ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「そういえばニムちゃん。ニムちゃんが戻ってきたっていうことは、イリアさんの怪我はもう治ったってことでいいのかな?」
妖精の国を出て、琵琶湖ダンジョン第三層である滝の迷宮を進む。
その途中、桃子がニムに話しかけた。
先ほどまでは解毒薬の話ばかりでニムとゆっくり話すタイミングがなかったのだが、そういえばニムの話を聞いていないことを今、思い出したのだ。
「あ……は、はい。怪我も治って、毒はまだ残っているんですけど……一応、意識も……」
「そっか、よかったー。じゃあ後は、この解毒薬を飲ませればいいだけだね」
この迷宮は各所で滝の轟音が響いているため、ヘノだけでなくニムも桃の肩に乗っかり、耳元に直接話しかけてくる。
感情を乗せずにハキハキと喋るヘノとは対照的に、ニムは囁くように耳に話しかけてくるので、初めはちょっとくすぐったくて、桃子はゾクッとした。
そして桃子の背すじがゾクっとしたのはともかくとして、どうやらあの致命傷を負っていた女性探索者、イリアは無事に怪我の治療が完了したようだ。
「ニム。魔女は。どうだったんだ。しばらく一緒にいたんだろ」
「う……うぅ……色々と、お話はしたんですけど、なんというか、不思議な人でした……」
「不思議、かあ。まあ、ものすごく不思議な子だったよね、りりたん」
続いて議題にあがったのは、魔女であり、桃子の前の人魚姫の噂の持ち主であった少女、りりたん。
不思議といえば不思議な少女だ。というより、今のところ不思議100%で、結局彼女が何者なのかはさっぱり分からない。
数日間一緒にいたニムならば何か聞いているのではないかと思ったが、ニムもまた、彼女については消化しきれていないようである。
「で、でも……なんだか、私にはとてもやさしく、してくれました。まるで、女王様、ティタニア様みたいで……」
「なんだ。優しくしてもらえたなら。良かったじゃないか」
ティタニア様みたい。その言葉に桃子は、なんとなく思い当たることがある。というより、しっくりきた。
りりたんの「ふふふ」という笑い方や、時折見せる仕草が、ティタニアとそっくりな時があるのだ。
ティタニアはティタニアでりりたんのことを何か知っているようだし、もしかしたら桃子やヘノたちには分からない、何かしらのつながりがそこにはあるのだろうと思う。
琵琶湖の問題が解決したら、桃子としてはそこについても聞いてみたい気持ちはあるのだが……。
と。桃子はそこまで考えたところで、重大なことに気が付いた。
「って、そうだニムちゃん! 今日って平日なんだよね、りりたんって学校とかどうしてるの? っていうか今ってりりたんいるの?」
そうなのだ。
桃子は今週はお休みを貰って連日ダンジョンに潜っているのだが、りりたんが本当に15歳の少女ならば、平日は学校に行っているべきなのだ。
だから、今からりりたんの元を訪れたところで、本人はいるはずがない。
今日の目的はあくまで探索者のイリアであるため、りりたんが不在でも問題ないと言えば問題ないのだが……。
「そ、それが……魔女さんは【分身】のスキルで……も、もう一人の自分が学校に行ってるんだそうです」
「えー、そんなのアリなの?! りりたん、もうなんでもありだねえ」
ニムから飛び出た証言は、実に驚きのものだった。分身に学校へ行かせるだなんて、やっていることが漫画やアニメの人である。
「あの魔女。自分で何でもできそうなくせに。なんで桃子に押し付けたんだろうな」
「うーん、なんだか私、試されてるのかなあ……」
「……魔女さんは……うぅ……」
桃子とヘノの会話に対して、何か話したそうで話さない、ちょっとだけ話したそうなニムが小さく声を漏らしたが、その声は滝の音によって誰にも届かずにかき消されるのだった。
「桃子。あれ。もしかして桃子が言っていた。兵器とかいうやつか?」
滝の迷宮を下層入り口の方へと進んでいくと、前方に探索者の集団を見つけた。
このダンジョンの探索者には2通りあって、1つ目が、通常の軽装鎧などを装備した、3層までの探索を目的とした探索者たち。彼らは多少の耐水防具や雨除けのマントを愛用しているものの、服装としては至って一般的な探索者である。
そして2つ目が、ダイビングスーツのような探索者用に開発されたスーツを身に着けている探索者たち。彼らは第一層から第三層には用がなく、第四層である深潭宮に潜ることを前提とした装備である。
もちろん、三層から降りる際に着替えるという探索者もいるかもしれないが、無駄に荷物もかさばるし、それ以上に危険だから推奨されることはない。また、その場合は一度全裸になる必要があるので、ダンジョン内が公共の場と呼べるのかどうかは怪しいが……とにかく倫理的な問題もある。
とにかく、桃子たちの行く先に、そのうち2つ目のダイビングスーツ姿の集団が、何やら大きな白い筒状のものをガラガラと運んで進んでいくのが見えた。
「うぅ……な、なんだか大きい機械です……」
「大きな大砲、みたいだね。私が聞いた話では、大きな槍を射出する武器だって話だから、あの穴から槍がものすごい勢いで飛び出るんだろうね」
ある程度近づいてみると、それは真っ白いコーティングに包まれた、キャタピラつきの土台を持つ大砲のような形状のものであった。前方にある穴から、弾丸の代わりに巨大な槍が飛び出る仕組みなのだろう。
桃子はもっと、SF映画やロボットアニメに出てくるような巨大でメカメカしいものを想像していたのだが、本物は意外とワゴン車1台分程度のサイズで、キャタピラや接続部以外は全体的にただただつるんとしたシンプルな質感である。
ボタンもスイッチもなく、最低限の操作は端末から命令を送れるようになっているのだろう。
そんな大砲が、数人のダイバー姿の探索者たちを引き連れて、ゴロゴロと大きな音を立てて進行している。
「うぅ……なんだか、とてもピリピリしていて、怖い人たちです……」
「あいつら。物凄く。緊張しているな。先頭にいる男だけが。怒っているんだか。悲しんでいるんだか分からない。複雑な感情なんだと思う」
ヘノが、魔力を視る目を持たない桃子に詳細を教えてくれる。
探索者たちは10人ほどだが、どうやら彼らもまた、緊張状態にあるらしい。それはそうだ、ギルドの方針に背いてまで強硬手段に出ているのだから、彼らは彼らで強い意志があるのだろう。
「あの人たちをどうにか説得……は、難しいのかな」
先に遠野へと移動した妖精の仲間たちがうまくサカモトに会えていれば、もしかしたら病院にいる男性探索者――アカヒトは目覚めているかもしれない。そしてギルド伝いに、無事の連絡を送ってくるかもしれない。
だがしかし、もう兵器が第三層まで到達しているとなると、時間的余裕は少ない。ここから第四層の入り口までは、数キロはある上、道が平たんなわけでもないので、すぐに到達することはないだろうが、そうだとしても時間の問題だ。
「よし、ここは見つからないように迂回して、大急ぎでイリアさんを起こしに行こう。案内はニムちゃんに任せてもいいかな?」
足にもう一度つむじ風をかけてもらえば、第四層までは最速でたどり着く。
それからあとは、りりたんに頼んでペルケトゥスの行動を制限してもらうなり、イリアさんが大丈夫そうなら彼らを説得してもらうなり、手は残されている。
りりたんの居る第五層までどれくらいかかるか不明なのが心配どころだが、そればかりは仕方がない。
そう考えたところで、しかし桃子の肩に乗った緑の妖精、ヘノからストップが入る。
「なあ。桃子。桃子。ちょっと待ってくれるか」
「うん? なあにヘノちゃん」
足をとめて、ヘノの言葉に耳を傾ける。
この階層は滝の音が大きく、ヘノの言葉もしっかり耳を傾けないと聞き取りづらい。
「思ったんだけどな。今ここで。あれ。壊しちゃえば。良くないか?」
そして、桃子が傾けた耳へ飛び込んできた提案は、まさに全てが手っ取り早く解決する、魔法の提案だった。
「……」
「うぅ……桃子さんが、静かになっちゃいました」
「どうやら。何だか。葛藤しているみたいだな」
桃子は考えている。脳内で、桃子会議が始まっていた。
『私がハンマーで兵器を壊したら、ペルケトゥスが襲われることはない。りりたんが探索者に制裁を加えることももちろんない。完璧じゃん! ヘノちゃんの言うように、ハンマーで壊しちゃおう!』
脳筋気味の、つけ髭をつけたドワーフ桃子が、破壊行為を押し進める。
『で、でも、それじゃあ探索者さんたちに、人魚姫から攻撃行動をすることになっちゃうんじゃない、かな。それじゃあ、また、争いの種になっちゃうんじゃ……』
しかし心優しい座敷童子姿の桃子は、そんなことをしたら探索者が敵に回ってしまうリスクを心配する。
『そもそもなんだけど、私のハンマーであの大砲を破壊できるの? あれは最先端の兵器だし、ハンマー一つで破壊できるものじゃないでしょ?』
水着姿で下半身が魚になった桃子は、冷静で的確な判断力が持ち味の、ちゃんとした大人だ。
『でもさ、ものは試しって言うじゃん。機械一つ叩くだけでいいなら、安いものだと思うよ!』
『いや、でもやっぱり……話し合いのほうが、いいんじゃないかなって』
『あれの破壊は無理だから、何か、道具をつかってパーツごと分解していかないと』
カツン! カツン!
三者がワチャワチャ言い出したところで、裁判長桃子が小さくした木槌で机をたたき、三人を黙らせた。
『決めたよ! 三人の意見の、間をとろう!!』
「間をとって、ダンジョンを壊そう!」
黙ること10秒ほど。脳内会議はこの間に行われて、この間で結論が出た。
つまり、ダンジョンを壊してしまえば良い、と。
「どこの間をとったら。そんな。大規模破壊をすることに。なるんだ」
「うぅ……桃子さん、怖い」
「違う違う、そうじゃなくてね! ええと、あの……バ……なんだっけ? コーヒーみたいな名前の大砲が通る道をさ、ちょっとボコボコにしたり、岩を転がしたりしておけば、あのキャタピラーでもなかなか通れなくなるんじゃないかなって」
桃子が思い出せなくなっているコーヒーみたいな名前とは、『バリスタ』である。
「うぅ……な、なるほどです……コーヒーみたいな大砲を壊すんじゃなくて、通れなくするんですね」
「ヘノはてっきり。桃子が。ダンジョンを消滅させようとしているのかと。心配したぞ」
ヘノは桃子の唐突な結論に驚いていたようだが、なんにせよ足止め作戦は悪くはないようだ。
となれば、次はどこを破壊するか。
確実にあの大砲が通る道で、迂回できないようにある程度、横幅が狭くなっている場所が望ましい。
となると、場所はあそこしかないだろう。
滝の迷宮、最深部にある階段。
第四層、深潭宮へと通じる通路。
「よし。桃子。ここを崩落させれば。いいわけだな」
「いや、崩落までは無理だよ? ある程度、岩とか壁とか崩して通れなくするだけだよ?」
「うぅ……桃子さん、たまにパワフルです……」
桃子たちは、滝の迷宮最深部の階段前で。
この場所をどう破壊するかの話し合いを始めた。
この時はまだ。
この行動が、琵琶湖ダンジョンで長く語り継がれる伝説の日のきっかけになるとは、三人とも知る由もなかった。
【一方その頃】
「見つけたぞ! 鎧男! お前イビキすごかったんだぞ!」
「ククク……ヘノの言っていた通り、本当に前と同じ鎧姿なんだねぇ……」
「え?! うぉッ、よ、妖精……!? へ、ヘノちゃんが来るんじゃなかったのか……」
「ヘノは忙しいから、頼まれたヨ」
「サカモトって言うんだねぇ。妖精のみんなは、イビキ男って覚えてたんだよぉ」
「お酒、持ってないのかな♪」
「い、イビキ? 俺ってイビキすごかったの?」
「お前のイビキ! 妖精の国を襲ったっていう! でかい竜みたいな声だったぞ!」
「ククク……その時は私たちも産まれていないけどねぇ……」
「人間の男は、イビキが酷い生物だって、妖精みんな覚えてるヨ♪」
「お酒、飲んじゃおっと♪」
「ご、ごめんなあ。俺もまさか、半年も眠ることになるとは思わなくて」
「あと! お前の剣を食べようとしたけど! 無理だった!」
「そういえば、サカモト君の剣は……ククク……どこ行ったんだろうねぇ」
「あのときのイビキは、本当にうるさかったねぇ」
「そうだヨ。せっかく気持ちよくお昼寝しようと思っても、んごーんごー聞こえてくるんだヨ」
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「というわけで! 気づけば! お前の剣はヘノが持ってったぞ!」
「その鎧……酸性毒は効くのかねぇ……?」
「そうそう、毒と言えば、薬を持ってきたんだよぉ」
「そうだった、そろそろ本題に入るヨ」
「いやあ、本題に入る前にここまで怒られるとは……。あーところで、そこの酔って寝てる妖精の子、大丈夫か?」