ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「残念なのですよ。今頃みなさんはカレーパーティーだというのに、りりたんは点滴ですか……」
「梨々さんには、本日は胃にも優しい素敵な療養食を手配済みですわ。喜んでくださいまし」
白く衛生的なベッドの上で、清潔な病院服を着たりりたんが残念そうに呟いている。
横に立つのは、探索者としての武装ではなく、白衣をまとったオウカだった。今の彼女はアルコールを摂取しておらず、まるできちんとした真面目な医療従事者のようだった。
ここは、房総ダンジョンギルド近くに立つ総合病院の一室だ。
世のダンジョン近くに建てられている病院には、探索者向けの病棟を設置している場所も少なくはないが、まさにこの部屋はその探索者向けの病室だ。
しかもその中でも機密性の高い、ギルドや世界魔法協会の関係者のみが運び込まれる、特殊な患者向けの病室である。
とはいえ病院の都合もあり、個室ではなく相部屋になっているのはご愛敬だろう。
この日。
女王蜂との戦いで身体に無理をしすぎたりりたんは、医師であるオウカの判断で、桃子たちの帰還も待たずに先んじてこの病院へと運び込まれていた。
もっとも、大きな怪我などといったものはないため、身体を休めるための一泊の検査入院のようなものだ。りりたんとて、この程度で何日も入院するつもりなどはない。
「りりたんは食べ盛りの女子高生ですから、焼き肉やお寿司が食べたいのですけれどね。分厚いステーキなら花丸を差し上げます」
「病院ではそのようなものは出ませんわ。あなたがどのような存在であろうとも、地上では医者の指示に従ってくださいまし」
「仕方ありませんね。オウカ先生に従うとしましょうか。それに、怪我の功名……というのでしょうか。思わぬ出会いもありましたしね」
「ええ、それは……そうですわね」
ここはギルドや世界魔法協会とも提携している病院であり、オウカもかなり特殊な例ではあるが、今回はりりたんの担当医として出入りする許可を得ている。
そのため、オウカもともに、この病室へとやってきているのだが――。
「何度見ても本当にオウカさんとりりたんだ、涙出てきた……ぐす」
オウカとりりたんが驚いたのは、もともとこの部屋に入院していた一人の少女である。
彼女は、黄金色の不思議な瞳をもつ一人の少女だった。この部屋にいただけあって『わけあり』の患者である。
聞けば、つい先日は原因不明の症状で意識不明にまで陥っていたらしい。それが彼女の兄たちが持ち込んだ『ダンジョンでしかとれない貴重なハチミツ』を摂取させたことで、奇跡的に意識を取り戻したのだそうだ。
「すもたんは、本当に涙もろいのですね」
「すもたん……愛称呼びだなんて……涙とまらん……ぐす」
美琴すもも。それが彼女の名である。
どうやら彼女は日頃から様々な配信者を推しているらしく、深援隊メンバーであり飲酒配信者のオウカ、謎の朗読少女たるりりたん、両者のファンの一人でもあったようだ。
オウカとりりたんが揃って並ぶ姿を目にしたすももがその場で呼吸困難になり、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら意識を失うという大騒ぎになったのは、りりたんとしてもなかなかに愉快な記憶である。
彼女が入院するに至った、原因不明の症状の正体――それは、魔力の枯渇である。
りりたんはそれを一瞬で見抜き、来智ミトという類似の症例を知っていたオウカも、その原因にはすぐに気がついた。
しかし、ここは地上である。
普通の人間は、地上で魔力枯渇の症状など起きはしない。地上で活動するのに、人間は魔力を必要とはしない。だからこそ、地上の医療では彼女の不調の原因を特定できずに『原因不明の症状』として扱われてきたのだ。
つまり、美琴すももは普通の人間ではない。彼女は女王蜂のハチミツで魔力を補給し、更にはりりたんによって、しばらく困らないだけの魔力をそれとなく注ぎ込まれているため、当面は問題ないだろう。
けれど、彼女が数奇な運命に導かれるのも、時間の問題だ。
「雷の紡ぎし命。精霊樹の因子を宿した人の子。大樹の女王となりうる特異点――」
「ぐす……ふぇ?」
りりたんは、目を細めて。
灯台もと暗しとも言えるこの病院での、不思議な巡り合わせに、ポエムを紡ぐ。
「ふふふ。すもたんとは、これからも長い縁が紡がれそうだなと、思っただけなのですよ」
「先輩」
「どうしたの? 柚花」
ふわふわの、餅とマシュマロと綿飴を足したようなベッドに寝ころびながら。
柚花は、桃子の耳元に口を近づけ、囁いた。
「先輩が崩落に巻き込まれたとき、私、本当に心配したんですよ。先輩に何かあったらどうしようかって……」
「うん。ごめんね、心配かけちゃったね」
「私、先輩が大好きなんです。私の前からいなくならないでくださいね」
「うん。ごめんね、心配かけちゃったね」
桃子の返答は、同じ言葉の繰り返しだ。
けれど、これは決して桃子が適当に聞き流しているわけではない。どちらも桃子の本心だ。単に、気持ちを伝えるための語彙力が足りていないだけである。
「だから、今日はこのまましばらく抱きしめます」
「もう、柚花は甘えん坊だなあ」
柚花は、桃子に先ほどからずっと、後ろから抱きついている。さながら、抱き枕だ。
桃子は桃子で、普段はツンツンしてしっかりものに見える柚花が、実はかなりの甘えん坊なことは知っているので、されるがままに抱きつかれている。相手が男性ならば断固拒否するが、同年代の女子のスキンシップならば別段抵抗はない。
抱きつかれながら桃子は、脳内でヘノやルゥ、ドワーフ、そしてカレーのことを考えている。柚花も柚花で、桃子が全然違うことを考えているのはわかっているので、遠慮なく桃子を抱き枕にしている。
今ここにヘノたち妖精の姉妹はいない。彼女らは今ごろ、新しく正式な妹となったルゥを囲んで、女王の間で姉妹だけの時間を過ごしている。
恐らく、ヘノがこの部屋にやってくるとしても、かなり遅い時間になるはずだ。
「そういえば先輩、本当に羽衣で空を飛んでたんですよ? 本当に自覚無かったんです?」
「うーん、覚えてないや」
第三者から見れば、ベッドで密着したまま会話している二人は仲良しの姉妹に見えるかもしれないし、それ以上の関係性に見えるという人もいるかもしれない。
どちらにせよ、まともな感覚の持ち主ならば、いま、この二人の中に割り込もうという気持ちにはならないだろう。
だからこそ。
「……あのさ。アタシっていま、何かの拷問を受けてんの?」
一緒にベッドに横になっている檸檬は、人生でも類を見ないほどの居心地の悪さに晒されていた。もはやこれは、新手のいじめか、拷問かと疑っている。
学校では腫れ物扱いの檸檬をわざわざいじめようとする相手などいないけれど、この場所ではまた条件が違っていたようだ。
「なんですか、うらやましいんですか? でも、先輩もニムさんも私のですから、譲りませんよ?」
「いや、そうじゃなくて。アンタら、そういうアレは、アタシがいないときだけにしてくれない?」
「アレとかソレとか言われても知りませんよ。そんなことより、檸檬さんはもうちょっと離れてください。なに先輩に勝手に触れてるんですか」
「ベッドが狭いんだっての」
今、ベッドには三人が並んで横になっている。
一番小柄な桃子が真ん中に収まり、左右を檸檬と柚花が挟み込む形だ。そのうち柚花と桃子がいちゃいちゃし始めたので、檸檬としては居心地は最悪だ。教室に入ったらクラス中がいきなり静かになってしまった時以上に居心地は悪い。
もちろん、柚花は檸檬がいることをわかってやっている。見せつけ半分、からかい半分だ。
そして桃子も当然檸檬が隣にいることを理解している。
「ね、友達同士で川の字で寝るのって楽しくない? なんだか修学旅行みたいじゃない?」
「三人を一つのベッドに押し込む修学旅行があったらどうかしてるっしょ」
「うーん、友達だから、いいかなって」
桃子は、檸檬も混ざった上での川の字を、素直に喜んでいた。
甘えん坊の柚花に抱きつかれることはいつものことだが、今日は更に檸檬というもう一人の友達がいるのだ。無駄にテンションがあがり、就寝時間だというのに眠りにつく気配もない。
「っていうか、先輩と檸檬さんって、友達関係って言えるんですか? 檸檬さんが一方的に勘違いして殺しかけたことはあっても、遊んだこととかないですよね?」
「やめろやめろ、アタシの黒歴史をいきなり蒸し返すな」
桃子は檸檬を気軽に『友達』と呼ぶけれど、檸檬としてはとても微妙な関係性だ。
勘違いで命を狙った負い目もあるし、共に巨大な魔物を相手取った経験こそあれ、そこで直接的な関わりを持った覚えもない。プライベートな交流など以ての外だ。
この日は単に、自分を転移魔法でこの場所まで連れ込んだ雇い主――りりたんが、一人でいつのまにか房総ダンジョンの病院へと行ってしまったため、檸檬は帰るに帰れなくなってしまっただけである。
妖精の花畑での疑似的な加護は与えられているが、だからと言って決して喜んで宿泊しているわけではないのだ。
そんな檸檬の気持ちを察してか否か。桃子は唐突に、夜中だというのに元気に思いつきを口にする。
「ねえ、今日は寝るまでさ、檸檬さんに私たちの話を聞いてもらおうかな。せっかくだし、私のこと知ってほしいじゃん」
「え、いや、アタシは別に……」
「やっぱり、ドワーフさんのお話かな? ヘノちゃんと出会う直前の、私がドワーフさんに間違えられたときのことから、ちょっと長いけど」
「え、いや、アタシは別に……」
檸檬の返答は、同じ言葉の繰り返しだ。
けれど、これは決して檸檬が適当に聞き流しているわけではない。単に、テンションのあがった桃子が檸檬の言葉を聞いているようで聞いていないだけである。
「檸檬さん。おとなしく聞いてあげてください。先輩は人に言えない秘密が多すぎるんで、それを話せる相手がいるのが嬉しくてたまらないんですよ」
「あー、そっか、そういうことね」
「ヘノさんとの惚気話とか、同じ内容でも延々と聞かせてきますからね」
「マジかよお婆ちゃんじゃん」
「それを話してる先輩が滅茶苦茶かわいいんですけどね」
「アンタもブレない子だよね」
「まあ、こういうときは先輩の話を素直に聞くのが一番ですって」
笑いながら、柚花が檸檬に口添えをする。
桃子は誰にでも人当たりがよく柔和に接しているようでいて、滅茶苦茶強引なときがある。慣れない相手だと、桃子のそのギャップについていけなくなることもあるのだ。
だからこそ、こういう場合は素直に諦めて、桃子と一緒に楽しんだ方が早いのだ、と。
桃子ソムリエである柚花は、余計な余談と共に檸檬にアドバイスする。
「まあ……でも、そうだな。せっかくの機会だもんな、アタシにも聞かせてよ、桃子ちゃんのこと」
「ん、話は終わった? じゃあ始めるね。元々はね、とあるパーティがダンジョンで、崩落事故に巻き込まれたのがきっかけなんだけど――」
桃子は、新たな友達となった檸檬に語り聞かせる。
それは、【隠遁】という能力を持った女の子の物語。
彼女が人を助け、カレーを食べ、妖精と出会い、ドワーフや座敷童子と間違えられながら、カレーを食べる物語だ。
結局、その話は最後まで語り終えることなく、途中で桃子は先に眠りに落ちてしまったけれど。
桃子の寝顔は、とても、とても。
幸せそうだった。
深夜の房総ダンジョン第一層『森林迷宮』。
探索者たちのキャンプ場が一望できる丘の上で、白く美しい翅をもつ一人の妖精が、夜の森を見下ろしていた。
「ドワーフ。ルゥね、前より強くなったから、ね」
暗い森だ。夕刻過ぎには燃えさかっていたキャンプファイアーの炎もすでに消え、宿泊している探索者たちが設置している松明だけがチロチロと炎の光を発している。
あの場では、この時間でも夜警担当の探索者たちが見回りをしており、夜間の魔物の襲撃に警戒し続けているはずだ。
一晩中語り明かす探索者もいれば、トレーニングの時間にあてるストイックな探索者もいる。時折、料理や勉強の時間としている探索者もいる。
ルゥは、それらを眺めながら、背後に語りかけた。
背後の岩の上には、ずんぐりむっくりとした鎧の戦士の姿が――いや、幻や陽炎と表現した方がいいかもしれない。
それ程までに『薄い存在』となってしまったドワーフが岩に座り、目を細めてルゥに頷いている。彼はいま、声を伝える力すらない。ただそこに、ギリギリで『存在しているだけ』である。
「ドワーフのぶんまで、ハンバーグ食べて、人間たち、守るね!」
その場には、空になった皿が置かれている。
いつもはドワーフと分け合っていたハンバーグも、今のドワーフは、食事もできない。なのでルゥが一人で、ドワーフ宛てのハンバーグを食べている。
「だから! また一緒に、カレーとハンバーグ食べよう、ね!」
ルゥはそう言いながら、丘の上に着地して、トン、トン、トン、とステップを踏み始める。
これは、いつか小妖精だったルゥが即興で作った「カレー踊り」だ。ステップも動きも滅茶苦茶な、とても珍妙なものだ。
けれど、いつしか当然のように、霞のように薄れているドワーフも共に、ぎこちないステップを踏みはじめる。
触れられずとも。会話ができなくとも。
大好きな相手が、そこにいてくれる。
ルゥはそんな幸せをかみしめながら、眠くなるまでずっと、ドワーフと共にカレー踊りに興じて。ずっと、ずっと。
幸せな笑顔を見せているのだった。
普段は土日は更新休みを頂いておりますが、
次話、第500話は明日25日(土)23時に更新させていただきます。