ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
【草薙チャンネル コメント抜粋】
:今日はトーク配信だけか。まあ先週無茶したしな。
:でも、よかったなあ。すーちゃんも無事に目がさめて(どんな子か知らんけど)
:本当よかったよ(すーちゃんて実在する妹なの?)
:全部ドワーフのお陰だな!(すーちゃんという妹概念)
:おかしいな、今日のコメントしてる連中の心の声が見えるぞ?(すーちゃんって誰の妹なんだ?)
:草薙の三人も、まさかコメント欄で妹の存在を疑われているとは思うまいw(ミコトの妹だけど、昔からずっと3人にとっての妹分らしいよ)
:涙出るからやめてよお
:涙出る人、久しぶりにきたと思ったら意味不明で怖い
:俺、去年の崩落のドワーフ映像から草薙チャンネルみてるんだけど、一年でこいつら滅茶苦茶頑張ったな
:今なら新宿ダンジョンとは言わないけど、鎌倉ダンジョンとかなら良いところ行けるんじゃないか?
:こいつらドワーフの信者みたいなものだから、他のダンジョン行く気はないだろ
:崩落事故から生き延びれたのも、妹が助かったのも、ハンバーグの作り方を学んだのも、全部ドワーフさんのお陰だしな!
:三つ目はガチ
:俺もドワーフの祭壇にハンバーグ捧げたいんだけど、予約の大半が【草薙】で埋まってんのはやめてくんない?
:ワロタ
:でもまあ、ドワーフが居てくれるから房総ダンジョンは安心できる。これはネタ抜きの本音。
:ドワーフに泣かされているのは、ドイツ料理にシェア奪われてるピザ屋だけ
:ピザ屋には【デリバリー】もちのスーパーバイトが居るから……
:涙とまらん ドワーフずっと大好き
「ドワーフさんの想いを……無駄に……っ」
遥か上空で、魔力で紡がれた白き羽衣をまとい。
桃子が吠えた。
「させるかああぁぁぁ!!!!」
桃子の振り下ろしたハンマーは、【氷結】の魔法、そして氷の花の妖精たるルゥの力により、氷点下の爆発を引き起こし。
女王蜂は、己より高みから振り下ろされたその一撃に、抗うことなく。
白い氷の破片となって、房総ダンジョン第四層『大樹の根』の空に、砕け散った。
(――よくやったな、ルゥ、母上)
ふと、どこからか。
見守ってくれている人の声が、聞こえた気がした。
女王蜂は、特殊個体としては生まれたばかりだった。
だから、今まで倒してきた特殊個体のように、そこに囚われていた魂などはない。ただ、砕けた魔物の身体が煤へとなって消えていくだけである。桃子はそのことに、軽い安堵を覚えていた。
冷気の爆発で砕け散った女王蜂は、細かい氷の粒となって降り注いでいく。
けれど、地表に落下する頃には、それらは全て黒い煤へとなって消失し、房総ダンジョンの大地に還ることはないのだろう。
女王アリと女王蜂、対となる二体の女王は。
この日、共に終焉を迎えたのだ。
「桃子。ハチミツが無くなっちゃったのは。残念だったな」
「あはは、しょうがないよ。また今度、一緒にメープルシロップでも作りにいこうね」
ヘノが特等席である桃子の肩に乗り、蜂の巣があった筈の場所を見つめたまま、声をかけてくる。
いま桃子がいるここは、十階建てビルよりもいくらか高い場所にある巨大な枯れ木の上だ。
女王蜂を撃破した桃子は、その場で巻き起こった魔力の爆発に大きく吹き飛ばされ、その先でどうにか巨大な枯れ枝の上に着地することができた。否、厳密には『着地』ではない。桃子の身体が枯れ枝に突っ込む形で転げ落ちただけである。
だが、それが着地だろうが落下だろうが、無傷で済んだことには変わりない。
女王アリと女王蜂。強大な敵と連戦し、桃子はすこし頑張りすぎた。魔力を一気に枯渇しすぎて、もうしばらくは休息が必要だ。
先ほどまでは空を自由に飛べるような感覚を得ていたのだが、今となっては空を飛ぶどころか、全身が重い。ここから降りることを考えるだけで億劫になる。
「カレー! カレー! 勝った、よ!! ドワーフの願い、守れた!」
「あは……ルゥちゃん、大きくなってもあんまり変わらないね」
大仕事を終えて、桃子はややぼんやりとした頭のまま、目の前にいるルゥの姿を改めて見つめる。
ルゥは、成長していた。小妖精よりも少しだけ大きい、一年前のヘノと同じくらいのサイズの妖精へと育っていた。
ドワーフの愛情を正しく受け取って、ルゥは自己というものを手に入れたのだ。氷の花の妖精が生まれた瞬間から知っている桃子としては、そこから自我を得る妖精が生まれたことに、感慨深い思いを抱く。
もっとも、口を開けば意味もなく「カレー!」と叫ぶのは変わっていない。これはもう、彼女の口癖になってしまっているのだろう。
桃子は空中で揺られながら、ルゥをそっと両手で抱き寄せて、成長した彼女を肌で感じ取る。
『……الأم……』
そして、ルゥに続き。
桃子を包むように乾いた風が吹いたかと思うと、桃子の眼前に現われたのは、とても奇妙な存在である。
それは、先ほどまで女王蜂相手に空で戦い続けていた、真っ白い布地のようなものを被った――『何か』だった。
目の前に浮いているにも拘わらず、その姿は陽炎のように揺らめき、存在感が希薄である。本当にそこに存在しているのかどうかも、桃子の目では判別つかない。
その相手は、桃子には分からない言葉で何かを呟いていた。
『……الأم……』
「そういえばこいつ。一反木綿の。親玉か? 戦ったほうがいいのか?」
「桃子、この白いの、知り合い? カレー仲間?」
白い布に入っている『何か』が、桃子をジッと見ている。間違いなく、その『目』で桃子を見つめている。桃子を見つめながら、再び何かの言語を発していた。その囁くような声は澄んでおり、透き通った少女の声のようにも聞こえる。
残念ながら、その言葉の意味は桃子はおろか、妖精たちにも分からないようだ。
その姿はヘノの言うとおり、客観的に見れば一反木綿の親玉のような外見と言えるかもしれない。
女王蜂と共闘したことでヘノにも味方として認められているけれど、仮にマヨイガの廊下でバッタリ出くわしたとしたら、間違いなく討伐対象として戦いが勃発していたことだろう。実際に、今もヘノはツヨマージを手にして、いつでも戦えるように構えている。
だが、桃子はその正体を知っていた。
「えと……メジェド様……だよね?」
それは、メジェド。エジプト神話に登場する神の名を冠した存在だ。
今から数ヶ月前。砂丘ダンジョンでの事件の際、桃子は白い布を被り人助けを繰り返していた。
その結果として、とある噂が発生していたのだ。エジプト神話でも知られているメジェド神が、砂丘ダンジョンで魔物を殲滅しているようだ、と。
その後は、ドワーフや座敷童子と同様だ。桃子自身が噂の中心となり、いつしかその都市伝説は【創造】という力に想いが紡がれていった。
そうして、紡がれた想いが――まさに今、目の前に佇む『何か』としてこの世界に誕生したのだろう。
『……أنا سعيد لأنك بأمان……』
「え? え? あの……あ、消えちゃった」
「なんだ。今の。どこ行ったんだ?」
白い布、おそらくメジェドは、桃子に何か言い残すと、すぅ、と空間に溶けるように消えてしまう。
本来、エジプト神話のメジェドというのは、姿の見えない存在なのだという。もちろん、桃子が生み出した可能性のあるその存在が、エジプトの神話として語られた存在と同一ということはないだろう。いくら何でも、【創造】はそう容易く神を生み出せる能力などではない。
だが、桃子はどことなく。
たったいま消えてしまった存在に、不思議なシンパシーを感じるのだった。
「桃子、今の、なに? カレー仲間?」
「うん、言葉はわかんなかったけど、私のことを助けに来てくれたんだよ。カレー仲間ではないけど、きっと、カレーも好きだと思うよ」
「ふーん。全然、わかんない、や」
メジェドの消えた場所をぼんやりと眺めながら、今度また。
熱砂の砂漠へと足を運び、そこでカレーを作ってみるのも悪くないな、と。桃子はぼんやりと考えるのだった。
そうして、桃子が遥か高みで休息し、動けるようになったらすぐに地面へ向かい降りることにした。
いつかのようにヘノに突き落とされたわけではないけれど、つむじ風の魔法を使えば安全に風に乗って降りていくことはできるのだ。
「先輩、凄かったですね。大空の妖精になってましたけど、あれって何だったんですか?」
「え? 何のこと? メジェド様のこと? 私もわかんないの」
「いや、そっちはそっちで気になりますけど、そうじゃなくてですね……?」
途中、他の妖精たち、化け狸たち、そして、柚花、檸檬、和歌とも合流する。
柚花たちが不思議なことを話し始めるが、桃子はそれが何を意味しているのかがよくわからない。
そんな噛み合わない会話を楽しみながらも、互いの無事を喜び合い。和歌と抱き合い、檸檬と握手を交わし、柚花に匂いを嗅がれ、ニムに水をかけられる。
そうして、全員で地下にいたメンバーのもとへと向かい、合流を果たす。
崩落した地下洞窟。女王アリの間。
植物の妖精の力を借り、地下へ伸びる巨大な蔓を辿って桃子が崩落地点へと降りていく。そこには、一時生き埋め状態になっていた風間たちの姿もあった。
女王アリとの戦い、そして生き埋め。彼らは身体中に傷を負っており、決して無事とは言えない状況だが、治癒の力を持つ妖精たちの力により自由に動くまでは回復できているようだ。
「ポンコちゃん、イチゴちゃん。こっちはみんな大丈夫だった……のかな」
「キューン……師匠、それが……」
「あはは、大丈夫、とは言い難いかなー……」
桃子がその空間を見渡せば、妖精りりたんと、その眷属であるルビィは、消えていた。どうやら妖精りりたんが保持していた魔力を使い切ったようで、【分身】の力が解除されたようだ。
そして、桃子がその場にいるメンバーを見渡すと。いなくなっていたのは、彼女たちだけではない。
桃子が辺りをどれだけ見回しても。桃子たちを庇って重傷を負ったはずの、彼が――いない。
「ドワーフ! ドワーフ! ルゥだよ! 見て、こんなに成長した、よ!」
ルゥの呼びかけに、答えるべき声は、ない。
ずんぐりとした鎧姿の、仰々しい髭を生やした、房総ダンジョンをずっと見守っていたドワーフの優しい声は、聞こえない。
「ねえ、ドワーフ……返事、してよぉ。ドワーフ? ドワーフ?」
「そんな……」
ルゥがドワーフへと呼びかけ続ける。彼女はきっと、そこにまだドワーフがいるのだと信じているのだ。
桃子は、言葉が出なかった。
桃子とて、ドワーフが無事に帰ってくると信じて戦ったのだ。彼の想いを背負い、ドワーフがずっと見ていてくれると信じて、女王蜂を倒してきたのだ。
けれど。ドワーフは、消えてしまった。
「……ルゥ、聞いてちょうだい。ドワーフからの、大切な伝言があるのよ♪」
先ほどドワーフが倒れていたあたりの空間に視線を向けて、呆然としているルゥに、クルラが語りかける。
現状を理解出来ていないルゥを、クルラは後ろから抱きしめ、優しく言葉を伝える。優しい桃と酒精の香りがルゥを包み込み、心を落ち着かせてくれる。
それは、決して悲しい話ではなかった。明日へ続く伝言だった。
ドワーフは、力を失ってしまったのだと。いつかまた、力を取り戻せるはずなのだと。クルラはルゥへと優しく、話して聞かせる。
そして、ドワーフからの大切な言付けを、ルゥへと伝える。
「――ありがとう。それと……しばらくの間、房総ダンジョンは頼む、ですって♪」
「……そっか……」
ルゥが、虚空を見つめている。
「ドワーフが、安心出来るように、ルゥが頑張る、よ……ルゥが……ダンジョン……守る、ね」
誰も、何も言わない。
崩壊したアリの巣には、もう魔物はいない。アリも、蜂も、どこかへ消えてしまった。
とても、静かだった。
「……ルゥ、頑張る! ドワーフ……ずっと大好き。見守ってて、ね……!」
「ルゥちゃん……」
桃子の脳裏に、ドワーフとの思い出がよぎる。彼と語り合えた時間そのものは短い時間だけだったけれど、ドワーフはとても強く、優しい仲間だった。
桃子の目尻には涙が浮かぶ。ルゥが気丈に振る舞っているのに、自分が泣くわけには行かないのだと、強く堪える。
けれど、けれど。涙はどうしても、頬を濡らそうとする。
だというのに。
だというのに。
だというのに――。
「まったく。人騒がせだったな。じゃあ。帰って。カレーだな」
「んふふ♪ じゃあ話もまとまったことだし、皆でお祝いのお酒を飲みましょうね♪」
「うぅ……じゃあ今日は、に、二回目のカレーですねぇ。た、楽しみ……」
「ククク……ならば、祝いに相応しい具材を用意しないといけないねぇ……?」
「カレー! カレー! カレーパーティー! たっぷり食べたい、ね!」
「待って待って! 妖精のみんな、どういう情緒してるの?! ルゥちゃんまで?!」
わけがわからない。それが、桃子の心の底からの感想だ。
ドワーフが消えて、この場はお通夜のような空気だったはずだ。ルゥは消えてしまったドワーフに話しかけ、気丈に振る舞っていたはずだ。桃子は溢れ出る悲しみを堪えていたはずだ。
それが、どうして一瞬でカレーパーティーを開催するテンションになれるのか。カレーの妖精たる桃子にも理解できない不条理展開である。
「どうした桃子。おかしくなっちゃったのか?」
「え?! おかしいのって私なの?!」
「なに変なこと言ってるんすか師匠。アリと蜂を倒した祝勝会っすよ!」
「嘘、ポンコちゃんまで……もしかして、幻覚とか……それとも……」
悲しいかな、ポンコまでもが祝勝会などと言い出した。
桃子はとうとう、皆が何かの攻撃を食らっているのではないかと疑い始めた。
女王蜂は倒した筈だけれど、瘴気の影響か何かで、みんな頭がどうかしてしまった可能性が高い。みんな普段からどうかしているから気付かなかっただけで、敵の攻撃はもう、ここまで迫っているのかもしれない。
桃子の心の中で、正体不明の症状への恐れが膨れ上がる。
だが、ここで桃子の心情を察してきちんと答えを教えてくれたのは、愛する後輩と、大好きな幼なじみだった。
「あの、先輩? なんだか変な想像してそうなんで説明しますけど、先輩には見えてないっていうだけなんですよ」
「えっ?」
「そうそう。スズランちゃんには見えてないけど、あそこにね? 物凄く薄くなったドワーフさんがいるんだよ。力が薄くて、会話もまだ難しいんだって」
「えっ?!」
「桃子。ほらここ、ドワーフいる、よ!」
「えーっ?!」
イチゴに促されて、ルゥが先ほどからはしゃいでいる空間へと目を向ける。そこでルゥが指さすのは、何もない空間だ。
はたして、それは真実なのか。それともやはり、みんなおかしくなっているのか。
周囲を見れば、和歌や風間にも見えないようで困惑顔を浮かべている。黄金鎧は表情がわからない。しかし最後に檸檬を見ると、彼女だけははしゃぎ回るルゥの姿を微笑ましげに眺めていた。きっと、檸檬にだけは何かが見えているのだろう。
つまり。
普通の瞳しか持たない人間には見えないけれど、そこにはドワーフが、存在しているのだ。
「……そっか、そっか……よかった……」
桃子は、恐る恐る。ルゥの飛び回っている空間へと、手を差し伸べる。
ふと、桃子の指先が温かい空気に包まれる。何も見えない。触れない。けれどそこには優しい何かがいるのだと、桃子にもようやく理解出来た。
見れば、化け狸たちはすでに地表まで延びた蔦をよじ登って、帰り支度を始めている。
この場で最後まで騒いでいるのは、桃子たちだけだった。
「あははっ、もう……! もう……! 心配、心配したんだよ、ドワーフさんのばかぁ!」
「桃子。どうした。ドワーフが薄くなって。怒ってるのか」
「ごめんね、スズランちゃんにも見えているものだとばかり……」
「涙目で怒ってる先輩もやっぱり可愛いですよね」
そうして、肩にヘノを乗せ、柚花とイチゴに双方からサンドイッチ状態で慰められながら。
この日の桃子は結局、悲しみではなく喜びと安堵で、瞳を薄らと潤ませるのだった。