ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「あはは、なんか……ごめんね?」
書店ビルのフロア内にある、自販機コーナーのベンチに桃子は腰を下ろして、ハンカチで目元を拭う。やはり、少しだけ。目元は涙で潤んでしまっていた。
社会人にもなって、こんな場所で突然涙を見せるつもりなどなかったのだ。ただ、唐突に蘇った思い出によって、桃子が大切に心の中にしまっていた感情が表に出てきてしまった。押さえ込むのが間に合わなかった。
「謝らないでください。あんな不意打ち、私も予想出来ませんでしたしね」
「……うん、ありがとう、柚花」
柚花も、桃子が涙を堪えきれなかった理由は理解している。
誰が悪かったわけでもない。ただ、巡り合わせが悪かっただけである。桃子が優しすぎて、思わぬ不意打ちに負けてしまっただけなのだ。
柚花は、桃子の手をそっと握ってから、目の前の自動販売機に視線を向ける。
「何か温かいものでも飲みますか? ミルクティとココア、どっちがいいですか?」
「ぐす……カレースープ」
「じゃあココアにしますね?」
柚花が桃子にココアを差し出すことになるより、少し前。
それは、ダンジョンショップで買い物を終えた後のこと。
桃子たち次なる目的地は、『人魚の姫はボコらない!』と『モチャゴンと学校の七不思議』を購入するための書店である。
普段、桃子の生活圏となっている工房近辺にも大型書店というのはあるのだが、さすがにここは都内――秋葉原である。
規模の大きな書店が揃っており、平日だというのに客足も非常に活発だった。ハロウィン当日だけあって、どの店にも煌びやかなお化けやカボチャの飾りが飾られ、ハロウィンらしい独特の楽曲がBGMとして奏でられている。
「うーん、さすがに都内は本屋さんが大きいよねえ。ここならどんな本でも扱ってそうだね」
「秋葉原ですしね。知ってます? この街って昔はアニメとか漫画の聖地だったらしいですよ?」
「うん、知ってる知ってる。私が小さい頃、お母さんと来たときはアニメとかゲームのお店がたくさん並んでたからね。メイドさんもいっぱい見かけたよ」
「ああ、そういえば先輩って実家は山手線の東側なんでしたっけ」
「うん。もっと江戸川のほうだけどね」
桃子たちは、そんな雑談を交わしながらも書店のゲートを潜る。入るとすぐ正面のスペースには本を読みふける実物大の骸骨たちが飾られていた。ハロウィンらしい衣装で飾られた骸骨たちに怪奇さはなく、むしろコミカルで楽しい風景を彩っている。
骸骨たちが手にしているのは、子供たちでも読めそうな絵本の数々だ。
「そうだ、ヘノちゃんたちにお土産の絵本でも買っていってあげようかな」
「ヘノ先輩って文字は読めるんですかね。クルラさんとルイさんなら読めそうですけど」
「うーん、あんまりよく分かってないんじゃないかな。たまに文字を見てうんうん言ってるけど、ヘノちゃんって、全部分かってるような顔して何もわかってないところあるからね」
桃子の目の前に座っている骸骨が持っているのは、骸骨が主人公の可愛らしい絵本だった。
骸骨たちは骸骨の本が好きなのだなと、桃子はひとり納得する。
ヘノに読んでもらうとしたらどのような本がいいのかと数秒ほど考えるが、結局は「今度ティタニア様に相談してからにしよう」という結論で落ち着いた。
そして、店内を進んでいけば、ライトノベルを始めとした新刊小説コーナーを見つけるのはすぐだった。
「あ! 柚花、ほら、ほらぁ! これ……っ」
「ありましたね。『人魚の姫はボコらない! 深潭宮で静かに暮らしてたら族長になってました』」
桃子は柚花の腕をひっぱり、コーナーに積まれた本の一冊を指さして見せる。手書きのポップで『世界魔法協会公認!』と大きく書かれており、目立つように拡大した表紙イラストがポップとして張り出されている。
さすがは、ギルドと魔法協会が裏についているだけあって、扱いが他の本と比べても一際大きい。
そして、書店のスタッフの手描きイラストなのだろう。『ボコらない!』という文字と共に、ゴブリンに拳を振り上げている人魚姫のイラストが描かれている。なかなかにハイセンスだ。
「ところで柚花。今更だけど、このタイトルってさ……その、なんか、おかしくない?」
「ええ、まあ……」
あくまで、これは創作だ。実際の人魚姫であるヒメをそのまま描いた作品ではないはずだ。
けれど。
「……」
「……」
桃子と柚花の知る限り、ヒメは『ボコらない!』どころではない。彼女は判断に困ったらとりあえず『ボコる!』というタイプの荒くれだ。
嘘。偽り。そのような言葉が二人の頭によぎる。
「……えと、とりあえずカゴに入れよう! 柚花の分も買う?」
「私は紙より電子書籍なんで、先輩の分だけでいいですよ」
「あはは、柚花ったら、現代っ子じゃん」
「現代っ子ですよ。先輩と二年しか違ってないんですけどね」
二人であははと、妙にわざとらしく笑い合いながら。
可愛らしい褐色肌の人魚のイラストが描かれたライトノベルを、買い物カゴにいれて、フロアのレジへと向かうのだった。
この書店はフロアが複数階に分かれており、児童書は別フロアだ。
なので、リュックに購入した『人魚の姫はボコらない!』を入れてから、次は児童書も扱っているフロアへと移動する。
案内を見れば、児童書フロアには子供たちが遊ぶためのスペースも用意されているようだ。さすがに桃子は成人なので子供用フロアで遊ぶことはないけれど、目印として場所だけを確認しておく。
「あっちが児童書コーナーだね。紅子さんの新刊、売ってるかな?」
「ちょっとした話題作ですし、意外と目立つところでシリーズまとめて大々的に取り扱ってるんじゃないですか?」
「そうかな? そうだったら嬉しいな。ええと、児童書のコーナーは――」
目の前にある、雑誌コーナーの横を抜ける。
バイク雑誌、美容雑誌の列を抜けた先に、児童書コーナーと隣接する形で子供たちのスペースがあるはずだ。
桃子は何気なく、顔を上げる。
視線を子供スペースに向ける。
そして、桃子の足がとまる。
――うふふー、花子ちゃんは面白い女の子モチャねえ。
脳裏に、懐かしい声がよぎる。
桃子の前には、眼前には。丸い身体に恐竜の手足を生やした、いつでも前向きで、優しかった、大好きな怪獣の姿があった。
「モチャゴン……」
それは、モチャゴンを模した、エアバルーンだった。
元々、紅子という小学生が紙粘土で作れる程度のシンプルな造形だ。空気で膨らましてつくるバルーンでも、それはきちんと立派にモチャゴンの形状をしていた。
にこやかなモチャゴンが、ふいに、桃子を出迎えたのだ。
「うわ。実物大なんですかね、これ」
「うん、本物も……大体同じくらい、だったかな……」
それは、本当に偶然なのだろう。
このエアバルーンを作った業者は、桃子が七不思議の世界で出会った本物のモチャゴンを知るわけがない。たまたま、バルーンの規格が同等サイズだっただけなのだろう。
けれど、それはあまりにも、桃子の記憶にあるモチャゴンと似すぎていた。
いま、こみ上げる気持ちがなんなのか、桃子本人にも分からない。懐かしさか、悲しさか、喜びか。
なんだか分からない気持ちが、桃子の心に溢れてくる。
「……先輩。あっちにベンチがありますから、少し休憩でも挟みましょうか」
「あっ……」
桃子はただ、名も知れぬ感情がこみ上げただけだ。その場で崩れ落ちたわけでも、本格的に泣き出したわけでもない。
けれど、柚花はそんな桃子の手をぐいと引っぱって。
真っ直ぐに、自動販売機コーナーのベンチへと移動するのだった。
「ココアってさ、カレーみたいなところあるよね?」
「ないですね。気のせいですよ」
ベンチでココアを飲んでいると、心が落ち着いてくる。
落ち着いてくると、今まで見えていなかった物事が見えるようになるものだ。
例えば、先ほどのはあくまで子供スペースのバルーンでしかなかったこと。柚花が迷わず自分をこの休憩スペースまで連れてきてくれたこと。そして、ココアがカレーと似ていること。
「でもさ。温かくてほっとするところとかさ、ココアとカレーって似てるじゃない? そういう意味では、柚花もカレーに似てるよね」
「すみません先輩。恐らく最上級の褒め言葉なんだと思うんですけど、驚くほど嬉しくないです」
「え、そう?」
ココアをちびちびと飲んで、柚花と雑談を交わす。
時折意見の食い違う部分もあるけれど、それもまた楽しいものだと桃子は思いながら、ココアの残りを飲み干した。
「よし! じゃあ『モチャゴンと学校の七不思議』を買っていこう! カレーじゃなかったけど、ココアはカレーに似てるし、なんだか元気出てきた!」
「先輩、ココア会社の人たちに謝ってくださいね」
「えー?」
今回の意見の食い違いはなかなかに歯ごたえがあるな、などと思いつつ。
元気を取り戻した桃子は、柚花の手をとり児童書コーナーへと足取り軽く、突き進んでいくのだった。
一方。
桃子と柚花が書店で本を購入しているのと時を同じくして、秋葉原の大通りにて。
大型ビルに囲まれた街のなかを、桃子とも縁のある少女たちが歩いていた。
「ここが東京か……マジで人が多いんだな」
「れもたん、東京は初めてですか? 意外ですね」
「意外なもんか。アタシは生まれも育ちも尾道だしな、東京なんか来る機会がないっての」
周囲を見渡しながら歩いているのは、尾道ダンジョンの弓使いである檸檬だ。
無造作に被った帽子の下では、地毛の黒と染めた金、二色のグラデーションで彩られたポニーテールが揺れている。
彼女が選んだのか、はたまた同行者が強引につけさせているのか、彼女の羽織るボーイッシュなジャンパーには可愛らしいカボチャやゴーストのバッジがつけられており、ハロウィンらしさを演出している。
「じゃあ、今日は呼び寄せた甲斐がありましたね」
「アタシは呼び出されてそうそう塩水を飲まされて、気分は最悪だけどな」
そして、檸檬の横を歩くのは、彼女の今回の同行者たちだ。
ハロウィンらしく、いかにも魔女と言った三角帽子と、それとセットになっている丈の長い魔女コートに身を包むのは、天海梨々。通称りりたん。
さすがは深潭の魔女として知られる存在だけあって、ハロウィンのコスプレとしての魔女姿も様になっている。手に持っているのは、実際にその先端に魔石がはめ込まれた探索者用の魔法杖だ。
「ごめんねー、檸檬ちゃん。りりたんちゃんが変なことして」
「仕方ないではありませんか。長崎の塩を摂取しないと呼び寄せられないだなんて、ちごたんの性質が面倒臭すぎるのですよ」
「長崎の塩を舐めるようにとは言ったけど、塩を『便利な笛吹き呼び寄せアイテム』と勘違いしてない?」
「ってか、塩ならアタシじゃなくて魔女様が舐めりゃ良かったんじゃないの?」
そして、もう一人。
りりたんの更に横を歩いているのは、茶色いダッフルコートに身を包む、黄色いリボンが特徴的な少女だ。
コートの下には制服を着用しているらしく、膝元には若草色の制服のスカート部が顔を覗かせている。
彼女はしかし、制服を着ているものの、学生という身分ではない。というより、彼女は人間ではなく『ハーメルンの笛吹き』と呼ばれる怪異である。
今はその不定の姿の一つ、イチゴという少女の姿をとっており、檸檬やりりたんとともに東京の街を歩いていた。
彼女――ハーメルンの笛吹きは、長崎ダンジョンの加護を持つ探索者の元へと現われる怪異だ。
りりたんが檸檬に飲ませた塩水は、長崎ダンジョンの塩を溶かした水だった。長崎ダンジョンに全く縁もない檸檬に塩水を飲ませ、強引に長崎ダンジョンとの縁を造り出したのだ。
それで半ば強引に呼び出されたイチゴとしてもたまったものではないし、説明もなく塩水を飲まされた檸檬としてもたまったものではない。
「二人して文句が多いですね。私が舐めても、英霊の加護なんてはね除けちゃいますから仕方ないのですよ」
「まあ、りりたんちゃんは闇属性だから仕方ないかー」
「ふふふ。れもたんには塩水のお詫びに、喫茶店のハロウィンメニューを御馳走しますから、そう怒らないでくださいね」
「ったく、別にいいけどさ。アタシもまあ……東京のハロウィンとか、気になるし」
尾道の探索者である檸檬が、平日の午後だというのに東京の秋葉原を歩いているのは、ひとえにりりたんによるものだ。
彼女は、ダンジョン内のマーキングした場所同士ならば、独自の転移魔法で移動ができる。そのため、檸檬ひとりくらいならば尾道ダンジョンから新宿ダンジョン、あるいは房総ダンジョンまで転移させる程度、わけないことだった。
出口からギルド職員に止められずに地上へ出る際には、ちょっとした『裏技』を使用しているが、誰かしらに危害を加えるような裏技ではないので、檸檬やイチゴもそこにはノーコメントで通している。
そして、特に理由も説明されないままりりたんに集められた檸檬とイチゴだけれど。
りりたんの目的でもある二人の人物とバッタリ『偶然にも』出くわすのは、間もなくのことである。
【とある少女たちの会話】
「トリック・オア・トリート! 見てよお兄ちゃん、私と茉莉子ちゃん、二人とも今日は魔女のコスプレなんだけど、どう? 本当はジャック・オー・ランタンの衣装も欲しかったんだけど、大きなカボチャが無かったんだよね。ね、茉莉子ちゃん」
「うん」
「この衣装を着てるとさ、私も今すぐファイアーボールの魔法とか出せるんじゃないかって思っちゃう。ギルドの人は、もう少し身体が育ってからじゃないと魔法は危険だっていうけど、早く14歳にならないかな。ね、茉莉子ちゃん」
「うん」
「お兄ちゃんはいいなあ、ダンジョンに潜れるんだもん。私も14歳になったら、この衣装を着てダンジョンに入ろうかな。ほら、いかにも魔法使いっぽいでしょ? そのときはお兄ちゃん……だと不安だけど、アサさんとかに引率お願いしたいなー。ね、茉莉子ちゃん」
「うん」
「あ、でも見て見て! 茉莉子ちゃんが持ってるこれね、モチャゴンのぬいぐるみなんだよ。茉莉子ちゃんのお婆ちゃんが出した本の発売記念に、業者さんにお願いして作ってもらったんだって! すごく可愛いよね、茉莉子ちゃん」
「うん」
「日葵、一回口を閉じろ。兄として言わせてもらうが、二人とも……なんていうか、友達付き合い、本当にそれでいいのか?」
「え、どういうこと?」
「……?」
「いや、まあ……二人がそれでいいなら、いいんだけどな」