脳裏に、いつかのドワーフの言葉が蘇る。

 その指は、ドワーフからの、メッセージだ。

 護ってくれ、と。災厄を、防いでくれ、と。

 

『うん……わかった。安心して、見てて、よ。ドワーフ』

 

 ルゥは、氷の翅を広げ、ふわりと舞い上がる。

 涙に塗れたその瞳は、真っ直ぐにドワーフを見つめている。ドワーフとルゥの視線が合い、互いに目を細め、こくりとちいさく、頷きあう。

 

『ルゥが……私が……』

 

 "私"。

 ルゥはいま、自分がたった一人しかいない、"自分"なのだと理解した。ドワーフが愛してくれた、たった一人の"自分"という存在を、理解した。

 そして、白く、氷のような魔力の光を解き放つ。

 

 

「あなたの意思を、受け継ぐ、よ」

 

 

 そこにいたのは、白い衣に身を包み、冷たい冷気の光を纏い。そして、その背に美しい氷の翅をもつ、一人の妖精だ。

 

 たった今。

 新たな強い自我を得た『妖精』が誕生した。

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