ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「あ、鏡のバックラーだ!」
柚花と並んで探索者向けのダンジョンショップを見ていた桃子だが、とある防具を見てつい声を上げてしまう。
思いの外大きな声を出してしまい、周囲の客たちの視線を感じる。桃子は慌てて口元を押さえて、もう一度目の前の商品に視線を向けた。
そこに置かれているのは、丸いお皿程度の大きさの小型のバックラーだった。厚手のアクリルで作られており、金属盾と比べて非常に軽量な代物だ。更には、そのアクリルにミラーコーティングを施すことで『鏡』としても使用出来るようにした、非常に珍しい盾である。
「これって、先輩の工房の和歌さんがデザインしたものですか?」
「うん、最初は和歌さんがデザインして、それを親方さんが即興で作ったんだよ」
「なんだか前に使った時とは形状がちょっと変わってますね。きちんと改良してから商品化してるんですね」
「すごいなあ、和歌さんって、本当にプロの設計士なんだね」
そう。この目の前にある盾、『アクリル・ミラー・バックラー』は、桃子の工房に所属する設計士、柿沼和歌がデザインしたものだった。最初に作られた盾は柚花もサンプルとして試したことがあるので、柚花がこの盾のことを知っているのは当然だ。
元々は、砂丘ダンジョンに潜んでいた石化能力を持つ魔物への対策として、桃子が『鏡の盾』を自前で作ろうとしたのが始まりだった。
桃子の話を聞いた和歌と親方が二人でいきなりやる気を出して、その日の就業時間中に試作品を完成させてしまったという、物凄い速度で製作された鏡のバックラーだ。
それが今、こうして現実の商品として世に出ているのを見ると、実に感慨深いものがある。
「先輩がバジリスクを倒したときは、この盾で呪いを封じたんでしたっけ?」
「うん。最後の最後に【隠遁】が破られて私も石になりかけた瞬間に、ヘノちゃんがこの盾でバジリスクの呪いを反射してくれたんだよ」
桃子は、そっと。サンプルとして棚に置かれたアクリルミラーの盾を手にする。それはとても軽くて、小さく、盾とするにはあまりにも頼りない。素材の強度も、本格的な金属の盾ほどの防御性能は期待できないだろう。
安価で、あくまで防具としては『ないよりはあった方がいい』程度のものかもしれない。
けれど、その小さな盾に桃子は命を救われたのだ。
もしかしたら桃子のように、この小さな盾に命を救われる誰かがいるかもしれない。それはとても、素晴らしいことだと思う。
「これがあればさ。みんな、バジリスクと遭遇しても――無事に、家族の元に帰ってこられるね」
気付けば無意識に、桃子の思い出と、感謝と、脳裏に蘇る恐ろしさと。とても沢山の感情がつまった言葉が、口をつく。
「さすがに無理じゃないですかね」
「それもそっか」
桃子の多くの感情が詰まった言葉は、柚花の元も子もないツッコミによって簡単に滅びた。
柚花と店内を見てまわってから、桃子が訪れたのはダンジョン素材の買い取りフロアだ。柚花は別なフロアで買っておきたいものがあったようなので、今は一時的に別行動をとっている。
様々な武具やアイテムが並んでいた他のフロアと比べ、買い取りフロアは少々無機質であり、一見すると少々入りづらい空気すら感じる場所だった。
このフロアに入った時点で、カウンター内に立つ店員の視線が桃子を捉えている。桃子の外見の問題で、このような場所で不審な目で見られるのはいつものことだ。何か悪いことをしたわけではないが、どうにも桃子の心には緊張が湧き上がってくる。
「す、すみません。ダンジョン素材の購入をお願いします」
「お嬢ちゃん、探索者カードと、何かしら身分証明はあるかい? 申し訳ないけど、ここは探索者じゃないと買い取りできないんだよ」
「はい! あります! えっと、探索者カードと、あとこっちのカードも確認お願いします」
昨年末に初めてここで買い取りを頼んだ際は、有名配信者である柚花の知名度に頼ることになった。桃子が子供にしか見えなかったこともあるが、そもそも一介の探索者が持ち込むには、その日持ち込んだ素材があまりにも貴重すぎたためだ。
しかし、今回の桃子に抜かりはない。桃子はこれでも社会人であり、そう何度も年下の女子高生に頼ってはいられないのだ。
実は桃子には、今回は秘策があった。
それがたった今、自信満々の桃子が、得意げな表情でカウンターに出した『とあるカード』である。
「へ? プラチナ? え、世界魔法協会の……? あ、ああ、分かった、すぐに査定しよう!」
カードを見た途端に、店員の態度が唐突に変わる。
桃子が差し出したのは、提示を求められた『探索者カード』に加えて、白金の光沢を放つ『世界魔法協会特任証』と書かれた一枚のカードだ。
それこそがまさに、桃子の秘策。水戸のご老公の紋所ならぬ、世界魔法協会による『VIP』を保証するプラチナのカードである。
買い取りコーナーのスタッフも、職業柄それが何を意味するのかすぐに理解できたのだろう。
ギルドと双璧を成すダンジョン業界の頂上権力、世界魔法協会。そのVIPカードが今回の桃子の『舐められないための後ろ盾』だった。
なお、これは桃子から望んで作ってもらったカードではなく、気付けば世界魔法協会から発行されていたものである。果たして手を回したのはクリスティーナかりりたんか。どちらにせよ初めは困惑したものだが、こういう場合に使えば便利なものなのだなと、桃子は今日ひとつ学ぶことができた。
やはり権力。権力は強いのだ。
「えと、これは房総ダンジョンの蜂の針がいっぱい入ってます。先っぽが危険なので、タオルでグルグルにしてあります」
「蜂の針? これはまた、随分とあるね……」
リュックから取り出したのは、タオルでグルグル巻きにされた物体である。カウンターの上でタオルを丁寧に剥いでいくと、その中からは優に数ダースは軽くある大量の針が姿を現した。
店員はその針の本数を見て、言葉を失っている。針と言っても、それは裁縫に使うようなサイズではない。一本あたり三十センチはありそうな、細く、鋭く、そして硬い針だった。
これはもちろん、女王蜂と戦ったあの場所で入手した魔物素材だ。ルゥとヘノの起こした吹雪で凍り付いた蜂たちが残していったものらしく、戦いの後に地面に大量に落ちていたのだそうだ。
大量の針が落ちているのはさすがに危険すぎるということで、最後に妖精たちが総出で拾い集めてくれたもの。それが、このカウンターに出された大量の蜂の針である。
そして、店員が半ば呆然としていることに気付いているのかいないのか、桃子は更にリュックを探り、次の素材を取り出した。
「こっちも同じく房総ダンジョンの唐辛子です。取り過ぎちゃったので持ってきました」
「唐辛子? うぉっ、こりゃ……立派だな」
それは大量の、鮮やかな紅い艶を持った植物の実。日本人ならば誰もが知っているもの――唐辛子である。ただし、サイズが馬鹿でかい。
店員は、漫画のような驚きの声をあげて、絶句してしまった。
この唐辛子は、ダンジョンの第四層に自生していたそれである。ダンジョン素材だけあり豊富な魔力を所持しているため、風味ひとつとっても地上の小さなサイズの唐辛子とはまた違う強い香気を漂わせている。
なお、この唐辛子の束を一時的に妖精の国の客室に置いていたところ、ヘノが慌てて扉と窓を全開にして空気を入れ換えた程には香気が強い代物だ。
そんな、癖の強い素材をカウンターに大量に並べられた店員は、困惑を隠しきれない顔で。
針と、桃子と、唐辛子と。交互に二度見、三度見するのだった。
「どうでしたか? お金持ちになりました?」
合流した柚花の一言目がそれだった。
柚花も桃子も、決してお金が最優先というわけではない。けれど、生活する上ではお金は大切で、あればあるほど嬉しいものだ。
だから素材の買い取りをしてもらった後の会話がお金の話になってしまうのは、致し方ないことであろう。
「うん、前のスライム粉ほどじゃなさそうだけど、それでもかなりの金額になるみたい。後日きちんと査定して入金してくれるって」
桃子は暫定査定額が表記された紙を懐から取り出し、柚花にも見せる。スライム粉は発見されたばかりの未知の素材だったこともあり、普段の魔石や薬草の買い取り額とは比較にならない、文字通り桁の違う数字が入金されていて、驚愕したものだ。
今回の素材はそれよりは価値が下回るとはいえ、第四層の魔物素材の束は伊達ではない。ギルドやショップの取り分を差し引かれた金額なはずだが、それでも桃子のしばらく分の給与など軽々と追い越しているので、臨時収入としては非常に大きい。
「最新の調理家電でも買っちゃおうかなあ」
「思うに、先輩がダンジョンで入手できる素材を考えたら、本来なら調理家電どころか家を買える金額は貯まっててもおかしくないと思いますけどね」
「うーん、そういうのは、なんだかヘノちゃんたちをお金儲けに使うみたいで嫌なんだよね。今回の針とかは、危険物だからさっさと手放したかっただけだしさ」
今回の針と唐辛子は、単純に保管が難しかったので買い取りという形で手放しただけである。昨年は価値を知らぬままにスライム粉を買い取りしてもらったけれど、あれ以降は心に抵抗があり、売却も控えている。
もっぱら、桃子がギルドに買い取りをお願いするのは、大体は適当なサイズの魔石か、房総ダンジョンで入手できるような薬草や鉱石程度だ。
その魔石ですら、大きな事件が起きたときには魔石のことなど頭の片隅に残っておらず、石拾いなどしていないのが実情だ。
「でも、臨時収入は嬉しいんですよね?」
「あはは……いやあ、そうなんだけどね。照れちゃうな」
妖精をお金儲けには使いたくない。
それはそれとして、なんだかんだで臨時収入は嬉しい。
欲がないわりに、決して聖人ではない。桃子のそんな小市民的なところは、柚花が桃子を愛らしく思う要因の一つであった。
「こほん。私のことはいいとして、柚花は何か購入してきたの?」
「はい。探索時のグローブを。あと、最新の携帯食カタログも頂いてきましたよ」
「カタログ? 携帯食、必要なの?」
「いえいえ、私は今のところギルドで売ってる携帯食だけで十分なんですけどね」
柚花も、桃子が買い取りをお願いしている間に、別なフロアで買い物を済ませてきたようである。
双剣使いの柚花がグローブを新調するのは桃子にも分かるのだが、しかし後者のカタログというのがわからない。
言われてみれば、買い取りフロアのレジ横にも同じような小冊子が設置されていた気がするが、明確な記憶はない。
「前に、ニムさんたちが携帯食に興味持ってたじゃないですか。だから、ニムさんが食べたいのがあるなら買ってあげようかなって」
「あ、そっかそっか、そんな話しもしてたね。それ、私も見せてもらおうかなあ」
「ヘノ先輩も食べたがってましたもんね」
それは、房総ダンジョンの探索者パーティ『草薙』とともに蜂の巣のハチミツを取りに行った前日のことだ。
探索者たちが食べている携帯食にヘノが興味を持ち、なんでそうなったのかはよく分からないが、桃子がヘノのために携帯食を焼き上げる、という意味不明な結論に落ち着いたのを思い出した。
ダンジョンショップから屋外へと出ると、雑踏の賑わいが桃子たちを出迎える。
ハロウィンに沸く街並みを眺めながら。はたして、ヘノは今頃何をしているのだろうかと。
桃子は、己のパートナーのことを考えるのだった。
【とある妖精達の会話】
「んふふ♪ 今日はハロウィンっていうお祭りなの♪」
「桃子に。聞いたことあるな。たしか。お化けの集団が。街中で。芋を配り歩くんだろ」
「うぅ……い、意味が分からなくて……怖いですねぇ」
「んー、全くの間違いとも言い切れないのよね。実際には、お化けの仮装をした子供たちが練り歩くイベントなの♪」
「随分と。変なことするんだな。楽しいのか?」
「い、意味が分からなくて……不気味ですねぇ」
「窪地には子供が少ないから、わたしもあまり知らないの。でも、子供たちは行く先々で、お菓子を貰えるらしいわよ♪」
「なんだそれ。お化けになると。お菓子が貰えるのか」
「い、意味が分からないですけど……羨ましいですねぇ」
「みなさん、トリック・オア・トリートっす!」
「あら、ポンコったら、元気ね♪ はい、キャンディの代わりにお酒をあげるから、上を向いて口を開けて頂戴ね♪」
「がぼがぼがぼ……」
「こいつ。なにしに。来たんだ?」
「お、お酒を飲みに来たんですかねぇ……?」