ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
上空には、瘴気の嵐が吹きすさんでいた。
特殊個体、女王蜂。それは、遥かダンジョンの吹き抜けの空へと舞い上がり、瘴気の嵐を伴い人間や妖精たちを見下ろしている。
あれはまだ、特殊個体としては生まれたてだ。先ほどまでのような魔力のコアである蜂の巣も持たず、その力もまだ安定していない。
だからこそ、叩くならば、今なのだ。
「ぽん……!!」
「たぬ、たぬう……っ!」
「ククク……植物はどうにか保たせるけれど、手詰まりだねぇ」
「いざとなったら、葉っぱを動かして全員退避させるヨ!」
「うおお! 和歌! アタシの魔力をやるから! もっとファイアボールだ!」
「ええ、とにかく、手数で押しましょう!」
しかし、現実は残酷だ。
上空を吹き荒れるのは、濃密な瘴気をまとった嵐だった。そして、そこを飛び交うのは、巨大な蜂の群れ。漆黒の女王蜂が産みだした、先ほどまで戦っていた蜂とは比較にならないほどの力を持つ、黒い蜂の群れである。
化け狸の結界に黒蜂がまとわりつき、一枚、また一枚と砕け散っていく。柚花たちが足場にしている植物も、この瘴気の嵐の中でいつまで無事に保つかはわからない。すでに状況は、薄い氷上に立つようなものだった。
フラムと和歌が炎の弾丸を連発し、どうにか黒い蜂の大群に群がられることを阻止出来ているが、それだけだ。どれだけ配下の魔物を撃退しようが、特殊個体である漆黒の女王蜂には届かない。
あるいは【フレアバースト】ならば邪魔な蜂の群れを一掃出来るかもしれないが、結界もなにもない今の状態であの魔法を使用してしまえば、敵ではなく味方の被害こそが甚大になってしまうのは間違いない。
「【チェイン・ライトニング】! 【召雷】! ……ああもう! 結界が無くなっても、単純に雷が効いてない!」
「うぅ……だ、大地の力で、電気が拡散されてますねぇ……」
そして、柚花の操る電撃の魔法は、黒い蜂たちにいくら撃ち込んでもたいした威力を発揮できない。
それは、女王蜂が新たに得た力の影響だ。大地を支配していた女王アリの魔力核を直接食らうことで、この女王蜂は空を支配しながらも、電撃を防ぐ大地の力を操っていた。
漆黒の女王蜂率いる黒蜂の群れは、ダメージを受ける前に柚花の電撃を散らしてしまう。
「なんで空を飛ぶ魔物が大地の力を持ってるんですか! 地面に触れてないのになんで拡散出来るんですか! 詐欺ですよ、詐欺!」
「ちっ! あと十倍くらい矢を準備しておきゃよかった……!」
柚花の横では、同じく檸檬が悔しげに呻いている。
彼女の武器は、弓矢だ。しかし、矢というものには数に限りがあり、先ほどの戦闘ですでにその大半を使い切っている。今も残り少ない矢で結界に張り付く蜂を個別に射落としているが、肝心の女王蜂には届かない。
もっとも、通常の矢をいくら放ったところで、今の女王蜂に通じるかどうかは別な話だが。
「こうなったら……檸檬さん。私の魔力をあなたに送りますから、魔力の矢にしてください! 私、あなたの何倍も魔力ありますから!」
唯一、黒蜂の群れを貫き、漆黒の女王蜂へダメージを与え得る攻撃は、魔力そのものを極限まで圧縮させた究極の矢だ。
特殊個体『あやかし』を射抜き、『牛鬼』の脚を切り落とした実績は伊達ではない。
それを使うにはすでに檸檬の魔力は枯渇しすぎているが、魔力操作の応用で、柚花の魔力を檸檬に譲渡出来るかもしれない。
「うぅ……わ、私の魔力も……つ、使えますかねぇ……」
「ククク……ならば、私たちの魔力も使ってもらおうかねぇ」
「動くなヨ。魔力を送るからヨ」
「ひぁぁっ」
「ちょっと、変な声出さないでくださいよ!」
戦闘中だというのに、肌に触れてくる柚花のぬくもりと、首筋に纏わり付く妖精たちのくすぐったさと、そこから送り込まれる不思議な力の感覚が――余りに未知の領域すぎて。
檸檬はつい、変な声をあげてしまうのだった。
桃子はヘノのつむじ風を得て、崩壊した女王アリの間の壁面を駆け上がっていく。ありがたいとは思わないが、先ほどの崩落で壁面もでこぼこと崩れており、桃子が足場とする箇所には困らない。
桃子と共にいるのは、パートナーであるヘノ。そして、新たに妖精としての成長を見せたルゥ。桃子は彼女らとともに、上を目指す。
ルゥは、さすがはヘノとティタニア、桃子、そしてコロポックルの少女パイカラの魔力を受け継いだ妖精だ。彼女の巻き起こす冷気の風は、ヘノの暴風に並び立つほどの力強さで桃子の背中を押してくれる。少々冷えるのが難点だ。
「ヘノちゃん! ルゥちゃん! このまま上まで行こう!」
「ヘノが風で支えるから。このまま止まらず。真っ直ぐだ」
「飛んでる蜂は、ルゥたちに任せて……!」
崩れた天井を抜け地上部へ出てみると、先日は存在しなかった巨大な植物が何本か、空へ向かってそびえ立っている。
この植物についての事情は知らないけれど、空へと駆け上がる足場としては丁度いい。桃子は迷わずその植物を足場として駆け上がっていく。
もしかして柚花や檸檬からは、物凄い速度で女王蜂目指して駆け上がる桃子の姿が見えたかもしれない。だが、桃子はいま、真っ直ぐ上だけを見ており、柚花たちには気付かない。
両の脚につむじ風の魔法をまとった桃子が、ゴツゴツとした根の段差を飛び交い、巨大な植物を一陣の疾風となり駆け上がる。飛び交う黒蜂の群れは、桃子を守るように吹雪く極寒の嵐を越えることなく、霜とともに動かなくなり落下していく。
飛び交う黒蜂と炎の爆発に光の矢。そして吹きすさぶ嵐のなか、桃子はその戦場をすり抜けるように、ボロボロになった蔦も枝さえも、全てを足場にして女王蜂へと距離を詰めていった。
しかし、好調なのも、途中までだ。
「きゃっ!」
桃子が着地した枝が唐突に弾け飛ぶ。
反射的に、勢いを殺さぬまま横へと飛び退くが、次々と桃子が足場とする植物が破裂していく。
「しまった。見つかったか」
「ここまで来たのに……っ!」
これは、先ほどまで群れていた黒蜂によるものではない。特殊個体の本体である漆黒の女王蜂の魔力弾が、桃子を目がけて次々と放たれていた。
ヘノとルゥがそれぞれの力で魔力弾を防いでおり、桃子に直接弾丸が命中することはない。けれど、桃子が足場にしている枯れかけの樹木のひとつがその場で大きくへし折れ、桃子も停止を余儀なくされた。
すでに、地面は遥か彼方。そして、上を見れば、女王蜂までもうすぐなのだ。もう少しで、その高みにたどり着くのだ。
だが、その『もう少し』が、遠い。
ヘノが暴風で風の結界を張る。ルゥが冷気を圧縮した氷の盾を張る。それらの力により、飛び交う魔力弾はなんとか防ぐことはできている。
けれど、けれど。
ここで立ち止まっていては、この瘴気の嵐は収まらない。
桃子は、考える。考える。何か手がないか、どうすればあの女王蜂の上を取れるか、考える。
(お母さん。大丈夫だよ。みんな、応援してるよ)
「え……?」
ふと、声が聞こえた気がした。
それは、幼い童女の声。間違いない、この場にいるわけのない座敷童子の声。
空耳だろうかと、桃子が暴風の吹きすさぶ中で、顔をあげる。
すると。
白い布が見えた。
飛び交う爆煙と瘴気の暴風の中を自由に駆け抜ける、白い影が見えた。否、白布を被った"誰か"の姿が見えたような気がした。
そして。
白布からまばゆい光が迸り、女王蜂が吹き飛ばされるのが見えた。
「え……あれって……」
桃子の脳裏に、一つの風景が浮かぶ。
灼熱の砂漠の空を猛スピードで飛びまわる、白布を被った神秘的な存在。
探索者たちに牙を剥くサンドワームを、容赦なく"打ち倒す"光。
それは、巷で噂になっている、都市伝説のひとつだ。
「来て、くれたんだ……!」
「なに、あれ! なに、あれ!」
「しめたぞ。桃子。なんか変なのが。戦ってるうちに。行こう」
桃子の心に、強い力が湧き上がる。
わからない、わからないけれど、あれはきっと――自分の【創造】が生み出した存在だと、悪しきものを『打ち倒すもの』だと、桃子は確信する。
その存在が女王蜂の周囲を飛び交い、壮絶な撃ち合いを見せている。恐らく、母たる桃子を手助けするために。
光の砲撃が、四方から女王蜂を攻め立てる。
魔力の矢が女王蜂の翅を穿つ。
炎の爆撃が女王蜂の放つ瘴気を焼き尽くす。
皆の力が、女王蜂の意識を桃子から引き剥がす。
「行こう! 今ならいける、女王を討伐して、房総ダンジョンの平和を、守り切る!」
桃子は、不思議な感覚を覚えていた。
ふわりと。
自分の背が、軽くなる気がした。まるで、今ならば大空を自由に舞える気がした。
「よし。行くぞ。桃子! ルゥ」
「うん! うん! みててね、ドワーフっ!!」
桃子は、自分が風になったような錯覚とともに、高く、高く翔ぶ。桃子の身体は重力を無視したかのように、女王蜂よりも更に高みに舞い上がり、空を支配する特殊個体の姿を、眼下におさめる。
空中で振り上げたハンマーには、緑の風と白い冷気が巻き付き、それらの力を得た紅珠が強く光を放ち始める。
今の桃子は、遥か高い空の上でも恐れがない。まるで、空を自由に飛ぶのが当たり前であるような、自由な感覚に包まれていた。
一撃。
この一撃で、勝負を決める。
そんな想いとともに、桃子は高く、高く舞い上がり。
巨大なハンマーに、全ての力を注ぎ込む。
「先輩……!」
「桃子ちゃん……!」
下方では、柚花が、檸檬が。それぞれの瞳に力を宿し、瞬きもせず、桃子の姿を食い入るように見つめていた。
先ほどまで猛威を振るっていた黒蜂たちは、ヘノとルゥの合体魔法である極寒の吹雪によってその翅を凍り付かされ、今では柚花たちを襲う蜂はいなくなっている。あとは、女王蜂だ。
女王蜂を、討伐すれば終わりなのだ。
そして――その女王蜂のいる上空を見つめる二人の瞳には間違いなく、その異変が映っていた。
桃子を援護するように飛び回る、白い布を被った影。それが、光の砲撃で桃子を援護し続けている。何発も、何発も。どれだけ女王蜂の撃ち出す魔力の毒針に晒されようとも、その存在は、攻撃の手を緩めない。
そして、異変はそれだけではない。
桃子を覆う空色の魔力。それがまるで、風の中を泳ぐように、広大な空を纏うように、一つの形を作り出していく。
それは、美しく白い羽衣となり、桃子の姿を神々しく彩っていた。
その姿は。
空を穢す女王蜂を封じるために降臨した――『大空の妖精』そのものだった。
風に乗り。空を飛び。
ヘノの風を纏い、ルゥの冷気を宿し。桃子が全力で、全力で、ハンマーに魔力を注ぎ込み。
「ドワーフさんの想いを……無駄に……っ」
遥か空中で、空を支配せんとする特殊個体『女王蜂』へと向けて。
「させるかああぁぁぁ!!!!」
白い冷気の嵐とともに、全ての想いを込めたハンマーを。
振り下ろした。
「見えますか、ドワーフさん」
『ああ、魔女どの……皆も、感謝する。皆のお陰で、儂は……娘の晴れ姿を、見ることが出来たよ』
「ふふふ。ならば、私も無理をした甲斐がありました」
地の底では。
光になり消えゆくその身で、ドワーフは最後まで、最後まで。ルゥたちの戦いを、真っ直ぐに見つめていた。
周囲では、浄化の力を持つ風間と英霊の力を持つイチゴの二人がかりで、りりたんを特殊個体の瘴気から守り通していた。化け狸と妖精たちは、今もまだドワーフになけなしの魔力を注ぎ続けている。
『……ルゥに、伝えてくれんか』
「ええ。なんと、伝えますか?」
『ありがとう、と。そして……』
ドワーフは、満足そうに、目を細めて。
そして、その身は薄らと、光になり。消えゆこうとしている。
『しばしの間、房総ダンジョンを頼む……と、な』
「ええ、分かりました。必ず、伝えますね」
これは、休息だ。
ドワーフの命そのものは、守り通すことが出来た。房総ダンジョンの守護者の消失だけは、免れることができた。
けれど、彼はその存在を保つための力を、失い過ぎてしまった。
彼には、しばしの間の休息が必要だ。
「来智博士といい、貴方といい。年配の方は無理をしすぎなのですよ」
『ぬう……耳が痛い話だな』
「ですから、今はしっかりと休息をとってくださいね。これ以上無理をしては、ルゥさんが本当に悲しみますからね」
『ああ、そうだな……』
ドワーフが見つめているのは、遥か高みにいる、手のひらサイズの妖精だ。
はたして、地の底から見上げる彼の瞳には、どのくらいそれがしっかりと見えていたのかは分からない。
それでも彼は、立派になったルゥの姿を。
その身が消えゆく最後の瞬間まで、その瞳に焼き付けていた。